断罪中にお腹が鳴る!食欲に正直に生きたら騎士団長に胃袋を掴まれました

ちゃっぴー

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「ミミル・フォン・ラングレー! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄させてもらう!」

きらびやかなシャンデリアが輝く、王宮の夜会会場。
その中央で、第一王子ジュリアスが声を張り上げた。
彼の傍らには、守るように抱き寄せられた可憐な少女、カレン・ベルナルド男爵令嬢が寄り添っている。

本来であれば、婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢が青ざめ、崩れ落ちるような絶望的なシーン。
しかし、当の本人であるミミルの意識は、全く別の場所にあった。

(ああ……目の前のローストビーフが、どんどん冷めていく……)

ミミルの視線は、ジュリアスの怒りに満ちた顔ではなく、彼の背後にあるビュッフェテーブルに釘付けだった。
ソースがたっぷりかかった厚切りの肉。
付け合わせのマッシュポテト。
さっきから給仕が運び込んでいる、焼きたてのキッシュ。

「聞いているのか、ミミル! 貴様のその冷酷な態度、まさに『氷の毒婦』の名にふさわしい。カレンへの数々の嫌がらせ、私はすべて把握しているのだぞ!」

(嫌がらせ? そんな面倒なことする暇があったら、私は騎士団の訓練場に行ってサイラス様の筋肉を拝んでいますわ)

ミミルは心の中で、誰にも言えない秘密を毒づいた。
彼女が夜な夜なこっそり屋敷を抜け出していたのは、悪事を働くためではない。
「推し」である騎士団長サイラス・ヴォルガードの深夜特訓を、木陰から眺めるため。
そして、その帰りに深夜まで営業している屋台の串焼きを貪り食うためである。

「……殿下、一つ伺ってもよろしいでしょうか」

ようやくミミルが口を開いた。
その声は鈴を転がすように美しいが、内容は極めて事務的だ。

「なんだ。今さら命乞いか? 見苦しいぞ」

「いいえ。婚約破棄に関しては承知いたしました。異議はございません」

「……は?」

ジュリアスが拍子抜けしたような声を出す。
隣のカレンも、勝ち誇った笑みを浮かべる準備をしていたのに、眉をひそめた。

「ですが、その『嫌がらせ』とやらを私がいつ、どこで行ったのか。それだけはハッキリさせていただけますか?」

「ふん、しらばっくれるな! 先月の園遊会の日、貴様はカレンのドレスにわざと紅茶をかけた。さらには彼女の愛読書を噴水に投げ捨てたはずだ!」

ミミルは記憶をさかのぼった。
先月の園遊会。
……ああ、あの。

「殿下、残念ながらその日は、私は一歩も会場におりませんでしたわ」

「嘘をつけ! 皆が貴様を探していたのだぞ!」

「その時間は……厨房の裏で、料理長が試作した新作のフォアグラマカロンを、特別に試食させていただいておりましたの。証人は料理長と、その場にいた三人の見習いシェフですわ」

会場がざわつき始める。
公爵令嬢が、園遊会の最中に厨房裏でマカロンを貪っていたという衝撃の事実。
だが、ミミルにとってそれは「真実」であり、何ら恥じることではない。

「な、なんだと……? では、カレンの本を捨てたという件はどうだ!」

「その日は……そうですわ。騎士団の遠征見送りに行くために、早朝からお弁当を作っておりました。あいにく、噴水のそばを通る時間など一分もございませんでしたわ」

「お、お弁当だと……? 誰にだ!」

「サイラス団長に決まっているではありませんか」

ミミルはさらっと、会場にいた誰もが恐れる「鉄血の騎士」の名前を出した。
会場の隅で静観していたはずのサイラス団長本人が、思わずむせ返るのが聞こえた。

「屁理屈を……! どちらにせよ、私はカレンを愛している。愛のない契約結婚など、これ以上続けるつもりはない!」

ジュリアスは力強く宣言した。
ドラマチックな音楽でも流れそうな雰囲気。
しかし、その静寂を「ある音」が切り裂いた。

――ギュルルルルルル。

重厚な大理石の床に響き渡る、あまりにも情熱的で、あまりにも卑俗な音。

「…………え?」

ジュリアスが固まる。
カレンが目を見開く。
招待客たちが、信じられないものを見る目でミミルを凝視した。

ミミルは、優雅に扇で口元を隠した。
だが、隠しきれない。
彼女のお腹は、今日一日の絶食(この夜会で暴飲暴食するためだけに耐えた苦労)の限界を訴えていた。

「……申し訳ございません。あまりに話が長いですから、私のお腹が抗議の声を上げてしまいましたわ」

「貴様……この状況で、腹を鳴らしたのか……?」

「殿下、愛も大切ですが、空腹は万病の元。婚約破棄の書類は後ほど公爵家へ送ってくださいませ。受理のサインは、美味しいパンでも食べながらさせていただきますわ」

ミミルは優雅にカーテシーを決めた。
その所作は完璧で、お腹の音さえなければ、誰もが跪くような高潔な美しさだった。

「では、私はこれにて失礼いたします。……ああ、最後に一つだけ」

ミミルは振り返り、ビュッフェテーブルの上のローストビーフを指差した。

「そちらのローストビーフ、赤身の火入れが完璧ですわ。カレン様、殿下を独占できたお祝いに、冷めないうちに召し上がってくださいな。私は……今すぐ街のステーキハウスへ向かいますので」

「ま、待て! ミミル! まだ話は終わって――」

ジュリアスの制止を無視し、ミミルはドレスの裾を翻して颯爽と会場を後にした。
その足取りは、絶望の淵に立たされた令嬢のそれではない。
獲物を狙う狩人のように、力強く、そして速い。

(待ってて、サーロインステーキ! 推しのブロマイドを眺めながら、貴方を胃袋に収めてあげますわ!)

王宮の重い扉が閉まる。
後に残されたのは、唖然とする王子と、屈辱に震える男爵令嬢。
そして、なぜか小さく口角を上げていた騎士団長の姿だけだった。
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