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「……ちょっと、よろしいかしら」
エミリーは、目の前の美青年――カイルが差し出した手を取る代わりに、彼の胸元へと顔を極限まで近づけた。
「……お、おいお嬢様!? 初対面の男に何してんだ!」
ガストンが慌ててエミリーの襟首を掴もうとするが、彼女の集中力はすでに現実世界の倫理観を突破していた。
「黙っててちょうだいガストン様! 見て、このパール……。この干渉色、ピンクとグリーンが織りなす絶妙なオーロラ……。そして何より、この『巻き』の厚さ! 何層にも重なった真珠層が、まるで深海の迷宮のように光を閉じ込めていますわ!」
「……はは、驚いたな。私の顔ではなく、タイピンの真珠をこれほど熱心に観察されたのは初めてだよ」
カイルは困惑するどころか、愉快そうに目を細めた。
彼はエミリーが持っていたデマントイド・ガーネットを、手袋を嵌めた手で恭しく受け取る。
「……なるほど。バルトロ、君の目は腐っているようだね。この石の価値が分からないとは」
「カ、カイル様! それはその、私がまだ詳しく見る前でして……!」
バルトロが滝のような汗を流しながら言い訳を始めるが、カイルはそれを一瞥もせずに無視した。
カイルは窓際の光に石をかざし、数秒間、沈黙した。
「……素晴らしい。原石のポテンシャルもさることながら、このカット。あえて定石を外し、インクルージョンを『景色』として魅せるために、パビリオン側の角度を微調整している。……君がこれをやったのかい?」
「ええ、そうですわ。その子が一番美しく見える角度を、三日三晩考え抜きましたの」
エミリーは自慢の娘を褒められた母親のように、誇らしげに胸を張った。
「君の名前は?」
「エミリー・フォン・アステリア。今は訳あって、北の旧オルド鉱山の管理をしておりますわ」
「アステリア公爵家の……。なるほど、噂に聞く『宝石狂いの令嬢』とは君のことか」
カイルは納得したように頷くと、石をエミリーに返した。
「私はカイル・オルブライト。隣国の公爵であり、この街を含むいくつかの宝石流通を統括している」
「……お、オルブライト公爵!? あの、世界最大の宝石商の顔を持つという……?」
ガストンが膝を突きそうな勢いで驚愕する。
だが、エミリーの反応は違った。
「まあ! では、あなたの倉庫にはもっと素晴らしい石が山ほど眠っているということですわね!? ……羨ましい。今すぐ不法侵入して、一つ一つ鑑定して差し上げたいくらいですわ!」
「ははは! 不法侵入は困るが、招待ならいつでも歓迎するよ。……エミリー嬢、単刀直入に言おう。その石を、私が提示する最高値で買い取りたい」
「あら、おいくらですの?」
カイルが指を三本立てる。
「金貨三百枚。そして、今後君が掘り出した石は、すべて私が優先的に買い取る権利を得たい」
「金貨三百……っ!!」
ガストンが白目を剥いた。ボロ屋敷が十軒は建ち、一生遊んで暮らせる金額だ。
しかし、エミリーはふんと鼻で笑った。
「お断りですわ」
「……ほう? 金額が不満かな?」
「いいえ、お金はどうでもいいのです。わたくしが欲しいのは、金貨という無機質な金属ではなく、さらなる『輝き』ですわ!」
エミリーはカイルの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「カイル様、交渉の条件を変更しましょう。石を売る代わりに、あなたの所有する最高級の『研磨機』と、鉱山用の『最新式掘削機』。それから、あなたの秘密のコレクションを一度だけ見せていただくこと。……それで手を打ちませんこと?」
カイルは一瞬、呆気に取られたように目を丸くした。
だが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「……面白い! 金貨よりも機械と石の鑑賞を選ぶ令嬢か! いいだろう、その条件を飲もう。だが、もう一つ私からも条件を追加させてもらう」
カイルは一歩、エミリーとの距離を詰めた。
その整った顔が至近距離に来ても、エミリーは「まつ毛の長さより瞳の光彩の強さ」を分析していた。
「近いうちに、私の主催するオークションパーティーが王都で開かれる。そこに、君を『私のパートナー』として招待したい」
「パートナー? わたくし、社交界からは追放された身ですわよ?」
「関係ない。私は君という『原石』の価値を、世界に知らしめたいんだ。……どうかな、エミリー嬢。泥にまみれた生活もいいが、たまにはドレスを着て、本物の宝石の海に溺れてみないか?」
エミリーの脳裏に、世界中から集まる最高級の宝石たちの姿が浮かんだ。
「……分かりましたわ。宝石の海に溺れるというのなら、喜んでその船に乗りましょう」
こうして、宝石狂いの令嬢と宝石公の、奇妙な契約が結ばれた。
エミリーはまだ気づいていなかった。
カイルが彼女を見つめる瞳が、すでに「ビジネスパートナー」のそれではなく、希少な一点物の宝石を独占したい「コレクター」のそれに変わっていることに。
エミリーは、目の前の美青年――カイルが差し出した手を取る代わりに、彼の胸元へと顔を極限まで近づけた。
「……お、おいお嬢様!? 初対面の男に何してんだ!」
ガストンが慌ててエミリーの襟首を掴もうとするが、彼女の集中力はすでに現実世界の倫理観を突破していた。
「黙っててちょうだいガストン様! 見て、このパール……。この干渉色、ピンクとグリーンが織りなす絶妙なオーロラ……。そして何より、この『巻き』の厚さ! 何層にも重なった真珠層が、まるで深海の迷宮のように光を閉じ込めていますわ!」
「……はは、驚いたな。私の顔ではなく、タイピンの真珠をこれほど熱心に観察されたのは初めてだよ」
カイルは困惑するどころか、愉快そうに目を細めた。
彼はエミリーが持っていたデマントイド・ガーネットを、手袋を嵌めた手で恭しく受け取る。
「……なるほど。バルトロ、君の目は腐っているようだね。この石の価値が分からないとは」
「カ、カイル様! それはその、私がまだ詳しく見る前でして……!」
バルトロが滝のような汗を流しながら言い訳を始めるが、カイルはそれを一瞥もせずに無視した。
カイルは窓際の光に石をかざし、数秒間、沈黙した。
「……素晴らしい。原石のポテンシャルもさることながら、このカット。あえて定石を外し、インクルージョンを『景色』として魅せるために、パビリオン側の角度を微調整している。……君がこれをやったのかい?」
「ええ、そうですわ。その子が一番美しく見える角度を、三日三晩考え抜きましたの」
エミリーは自慢の娘を褒められた母親のように、誇らしげに胸を張った。
「君の名前は?」
「エミリー・フォン・アステリア。今は訳あって、北の旧オルド鉱山の管理をしておりますわ」
「アステリア公爵家の……。なるほど、噂に聞く『宝石狂いの令嬢』とは君のことか」
カイルは納得したように頷くと、石をエミリーに返した。
「私はカイル・オルブライト。隣国の公爵であり、この街を含むいくつかの宝石流通を統括している」
「……お、オルブライト公爵!? あの、世界最大の宝石商の顔を持つという……?」
ガストンが膝を突きそうな勢いで驚愕する。
だが、エミリーの反応は違った。
「まあ! では、あなたの倉庫にはもっと素晴らしい石が山ほど眠っているということですわね!? ……羨ましい。今すぐ不法侵入して、一つ一つ鑑定して差し上げたいくらいですわ!」
「ははは! 不法侵入は困るが、招待ならいつでも歓迎するよ。……エミリー嬢、単刀直入に言おう。その石を、私が提示する最高値で買い取りたい」
「あら、おいくらですの?」
カイルが指を三本立てる。
「金貨三百枚。そして、今後君が掘り出した石は、すべて私が優先的に買い取る権利を得たい」
「金貨三百……っ!!」
ガストンが白目を剥いた。ボロ屋敷が十軒は建ち、一生遊んで暮らせる金額だ。
しかし、エミリーはふんと鼻で笑った。
「お断りですわ」
「……ほう? 金額が不満かな?」
「いいえ、お金はどうでもいいのです。わたくしが欲しいのは、金貨という無機質な金属ではなく、さらなる『輝き』ですわ!」
エミリーはカイルの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「カイル様、交渉の条件を変更しましょう。石を売る代わりに、あなたの所有する最高級の『研磨機』と、鉱山用の『最新式掘削機』。それから、あなたの秘密のコレクションを一度だけ見せていただくこと。……それで手を打ちませんこと?」
カイルは一瞬、呆気に取られたように目を丸くした。
だが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「……面白い! 金貨よりも機械と石の鑑賞を選ぶ令嬢か! いいだろう、その条件を飲もう。だが、もう一つ私からも条件を追加させてもらう」
カイルは一歩、エミリーとの距離を詰めた。
その整った顔が至近距離に来ても、エミリーは「まつ毛の長さより瞳の光彩の強さ」を分析していた。
「近いうちに、私の主催するオークションパーティーが王都で開かれる。そこに、君を『私のパートナー』として招待したい」
「パートナー? わたくし、社交界からは追放された身ですわよ?」
「関係ない。私は君という『原石』の価値を、世界に知らしめたいんだ。……どうかな、エミリー嬢。泥にまみれた生活もいいが、たまにはドレスを着て、本物の宝石の海に溺れてみないか?」
エミリーの脳裏に、世界中から集まる最高級の宝石たちの姿が浮かんだ。
「……分かりましたわ。宝石の海に溺れるというのなら、喜んでその船に乗りましょう」
こうして、宝石狂いの令嬢と宝石公の、奇妙な契約が結ばれた。
エミリーはまだ気づいていなかった。
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