お黙りなさい!婚約破棄された毒舌令嬢は甘くない毒を吐く

ちゃっぴー

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「……ちょっと、ヴィンセント。その薄気味悪い笑みを浮かべながら私の隣を歩くのをやめてくださる? 衛兵たちが、まるで猛獣の檻に入れられた子犬のような顔でこちらを見ているわ。私の尊厳が、あなたの不気味さのせいで二次被害を受けているのだけれど」

帝都の宮廷。
私はヴィンセントと共に、重厚な廊下を闊歩していた。
帝国へ乗り込んで初日。まずは皇帝陛下への挨拶という、政治的な茶番劇が控えている。

「失礼。あまりにも君と歩くこの時間が幸福でね。……ところでレーズン、いつまでも『あなた』や『ヴィンセント殿下』と他人行儀な呼び方をするのは、そろそろ非効率だと思わないか?」

「非効率? 正確に個体を識別できているのだから、これ以上の効率はないわ。それとも何か? あなたの脳細胞は、名前以外の呼称を認識できないほど退化してしまったの?」

ヴィンセントは、待ってましたと言わんばかりに私の顔を覗き込んできた。

「いや、帝国では『親愛の証』として、特別な呼び名(愛称)を使うのが通例なんだ。……例えば、君のことは『愛しのレーズン』、私のことは『私のヴィンス』と呼ぶのはどうだろう?」

「……。本気で言っているのなら、今すぐあなたの鼓膜をハサミで切り取って、その中に塩を詰め込んであげたいわ。そんな砂糖をぶちまけたような呼び方、私の声帯が拒絶反応を起こして即座に壊死するわよ」

「……っ、声帯が壊死! ああ、私の提案で君をそこまで追い込めるなんて、光栄だ」

「喜んでいないで、もっとマシな提案をしなさい。さもなければ、今日からあなたのことは『無能なタンパク質の塊』、略して『ナマモノ』と呼ぶことにするわ」

「ナマモノ……! 新鮮そうで悪くないが、もう少し君の『所有物』であることを強調した呼び方はないかな?」

私たちのやり取りを背後で聞いていた騎士団長ガルフと、新たに合流した帝国の文官たちが、次々と顔を青くし、あるいは胃を押さえて蹲り始めた。

「……ガ、ガルフ殿。殿下は……あんなにボロクソに言われて、なぜあんなに幸せそうに笑っておられるのですか? 私の知っている冷徹な第三皇子殿下は、どこへ……」

「……聞くな。あれは、ある種の『極致』に達した者同士のコミュニケーションなのだ。……我々はただ、あの致死量の毒……いいえ、彼らにとっての甘い会話を浴び続けて、気絶しないように耐えるしかない」

文官の一人が、ついに耐えきれず膝をついた。

「だ、ダメだ……。レーズン様の『タンパク質の塊』という罵倒が、なぜか私の心にも突き刺さって……なのに殿下の喜びが伝わってきて、脳がバグを起こしそうだ……」

私は背後の騒ぎなど露知らず、ヴィンセントに冷たい宣告を下した。

「わかったわ。所有物であることを強調したいのね? なら、今日からあなたは『私の汚点』よ。私の輝かしい経歴の中で、唯一の、そして最大の恥部。これなら間違いなく私の所有物だと世界中にアピールできるわね」

「……『私の汚点』!! ああ、レーズン! 君の一部として、君の人生を永遠に汚し続ける存在になれるなんて……! 最高の愛称だ、ヴィンスと呼ぶよりも何百倍も心に響くよ!」

「そう。わかったら、私の汚点。さっさとその見苦しい顔を伏せて歩きなさい。あなたの鼻の角度が私の視界を邪魔しているわ」

「了解した、私の女王様!」

二人の会話が廊下に響き渡るたび、すれ違う侍女や貴族たちが、まるで物理的な打撃を受けたかのように壁に激突していく。
冷酷な罵倒のはずなのに、そこにはヴィンセントのあまりにも純粋な歓喜が混じり合い、周囲には「猛毒の砂糖菓子」のような、奇妙で暴力的な甘さが充満していた。

「……おい。あのお二人の後に続くのは、もはや軍事訓練以上の苦行ではないか?」

「黙ってついていけ。これも帝国の改革のためだ……。……うっ、今の『ゴミを見るような目』、私も一回でいいから浴びてみたい……」

「お前まで汚染されるな!」

ガルフの叫びも虚しく、レーズンの毒気は着実に帝都の住人たちの精神を蝕み始めていた。
当の本人は、皇帝に会った瞬間に何を言ってやろうかと、手帳に「陛下の血管を効率的に一本ずつ浮かび上がらせるフレーズ集」を書き留めるのに夢中だったが。

「……ふふ。さて、ヴィンセント。あなたの父親の教育方針がどれほど非効率だったか、今から証明してあげるわ」

「ああ、期待しているよ。父上の腰が抜ける瞬間を、私は特等席で眺めさせてもらおう」

毒と愛(?)が入り混じる混沌の宮廷へと、二人の足音が重厚に響き渡った。
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