お黙りなさい!婚約破棄された毒舌令嬢は甘くない毒を吐く

ちゃっぴー

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「……ちょっとトム。私の目が疲労で狂ったのかしら。それとも、この別荘はいつから『廃墟』というカテゴリーに分類されるようになったの?」

馬車から降り立った私の目の前に広がっていたのは、緑豊かな大自然――ではなく、雑草が膝の高さまで伸び、至る所にクモの巣が張った、お化け屋敷一歩手前の屋敷だった。

「あ、あの、レーズン様……。旦那様が仰るには、ここ数年は管理人が時々風を通す程度だったそうで……」

「『風を通す』? 壁に穴が開いて勝手に風が通っているだけじゃないかしら。これでは、癒やしの隠居生活どころか、野生動物との生存競争が始まってしまうわ」

私は手袋をはめた手で、額を押さえた。
セドリック王子との婚約という「精神的苦痛」から逃れてきたというのに、今度は「物理的劣悪環境」という新たな敵が立ちはだかるとは。

「まあいいわ。まずはこの惨状を記録しましょう。修繕にかかる費用は、全て王家への請求書に『精神的ケアのための環境整備費』として上乗せするから問題ないわ。……さあ、トム。まずは玄関までの道を作ってちょうだい。その雑草、あなたのやる気と一緒に刈り取って」

「了解です! 僕、根性だけはあるんで!」

トムが鎌を持って奮闘し始めたのを横目に、私は庭の奥へと視線を向けた。
荒れ果てたバラ園の残骸。そこには、何やら不自然に大きな「塊」が落ちている。

「……あら? あんなところに大きな岩なんてあったかしら。いえ、形が妙に人間臭いわね。まさか、不法投棄された粗大ゴミかしら?」

私はドレスの裾を汚れぬよう持ち上げ、慎重にその「塊」へと近づいた。
するとそこには、岩でもゴミでもなく、一人の男が倒れていた。

泥に汚れ、服はあちこち裂けているが、その隙間から見える肌は驚くほど白い。
そして何より、乱れた黒髪の間から覗く横顔が、不必要なまでに整っていた。

「……ちょっと、あなた。こんなところで寝ていると、明日の朝にはナメクジの集合住宅になるわよ。死んでいるのなら、せめて庭の景観を損なわない場所で息絶えなさいな」

私は扇子の先で、男の肩をツンツンと突いた。
すると、男の長い睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれた。
夜の海のように深い、濃紺の瞳。

「…………うるさい。死なせてくれ……」

「あら、意識はあるのね。死にたいのなら、勝手にすればいいわ。ただし、私の敷地内で死なれると、後で検分やら清掃やらで私の貴重な読書時間が奪われるの。死ぬなら、あっちの公道まで這いずってからにしてくださる?」

男は、信じられないものを見るような目で私を見上げた。
普通の令嬢なら「まあ、大変! 大丈夫ですか!?」と駆け寄る場面だろう。
だが、今の私は、自分の平穏を邪魔する存在に対して一切の慈悲を持ち合わせていない。

「……君、冷たいな。行き倒れの人間に向かって、よくそんな毒を吐けるな」

「毒? いいえ、これは親切心よ。死体に群がる虫の心配までしてあげているんですもの。大体、その顔立ち。不健康な色白に、無駄に高い鼻。いかにも『訳ありの美青年』を装って、同情を買おうとしているようにしか見えないわ。私の前でその手は通用しないから、今すぐ立ち上がって、その『視覚的公害』な姿を消してちょうだい」

男は、呆然としたまま私を見つめていた。
だが、その瞳に宿っていた絶望の色が、わずかに揺らぎ、代わりにある種の「驚愕」が混じり始める。

「…………は、はは……」

「何がおかしいの? 低血糖で脳までしなびたのかしら?」

「いや……。これほどまでに、美しく研ぎ澄まされた暴言を聞いたのは初めてだ。君……名前は?」

「初対面の女性に名前を聞く前に、自分の無様な姿を謝罪するのが先ではないかしら? 私はレーズン。この屋敷の新しい主よ」

「レーズン……。なるほど、干しぶどうのように凝縮された……毒、か」

男はふらりと立ち上がった。
背が高い。私よりも二回りほど大きく、立っているだけで妙な威圧感がある。
だが、その顔は、なぜか先ほどよりも生き生きとして見えた。

「私はヴィンセント。……すまない。君の言う通り、ここで死ぬのは少し勿体なくなった」

「そう。わかったら、さっさと立ち去って。私はこれから、この廃墟を人が住めるレベルまで叩き直すという、国家予算編成並みの重労働が待っているのよ」

「手伝おう。これでも、力仕事には自信があるんだ。宿代代わりに使ってくれて構わない」

「お断りよ。あなたのような素性の知れない美形を置くくらいなら、よく訓練されたヤギを雇った方がマシだわ。ヤギなら文句を言わずに草を食べてくれるもの」

私が鼻で笑うと、ヴィンセントと名乗った男は、なぜか満足そうに口角を上げた。

「……素晴らしい。ヤギ以下か。……気に入ったぞ、レーズン」

「……何よ。気持ち悪いわね。さっさと消えなさいって言っているのが聞こえなかったのかしら」

この男、どこかおかしい。
私の罵言を浴びて、なぜ頬を染めているのか。
辺境には、おかしなキノコでも自生しているのかしら。

「トム! こっちに大きい方のゴミが落ちていたわ! ついでに処分してちょうだい!」

「えっ!? レーズン様、ゴミって……うわ、なんですかそのイケメンは!」

「イケメンじゃないわ。ただの『喋る粗大ゴミ』よ」

私の自由な隠居生活は、開始数十分にして、早くも「想定外の不純物」が混入し始めていた。
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