宝石狂いの悪役令嬢、婚約破棄で鉱山を贈られて溺愛される

ちゃっぴー

文字の大きさ
7 / 25

7

しおりを挟む
「……ちょっと、よろしいかしら」


エミリーは、目の前の美青年――カイルが差し出した手を取る代わりに、彼の胸元へと顔を極限まで近づけた。


「……お、おいお嬢様!? 初対面の男に何してんだ!」


ガストンが慌ててエミリーの襟首を掴もうとするが、彼女の集中力はすでに現実世界の倫理観を突破していた。


「黙っててちょうだいガストン様! 見て、このパール……。この干渉色、ピンクとグリーンが織りなす絶妙なオーロラ……。そして何より、この『巻き』の厚さ! 何層にも重なった真珠層が、まるで深海の迷宮のように光を閉じ込めていますわ!」


「……はは、驚いたな。私の顔ではなく、タイピンの真珠をこれほど熱心に観察されたのは初めてだよ」


カイルは困惑するどころか、愉快そうに目を細めた。


彼はエミリーが持っていたデマントイド・ガーネットを、手袋を嵌めた手で恭しく受け取る。


「……なるほど。バルトロ、君の目は腐っているようだね。この石の価値が分からないとは」


「カ、カイル様! それはその、私がまだ詳しく見る前でして……!」


バルトロが滝のような汗を流しながら言い訳を始めるが、カイルはそれを一瞥もせずに無視した。


カイルは窓際の光に石をかざし、数秒間、沈黙した。


「……素晴らしい。原石のポテンシャルもさることながら、このカット。あえて定石を外し、インクルージョンを『景色』として魅せるために、パビリオン側の角度を微調整している。……君がこれをやったのかい?」


「ええ、そうですわ。その子が一番美しく見える角度を、三日三晩考え抜きましたの」


エミリーは自慢の娘を褒められた母親のように、誇らしげに胸を張った。


「君の名前は?」


「エミリー・フォン・アステリア。今は訳あって、北の旧オルド鉱山の管理をしておりますわ」


「アステリア公爵家の……。なるほど、噂に聞く『宝石狂いの令嬢』とは君のことか」


カイルは納得したように頷くと、石をエミリーに返した。


「私はカイル・オルブライト。隣国の公爵であり、この街を含むいくつかの宝石流通を統括している」


「……お、オルブライト公爵!? あの、世界最大の宝石商の顔を持つという……?」


ガストンが膝を突きそうな勢いで驚愕する。


だが、エミリーの反応は違った。


「まあ! では、あなたの倉庫にはもっと素晴らしい石が山ほど眠っているということですわね!? ……羨ましい。今すぐ不法侵入して、一つ一つ鑑定して差し上げたいくらいですわ!」


「ははは! 不法侵入は困るが、招待ならいつでも歓迎するよ。……エミリー嬢、単刀直入に言おう。その石を、私が提示する最高値で買い取りたい」


「あら、おいくらですの?」


カイルが指を三本立てる。


「金貨三百枚。そして、今後君が掘り出した石は、すべて私が優先的に買い取る権利を得たい」


「金貨三百……っ!!」


ガストンが白目を剥いた。ボロ屋敷が十軒は建ち、一生遊んで暮らせる金額だ。


しかし、エミリーはふんと鼻で笑った。


「お断りですわ」


「……ほう? 金額が不満かな?」


「いいえ、お金はどうでもいいのです。わたくしが欲しいのは、金貨という無機質な金属ではなく、さらなる『輝き』ですわ!」


エミリーはカイルの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「カイル様、交渉の条件を変更しましょう。石を売る代わりに、あなたの所有する最高級の『研磨機』と、鉱山用の『最新式掘削機』。それから、あなたの秘密のコレクションを一度だけ見せていただくこと。……それで手を打ちませんこと?」


カイルは一瞬、呆気に取られたように目を丸くした。


だが、すぐに腹を抱えて笑い出した。


「……面白い! 金貨よりも機械と石の鑑賞を選ぶ令嬢か! いいだろう、その条件を飲もう。だが、もう一つ私からも条件を追加させてもらう」


カイルは一歩、エミリーとの距離を詰めた。


その整った顔が至近距離に来ても、エミリーは「まつ毛の長さより瞳の光彩の強さ」を分析していた。


「近いうちに、私の主催するオークションパーティーが王都で開かれる。そこに、君を『私のパートナー』として招待したい」


「パートナー? わたくし、社交界からは追放された身ですわよ?」


「関係ない。私は君という『原石』の価値を、世界に知らしめたいんだ。……どうかな、エミリー嬢。泥にまみれた生活もいいが、たまにはドレスを着て、本物の宝石の海に溺れてみないか?」


エミリーの脳裏に、世界中から集まる最高級の宝石たちの姿が浮かんだ。


「……分かりましたわ。宝石の海に溺れるというのなら、喜んでその船に乗りましょう」


こうして、宝石狂いの令嬢と宝石公の、奇妙な契約が結ばれた。


エミリーはまだ気づいていなかった。


カイルが彼女を見つめる瞳が、すでに「ビジネスパートナー」のそれではなく、希少な一点物の宝石を独占したい「コレクター」のそれに変わっていることに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵家の養女

透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア 彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。 見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。 彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。 そんな彼女ももう時期、結婚をする。 数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。 美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。 国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。 リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。 そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。 愛に憎悪、帝国の闇 回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった―― ※月曜にから毎週、月、水曜日の朝8:10、金曜日の夜22:00投稿です。 小説家になろう様でも掲載しております。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー
恋愛
公爵令嬢リペは、厳しい王妃教育と窮屈な未来から逃れるため、ある画期的な計画を思いつく。それは、世にも恐ろしい「悪役令嬢」になりきって、完璧な第一王子カイルに婚約破棄を叩きつけること! さっそくリペは、高笑いと共に「不敬な態度」「無駄遣い」「嫌がらせ」といった悪行の数々を繰り出すが……。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

処理中です...