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「……おい、どういうことだ! なぜ僕の机に、昨日と同じ……いや、昨日より増えた書類の山があるんだ! これは何かの嫌がらせか!?」
王都、サンライズ王宮の一室。
セドリック王子は、自身の執務机を埋め尽くす「紙の要塞」を前に、顔を真っ赤にして叫んでいた。
かつてはこの部屋に足を踏み入れるだけで、完璧に分類された書類と、淹れたての紅茶、そして冷徹だが正確なアドバイスが用意されていた。
だが、今の部屋にあるのは、埃っぽさと、期限の切れた督促状の山だけである。
「で、殿下ぁ……。ララ、頑張ってお片付けしようとしたんですけどぉ……数字がいっぱい書いてあって、頭が痛くなっちゃって……ぴえん」
隣で可愛らしく首を傾げるのは、新しく婚約者(内定)となったララ・フワリン男爵令嬢だ。
彼女は書類の一枚を手に取り、それを折り紙にして小鳥を作っていた。
「ああ、ララ。君はなんて繊細なんだ。数字なんていう無機質なものに触れさせてしまって、僕が悪かった。……しかし、おかしいな。レーズンの時は、僕が昼寝をしている間に全て終わっていたはずなのだが」
「それはレーズン様が、殿下を差し置いて勝手にやっていただけですよぉ。きっと、殿下を無能に見せようとする意地悪だったんですわ!」
「そうか! やはりそうだったのか! あのシワシワ女め、最後まで僕の足を引っ張るとは……」
セドリックが憤慨していると、ノックもなしに扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、眉間に深い皺を刻んだ国の重鎮、アイアン宰相である。
「セドリック殿下! これで何度目ですか! 隣国との通商条約の返答期限は、昨日の正午までだったはずですぞ!」
「な、なんだ宰相。そんなことより、この書類の山を見てくれ。レーズンがいなくなってから、魔法のように増え続けているんだ。これは呪いか何かか?」
アイアン宰相は、机の上で「折り紙の小鳥」になっている国家機密書類を凝視し、それからセドリックを憐れみの目で見つめた。
「……呪いではありません。それが『現実』というものです。レーズン様がいらっしゃった頃は、彼女が殿下の寝言のような指示を全て実務レベルに翻訳し、関係各所への根回しを完璧に済ませていたのです」
「根回し? あんな可愛げのない女が、そんな殊勝なことをするはずがないだろう!」
「殿下……。あの方が毎晩、ロウソクが尽きるまで予算案を修正し、各領主との調整を行っていたことを本当にお気づきではなかったのですか? あの方がいなくなってから、王都の物流は停滞し、国庫の支出は昨月比で三割増、各方面からの苦情はもはや物理的な重さとなって私の胃を圧迫しております!」
宰相の怒号に、ララが「ひゃぅっ!」と声を上げてセドリックの背中に隠れる。
「こ、怖いですぅ……殿下ぁ……」
「宰相! ララを怖がらせるな! 大体、あんな女、代わりはいくらでもいるだろう! 今すぐ有能な書記官を呼んでこい!」
「……既に呼びました。ですが、誰もが三日と持ちませんでしたよ。殿下の支離滅裂な命令と、こちらの令嬢の『お手伝い(妨害)』に耐えられるのは、世界中でレーズン様ただ一人だったのですよ」
アイアン宰相は、一枚の報告書を机に叩きつけた。
「さらにこれをご覧ください。レーズン様から……いいえ、オセロ公爵家から届いた正式な『請求書』です」
「請求書? ふん、どうせ僕に会いたい口実だろう。いくらだ?」
セドリックが鼻で笑いながら金額を確認した瞬間、彼の目は飛び出し、口は金魚のようにパクパクと動いた。
「……な、な……金貨……一万枚……!? なんだこれは! 国家予算の一割に相当するぞ!」
「内訳をご覧ください。『過去十年にわたる過重労働の残業代』『王子の不祥事揉み消しコンサルタント料』、そして……『精神的苦痛に伴う、種無しスイカ維持費への慰謝料』とあります」
「種無しスイカ……!? あの女、まだそんなことを言っているのか!」
「殿下、笑い事ではありません。オセロ公爵は本気です。現在、公爵家は王室への支援を全面的に停止しました。来週の舞踏会の予算も、このままでは一銭も出ませんぞ」
「……えっ。舞踏会ができないのぉ!? 私、新しいドレスもう注文しちゃったのに! 殿下、なんとかしてくださぁい!」
ララがセドリックの腕を激しく揺さぶる。
セドリックは冷や汗を流しながら、ようやく事の重大さに気づき始めていた。
「ま、待て……。レーズンは今、どこにいるんだ!? 今すぐ連れ戻して、この書類を片付けさせろ! 謝れば、あの女だって喜んで戻ってくるはずだ!」
「あいにくですが、レーズン様は現在、辺境の別荘で『最高に充実した毒吐きライフ』を満喫されているとの報告が入っております。……しかも、どういうわけか、アストラ帝国の近衛騎士団がその別荘を囲んでいるとか」
「帝国!? なぜ帝国が出てくるんだ!」
「さあ……。ですが殿下。このままでは来月の給与支払いも滞ります。そうなれば、王宮の使用人たちは全員ボイコットするでしょう。……まさに、あなたの仰った『婚約破棄』が、この国の破滅の引き金となったわけですな」
アイアン宰相は、冷たく言い放って部屋を後にした。
残されたのは、山積みの書類と、空っぽの金庫、そして「ぴえん」と泣き続ける無力な令嬢だけ。
「……く、くそぉぉ! レーズンめ! こうなったら、僕自ら辺境へ行って、無理やりにでも連れ戻してやる! 僕を誰だと思っているんだ! この国の王子だぞ!」
セドリックの叫びが虚しく響く中、机の上の折り紙の小鳥が、まるで彼を嘲笑うかのようにバサリと崩れ落ちた。
彼の「誤算」のツケは、想像以上に高くつくことになりそうだった。
王都、サンライズ王宮の一室。
セドリック王子は、自身の執務机を埋め尽くす「紙の要塞」を前に、顔を真っ赤にして叫んでいた。
かつてはこの部屋に足を踏み入れるだけで、完璧に分類された書類と、淹れたての紅茶、そして冷徹だが正確なアドバイスが用意されていた。
だが、今の部屋にあるのは、埃っぽさと、期限の切れた督促状の山だけである。
「で、殿下ぁ……。ララ、頑張ってお片付けしようとしたんですけどぉ……数字がいっぱい書いてあって、頭が痛くなっちゃって……ぴえん」
隣で可愛らしく首を傾げるのは、新しく婚約者(内定)となったララ・フワリン男爵令嬢だ。
彼女は書類の一枚を手に取り、それを折り紙にして小鳥を作っていた。
「ああ、ララ。君はなんて繊細なんだ。数字なんていう無機質なものに触れさせてしまって、僕が悪かった。……しかし、おかしいな。レーズンの時は、僕が昼寝をしている間に全て終わっていたはずなのだが」
「それはレーズン様が、殿下を差し置いて勝手にやっていただけですよぉ。きっと、殿下を無能に見せようとする意地悪だったんですわ!」
「そうか! やはりそうだったのか! あのシワシワ女め、最後まで僕の足を引っ張るとは……」
セドリックが憤慨していると、ノックもなしに扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、眉間に深い皺を刻んだ国の重鎮、アイアン宰相である。
「セドリック殿下! これで何度目ですか! 隣国との通商条約の返答期限は、昨日の正午までだったはずですぞ!」
「な、なんだ宰相。そんなことより、この書類の山を見てくれ。レーズンがいなくなってから、魔法のように増え続けているんだ。これは呪いか何かか?」
アイアン宰相は、机の上で「折り紙の小鳥」になっている国家機密書類を凝視し、それからセドリックを憐れみの目で見つめた。
「……呪いではありません。それが『現実』というものです。レーズン様がいらっしゃった頃は、彼女が殿下の寝言のような指示を全て実務レベルに翻訳し、関係各所への根回しを完璧に済ませていたのです」
「根回し? あんな可愛げのない女が、そんな殊勝なことをするはずがないだろう!」
「殿下……。あの方が毎晩、ロウソクが尽きるまで予算案を修正し、各領主との調整を行っていたことを本当にお気づきではなかったのですか? あの方がいなくなってから、王都の物流は停滞し、国庫の支出は昨月比で三割増、各方面からの苦情はもはや物理的な重さとなって私の胃を圧迫しております!」
宰相の怒号に、ララが「ひゃぅっ!」と声を上げてセドリックの背中に隠れる。
「こ、怖いですぅ……殿下ぁ……」
「宰相! ララを怖がらせるな! 大体、あんな女、代わりはいくらでもいるだろう! 今すぐ有能な書記官を呼んでこい!」
「……既に呼びました。ですが、誰もが三日と持ちませんでしたよ。殿下の支離滅裂な命令と、こちらの令嬢の『お手伝い(妨害)』に耐えられるのは、世界中でレーズン様ただ一人だったのですよ」
アイアン宰相は、一枚の報告書を机に叩きつけた。
「さらにこれをご覧ください。レーズン様から……いいえ、オセロ公爵家から届いた正式な『請求書』です」
「請求書? ふん、どうせ僕に会いたい口実だろう。いくらだ?」
セドリックが鼻で笑いながら金額を確認した瞬間、彼の目は飛び出し、口は金魚のようにパクパクと動いた。
「……な、な……金貨……一万枚……!? なんだこれは! 国家予算の一割に相当するぞ!」
「内訳をご覧ください。『過去十年にわたる過重労働の残業代』『王子の不祥事揉み消しコンサルタント料』、そして……『精神的苦痛に伴う、種無しスイカ維持費への慰謝料』とあります」
「種無しスイカ……!? あの女、まだそんなことを言っているのか!」
「殿下、笑い事ではありません。オセロ公爵は本気です。現在、公爵家は王室への支援を全面的に停止しました。来週の舞踏会の予算も、このままでは一銭も出ませんぞ」
「……えっ。舞踏会ができないのぉ!? 私、新しいドレスもう注文しちゃったのに! 殿下、なんとかしてくださぁい!」
ララがセドリックの腕を激しく揺さぶる。
セドリックは冷や汗を流しながら、ようやく事の重大さに気づき始めていた。
「ま、待て……。レーズンは今、どこにいるんだ!? 今すぐ連れ戻して、この書類を片付けさせろ! 謝れば、あの女だって喜んで戻ってくるはずだ!」
「あいにくですが、レーズン様は現在、辺境の別荘で『最高に充実した毒吐きライフ』を満喫されているとの報告が入っております。……しかも、どういうわけか、アストラ帝国の近衛騎士団がその別荘を囲んでいるとか」
「帝国!? なぜ帝国が出てくるんだ!」
「さあ……。ですが殿下。このままでは来月の給与支払いも滞ります。そうなれば、王宮の使用人たちは全員ボイコットするでしょう。……まさに、あなたの仰った『婚約破棄』が、この国の破滅の引き金となったわけですな」
アイアン宰相は、冷たく言い放って部屋を後にした。
残されたのは、山積みの書類と、空っぽの金庫、そして「ぴえん」と泣き続ける無力な令嬢だけ。
「……く、くそぉぉ! レーズンめ! こうなったら、僕自ら辺境へ行って、無理やりにでも連れ戻してやる! 僕を誰だと思っているんだ! この国の王子だぞ!」
セドリックの叫びが虚しく響く中、机の上の折り紙の小鳥が、まるで彼を嘲笑うかのようにバサリと崩れ落ちた。
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