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舞踏会から一夜明けた、ラングレー公爵邸。
ミミルは、昨夜の激闘(主に胃袋の)を癒やすべく、庭園の東屋で「朝の軽食」を楽しんでいた。
軽食と言いつつ、テーブルの上には山盛りのふわふわオムレツ、厚切りベーコン、そして公爵家秘伝の蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキが鎮座している。
「ふぅ……やはり、自分の家で食べる朝食が一番落ち着きますわね、アン。昨夜の青い鳥も素晴らしかったですが、このベーコンの塩気も捨てがたいですわ」
「お嬢様、昨夜あんなに食べたのに、よくそれだけ入りますね。……あ、また誰か来ましたよ。今度はお客様……いえ、招かれざるパセリのようです」
アンが指差す先、庭園の入り口から、何やらキラキラした装飾過多な衣装に身を包んだ男が歩いてくる。
ジュリアス王子だった。
「ミミル! 会いたかったよ、僕の愛しい婚約者(予定)!」
ジュリアスは、昨夜の醜態などなかったかのような爽やかな笑顔で、バラの花束を差し出した。
ミミルは、パンケーキを口に運ぶ手を止め、死んだ魚のような目で王子を見つめた。
「……殿下、ごきげんよう。昨夜はカレン様と仲良くお帰りになったのではなくて? それと、そのバラ……食用ではありませんわよね? でしたら、あちらの肥溜めにでも置いてくださる?」
「ははは、相変わらず照れ屋だね。カレンのことなら心配ない、あんな品の無い女とは昨日で縁を切ったよ。やはり、僕の隣にふさわしいのは、高潔で、凛としていて、少しばかり食欲旺盛な君しかいないと気づいたんだ」
ジュリアスは、陶酔したように自分の世界に浸り始めた。
どうやら、カレンに逃げられたショックで、脳の回路が都合よく書き換えられたらしい。
「ミミル、君を許そう。昨夜、サイラス団長とあんなに親しくしていたことも、僕への当てつけだったんだろう? 嫉妬させようとするなんて、可愛いじゃないか。さあ、僕の胸に戻っておいで。今すぐ婚約の再締結を宣言してあげよう!」
「……殿下、一つ伺ってもよろしいかしら」
ミミルは、フォークを置いてゆっくりと立ち上がった。
その表情は、極めて真剣だった。
「なんだい? 王妃になった後のメニューの相談かな?」
「いいえ。……。殿下の隣に戻るということは、またあの『令嬢は少食であるべし』という、呪いのような食事制限に従わなくてはならない……ということですわよね?」
「もちろんだよ! 僕の隣に立つ女性は、常に美しく、儚げでなければならないからね。君も少しダイエットをして、あのサイラスのような野蛮な男を忘れるんだ」
「………………」
ミミルの中に、冷たい、しかし激しい怒りがこみ上げてきた。
それは、自分への侮辱に対してではない。
食に対する冒涜、そして自分を支えてくれたサイラスへの無礼に対してだ。
「お断りしますわ、殿下。……。いえ、お引き取りくださいませ」
「……え? 今、なんて?」
「聞こえませんでしたの? お・断・り・しますわ! 殿下の隣にいると、お代わりがしにくいんですもの! そんな人生、味のしないガムを一生噛み続けるような苦行ですわ!」
ミミルは、一歩ずつジュリアスに歩み寄った。
その威圧感に、王子がたじろぐ。
「それに、サイラス様を『野蛮』ですって? ……。笑わせないで。あの方の筋肉は、この国を守るための誇り。……。対して、殿下のその薄っぺらな胸板は、一体何を象徴していらっしゃいますの? ……。自己愛を詰め込んだ、ただの飾り物でしょう?」
「き、貴様……! この僕に向かって……!」
「殿下は、冷めた天ぷらのようなお方ですわ。……。見た目だけは派手ですが、中身はフニャフニャで、食べると胸焼けがする。……。私は、揚げたてサクサクで、噛めば噛むほど味が出る、サイラス様という名の最高級トンカツ……いえ、ステーキを選びますわ!」
「て、天ぷら……!? ステーキ……!? ……。ミミル、本気か!? 僕を捨てて、あんな無愛想な男を選ぶというのか!」
「選ぶも何も、すでに私の心もお腹も、あの方でいっぱいですわ。……。さあ、アン! このパセリ……いえ、殿下を出口までエスコートして差し上げて。……。あ、お土産にそのパンケーキの食べ残しでも差し上げたら?」
「そんなもの、いらん!」
ジュリアスは、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
しかし、その時。
庭園の茂みから、一人の巨漢が姿を現した。
「……殿下。……。ラングレー嬢が『お引き取りを』とおっしゃっていますが。……。……聞こえなかったのですか?」
サイラスだった。
彼はいつもの鎧姿で、腰に下げた大剣がチャリリと不穏な音を立てた。
「サ、サイラス……! 貴様、なぜここに!」
「……。……。朝の訓練のついでに、差し入れの相談に寄っただけです。……。……それより殿下。……。女性に拒絶された男の姿ほど、無様なものはありませんぞ」
サイラスの放つ「物理的な」圧力に、ジュリアスはひぃっ、と短い悲鳴を上げた。
「お、覚えていろ! ミミル、後悔しても知らないからな!」
捨て台詞と共に、王子は脱兎のごとく逃げ出していった。
静寂が戻った庭園に、サイラスの深い溜息が漏れる。
「……すまない、ミミル。……。……また変なものを見せてしまったな」
「いいえ、サイラス様。……。……おかげで、胸のつかえが取れて、さらにパンケーキが進みそうですわ!」
ミミルは、何事もなかったかのように椅子に座り、再びフォークを手にした。
「さあ、サイラス様もご一緒にいかが? ……。……天ぷらではなく、本物の味を楽しみましょう!」
「……。……。ああ、頂こう。……。……貴様と食べる飯が、一番美味いからな」
サイラスの不器用な言葉に、ミミルは顔を赤くしながら、特大のパンケーキを彼の皿へと取り分けるのだった。
ミミルは、昨夜の激闘(主に胃袋の)を癒やすべく、庭園の東屋で「朝の軽食」を楽しんでいた。
軽食と言いつつ、テーブルの上には山盛りのふわふわオムレツ、厚切りベーコン、そして公爵家秘伝の蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキが鎮座している。
「ふぅ……やはり、自分の家で食べる朝食が一番落ち着きますわね、アン。昨夜の青い鳥も素晴らしかったですが、このベーコンの塩気も捨てがたいですわ」
「お嬢様、昨夜あんなに食べたのに、よくそれだけ入りますね。……あ、また誰か来ましたよ。今度はお客様……いえ、招かれざるパセリのようです」
アンが指差す先、庭園の入り口から、何やらキラキラした装飾過多な衣装に身を包んだ男が歩いてくる。
ジュリアス王子だった。
「ミミル! 会いたかったよ、僕の愛しい婚約者(予定)!」
ジュリアスは、昨夜の醜態などなかったかのような爽やかな笑顔で、バラの花束を差し出した。
ミミルは、パンケーキを口に運ぶ手を止め、死んだ魚のような目で王子を見つめた。
「……殿下、ごきげんよう。昨夜はカレン様と仲良くお帰りになったのではなくて? それと、そのバラ……食用ではありませんわよね? でしたら、あちらの肥溜めにでも置いてくださる?」
「ははは、相変わらず照れ屋だね。カレンのことなら心配ない、あんな品の無い女とは昨日で縁を切ったよ。やはり、僕の隣にふさわしいのは、高潔で、凛としていて、少しばかり食欲旺盛な君しかいないと気づいたんだ」
ジュリアスは、陶酔したように自分の世界に浸り始めた。
どうやら、カレンに逃げられたショックで、脳の回路が都合よく書き換えられたらしい。
「ミミル、君を許そう。昨夜、サイラス団長とあんなに親しくしていたことも、僕への当てつけだったんだろう? 嫉妬させようとするなんて、可愛いじゃないか。さあ、僕の胸に戻っておいで。今すぐ婚約の再締結を宣言してあげよう!」
「……殿下、一つ伺ってもよろしいかしら」
ミミルは、フォークを置いてゆっくりと立ち上がった。
その表情は、極めて真剣だった。
「なんだい? 王妃になった後のメニューの相談かな?」
「いいえ。……。殿下の隣に戻るということは、またあの『令嬢は少食であるべし』という、呪いのような食事制限に従わなくてはならない……ということですわよね?」
「もちろんだよ! 僕の隣に立つ女性は、常に美しく、儚げでなければならないからね。君も少しダイエットをして、あのサイラスのような野蛮な男を忘れるんだ」
「………………」
ミミルの中に、冷たい、しかし激しい怒りがこみ上げてきた。
それは、自分への侮辱に対してではない。
食に対する冒涜、そして自分を支えてくれたサイラスへの無礼に対してだ。
「お断りしますわ、殿下。……。いえ、お引き取りくださいませ」
「……え? 今、なんて?」
「聞こえませんでしたの? お・断・り・しますわ! 殿下の隣にいると、お代わりがしにくいんですもの! そんな人生、味のしないガムを一生噛み続けるような苦行ですわ!」
ミミルは、一歩ずつジュリアスに歩み寄った。
その威圧感に、王子がたじろぐ。
「それに、サイラス様を『野蛮』ですって? ……。笑わせないで。あの方の筋肉は、この国を守るための誇り。……。対して、殿下のその薄っぺらな胸板は、一体何を象徴していらっしゃいますの? ……。自己愛を詰め込んだ、ただの飾り物でしょう?」
「き、貴様……! この僕に向かって……!」
「殿下は、冷めた天ぷらのようなお方ですわ。……。見た目だけは派手ですが、中身はフニャフニャで、食べると胸焼けがする。……。私は、揚げたてサクサクで、噛めば噛むほど味が出る、サイラス様という名の最高級トンカツ……いえ、ステーキを選びますわ!」
「て、天ぷら……!? ステーキ……!? ……。ミミル、本気か!? 僕を捨てて、あんな無愛想な男を選ぶというのか!」
「選ぶも何も、すでに私の心もお腹も、あの方でいっぱいですわ。……。さあ、アン! このパセリ……いえ、殿下を出口までエスコートして差し上げて。……。あ、お土産にそのパンケーキの食べ残しでも差し上げたら?」
「そんなもの、いらん!」
ジュリアスは、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
しかし、その時。
庭園の茂みから、一人の巨漢が姿を現した。
「……殿下。……。ラングレー嬢が『お引き取りを』とおっしゃっていますが。……。……聞こえなかったのですか?」
サイラスだった。
彼はいつもの鎧姿で、腰に下げた大剣がチャリリと不穏な音を立てた。
「サ、サイラス……! 貴様、なぜここに!」
「……。……。朝の訓練のついでに、差し入れの相談に寄っただけです。……。……それより殿下。……。女性に拒絶された男の姿ほど、無様なものはありませんぞ」
サイラスの放つ「物理的な」圧力に、ジュリアスはひぃっ、と短い悲鳴を上げた。
「お、覚えていろ! ミミル、後悔しても知らないからな!」
捨て台詞と共に、王子は脱兎のごとく逃げ出していった。
静寂が戻った庭園に、サイラスの深い溜息が漏れる。
「……すまない、ミミル。……。……また変なものを見せてしまったな」
「いいえ、サイラス様。……。……おかげで、胸のつかえが取れて、さらにパンケーキが進みそうですわ!」
ミミルは、何事もなかったかのように椅子に座り、再びフォークを手にした。
「さあ、サイラス様もご一緒にいかが? ……。……天ぷらではなく、本物の味を楽しみましょう!」
「……。……。ああ、頂こう。……。……貴様と食べる飯が、一番美味いからな」
サイラスの不器用な言葉に、ミミルは顔を赤くしながら、特大のパンケーキを彼の皿へと取り分けるのだった。
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