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「……止めてください。ガストン様、機械を止めて!」
旧オルド鉱山の最深部、静寂を切り裂くエミリーの叫びが響いた。
唸りを上げていた最新鋭の掘削機がゆっくりと停止し、不気味なほどの静けさが坑道を包み込む。
「どうした、お嬢様? また別の『ベイビー』の産声でも聞こえたのか?」
「……いえ。今までの子たちとは、震え方が違いますわ。この岩盤の奥から、心臓を鷲掴みにされるような……そんな熱量を感じますの」
エミリーは震える手で、カンテラの光を壁の一点に集中させた。
そこには、煤けた岩肌にひっそりと、しかし確かな存在感を放つ「深い深紅の結晶」が顔を覗かせていた。
「……っ!?」
後ろに控えていたカイルが、思わず息を呑んだ。
エミリーは泥を払うのも忘れ、吸い寄せられるようにその結晶へ手を伸ばす。
「ピジョン・ブラッド……。いえ、それだけでは言い表せませんわ。この深み、この彩度。まるで数千年前の太陽が、そのまま凝縮されて閉じ込められたような……!」
彼女は震える指先で、丁寧に周囲の土を掻き出した。
現れたのは、親指ほどの大きさがある、完璧な六角柱状のルビーの原石だった。
「信じられない。旧オルド鉱山から、これほどの質のルビーが出るなんて……。エミリー嬢、君は本当に奇跡を呼ぶ女だ」
カイルが感嘆の声を漏らすが、エミリーはその声すら聞こえていないようだった。
彼女はルビーを光に透かし、その内部に潜む火花を見つめながら、恍惚とした表情で呟く。
「ああ……。あなた、今までどれほどの時間、ここで一人で待っていたの? 誰もあなたの輝きを知らず、暗闇の中でただ熱を抱え続けていたのね……。大丈夫ですわ、わたくしが今、世界で一番幸せな場所に連れて行ってあげますからね」
その瞳には、一筋の涙が浮かんでいた。
宝石を愛でるというより、生き別れた恋人と再会したかのような、あまりにも純粋で狂気的なまでの愛情。
カイルはその横顔を見つめ、不意に自分の胸の奥が、ルビー以上に熱くなるのを感じた。
「……エミリー嬢」
カイルが静かに名前を呼ぶ。
エミリーはようやく我に返り、ルビーを抱えたままカイルを振り返った。
「……あら、カイル様。見てくださいませ、このルビー! これなら、あなたの秘密のコレクションにも勝てるのではありませんこと?」
「……ああ、そうだね。だが、今の私には、そのルビー以上に眩しく見えるものがある」
カイルは一歩、エミリーに近づいた。
狭い坑道の中、カンテラの灯りに照らされた彼の銀髪が、神秘的な光を放つ。
「エミリー嬢。私は最初、君の持つ『鑑定眼』と『技術』を独占したいと思っていた。……商売人として、稀代の才能を逃したくなかったからだ」
「それは光栄ですわ。わたくしも、カイル様の鑑定眼は信頼しておりますもの」
「……だが、今は違う」
カイルはエミリーの手を、ルビーごと優しく包み込んだ。
「私は、君という人間そのものを、誰にも渡したくないと思い始めている。……泥まみれで宝石を語る君の情熱を、一番近くで見ていたいんだ」
「…………」
エミリーは、ぱちくりと目を瞬かせた。
宝石公と呼ばれるカイル・オルブライトからの、実質的な告白。
普通の令嬢なら、顔を赤らめて卒倒するか、あるいは手を取り合う場面だ。
しかし、エミリーの脳内回路は、極めて「エミリー的」な解釈を弾き出した。
「……カイル様。今の言葉、つまり……」
「ああ、私の本気だ」
「わたくしを『永久貸与の展示品』として、あなたの側に置きたい……という契約の打診ですわね!?」
「……は?」
カイルの甘い表情が、一瞬で凍りついた。
「なるほど! わたくしという個体を所有することで、今後発見されるすべての宝石の優先権を、文字通り身体的に確保しようという……。さすがカイル様、宝石商としての執念が凄まじいですわ! その『独占欲』、わたくし、嫌いじゃありませんわよ!」
「……いや、エミリー嬢。私はそういったビジネス的な意味ではなく……」
「いいえ、分かっておりますわ! これほど情熱的なスカウト、宝石愛好家として応えないわけにはいきません! よろしいでしょう、あなたのコレクションの特等席、わたくしのために空けておいてくださいませ!」
エミリーはルビーを高く掲げ、勝利の宣言のように笑った。
カイルは顔に手を当て、深く、深いため息をついた。
「…………前途多難だな。石にはこれほど詳しいのに、人の心には、原石以下の理解度しかないとは」
「何か仰いました?」
「……いや。君らしいよ、エミリー。そのままでいてくれ。……ただし、覚悟しておいてほしい」
カイルは苦笑しながら、彼女の指先にそっと唇を寄せた。
「君がいつか、石を見つめる時のように私を見つめてくれるまで……私は何度でも、君を『鑑定』し続けるよ」
「? カイル様のカットは今のままで十分完璧ですわよ?」
「そういう意味じゃないんだ……」
伝説の赤が見つかった夜。
宝石公の恋心は、エミリーのあまりにも硬い「宝石脳」に真っ向から衝突し、火花を散らすのであった。
旧オルド鉱山の最深部、静寂を切り裂くエミリーの叫びが響いた。
唸りを上げていた最新鋭の掘削機がゆっくりと停止し、不気味なほどの静けさが坑道を包み込む。
「どうした、お嬢様? また別の『ベイビー』の産声でも聞こえたのか?」
「……いえ。今までの子たちとは、震え方が違いますわ。この岩盤の奥から、心臓を鷲掴みにされるような……そんな熱量を感じますの」
エミリーは震える手で、カンテラの光を壁の一点に集中させた。
そこには、煤けた岩肌にひっそりと、しかし確かな存在感を放つ「深い深紅の結晶」が顔を覗かせていた。
「……っ!?」
後ろに控えていたカイルが、思わず息を呑んだ。
エミリーは泥を払うのも忘れ、吸い寄せられるようにその結晶へ手を伸ばす。
「ピジョン・ブラッド……。いえ、それだけでは言い表せませんわ。この深み、この彩度。まるで数千年前の太陽が、そのまま凝縮されて閉じ込められたような……!」
彼女は震える指先で、丁寧に周囲の土を掻き出した。
現れたのは、親指ほどの大きさがある、完璧な六角柱状のルビーの原石だった。
「信じられない。旧オルド鉱山から、これほどの質のルビーが出るなんて……。エミリー嬢、君は本当に奇跡を呼ぶ女だ」
カイルが感嘆の声を漏らすが、エミリーはその声すら聞こえていないようだった。
彼女はルビーを光に透かし、その内部に潜む火花を見つめながら、恍惚とした表情で呟く。
「ああ……。あなた、今までどれほどの時間、ここで一人で待っていたの? 誰もあなたの輝きを知らず、暗闇の中でただ熱を抱え続けていたのね……。大丈夫ですわ、わたくしが今、世界で一番幸せな場所に連れて行ってあげますからね」
その瞳には、一筋の涙が浮かんでいた。
宝石を愛でるというより、生き別れた恋人と再会したかのような、あまりにも純粋で狂気的なまでの愛情。
カイルはその横顔を見つめ、不意に自分の胸の奥が、ルビー以上に熱くなるのを感じた。
「……エミリー嬢」
カイルが静かに名前を呼ぶ。
エミリーはようやく我に返り、ルビーを抱えたままカイルを振り返った。
「……あら、カイル様。見てくださいませ、このルビー! これなら、あなたの秘密のコレクションにも勝てるのではありませんこと?」
「……ああ、そうだね。だが、今の私には、そのルビー以上に眩しく見えるものがある」
カイルは一歩、エミリーに近づいた。
狭い坑道の中、カンテラの灯りに照らされた彼の銀髪が、神秘的な光を放つ。
「エミリー嬢。私は最初、君の持つ『鑑定眼』と『技術』を独占したいと思っていた。……商売人として、稀代の才能を逃したくなかったからだ」
「それは光栄ですわ。わたくしも、カイル様の鑑定眼は信頼しておりますもの」
「……だが、今は違う」
カイルはエミリーの手を、ルビーごと優しく包み込んだ。
「私は、君という人間そのものを、誰にも渡したくないと思い始めている。……泥まみれで宝石を語る君の情熱を、一番近くで見ていたいんだ」
「…………」
エミリーは、ぱちくりと目を瞬かせた。
宝石公と呼ばれるカイル・オルブライトからの、実質的な告白。
普通の令嬢なら、顔を赤らめて卒倒するか、あるいは手を取り合う場面だ。
しかし、エミリーの脳内回路は、極めて「エミリー的」な解釈を弾き出した。
「……カイル様。今の言葉、つまり……」
「ああ、私の本気だ」
「わたくしを『永久貸与の展示品』として、あなたの側に置きたい……という契約の打診ですわね!?」
「……は?」
カイルの甘い表情が、一瞬で凍りついた。
「なるほど! わたくしという個体を所有することで、今後発見されるすべての宝石の優先権を、文字通り身体的に確保しようという……。さすがカイル様、宝石商としての執念が凄まじいですわ! その『独占欲』、わたくし、嫌いじゃありませんわよ!」
「……いや、エミリー嬢。私はそういったビジネス的な意味ではなく……」
「いいえ、分かっておりますわ! これほど情熱的なスカウト、宝石愛好家として応えないわけにはいきません! よろしいでしょう、あなたのコレクションの特等席、わたくしのために空けておいてくださいませ!」
エミリーはルビーを高く掲げ、勝利の宣言のように笑った。
カイルは顔に手を当て、深く、深いため息をついた。
「…………前途多難だな。石にはこれほど詳しいのに、人の心には、原石以下の理解度しかないとは」
「何か仰いました?」
「……いや。君らしいよ、エミリー。そのままでいてくれ。……ただし、覚悟しておいてほしい」
カイルは苦笑しながら、彼女の指先にそっと唇を寄せた。
「君がいつか、石を見つめる時のように私を見つめてくれるまで……私は何度でも、君を『鑑定』し続けるよ」
「? カイル様のカットは今のままで十分完璧ですわよ?」
「そういう意味じゃないんだ……」
伝説の赤が見つかった夜。
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