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「……ちょっと、そこの粗大ゴミ。いつまで私の視界に居座るつもり? あなたのその無駄に整った顔面を見ているだけで、私の審美眼が腐食しそうだわ」
翌朝。私がボロボロの別荘のテラス(床が抜けている)で、トムが淹れた泥水のような紅茶を啜っていると、目の前には昨日と変わらぬ顔色の良いヴィンセントの姿があった。
驚くべきことに、彼はどこから調達したのか、ボロ布を巻いた箒を手に、鼻歌まじりに庭の落ち葉を掃いている。
「おはよう、レーズン。ゴミ扱いとは相変わらずのキレ味だな。昨夜、物置で寝かせてもらった礼だ。少しは綺麗になっただろう?」
「物置? あそこはネズミの集会場よ。あなたが勝手に侵入して寝たのなら、それは不法占拠および住居侵入罪に当たるわ。本来なら憲兵を呼ぶところだけれど、あいにくここは辺境。役人が来るまでにあなたが腐敗して土に還る方が早そうね」
「ははは、相変わらず手厳しい。だが、この庭を見てくれ。ヤギを雇うよりはマシな働きをしたつもりだが?」
ヴィンセントが指差した先には、確かに昨日までの荒れ果てた光景はなかった。
膝まであった雑草は刈り取られ、倒れていたバラのアーチも、不格好ながらも支柱で補強されている。
……チッ、無駄に有能なゴミね。
「……ふん。素人が付け焼刃で整えたところで、本質的な醜悪さは隠せないわ。大体、そのアーチの角度。三度傾いているわよ。私の人生において、三度の誤差は国家予算を三割使い込むのと同義なの。やり直しなさい」
「三度か、なるほど。君の瞳は分度器よりも正確なんだな。……たまらないな、その完璧主義」
ヴィンセントは、なぜか恍惚とした表情で再びアーチに向き直った。
この男、罵られるたびに生命力が増している気がする。
もしかして、私の毒舌は彼にとっての高栄養ドリンクか何かなのかしら?
「レーズン様……あの、ヴィンセントさん、めちゃくちゃ仕事早いですよ。屋根の雨漏りも、ささっと直してくれましたし」
トムが横から助け舟を出すが、私はそれを扇子で一蹴する。
「トム、あなたは黙っていなさい。彼のような『顔が良いだけの不審者』は、こうして甘やかすとつけ上がるのよ。……いいわ、ヴィンセント。そこまで居座りたいのなら、条件を出すわ」
「条件? 何でも言ってくれ。君の罵倒のためなら、ドラゴンの首でも持ってくるよ」
「ドラゴンの首なんて生臭いもの、玄関に置かないで。……いい? 私の目的は、ここで誰にも邪魔されずに自堕落な生活を送ることよ。そのためには、この屋敷を三日以内に貴族が住める最低限のレベルまで復旧させる必要があるわ」
私は懐から、夜通しで書き上げた「修繕計画書兼、各部屋の改善命令リスト」を取り出した。
広げると、それはテラスの床に届くほどの長さになった。
「屋根の全面葺き替え、全窓のガラス交換、地下室の消毒、そしてこの庭を完全な左右対称の英国式庭園に作り替えること。……これら全てを三日以内にやり遂げなさい。できなければ、今度こそあなたを肥料として土に埋めるわ」
普通の人間なら、このリストを見た瞬間に白目を剥いて逃げ出すだろう。
だが、ヴィンセントはリストを手に取ると、その内容を熱心に読み込み、あろうことか満足げに頷いた。
「素晴らしい……。この過酷な要求、そして失敗への容赦ない宣告。……レーズン、君は最高の上司だ」
「上司じゃないわ。私はただの『毒の貯蔵庫』よ。さあ、さっさと動いて。一分遅れるごとに、あなたの呼称を『ゴミ』から『有害廃棄物』に格上げしてあげるから」
「了解した。……では、行ってくる」
ヴィンセントは信じられないような速さで屋根に飛び乗ると、ハンマーを振るい始めた。
その動きには、洗練された武人のような無駄のなさがある。
……ただの行き倒れにしては、あまりにも身のこなしが良すぎるわね。
(まあいいわ。使えるものは使う。王家から毟り取った軍資金があるとはいえ、タダ働きの労働力は魅力的だもの)
私は椅子に深くもたれかかり、再び「泥水」を口にした。
王宮では、常に誰かの顔色を伺い、セドリック王子の失態を隠すために東奔西走していた。
今は、目の前で怪しいイケメンが必死に働いているのを眺めながら、彼をボロクソに言うだけでいい。
「……ふふ。悪役令嬢って、なんて素晴らしい職業なのかしら」
「レーズン様、今の笑顔、めちゃくちゃ悪役っぽかったですよ……」
トムの呟きは、青空に溶けていった。
三日後。
そこには、三日前までの廃墟が嘘のような、白亜の美しい別荘が建っていた。
左右対称に整えられた庭園には、季節外れの美しい花々が(どこから調達したのか)咲き誇り、窓ガラスは雲一つない空を反射して輝いている。
「終わったよ、レーズン。……どうかな、私の採点は?」
汗を拭いながら、ヴィンセントが私の前に膝をついた。
泥に汚れながらも、その瞳は期待に満ち溢れている。
私は優雅に、新しくなったテラスを一周し、指で窓枠をなぞった。
「……そうね。最低限、人間が住めるレベルにはなったわ。でも、このバラの色。私のドレスの色とわずかに彩度が合っていないわね。……次は、土壌のpH値を調整して、私の肌色に合う花を咲かせなさいな。無能な粗大ゴミさん」
「……っ、光栄だ。君の肌の色に合う花か……。一生かけて研究させてもらうよ」
「一生なんて重苦しい言葉、軽々しく使わないで。吐き気がするわ」
私は冷たく言い放ち、屋敷の中へと入った。
扉が閉まる瞬間、外から「最高だ……」というヴィンセントの呻き声が聞こえた気がしたが、私は全力で無視することに決めた。
隠居生活四日目。
私の周囲には、着実に「変なもの」が集まり始めていた。
翌朝。私がボロボロの別荘のテラス(床が抜けている)で、トムが淹れた泥水のような紅茶を啜っていると、目の前には昨日と変わらぬ顔色の良いヴィンセントの姿があった。
驚くべきことに、彼はどこから調達したのか、ボロ布を巻いた箒を手に、鼻歌まじりに庭の落ち葉を掃いている。
「おはよう、レーズン。ゴミ扱いとは相変わらずのキレ味だな。昨夜、物置で寝かせてもらった礼だ。少しは綺麗になっただろう?」
「物置? あそこはネズミの集会場よ。あなたが勝手に侵入して寝たのなら、それは不法占拠および住居侵入罪に当たるわ。本来なら憲兵を呼ぶところだけれど、あいにくここは辺境。役人が来るまでにあなたが腐敗して土に還る方が早そうね」
「ははは、相変わらず手厳しい。だが、この庭を見てくれ。ヤギを雇うよりはマシな働きをしたつもりだが?」
ヴィンセントが指差した先には、確かに昨日までの荒れ果てた光景はなかった。
膝まであった雑草は刈り取られ、倒れていたバラのアーチも、不格好ながらも支柱で補強されている。
……チッ、無駄に有能なゴミね。
「……ふん。素人が付け焼刃で整えたところで、本質的な醜悪さは隠せないわ。大体、そのアーチの角度。三度傾いているわよ。私の人生において、三度の誤差は国家予算を三割使い込むのと同義なの。やり直しなさい」
「三度か、なるほど。君の瞳は分度器よりも正確なんだな。……たまらないな、その完璧主義」
ヴィンセントは、なぜか恍惚とした表情で再びアーチに向き直った。
この男、罵られるたびに生命力が増している気がする。
もしかして、私の毒舌は彼にとっての高栄養ドリンクか何かなのかしら?
「レーズン様……あの、ヴィンセントさん、めちゃくちゃ仕事早いですよ。屋根の雨漏りも、ささっと直してくれましたし」
トムが横から助け舟を出すが、私はそれを扇子で一蹴する。
「トム、あなたは黙っていなさい。彼のような『顔が良いだけの不審者』は、こうして甘やかすとつけ上がるのよ。……いいわ、ヴィンセント。そこまで居座りたいのなら、条件を出すわ」
「条件? 何でも言ってくれ。君の罵倒のためなら、ドラゴンの首でも持ってくるよ」
「ドラゴンの首なんて生臭いもの、玄関に置かないで。……いい? 私の目的は、ここで誰にも邪魔されずに自堕落な生活を送ることよ。そのためには、この屋敷を三日以内に貴族が住める最低限のレベルまで復旧させる必要があるわ」
私は懐から、夜通しで書き上げた「修繕計画書兼、各部屋の改善命令リスト」を取り出した。
広げると、それはテラスの床に届くほどの長さになった。
「屋根の全面葺き替え、全窓のガラス交換、地下室の消毒、そしてこの庭を完全な左右対称の英国式庭園に作り替えること。……これら全てを三日以内にやり遂げなさい。できなければ、今度こそあなたを肥料として土に埋めるわ」
普通の人間なら、このリストを見た瞬間に白目を剥いて逃げ出すだろう。
だが、ヴィンセントはリストを手に取ると、その内容を熱心に読み込み、あろうことか満足げに頷いた。
「素晴らしい……。この過酷な要求、そして失敗への容赦ない宣告。……レーズン、君は最高の上司だ」
「上司じゃないわ。私はただの『毒の貯蔵庫』よ。さあ、さっさと動いて。一分遅れるごとに、あなたの呼称を『ゴミ』から『有害廃棄物』に格上げしてあげるから」
「了解した。……では、行ってくる」
ヴィンセントは信じられないような速さで屋根に飛び乗ると、ハンマーを振るい始めた。
その動きには、洗練された武人のような無駄のなさがある。
……ただの行き倒れにしては、あまりにも身のこなしが良すぎるわね。
(まあいいわ。使えるものは使う。王家から毟り取った軍資金があるとはいえ、タダ働きの労働力は魅力的だもの)
私は椅子に深くもたれかかり、再び「泥水」を口にした。
王宮では、常に誰かの顔色を伺い、セドリック王子の失態を隠すために東奔西走していた。
今は、目の前で怪しいイケメンが必死に働いているのを眺めながら、彼をボロクソに言うだけでいい。
「……ふふ。悪役令嬢って、なんて素晴らしい職業なのかしら」
「レーズン様、今の笑顔、めちゃくちゃ悪役っぽかったですよ……」
トムの呟きは、青空に溶けていった。
三日後。
そこには、三日前までの廃墟が嘘のような、白亜の美しい別荘が建っていた。
左右対称に整えられた庭園には、季節外れの美しい花々が(どこから調達したのか)咲き誇り、窓ガラスは雲一つない空を反射して輝いている。
「終わったよ、レーズン。……どうかな、私の採点は?」
汗を拭いながら、ヴィンセントが私の前に膝をついた。
泥に汚れながらも、その瞳は期待に満ち溢れている。
私は優雅に、新しくなったテラスを一周し、指で窓枠をなぞった。
「……そうね。最低限、人間が住めるレベルにはなったわ。でも、このバラの色。私のドレスの色とわずかに彩度が合っていないわね。……次は、土壌のpH値を調整して、私の肌色に合う花を咲かせなさいな。無能な粗大ゴミさん」
「……っ、光栄だ。君の肌の色に合う花か……。一生かけて研究させてもらうよ」
「一生なんて重苦しい言葉、軽々しく使わないで。吐き気がするわ」
私は冷たく言い放ち、屋敷の中へと入った。
扉が閉まる瞬間、外から「最高だ……」というヴィンセントの呻き声が聞こえた気がしたが、私は全力で無視することに決めた。
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