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王宮を飛び出し、馬車に飛び乗ったミミルが真っ先に向かったのは、行きつけのステーキハウス……ではなく。
「ただいま戻りましたわ、お父様! 至急、キッチンに連絡を! 牛を一頭捌く準備をなさい!」
深夜のラングレー公爵邸。
静まり返った玄関ホールに、ミミルの凛とした、しかし切実な叫びが響き渡った。
パジャマ姿で現れた父、ラングレー公爵は、目をこすりながら愛娘を凝視した。
「ミミル? 夜会はどうした。王子とのダンスは……」
「そんなものより肉ですわ、お父様! 婚約破棄されましたもの、今の私は自由! 自由の味は、霜降りの脂の味に違いありませんわ!」
「婚約破棄……だと?」
公爵の顔が、一瞬で険しくなった。
娘が「氷の毒婦」と噂され、王子から冷遇されていたことは知っている。
親として、いつかこの日が来るとは思っていたが、まさかこんな夜更けに。
「ジュリアス王子が……カレンという娘のために、私を断罪なさいました。冤罪もいいところですが、説明する時間がもったいないので『はい、さようなら』と帰って参りましたわ」
「……そうか。あのバカ王子が、ついにやったか」
公爵は深いため息をついた。
怒り狂うかと思いきや、彼はミミルの肩をポンと叩いた。
「よくやった、ミミル。あんなナルシストの男に、お前は勿体ないと思っていたのだ。……おい、キッチン! 起きろ! お嬢様の祝杯だ! 最高級の部位をすべて持ってこい!」
「さすがはお父様! 話が早くて助かりますわ!」
深夜二時。
公爵邸の食堂は、まるで昼間のような活気に包まれた。
次々と運ばれてくる、厚切りステーキ、ガーリックライス、溢れんばかりのサラダ。
ミミルはドレスの袖をまくり上げ、ナイフとフォークを構えた。
「さあ、まずはこのサーロインから……。んん~っ、幸せですわ! 王宮のスカスカなカナッペとは格が違いますわね!」
「ミミル、落ち着いて食べなさい。で、具体的にどんな『嫌がらせ』をしたと責められたのだ?」
公爵がワインを片手に尋ねる。
ミミルは口いっぱいに肉を頬張ったまま、記憶のゴミ箱を漁った。
「もふ……ええと、カレン様のドレスを切り裂いただの、階段から突き落とそうとしただの、それはもうレパートリー豊富でしたわよ」
「なんだと? そんな根も葉もないことを……」
「そうなんですのよ。ドレスを切り裂くなんて、そんな指先の筋肉を酷使する暇があったら、私はサイラス様の剣技を模写して自分を鍛えますわ」
「お前、まだあの騎士団長に執着しているのか」
公爵が呆れた顔をする。
ミミルは「執着ではなく、信仰です」と真顔で言い返した。
「階段から突き落とす? あんなひょろひょろした令嬢の背中を押すなんて、貴重なカロリーの無駄遣いです。そんなことより、私はカレン様が王子とイチャついている間に、王宮の裏庭に自生している珍しいハーブを採取しておりましたのよ」
「……。お前、実は冤罪を晴らすの、すごく簡単だったんじゃないか?」
「ええ。でも、あそこで潔白を証明して、またあの退屈な婚約者生活に戻るなんて、胃の腑が拒絶反応を起こしますわ。あの方の隣にいると、毒見役がいないと安心して食事ができませんもの」
ミミルは、ジュリアス王子の顔を思い出しながら、付け合わせのクレソンをむしゃむしゃと食べた。
王子はいつも「令嬢らしく少食であれ」とミミルに強要していたのだ。
「これからは、お父様の許可なく勝手に太らせていただきますわよ」
「ああ、好きにしろ。むしろその方が健康的だ」
「ありがとうございます! ……あ、そうだ。お父様、明日の予定を変更してもよろしいかしら?」
「なんだ。静養でもするか?」
「いいえ。騎士団の朝練を見学に行きますわ。婚約破棄されたショックで寝込んでいると思わせるために、完全変装で行く予定です」
ミミルの目は、ステーキの脂よりもギラギラと輝いていた。
自由を手に入れた彼女の「推し活」と「食欲」は、もはや誰にも止められない。
「ところでミミル。お前の背後に、誰か立っているぞ」
「……え?」
ミミルが振り返ると、そこには影のように立つ執事の姿があった。
その手には、王宮から届けられたばかりの「至急」の封筒。
「お嬢様、ジュリアス王子殿下より、追加の伝言が届いております」
「何かしら。私の食べ残しの請求かしら?」
ミミルが面倒くさそうに封筒を開くと、そこには殴り書きのような文字でこうあった。
『明日の朝、改めて釈明の場を設けてやる。慈悲深い私に感謝し、カレンに謝罪する準備をして王宮へ来い』
「…………」
ミミルは、その手紙を丁寧に二つ折りにした。
そして、それを炭火で焼かれたステーキの肉汁で、じっくりと湿らせた。
「お父様、これ。明日、王子のお顔に叩きつけてもよろしいかしら?」
「構わん。私の許可証も添えておこう」
最強の父娘は、深夜の食堂で高笑いを上げた。
ミミルの「悪役令嬢」としての第ニの人生は、胃もたれ知らずの快進撃から始まることになったのである。
「ただいま戻りましたわ、お父様! 至急、キッチンに連絡を! 牛を一頭捌く準備をなさい!」
深夜のラングレー公爵邸。
静まり返った玄関ホールに、ミミルの凛とした、しかし切実な叫びが響き渡った。
パジャマ姿で現れた父、ラングレー公爵は、目をこすりながら愛娘を凝視した。
「ミミル? 夜会はどうした。王子とのダンスは……」
「そんなものより肉ですわ、お父様! 婚約破棄されましたもの、今の私は自由! 自由の味は、霜降りの脂の味に違いありませんわ!」
「婚約破棄……だと?」
公爵の顔が、一瞬で険しくなった。
娘が「氷の毒婦」と噂され、王子から冷遇されていたことは知っている。
親として、いつかこの日が来るとは思っていたが、まさかこんな夜更けに。
「ジュリアス王子が……カレンという娘のために、私を断罪なさいました。冤罪もいいところですが、説明する時間がもったいないので『はい、さようなら』と帰って参りましたわ」
「……そうか。あのバカ王子が、ついにやったか」
公爵は深いため息をついた。
怒り狂うかと思いきや、彼はミミルの肩をポンと叩いた。
「よくやった、ミミル。あんなナルシストの男に、お前は勿体ないと思っていたのだ。……おい、キッチン! 起きろ! お嬢様の祝杯だ! 最高級の部位をすべて持ってこい!」
「さすがはお父様! 話が早くて助かりますわ!」
深夜二時。
公爵邸の食堂は、まるで昼間のような活気に包まれた。
次々と運ばれてくる、厚切りステーキ、ガーリックライス、溢れんばかりのサラダ。
ミミルはドレスの袖をまくり上げ、ナイフとフォークを構えた。
「さあ、まずはこのサーロインから……。んん~っ、幸せですわ! 王宮のスカスカなカナッペとは格が違いますわね!」
「ミミル、落ち着いて食べなさい。で、具体的にどんな『嫌がらせ』をしたと責められたのだ?」
公爵がワインを片手に尋ねる。
ミミルは口いっぱいに肉を頬張ったまま、記憶のゴミ箱を漁った。
「もふ……ええと、カレン様のドレスを切り裂いただの、階段から突き落とそうとしただの、それはもうレパートリー豊富でしたわよ」
「なんだと? そんな根も葉もないことを……」
「そうなんですのよ。ドレスを切り裂くなんて、そんな指先の筋肉を酷使する暇があったら、私はサイラス様の剣技を模写して自分を鍛えますわ」
「お前、まだあの騎士団長に執着しているのか」
公爵が呆れた顔をする。
ミミルは「執着ではなく、信仰です」と真顔で言い返した。
「階段から突き落とす? あんなひょろひょろした令嬢の背中を押すなんて、貴重なカロリーの無駄遣いです。そんなことより、私はカレン様が王子とイチャついている間に、王宮の裏庭に自生している珍しいハーブを採取しておりましたのよ」
「……。お前、実は冤罪を晴らすの、すごく簡単だったんじゃないか?」
「ええ。でも、あそこで潔白を証明して、またあの退屈な婚約者生活に戻るなんて、胃の腑が拒絶反応を起こしますわ。あの方の隣にいると、毒見役がいないと安心して食事ができませんもの」
ミミルは、ジュリアス王子の顔を思い出しながら、付け合わせのクレソンをむしゃむしゃと食べた。
王子はいつも「令嬢らしく少食であれ」とミミルに強要していたのだ。
「これからは、お父様の許可なく勝手に太らせていただきますわよ」
「ああ、好きにしろ。むしろその方が健康的だ」
「ありがとうございます! ……あ、そうだ。お父様、明日の予定を変更してもよろしいかしら?」
「なんだ。静養でもするか?」
「いいえ。騎士団の朝練を見学に行きますわ。婚約破棄されたショックで寝込んでいると思わせるために、完全変装で行く予定です」
ミミルの目は、ステーキの脂よりもギラギラと輝いていた。
自由を手に入れた彼女の「推し活」と「食欲」は、もはや誰にも止められない。
「ところでミミル。お前の背後に、誰か立っているぞ」
「……え?」
ミミルが振り返ると、そこには影のように立つ執事の姿があった。
その手には、王宮から届けられたばかりの「至急」の封筒。
「お嬢様、ジュリアス王子殿下より、追加の伝言が届いております」
「何かしら。私の食べ残しの請求かしら?」
ミミルが面倒くさそうに封筒を開くと、そこには殴り書きのような文字でこうあった。
『明日の朝、改めて釈明の場を設けてやる。慈悲深い私に感謝し、カレンに謝罪する準備をして王宮へ来い』
「…………」
ミミルは、その手紙を丁寧に二つ折りにした。
そして、それを炭火で焼かれたステーキの肉汁で、じっくりと湿らせた。
「お父様、これ。明日、王子のお顔に叩きつけてもよろしいかしら?」
「構わん。私の許可証も添えておこう」
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