断罪中にお腹が鳴る!食欲に正直に生きたら騎士団長に胃袋を掴まれました

ちゃっぴー

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「さあ、アン! 準備はよろしくて? 今日の私は、空気と一体化する予定ですわ!」

翌朝、夜明けと共にミミルは声を上げた。
その格好は、およそ公爵令嬢とは思えないものだった。
地味な茶色のローブを羽織り、深いフードを被っている。
……が、その下からは、最高級のシルクで仕立てられたドレスの裾が盛大にはみ出していた。

「お嬢様、その格好で『空気と一体化』は無理があります。あと、その大きなリュックの中身は何ですか?」

「決まっていますわ。観劇……いえ、見学には欠かせない三種の神器です。双眼鏡、おしぼり、そして特製カツサンドですわ!」

「お嬢様、それピクニックに行く受験生ですよ」

アンのツッコミを華麗にスルーし、ミミルは鼻歌まじりに公爵邸の裏口を抜けた。
婚約破棄される前は、常に王子の視線と世間の噂を気にしていたが、今は違う。
何を食べても、どこへ行っても、誰を拝んでも「婚約破棄された可哀想な女」という最強の免罪符があるのだ。

「自由って、なんて素晴らしい調味料かしら。昨日のカツサンドより、今日の方が三割増しで美味しそうに見えますわ」

ミミルが向かったのは、騎士団演習場の裏手にそびえる巨大な樫の木だ。
ここにはミミルが勝手に命名した『聖なる観測地点』がある。
彼女は手慣れた動作で木に登り、太い枝の上にどっしりと腰を下ろした。

「ふふふ……見えます、見えますわ。あそこで素振りをしているのが、私の魂の浄化、サイラス様ですわね!」

双眼鏡を覗き込むミミルの視線の先には、上半身裸で大剣を振るう一人の男がいた。
騎士団長サイラス・ヴォルガード。
岩山を削り出したような屈強な肉体と、一切の妥協を許さない鋭い眼光。
飛び散る汗が朝日に反射し、まるで宝石のように輝いている。

「ああ……あの広背筋。まるでラングレー領のなだらかな丘陵地帯を見ているようですわ……。あそこに住みたい……」

ミミルはうっとりとしながら、リュックからカツサンドを取り出した。
肉厚なカツに、少し辛めのソース。
それを豪快に一口齧り、咀嚼する。

「んんっ! 最高ですわ! サイラス様の筋肉を視覚で楽しみ、カツの弾力を味覚で楽しむ……。これぞ人生のフルコース!」

ミミルが悦に浸っていた、その時。
演習場にいたサイラスが、ピタリと動きを止めた。
そして、鋭い視線をミミルが潜んでいる木へと向けたのだ。

「……誰だ。そこにいるのは」

「(ヒッ!?)」

ミミルは思わずカツサンドを喉に詰まらせそうになった。
距離はあるはずだ。それに、今はフードを被って気配を消している(つもりである)。

「出てこい。不審者として、その場で斬り捨ててもいいが?」

「(き、斬り捨て御免!? それはそれでサイラス様の剣に触れられる光栄な死……ではなくて!)」

ミミルは慌てて木から降りようとした。
しかし、焦るあまりドレスの裾が枝に引っかかり、無惨な音が響く。
――バリバリッ!

「ああっ!? お父様に買ってもらったばかりの特注品が!」

「……ミミル・フォン・ラングレー嬢か?」

木の下までいつの間にか移動していたサイラスが、怪訝そうに上を見上げていた。
そこには、フードが脱げ、カツサンドを片手に持ったまま、ドレスの裾を枝に取られて宙吊り寸前の公爵令嬢がいた。

「ご、ごきげんよう、サイラス様……。素晴らしい快晴ですわね。あまりに天気が良いので、木の上で光合成をしていたところですの」

「光合成をする令嬢がカツサンドを食うか。……降りてこい。手を貸してやる」

サイラスが太い腕を差し出す。
ミミルは心臓が飛び出しそうになった。
推しの筋肉が、目の前にある。
しかも、エスコート(?)されようとしている。

「あ、あの、私……自分でも降りられますわ。えいっ!」

見栄を張って飛び降りたミミルだったが、案の定、地面の凹凸に足を取られて前のめりに倒れ込んだ。
……正確には、サイラスの胸板に全力でダイブした。

「ぶふぉっ!」

「……。騒がしい女だ」

ミミルの顔の前に、鍛え抜かれた大胸筋が広がる。
ほんのりと汗と鉄の匂い、そして男らしい体温が伝わってくる。

「……柔らかい」

「……あ?」

「あ、いいえ! 硬いですわ! 素晴らしい密度ですわ、サイラス様! まるで熟成された乾燥肉のような、完璧な仕上がりですわね!」

「……お前、褒めているのか、馬鹿にしているのかどっちだ」

サイラスは呆れたようにミミルを立たせると、彼女が落としたカツサンドを拾い上げた。

「婚約破棄されたと聞いたが……。こんなところで油を売っていていいのか」

「油ではありませんわ、カツサンドの脂です。サイラス様、私、自由になったのです。これからは、誰に遠慮することなく、貴方を……いえ、貴方の訓練を眺めることができますわ!」

ミミルが満面の笑みで宣言すると、無敵の騎士団長が、ほんの少しだけ顔を背けた。

「……勝手にしろ。だが、木から落ちて死なれると寝覚めが悪い」

「心配してくださるなんて、優しすぎますわ! お礼に、このカツサンドの半分を差し上げます!」

「……いらん」

「遠慮なさらず! さあ、あーんしてくださいまし!」

ミミルとサイラス。
正反対の二人の、噛み合わないようで少しだけ距離の縮まった朝が、こうして始まった。
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