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「……ちょっと、そこの胡散臭いシルクハットさん。そのケースの中身、わたくしの網膜が『有害物質』だと警報を鳴らしていますわよ」
グラベルの町に活気が戻る中、エミリーは町の広場で「優良貿易商」を名乗る一団を呼び止めた。
彼らが広げていたのは、目がくらむほど鮮やかな原石の数々。町の人々は「また新しい宝の山か!」と色めき立っていたが、エミリーの目は冷徹だった。
「おやおや、お嬢さん。これは隣国の由緒ある鉱山から採れたばかりの、最高級のエメラルドですよ。ほら、この深みのある色を見てください」
「……深み? ええ、確かに『深み』はありますわね。ベリリウムの層に無理やり染料を流し込んだ、浅ましい人間の欲の深みが!」
エミリーは迷わずピッケルの先で、男が持っていた石を軽く叩いた。
パキン、という乾いた音がして、エメラルドの一部が剥がれ落ちる。中から出てきたのは、何の変哲もないただの水晶だった。
「なっ……! 貴様、何を……!」
「表面だけを薄くコーティングし、内部に液体を注入して重さを偽装する……。古典的な『タブレット石』の詐欺ですわ。わたくしの前でそんな二級品の工作を見せるなんて、宝石に対する冒涜、ひいてはわたくしのルーペに対する宣戦布告と受け取りますわよ!」
エミリーが憤慨してルーペを構えた瞬間、背後にいたカイルが静かに手を挙げた。
「……そこまでだ。『影の切子(シャドウ・ファセット)』の諸君。我が国の領土で密売と詐欺を働こうとは、随分と度胸があるじゃないか」
カイルの合図とともに、潜伏していた騎士たちが一斉に密売組織を包囲した。
「……くそっ! あの宝石狂いの女さえいなければ、この町のバカどもを簡単に騙せたものを!」
男たちが引きずられていく中、エミリーは彼らが落とした偽物の石を拾い上げ、心底嫌そうにゴミ箱へ捨てた。
「……不快ですわ。宝石の輝きを、人を騙す道具にするなんて。石たちが泣いていますわよ」
エミリーが珍しく落ち込んだように肩を落とすと、カイルが隣に並び、そっと一枚の書面を差し出した。
「……エミリー。偽物に汚された君の心を浄化するために、これを見てくれないか?」
「あら、新しい鉱山の権利書かしら? それとも、伝説のダイヤモンドの所在図?」
エミリーが期待に目を輝かせて受け取ったのは、重厚な羊皮紙に記された『鑑定書』だった。
だが、そこに記されている項目は、今までエミリーが見てきたものとは全く異なっていた。
「……な、なんですの、これ? 名称:エミリー・フォン・アステリア。硬度:ダイヤモンドを凌駕する不屈の精神。輝き:太陽すら嫉妬する情熱。価値:測定不能(私の全財産を以てしても不足である)……?」
エミリーは一字一句、真面目に読み上げ、それからカイルをじっと見つめた。
「カイル様、この鑑定書……致命的なミスがありますわ」
「……え? どのあたりがだい?」
カイルが少し緊張した面持ちで問い返す。彼なりに、最大限の愛を込めた「告白」のつもりだったのだが。
「わたくしの屈折率が記載されていませんわ! わたくしという個体が、どれほど複雑に光を反射し、あなたの心を惑わせているか……それを数値化してこその鑑定書ではありませんこと!?」
「…………」
カイルは一瞬絶句し、それから耐えきれずに吹き出した。
「……はは、ははは! そうだね、確かにそうだ。君の屈折率は、物理学の法則を完全に無視して、私の人生を大きくねじ曲げてしまったよ」
カイルはエミリーの手を取り、その指先に、宝石を扱うときよりもずっと繊細な手つきで触れた。
「エミリー。私は本気だ。君という、この世でたった一つの『未発見の至宝』を、一生をかけて鑑定し続けたい。……これは、ビジネスパートナーとしての契約書ではなく、私の魂を賭けたプロポーズだ」
広場の喧騒が遠のき、二人の間には真剣な空気が流れる。
エミリーは、カイルの瞳の中に映る自分を見つめた。その瞳は、どんな最高級のサファイアよりも深く、誠実な青色をしていた。
「……カイル様。……よろしいでしょう。わたくしのような『内包物(癖)』だらけの人間を、飽きずに磨き続けられるのは、あなたしかいませんもの」
エミリーは頬を赤らめ、カイルの胸元にあるタイピンの真珠に指を触れた。
「……ただし、わたくしの左薬指に収まる石は、わたくし自身が掘り出し、磨き上げたものに限らせていただきますわよ?」
「……ああ、もちろんだ。君が納得するまで、世界中の山を一緒に歩こう」
こうして、宝石狂いの令嬢と、彼女に狂わされた公爵の、究極の婚約が成立した。
だが、エミリーの次の言葉が、ムードを完璧に粉砕した。
「さあ、カイル様! そうと決まれば、次は隣国の『火山の麓』へ向かいますわよ! あそこには、あなたの情熱のような真っ赤なオパールが眠っているはずですわ!」
「……休憩は? 新婚旅行の計画は?」
「採掘こそが最大の休息ですわ! さあ、ガストン様! 馬車を出してちょうだい!」
カイルは苦笑いしながらも、愛しき「宝石の女王」に従い、再び爆走する工房へと乗り込むのだった。
グラベルの町に活気が戻る中、エミリーは町の広場で「優良貿易商」を名乗る一団を呼び止めた。
彼らが広げていたのは、目がくらむほど鮮やかな原石の数々。町の人々は「また新しい宝の山か!」と色めき立っていたが、エミリーの目は冷徹だった。
「おやおや、お嬢さん。これは隣国の由緒ある鉱山から採れたばかりの、最高級のエメラルドですよ。ほら、この深みのある色を見てください」
「……深み? ええ、確かに『深み』はありますわね。ベリリウムの層に無理やり染料を流し込んだ、浅ましい人間の欲の深みが!」
エミリーは迷わずピッケルの先で、男が持っていた石を軽く叩いた。
パキン、という乾いた音がして、エメラルドの一部が剥がれ落ちる。中から出てきたのは、何の変哲もないただの水晶だった。
「なっ……! 貴様、何を……!」
「表面だけを薄くコーティングし、内部に液体を注入して重さを偽装する……。古典的な『タブレット石』の詐欺ですわ。わたくしの前でそんな二級品の工作を見せるなんて、宝石に対する冒涜、ひいてはわたくしのルーペに対する宣戦布告と受け取りますわよ!」
エミリーが憤慨してルーペを構えた瞬間、背後にいたカイルが静かに手を挙げた。
「……そこまでだ。『影の切子(シャドウ・ファセット)』の諸君。我が国の領土で密売と詐欺を働こうとは、随分と度胸があるじゃないか」
カイルの合図とともに、潜伏していた騎士たちが一斉に密売組織を包囲した。
「……くそっ! あの宝石狂いの女さえいなければ、この町のバカどもを簡単に騙せたものを!」
男たちが引きずられていく中、エミリーは彼らが落とした偽物の石を拾い上げ、心底嫌そうにゴミ箱へ捨てた。
「……不快ですわ。宝石の輝きを、人を騙す道具にするなんて。石たちが泣いていますわよ」
エミリーが珍しく落ち込んだように肩を落とすと、カイルが隣に並び、そっと一枚の書面を差し出した。
「……エミリー。偽物に汚された君の心を浄化するために、これを見てくれないか?」
「あら、新しい鉱山の権利書かしら? それとも、伝説のダイヤモンドの所在図?」
エミリーが期待に目を輝かせて受け取ったのは、重厚な羊皮紙に記された『鑑定書』だった。
だが、そこに記されている項目は、今までエミリーが見てきたものとは全く異なっていた。
「……な、なんですの、これ? 名称:エミリー・フォン・アステリア。硬度:ダイヤモンドを凌駕する不屈の精神。輝き:太陽すら嫉妬する情熱。価値:測定不能(私の全財産を以てしても不足である)……?」
エミリーは一字一句、真面目に読み上げ、それからカイルをじっと見つめた。
「カイル様、この鑑定書……致命的なミスがありますわ」
「……え? どのあたりがだい?」
カイルが少し緊張した面持ちで問い返す。彼なりに、最大限の愛を込めた「告白」のつもりだったのだが。
「わたくしの屈折率が記載されていませんわ! わたくしという個体が、どれほど複雑に光を反射し、あなたの心を惑わせているか……それを数値化してこその鑑定書ではありませんこと!?」
「…………」
カイルは一瞬絶句し、それから耐えきれずに吹き出した。
「……はは、ははは! そうだね、確かにそうだ。君の屈折率は、物理学の法則を完全に無視して、私の人生を大きくねじ曲げてしまったよ」
カイルはエミリーの手を取り、その指先に、宝石を扱うときよりもずっと繊細な手つきで触れた。
「エミリー。私は本気だ。君という、この世でたった一つの『未発見の至宝』を、一生をかけて鑑定し続けたい。……これは、ビジネスパートナーとしての契約書ではなく、私の魂を賭けたプロポーズだ」
広場の喧騒が遠のき、二人の間には真剣な空気が流れる。
エミリーは、カイルの瞳の中に映る自分を見つめた。その瞳は、どんな最高級のサファイアよりも深く、誠実な青色をしていた。
「……カイル様。……よろしいでしょう。わたくしのような『内包物(癖)』だらけの人間を、飽きずに磨き続けられるのは、あなたしかいませんもの」
エミリーは頬を赤らめ、カイルの胸元にあるタイピンの真珠に指を触れた。
「……ただし、わたくしの左薬指に収まる石は、わたくし自身が掘り出し、磨き上げたものに限らせていただきますわよ?」
「……ああ、もちろんだ。君が納得するまで、世界中の山を一緒に歩こう」
こうして、宝石狂いの令嬢と、彼女に狂わされた公爵の、究極の婚約が成立した。
だが、エミリーの次の言葉が、ムードを完璧に粉砕した。
「さあ、カイル様! そうと決まれば、次は隣国の『火山の麓』へ向かいますわよ! あそこには、あなたの情熱のような真っ赤なオパールが眠っているはずですわ!」
「……休憩は? 新婚旅行の計画は?」
「採掘こそが最大の休息ですわ! さあ、ガストン様! 馬車を出してちょうだい!」
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