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「見なさい、サイラス様! この『幻の青い鳥のコンフィ』の、黄金色に輝く皮の張りを! まるで、貴方が全力で剣を振るった直後の、あの上腕三頭筋の張りのようですわ!」
会場の隅、豪華な装飾が施されたビュッフェテーブルの前で、ミミルは感涙にむせんでいた。
彼女の皿には、一般公募では一生お目にかかれないような希少食材が、芸術的な山となって築かれている。
「……ラングレー嬢、例えに肉体の部位を出すのはやめろと言っただろう。……。だが、確かに。この肉の繊維のキメ細かさは……一級品だな」
サイラスもまた、普段の厳格な雰囲気はどこへやら、ミミルから「これこそが筋肉の糧ですわ!」と推奨された肉料理を、実に効率的な動きで口に運んでいる。
二人の周囲だけ、舞踏会の華やかな空気とは異質な、戦場のような熱気が漂っていた。
そこへ、青筋を立てたジュリアス王子が、カレンを引き連れて大股で歩み寄ってきた。
「ミミル! いい加減にしろ! 貴様、いつまでその無様な猿芝居を続けるつもりだ!」
ミミルは、今まさに鳥の腿肉を骨ごとしゃぶろうとしていた口を止め、ゆっくりと顔を上げた。
その口元には、最高級のトリュフソースが一筋、艶やかに光っている。
「……あら、殿下。猿芝居とは心外ですわ。私は今、この鳥の尊い命を、我が血肉へと昇華させるという神聖な儀式の最中ですの。……サイラス様、このソース、少しお分けしましょうか?」
「……。……ああ、頂こう。……。殿下、今は食事の最中です。御用件は後にしていただけませんか」
サイラスが冷徹な視線を向けると、ジュリアスは一瞬ひるんだが、すぐに鼻で笑った。
「ふん、サイラス。貴様も哀れな男だな。こんな女の狂言に付き合わされるとは。……ミミル! 分かっているのだぞ。貴様がこれほどまでに下品なほどに食らいつき、あえて騎士団長と仲睦まじく見せている理由がな!」
ジュリアスは自信満々に、バサリとマントを翻した。
「……理由、ですか? 美味しいから以外に何かございますの?」
「決まっているだろう! 僕の気を引きたいのだな!? 『自分を捨てたことを後悔させてやる』……そんな幼稚な動機で、僕の視界に入る場所でわざとらしく振る舞っている。……。ああ、なんて愛らしくも、浅ましく、そして哀れな女だ!」
ジュリアスが、恍惚とした表情で自分の世界に浸り始める。
隣のカレンさえも、「えっ、そこまで……?」という顔で王子を二度見した。
「……殿下、今、何とおっしゃいました? 私が、貴方の気を引くために食べている……と?」
「隠さなくていい。僕ほどの男を失ったのだ、正気ではいられないのも無理はない。だがミミル、残念ながら逆効果だ。そんなに胃袋を膨らませた不格好な姿では、僕の心は一ミリも動か――」
「――失礼いたしますわ」
ミミルは、王子の言葉をナイフで断ち切るように遮った。
彼女は、手に持っていた骨を皿に置くと、かつてないほど「冷酷な毒婦」の微笑みを浮かべた。
「殿下。……大変申し上げにくいのですが。今の私の視界に入っているのは、この『青い鳥のコンフィ』と、サイラス様の『礼服の上からでも分かる大胸筋』。この二つだけで、すでに容量がいっぱいですの」
「……なっ!?」
「貴方の顔を見る暇があったら、私はこのトリュフの一片をじっくりと咀嚼しますわ。……殿下、ご自分を『メインディッシュ』だと思い込んでいらっしゃるようですが、今の私にとって、貴方はせいぜい、お口直しにもならない『パセリ』のようなものですわね。……いえ、それすらも食材に失礼かしら」
会場に、静かな衝撃が走った。
あの、王子を病的に追いかけていたミミルが、彼を「パセリ以下」と断じたのだ。
「き、貴様……! この僕をパセリだと!? サイラス! 貴様からも何か言ってやれ!」
矛先を向けられたサイラスは、ゆっくりとナプキンで口を拭い、ミミルの隣に一歩踏み出した。
その巨躯が放つ威圧感だけで、ジュリアスは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「……殿下。私は、嘘をつく女性は好みませんが。……今のミミルの言葉に、嘘は一切感じられませんでした」
「サ、サイラス……?」
「彼女の目は、本気でその『コンフィ』と……私の筋肉しか見ていません。……。殿下、今の貴方は、彼女の『お食事』を邪魔する、ただの不敬な障害物です。……。速やかにお立ち去りを」
「お、お、おのれぇ……! ミミル、後悔させてやるぞ! カレン、行くぞ!」
ジュリアスは、屈辱に顔を真っ赤にして、逃げるようにその場を去っていった。
カレンもまた、ミミルの圧倒的な「食欲のオーラ」に気圧され、捨て台詞一つ吐けずに着いていく。
「……ふぅ。……。お邪魔虫が消えて、ようやく味が分かるようになりましたわ。……サイラス様、ありがとうございます」
「……。……礼には及ばない。……。……それより、ラングレー嬢」
「はい?」
「……。……さっきの『パセリ』という例え。……。……パセリは、栄養価が高くて私は好きだぞ」
「……! ……もう、サイラス様ったら! そういう真面目なところが、一番のスパイスですわ!」
二人は再び、誰に遠慮することもなくトングを手に取った。
王子の勘違いなど、ミミルの強靭な胃袋と、サイラスの揺るぎない信頼の前では、一瞬で消化される程度の雑音に過ぎなかった。
会場の隅、豪華な装飾が施されたビュッフェテーブルの前で、ミミルは感涙にむせんでいた。
彼女の皿には、一般公募では一生お目にかかれないような希少食材が、芸術的な山となって築かれている。
「……ラングレー嬢、例えに肉体の部位を出すのはやめろと言っただろう。……。だが、確かに。この肉の繊維のキメ細かさは……一級品だな」
サイラスもまた、普段の厳格な雰囲気はどこへやら、ミミルから「これこそが筋肉の糧ですわ!」と推奨された肉料理を、実に効率的な動きで口に運んでいる。
二人の周囲だけ、舞踏会の華やかな空気とは異質な、戦場のような熱気が漂っていた。
そこへ、青筋を立てたジュリアス王子が、カレンを引き連れて大股で歩み寄ってきた。
「ミミル! いい加減にしろ! 貴様、いつまでその無様な猿芝居を続けるつもりだ!」
ミミルは、今まさに鳥の腿肉を骨ごとしゃぶろうとしていた口を止め、ゆっくりと顔を上げた。
その口元には、最高級のトリュフソースが一筋、艶やかに光っている。
「……あら、殿下。猿芝居とは心外ですわ。私は今、この鳥の尊い命を、我が血肉へと昇華させるという神聖な儀式の最中ですの。……サイラス様、このソース、少しお分けしましょうか?」
「……。……ああ、頂こう。……。殿下、今は食事の最中です。御用件は後にしていただけませんか」
サイラスが冷徹な視線を向けると、ジュリアスは一瞬ひるんだが、すぐに鼻で笑った。
「ふん、サイラス。貴様も哀れな男だな。こんな女の狂言に付き合わされるとは。……ミミル! 分かっているのだぞ。貴様がこれほどまでに下品なほどに食らいつき、あえて騎士団長と仲睦まじく見せている理由がな!」
ジュリアスは自信満々に、バサリとマントを翻した。
「……理由、ですか? 美味しいから以外に何かございますの?」
「決まっているだろう! 僕の気を引きたいのだな!? 『自分を捨てたことを後悔させてやる』……そんな幼稚な動機で、僕の視界に入る場所でわざとらしく振る舞っている。……。ああ、なんて愛らしくも、浅ましく、そして哀れな女だ!」
ジュリアスが、恍惚とした表情で自分の世界に浸り始める。
隣のカレンさえも、「えっ、そこまで……?」という顔で王子を二度見した。
「……殿下、今、何とおっしゃいました? 私が、貴方の気を引くために食べている……と?」
「隠さなくていい。僕ほどの男を失ったのだ、正気ではいられないのも無理はない。だがミミル、残念ながら逆効果だ。そんなに胃袋を膨らませた不格好な姿では、僕の心は一ミリも動か――」
「――失礼いたしますわ」
ミミルは、王子の言葉をナイフで断ち切るように遮った。
彼女は、手に持っていた骨を皿に置くと、かつてないほど「冷酷な毒婦」の微笑みを浮かべた。
「殿下。……大変申し上げにくいのですが。今の私の視界に入っているのは、この『青い鳥のコンフィ』と、サイラス様の『礼服の上からでも分かる大胸筋』。この二つだけで、すでに容量がいっぱいですの」
「……なっ!?」
「貴方の顔を見る暇があったら、私はこのトリュフの一片をじっくりと咀嚼しますわ。……殿下、ご自分を『メインディッシュ』だと思い込んでいらっしゃるようですが、今の私にとって、貴方はせいぜい、お口直しにもならない『パセリ』のようなものですわね。……いえ、それすらも食材に失礼かしら」
会場に、静かな衝撃が走った。
あの、王子を病的に追いかけていたミミルが、彼を「パセリ以下」と断じたのだ。
「き、貴様……! この僕をパセリだと!? サイラス! 貴様からも何か言ってやれ!」
矛先を向けられたサイラスは、ゆっくりとナプキンで口を拭い、ミミルの隣に一歩踏み出した。
その巨躯が放つ威圧感だけで、ジュリアスは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「……殿下。私は、嘘をつく女性は好みませんが。……今のミミルの言葉に、嘘は一切感じられませんでした」
「サ、サイラス……?」
「彼女の目は、本気でその『コンフィ』と……私の筋肉しか見ていません。……。殿下、今の貴方は、彼女の『お食事』を邪魔する、ただの不敬な障害物です。……。速やかにお立ち去りを」
「お、お、おのれぇ……! ミミル、後悔させてやるぞ! カレン、行くぞ!」
ジュリアスは、屈辱に顔を真っ赤にして、逃げるようにその場を去っていった。
カレンもまた、ミミルの圧倒的な「食欲のオーラ」に気圧され、捨て台詞一つ吐けずに着いていく。
「……ふぅ。……。お邪魔虫が消えて、ようやく味が分かるようになりましたわ。……サイラス様、ありがとうございます」
「……。……礼には及ばない。……。……それより、ラングレー嬢」
「はい?」
「……。……さっきの『パセリ』という例え。……。……パセリは、栄養価が高くて私は好きだぞ」
「……! ……もう、サイラス様ったら! そういう真面目なところが、一番のスパイスですわ!」
二人は再び、誰に遠慮することもなくトングを手に取った。
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