4 / 28
4
しおりを挟む
「お嬢様! 裏口から馬車を出すなんて、いくらなんでも公爵令嬢として破天荒すぎますわ!」
「何を言っているの、アン。正面突破して捕まったら、今日の限定ランチに間に合いませんわよ」
ミミルは馬車の窓から、遠ざかる公爵邸の門を眺めた。
そこではまだ、王宮の使者が父――ラングレー公爵に食い下がっている。
「公爵! ミミル嬢を隠すのは反逆行為だぞ!」
「うるさい! 娘は昨夜の衝撃で、心に深い傷を負って寝込んでいると言っているだろう! どうしても会いたければ、私を斬り捨ててから行け!」
(お父様、ノリノリですわね……)
ミミルは、父の「名演技」に感心しながら、手に持ったクロワッサンを齧った。
「心に深い傷」を負ったはずの娘は、今、バターの芳醇な香りに包まれて至福の表情を浮かべている。
数時間後。
街をひと回りし、お目当てのスイーツと「推し」の新作ブロマイドを無事に確保したミミルは、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって帰宅した。
玄関ホールに入ると、そこには豪華な装飾が施された長いテーブルが設置されていた。
「あら、お父様。まだ宴会の片付けが終わっていないのかしら?」
「おお、ミミル! 帰ったか。違うぞ、これは『片付け』ではない。『準備』だ!」
公爵が満面の笑みで両手を広げる。
そこには、昨夜以上の豪華な料理が並べられようとしていた。
「準備……? またどなたかお客様でもいらっしゃるの?」
「いいや、身内だけだ。祝宴だよ、ミミル! お前の『独身返り咲きパーティー』だ!」
公爵の宣言に、控えていた使用人たちが一斉に拍手を送った。
「おめでとうございます、お嬢様!」
「自由万歳!」
「これで王宮のケチな予算に振り回されずに済みますな!」
ミミルは目を丸くした。
普通、婚約破棄された娘は「家の恥」として修道院送りにされるか、離れに幽閉されるのがこの世界の貴族の常識だ。
「……お父様、よろしいのですか? 私は『氷の毒婦』として王宮を追い出された身ですわよ?」
「はっはっは! 毒婦が聞いて呆れるわ。お前が毒を盛るとしたら、それは料理の味付けを濃くして白米を誘う時ぐらいだろう?」
「それは否定できませんわね」
「ジュリアス王子のような、中身の詰まっていない空っぽな男に、我が家の宝石をやるのは忍びなかったのだ。ミミル、お前は自由だ。これからは、好きなだけ食べて、好きなだけあの騎士団長を追いかけ回すがいい!」
公爵は太っ腹に言い放ち、特大のシャンパンを抜いた。
「お父様……! 私、この家に生まれて本当に良かったですわ!」
ミミルは感激のあまり、父の胸に飛び込んだ。
(もちろん、その手にはさっき買ったばかりのサイラス様の『腹筋チラ見せ限定ブロマイド』が握られているが)
「さあ、食え! 今日はラングレー家の誇りにかけて、最高のシェフを五人集めた! 前菜からデザートまで、お前の胃袋を限界まで満たしてやろう!」
「受けて立ちますわ! 私の胃袋は、今や宇宙も同然ですもの!」
その夜、ラングレー公爵邸では夜通し笑い声が絶えなかった。
世間では「悪役令嬢が失脚した」と噂されているが、その当の本人は、霜降り肉の海で幸せに溺れていた。
宴もたけなわとなった頃、ミミルはふと思い出したようにアンを呼んだ。
「アン、明日の朝食は何かしら?」
「お嬢様、今さっきデザートのワゴンを三台空にしたばかりですよ!?」
「朝食は別腹ですわ。それと……明日は、例の『特等席』へ行く準備を忘れないでちょうだい」
ミミルの目が、ふと真剣な輝きを帯びる。
「特等席」とは、騎士団訓練場のすぐ裏にある、古い樫の木の上だ。
そこからは、サイラス団長が朝の素振りをする姿が、遮るものなく拝めるのである。
「婚約破棄された哀れな令嬢という立場を利用して、明日からは堂々と……いえ、ひっそりと、情熱的に彼を応援させていただきますわ」
ミミルは、最後に残ったマカロンをパクリと口に放り込んだ。
甘酸っぱいラズベリーの味が、彼女の新しい人生の幕開けを告げていた。
「何を言っているの、アン。正面突破して捕まったら、今日の限定ランチに間に合いませんわよ」
ミミルは馬車の窓から、遠ざかる公爵邸の門を眺めた。
そこではまだ、王宮の使者が父――ラングレー公爵に食い下がっている。
「公爵! ミミル嬢を隠すのは反逆行為だぞ!」
「うるさい! 娘は昨夜の衝撃で、心に深い傷を負って寝込んでいると言っているだろう! どうしても会いたければ、私を斬り捨ててから行け!」
(お父様、ノリノリですわね……)
ミミルは、父の「名演技」に感心しながら、手に持ったクロワッサンを齧った。
「心に深い傷」を負ったはずの娘は、今、バターの芳醇な香りに包まれて至福の表情を浮かべている。
数時間後。
街をひと回りし、お目当てのスイーツと「推し」の新作ブロマイドを無事に確保したミミルは、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって帰宅した。
玄関ホールに入ると、そこには豪華な装飾が施された長いテーブルが設置されていた。
「あら、お父様。まだ宴会の片付けが終わっていないのかしら?」
「おお、ミミル! 帰ったか。違うぞ、これは『片付け』ではない。『準備』だ!」
公爵が満面の笑みで両手を広げる。
そこには、昨夜以上の豪華な料理が並べられようとしていた。
「準備……? またどなたかお客様でもいらっしゃるの?」
「いいや、身内だけだ。祝宴だよ、ミミル! お前の『独身返り咲きパーティー』だ!」
公爵の宣言に、控えていた使用人たちが一斉に拍手を送った。
「おめでとうございます、お嬢様!」
「自由万歳!」
「これで王宮のケチな予算に振り回されずに済みますな!」
ミミルは目を丸くした。
普通、婚約破棄された娘は「家の恥」として修道院送りにされるか、離れに幽閉されるのがこの世界の貴族の常識だ。
「……お父様、よろしいのですか? 私は『氷の毒婦』として王宮を追い出された身ですわよ?」
「はっはっは! 毒婦が聞いて呆れるわ。お前が毒を盛るとしたら、それは料理の味付けを濃くして白米を誘う時ぐらいだろう?」
「それは否定できませんわね」
「ジュリアス王子のような、中身の詰まっていない空っぽな男に、我が家の宝石をやるのは忍びなかったのだ。ミミル、お前は自由だ。これからは、好きなだけ食べて、好きなだけあの騎士団長を追いかけ回すがいい!」
公爵は太っ腹に言い放ち、特大のシャンパンを抜いた。
「お父様……! 私、この家に生まれて本当に良かったですわ!」
ミミルは感激のあまり、父の胸に飛び込んだ。
(もちろん、その手にはさっき買ったばかりのサイラス様の『腹筋チラ見せ限定ブロマイド』が握られているが)
「さあ、食え! 今日はラングレー家の誇りにかけて、最高のシェフを五人集めた! 前菜からデザートまで、お前の胃袋を限界まで満たしてやろう!」
「受けて立ちますわ! 私の胃袋は、今や宇宙も同然ですもの!」
その夜、ラングレー公爵邸では夜通し笑い声が絶えなかった。
世間では「悪役令嬢が失脚した」と噂されているが、その当の本人は、霜降り肉の海で幸せに溺れていた。
宴もたけなわとなった頃、ミミルはふと思い出したようにアンを呼んだ。
「アン、明日の朝食は何かしら?」
「お嬢様、今さっきデザートのワゴンを三台空にしたばかりですよ!?」
「朝食は別腹ですわ。それと……明日は、例の『特等席』へ行く準備を忘れないでちょうだい」
ミミルの目が、ふと真剣な輝きを帯びる。
「特等席」とは、騎士団訓練場のすぐ裏にある、古い樫の木の上だ。
そこからは、サイラス団長が朝の素振りをする姿が、遮るものなく拝めるのである。
「婚約破棄された哀れな令嬢という立場を利用して、明日からは堂々と……いえ、ひっそりと、情熱的に彼を応援させていただきますわ」
ミミルは、最後に残ったマカロンをパクリと口に放り込んだ。
甘酸っぱいラズベリーの味が、彼女の新しい人生の幕開けを告げていた。
0
あなたにおすすめの小説
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました
蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。
互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう…
※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる