お黙りなさい!婚約破棄された毒舌令嬢は甘くない毒を吐く

ちゃっぴー

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「……ねえ、ヴィンセント。あなた、そのナプキンの使い方はどこで教わったのかしら? まるで、教本から飛び出してきたような完璧さだわ。見ていて虫酸が走るほどにね」

朝食の席で、私は目の前に座る「居候の粗大ゴミ」をジロリと睨みつけた。
昨日の害虫駆除以来、彼の挙動からは「隠しきれない気品」が漏れ出している。
ボロを纏っていても、パンを千切る所作一つに、代々続く名門の重みを感じさせるのだ。

「教本か。……意識したことはないが、君にそう言われると、自分の指先まで君の支配下にあるような悦びを感じるよ。……もっと言ってくれ、レーズン。私の食べ方は、君の食欲を減退させるほど醜悪かな?」

「ええ、そうね。あまりにも隙がなさすぎて、まるで精密機械と食事をしているみたいだわ。血の通った人間なら、もう少し食べこぼすとか、口元を汚すとかいう可愛げを見せなさいな。この、歩くマナー違反」

「……っ、歩くマナー違反……! 最高だ……!」

ヴィンセントは、口元をナプキンで抑えながら、恍惚とした吐息を漏らした。
この男、やはり病院へ連れて行った方がいいのかもしれない。
だが、その瞳の奥にある理知的な光は、彼が単なる変態(否定はしないが)ではないことを物語っている。

「……はあ。それで? ジャバラ子爵のような小物を一睨みで追い返す、その『王族並み』の威圧感。そして、辺境の別荘にあるはずのない最高級の茶葉を即座に調達する手腕。……あなた、本当はどこの誰なの?」

「私はただのヴィンセント。今は君の毒舌という名の養分を吸って生きる、一輪の……そうだな、毒の花といったところかな」

「一輪の毒の花? 寝言は寝てから言いなさい。今のあなたは、せいぜい『庭の隅で腐りかけたキノコ』よ。……隠し事をするなら、もっと完璧にやりなさい。あなたのその立ち振る舞い、王宮で嫌というほど見てきた、鼻持ちならない王族連中と瓜二つだわ」

私が冷たく言い放つと、ヴィンセントの微笑みが、わずかに深まった。
沈黙が、食卓を支配する。
外ではトムが相変わらず鼻歌を歌いながら草を刈っているが、この空間だけは、重厚なベルベットで包まれたかのような静寂が漂っていた。

「……王族、か。君はそんなに、彼らが嫌いかな?」

「嫌い? いいえ、軽蔑しているのよ。特権に胡座をかき、自分たちの生活を支えている数字の積み重ね――つまり、民の血と汗には目も向けず、愛だの恋だのという、生産性のない感情に振り回される無能な輩。……特に、どこかの種無しスイカ王子みたいな男はね」

「……ククッ、種無しスイカ。……確かに、彼は君のような宝石を扱うには、あまりにも頭が軽すぎたようだ」

ヴィンセントが立ち上がり、私の背後に音もなく移動した。
そして、私の肩にそっと手を置き、耳元で低く囁く。

「……もし、君の言葉を全て理解し、君の毒を最高の愉悦として受け入れ、君の描く『効率的な理想郷』を共に作れる男が現れたら……君はどうする?」

「決まっているわ。そんな便利な男、死ぬまで使い倒して、最後には乾いたレーズンみたいにボロボロにして捨てるわ。……ところで、私の肩に触れているその手。三秒以内に離さないと、フォークで新しい通気孔を開けてあげるわよ?」

「……おっと、失礼。君の殺気は、名刀のキレ味に匹敵するな」

ヴィンセントが楽しそうに手を離したその時。
屋敷の門を叩く、激しい音が再び響いた。
昨日のジャバラ子爵とは違う。
もっと訓練された、重みのある蹄の音。そして、響き渡る喇叭(ラッパ)の音。

「……何かしら。今度は軍隊でも押し寄せてきたの?」

私は不機嫌を隠さず、テラスへと出た。
門の前にいたのは、白銀の鎧に身を包んだ、明らかに一般の兵士ではない一団。
そしてその先頭には、真っ赤なマントを羽織った、厳格な面持ちの老騎士が立っていた。

「……この別荘の主、レーズン・ドライ・オセロ公爵令嬢とお見受けする!」

老騎士が馬を降り、深々と一礼する。
その所作は完璧な軍礼だ。

「ええ、私がレーズンよ。王都の喧騒を離れて静養中なのですが、これほど騒がしいご挨拶をいただく覚えはありませんわ。……それとも、私の美貌が国境を越えて、隣国の軍隊まで引き寄せてしまったのかしら?」

「ご無礼を。私は隣国、アストラ帝国の近衛騎士団長、ガルフと申します。……我らは、行方不明となっていた我が国の『第三皇子殿下』を捜索しておりましてな」

「第三皇子? そんな高貴な方が、こんな辺境の、しかも私の庭に落ちているはずがないでしょう。……ねえ、ヴィンセント。あなた、何か知っている?」

私はわざとらしく、背後に立つヴィンセントに話を振った。
ヴィンセントは、いつの間にか先ほどの「粗大ゴミ」のオーラを完全に消し去り、どこか退屈そうな表情で騎士団長を見下ろしている。

騎士団長ガルフの視線がヴィンセントに固定された瞬間。
屈強な騎士たちの顔が、一斉に驚愕と歓喜に染まった。

「……ヴィ、ヴィンセント皇子殿下ッ!!」

騎士たちが一斉にその場に跪く。
金属の擦れる音が、庭に重々しく響き渡った。

「……全く。ガルフ、お前は昔から鼻が利くな。せっかく、この素晴らしい『罵倒の楽園』を見つけたというのに」

ヴィンセントが、溜息混じりに口を開いた。
その声は、もはや居候の掃除係のものではない。
数多の臣民を従える、支配者のそれであった。

「殿下! 全軍を挙げて捜索しておりましたぞ! まさか、このような辺境の公爵令嬢の元で、下働き(庭師)の真似事をしていらっしゃるとは……!」

「下働きではない。私はここで、人生で最も濃密な『教育』を受けていたのだ。……さて、レーズン」

ヴィンセント――いいえ、ヴィンセント皇子が、私の方を向き直り、優雅に片膝をついた。
泥のついたズボンのまま、彼は私の手を取り、その指先に恭しく、しかし情熱的にキスを落とした。

「……正体がバレてしまった以上、隠し通すのは野暮だな。……君の言う通り、私は無駄に気位の高い皇族だ。……どうかな、レーズン。隣国の皇子を『一生使い倒せる奴隷』として雇う気はないか?」

私は、彼の顔を無表情で見つめ返し、それからゆっくりと手を引いた。

「……あら、驚いたわ。ゴミだと思っていたら、実は『隣国の有害な政治犯』だったなんて。……ねえ、ガルフ団長さん。この男を引き取る際に、不法侵入と住居損壊、それから私の精神的苦痛に対する賠償金、金貨五百枚を支払ってくださる? 今すぐ、現金で」

「ご、金貨五百枚……!? 殿下の身代金にしては安すぎますが、しかし……!」

「……ふふ、はははは! 最高だ! 皇子と知ってもなお、真っ先に金を要求する! レーズン、君こそが私の求めていた『冷酷なる女王』だ!」

ヴィンセント皇子が、騎士たちの前で声を上げて笑う。
私は扇子を広げ、口元を隠しながら冷たく言い放った。

「笑ってないで、さっさと払いなさい。……それからヴィンセント殿下。皇子だろうが神様だろうが、私の庭のバラを枯らしたら、ギロチン行きですからね。……覚悟しておきなさいな、この『ロイヤル粗大ゴミ』」

私の隠居生活は、ついに国家間の外交問題へと発展し始めていた。
だが、面白い。
王子一人を論破するより、帝国を相手に毒を吐く方が、ずっとやりがいがありそうだわ。
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