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「……おかしいですわね。始業時間を十五分も過ぎていますわ。リルさんが遅刻だなんて、天変地異の前触れかしら?」
私は相談所のデスクで、時計の針を凝視していた。
普段なら「お姉様! 今朝の私はアクア様への愛を百メートル十秒の速度で運んできましたわ!」と、扉を爆破せんばかりの勢いで現れる彼女がいない。
この十五分間の損失。彼女の時給を計算し、欠勤控除の欄に書き込もうとした、その時。
カラン、とドアベルが弱々しく鳴り、一人の少年が飛び込んできた。
「あ、あの! これ、入り口に刺さってました!」
少年の手には、ナイフで突き立てられていたであろう、ひどく安っぽい紙切れが一枚。
私はそれをひったくるように受け取り、一瞥した。
『リル・コットンは預かった。返してほしくば、金貨百枚を用意しろ。明日の夜、西の廃倉庫だ。……追伸:この女、うるさすぎる。早くしろ』
「……ゼノ。ちょっとこれを見てくださる?」
部屋の隅で剣の素振りをしていたゼノが、怪訝な顔で覗き込んできた。
「誘拐……だと? よりによって、あの狂信者令嬢をか?」
「ええ。それより見て。この紙、再生紙ですわ。しかも端がボロボロ。……誘拐犯のくせに、金貨百枚を要求する割には文具のコストを削りすぎですわね。三流ですわ」
私は紙の質感を指で確かめながら、鼻で笑った。
ゼノは呆れたように頭を振る。
「そこかよ。……だが、あのリルが抵抗もせずに連れ去られるか? あいつ、お前の護衛を自称して、最近は怪力に磨きがかかってたはずだろ」
「おそらく、犯人が『アクア様の重大な秘密を教えてやる』とでも言って、自分からホイホイついて行ったに違いありませんわ。……まったく、教育が行き届いていませんわね」
私は計算機をパチンと叩いた。
「ゼノ。予定を変更しますわ。今からリルさんの救出……いえ、『強制労働への連れ戻し』に向かいます。十五分で準備なさい」
「……わかったよ。騎士団に通報するか?」
「いいえ。公的機関を動かすと、後で書類仕事が面倒ですわ。それに、これだけの『精神的苦痛代』を上乗せして回収するには、私設の力で解決するのが一番効率的ですの」
私たちは少年の目撃証言を元に、王都の外れにある廃倉庫へと向かった。
馬車代をケチるため、ゼノの軍馬に相乗りだ。
密着する彼の背中から伝わる体温に、少しだけ計算が狂いそうになるが、今はそれどころではない。
現場の倉庫に着くと、中から何やら「……違う! 角度が違いますわ!」という、聞き慣れた甲高い声が聞こえてきた。
「おい、もっと右から罵りなさいよ! アクア様ならもっとこう、心臓を針で刺すような鋭い言葉を……! 『この、社会の余剰人員め!』くらいは言えないのですか!?」
「ひっ……な、なんだよこの女! 誘拐されてる自覚あるのかよ!」
「自覚ならありますわ! だからこそ、私を誘拐したあなたの『悪役力』の低さに絶望しているのです! これではアクア様への報告書が書けませんわ!」
私は倉庫の扉を蹴り開けた。……いえ、足が痛むと治療費がかさむので、ゼノに開けさせた。
「……リルさん。そこまでになさいな。私のセリフを勝手に安売りしないでくださる?」
「あ、アクア様ぁぁ!!」
椅子に縛り付けられているはずのリルが、椅子ごとピョンピョンと跳ねてこちらを向いた。
その周囲には、数人の男たちが疲れ果てた様子で座り込んでいる。
「お、おい! お前がアクアか!? この女を早く連れて帰れ! 金はいらねぇ、むしろこっちが金を払うから……!」
犯人のリーダーらしき男が、涙目で私に縋り付いてきた。
私は冷徹な三白眼で彼を見下ろし、懐から一枚の書類を取り出した。
「お言葉ですが、そうはいきませんわ。……まず、彼女の拘束時間における機会損失代。次に、私がここへ来るまでの交通費。さらに、あなたのひどい文章による精神的汚染の慰謝料。……合算して、金貨百五十枚。……あ、耳を揃えて現金でお願いしますわね」
「な……!? 要求された額より増えてるじゃねーか!」
「当たり前ですわ。私の時給は高いんですから。……ゼノ、彼らが支払いを渋るようなら、騎士団流の『丁寧な集金』をお願いしてもよろしいかしら?」
ゼノがニヤリと笑い、拳をポキポキと鳴らしながら一歩前に出た。
「ああ。ちょうど、アホ王子の相手でストレスが溜まってたんだ。いいサンドバッグになりそうだな」
「ま、待て! 払う! 払うから助けてくれぇぇ!」
結局、誘拐犯たちは身ぐるみを剥がされ(※売れそうな服だけ没収しました)、私の口座に多額の「謝罪金」を振り込む誓約書を書かされることになった。
「……ふぅ。これで今日のノルマは達成ですわね」
「アクア様! 助けに来てくださるなんて……! あの馬車(ゼノ様の背中)での密着移動、後で詳しく録音……いえ、お聞きしてもよろしいでしょうか!」
「却下ですわ。……それよりリルさん。遅刻した分の時間は、残業で埋めていただきますわよ。……さあ、帰りましょう。今夜は特製のエナジードリンク(安売りの薬草茶)を振る舞ってあげますわ」
「はい! 一生ついていきますわ、お姉様!」
夕暮れの王都へ戻る道中、私は馬の上で今日の収支を計算していた。
誘拐されるというアクシデントさえも、利益に変える。
それこそが悪役令嬢の、そして経営者としての正しい在り方。
……ただ、背中越しに伝わるゼノの「……お前ら、本当にたくましいな」という呆れ声だけは、なぜかプライスレスな響きを持って、私の耳に残ったのでした。
私は相談所のデスクで、時計の針を凝視していた。
普段なら「お姉様! 今朝の私はアクア様への愛を百メートル十秒の速度で運んできましたわ!」と、扉を爆破せんばかりの勢いで現れる彼女がいない。
この十五分間の損失。彼女の時給を計算し、欠勤控除の欄に書き込もうとした、その時。
カラン、とドアベルが弱々しく鳴り、一人の少年が飛び込んできた。
「あ、あの! これ、入り口に刺さってました!」
少年の手には、ナイフで突き立てられていたであろう、ひどく安っぽい紙切れが一枚。
私はそれをひったくるように受け取り、一瞥した。
『リル・コットンは預かった。返してほしくば、金貨百枚を用意しろ。明日の夜、西の廃倉庫だ。……追伸:この女、うるさすぎる。早くしろ』
「……ゼノ。ちょっとこれを見てくださる?」
部屋の隅で剣の素振りをしていたゼノが、怪訝な顔で覗き込んできた。
「誘拐……だと? よりによって、あの狂信者令嬢をか?」
「ええ。それより見て。この紙、再生紙ですわ。しかも端がボロボロ。……誘拐犯のくせに、金貨百枚を要求する割には文具のコストを削りすぎですわね。三流ですわ」
私は紙の質感を指で確かめながら、鼻で笑った。
ゼノは呆れたように頭を振る。
「そこかよ。……だが、あのリルが抵抗もせずに連れ去られるか? あいつ、お前の護衛を自称して、最近は怪力に磨きがかかってたはずだろ」
「おそらく、犯人が『アクア様の重大な秘密を教えてやる』とでも言って、自分からホイホイついて行ったに違いありませんわ。……まったく、教育が行き届いていませんわね」
私は計算機をパチンと叩いた。
「ゼノ。予定を変更しますわ。今からリルさんの救出……いえ、『強制労働への連れ戻し』に向かいます。十五分で準備なさい」
「……わかったよ。騎士団に通報するか?」
「いいえ。公的機関を動かすと、後で書類仕事が面倒ですわ。それに、これだけの『精神的苦痛代』を上乗せして回収するには、私設の力で解決するのが一番効率的ですの」
私たちは少年の目撃証言を元に、王都の外れにある廃倉庫へと向かった。
馬車代をケチるため、ゼノの軍馬に相乗りだ。
密着する彼の背中から伝わる体温に、少しだけ計算が狂いそうになるが、今はそれどころではない。
現場の倉庫に着くと、中から何やら「……違う! 角度が違いますわ!」という、聞き慣れた甲高い声が聞こえてきた。
「おい、もっと右から罵りなさいよ! アクア様ならもっとこう、心臓を針で刺すような鋭い言葉を……! 『この、社会の余剰人員め!』くらいは言えないのですか!?」
「ひっ……な、なんだよこの女! 誘拐されてる自覚あるのかよ!」
「自覚ならありますわ! だからこそ、私を誘拐したあなたの『悪役力』の低さに絶望しているのです! これではアクア様への報告書が書けませんわ!」
私は倉庫の扉を蹴り開けた。……いえ、足が痛むと治療費がかさむので、ゼノに開けさせた。
「……リルさん。そこまでになさいな。私のセリフを勝手に安売りしないでくださる?」
「あ、アクア様ぁぁ!!」
椅子に縛り付けられているはずのリルが、椅子ごとピョンピョンと跳ねてこちらを向いた。
その周囲には、数人の男たちが疲れ果てた様子で座り込んでいる。
「お、おい! お前がアクアか!? この女を早く連れて帰れ! 金はいらねぇ、むしろこっちが金を払うから……!」
犯人のリーダーらしき男が、涙目で私に縋り付いてきた。
私は冷徹な三白眼で彼を見下ろし、懐から一枚の書類を取り出した。
「お言葉ですが、そうはいきませんわ。……まず、彼女の拘束時間における機会損失代。次に、私がここへ来るまでの交通費。さらに、あなたのひどい文章による精神的汚染の慰謝料。……合算して、金貨百五十枚。……あ、耳を揃えて現金でお願いしますわね」
「な……!? 要求された額より増えてるじゃねーか!」
「当たり前ですわ。私の時給は高いんですから。……ゼノ、彼らが支払いを渋るようなら、騎士団流の『丁寧な集金』をお願いしてもよろしいかしら?」
ゼノがニヤリと笑い、拳をポキポキと鳴らしながら一歩前に出た。
「ああ。ちょうど、アホ王子の相手でストレスが溜まってたんだ。いいサンドバッグになりそうだな」
「ま、待て! 払う! 払うから助けてくれぇぇ!」
結局、誘拐犯たちは身ぐるみを剥がされ(※売れそうな服だけ没収しました)、私の口座に多額の「謝罪金」を振り込む誓約書を書かされることになった。
「……ふぅ。これで今日のノルマは達成ですわね」
「アクア様! 助けに来てくださるなんて……! あの馬車(ゼノ様の背中)での密着移動、後で詳しく録音……いえ、お聞きしてもよろしいでしょうか!」
「却下ですわ。……それよりリルさん。遅刻した分の時間は、残業で埋めていただきますわよ。……さあ、帰りましょう。今夜は特製のエナジードリンク(安売りの薬草茶)を振る舞ってあげますわ」
「はい! 一生ついていきますわ、お姉様!」
夕暮れの王都へ戻る道中、私は馬の上で今日の収支を計算していた。
誘拐されるというアクシデントさえも、利益に変える。
それこそが悪役令嬢の、そして経営者としての正しい在り方。
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