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「……お嬢様、庭に転がっている騎士の皆様はどうされますか? 放置しておくと、明日の朝には霜が降りて、物理的に動かなくなる恐れがありますが」
夕暮れ時。
マーサが窓の外、芝生の上で幸せそうに眠りこける男たちを指差して尋ねた。
「面倒ね……。本当ならそのまま堆肥にでもしたいところだけど、公爵家の庭に死体が転がっているのは風評被害だわ。ウォルフ、あなたの部下でしょう。適当に納屋へ放り込んでおきなさい」
シェリルはキッチンで、エプロンをこれ以上ないほど機能的に締め直しながら命じた。
「……お前、自分の撒いた薬だろう。少しは良心が痛まないのか?」
ウォルフは呆れ果てた様子で、男たちを一人ずつ担いでは納屋へと運び込んでいた。
その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「良心? そんな生産性のない感情、王都に置いてきたわ。それよりウォルフ、重労働の後は栄養補給が必要よ。ちょうど今、私の『超効率的・栄養満点飯』が出来上がるところだから」
「……料理までやるのか? お前、公爵令嬢だろう」
「令嬢である前に、私は自分の体の経営者よ。外注(料理人)を雇うコストを削減しつつ、最高のパフォーマンスを引き出す燃料を自炊するのは当然の帰結だわ」
シェリルが大きな鍋の蓋を開けると、中から食欲をそそる……というよりは、目が覚めるような強烈な香りが立ち上った。
「……なんだ、この匂いは。スパイスか?」
「脳の活性化を促す香辛料と、筋肉疲労を即座に分解する薬草のブレンドよ。見た目は地味だけど、一口でフルチャージ。三時間は不眠不休で戦えるようになるわ」
シェリルが差し出したのは、数種類の根菜と肉がドロドロになるまで煮込まれた、琥珀色のシチューのようなものだった。
「さあ、毒は入っていないわ。毒を入れるのはコストの無駄だし、あなたの労働力が損なわれるのは今の私にとって損失だもの。食べなさい」
「……言い方が可愛くないんだよ、お前は」
ウォルフは毒づきながらも、空腹には勝てず、木製のスプーンでその「燃料」を一口運んだ。
「…………っ!?」
一瞬、ウォルフの動きが止まった。
瞳が大きく見開かれ、スプーンを握る手がわずかに震える。
「……どうしたの? 塩分濃度がコンマ一パーセントほど計算とズレたかしら?」
「……いや。……美味い。……ありえないほど、美味い」
ウォルフはそこから、猛然とした勢いで食べ始めた。
洗練された宮廷料理のような華やかさはない。だが、素材の旨みが限界まで引き出され、体に染み渡るような深い味わいがある。
「これ……お前、本当に自分で作ったのか? 厨房を指揮していただけじゃなく?」
「失礼ね。私は最短時間で最高の結果を出す手順(レシピ)を構築しただけよ。材料を切る角度、火を通す秒数、塩を入れるタイミング……すべてを最適化すれば、誰が作ってもこの味になるわ。……まあ、実行できるのは私くらいでしょうけど」
シェリルはフン、と鼻を鳴らして自分の分の皿に盛り付けた。
実際、彼女の料理は「愛情」ではなく「計算」でできていた。だが、それが結果として、不器用な騎士の胃袋を真っ向から撃ち抜いてしまったのだ。
「……お前、王宮でもこれを食べていたのか?」
「まさか。あそこでは毒殺防止のために、冷めきった確認済みの食事しか出されなかったわ。あんな非効率な給餌、二度と御免だわね」
「……そうか。……なら、これからは毎日これが食べられるのか」
「ええ、私が飽きなければね。あ、でも、食材の調達はあなたの仕事よ。明日からは近隣の森で、私が指定したリスト通りの獲物を狩ってきなさい。それが滞在費代わりよ」
「……分かった。最高級の肉を仕留めてきてやる」
ウォルフが珍しく、少しだけ口角を上げた。
その顔を見て、シェリルは一瞬だけ、胸の奥に未知のバグが発生したような奇妙な感覚を覚えた。
「……何よ。変な顔して。栄養が脳に回りすぎておかしくなったの?」
「……お前こそ、少し顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
「……! これはキッチンの排熱が効率的に処理されていないせいよ! 明日までに換気扇を改造しなきゃ……!」
シェリルは慌てて顔を背け、鍋を洗い始めた。
その様子を見ていた侍女のマーサが、ボソリと呟く。
「……お嬢様。胃袋を掴むのは恋愛の王道ですが、無自覚にやるのが一番タチが悪いですよ」
「うるさいわねマーサ! 私はただ、自分の資産(労働力)をメンテナンスしているだけよ!」
「はいはい。メンテナンス完了、おめでとうございます」
マーサの皮肉を無視して、シェリルは激しく鍋を磨いた。
自由を求めて逃げてきたはずなのに、なぜか自分を取り巻く人間関係の密度が、王都にいた頃よりも濃くなっている。
(……おかしいわ。これは計算外よ。もっと無機質で、静かな隠居生活になるはずだったのに)
窓の外では、納屋から騎士たちの「お母さーん!」という寝言が聞こえてくる。
目の前では、最強の騎士団長が幸せそうに三杯目のおかわりを要求している。
シェリルの「完璧な有給休暇計画」は、開始早々、大きな修正を迫られていた。
夕暮れ時。
マーサが窓の外、芝生の上で幸せそうに眠りこける男たちを指差して尋ねた。
「面倒ね……。本当ならそのまま堆肥にでもしたいところだけど、公爵家の庭に死体が転がっているのは風評被害だわ。ウォルフ、あなたの部下でしょう。適当に納屋へ放り込んでおきなさい」
シェリルはキッチンで、エプロンをこれ以上ないほど機能的に締め直しながら命じた。
「……お前、自分の撒いた薬だろう。少しは良心が痛まないのか?」
ウォルフは呆れ果てた様子で、男たちを一人ずつ担いでは納屋へと運び込んでいた。
その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「良心? そんな生産性のない感情、王都に置いてきたわ。それよりウォルフ、重労働の後は栄養補給が必要よ。ちょうど今、私の『超効率的・栄養満点飯』が出来上がるところだから」
「……料理までやるのか? お前、公爵令嬢だろう」
「令嬢である前に、私は自分の体の経営者よ。外注(料理人)を雇うコストを削減しつつ、最高のパフォーマンスを引き出す燃料を自炊するのは当然の帰結だわ」
シェリルが大きな鍋の蓋を開けると、中から食欲をそそる……というよりは、目が覚めるような強烈な香りが立ち上った。
「……なんだ、この匂いは。スパイスか?」
「脳の活性化を促す香辛料と、筋肉疲労を即座に分解する薬草のブレンドよ。見た目は地味だけど、一口でフルチャージ。三時間は不眠不休で戦えるようになるわ」
シェリルが差し出したのは、数種類の根菜と肉がドロドロになるまで煮込まれた、琥珀色のシチューのようなものだった。
「さあ、毒は入っていないわ。毒を入れるのはコストの無駄だし、あなたの労働力が損なわれるのは今の私にとって損失だもの。食べなさい」
「……言い方が可愛くないんだよ、お前は」
ウォルフは毒づきながらも、空腹には勝てず、木製のスプーンでその「燃料」を一口運んだ。
「…………っ!?」
一瞬、ウォルフの動きが止まった。
瞳が大きく見開かれ、スプーンを握る手がわずかに震える。
「……どうしたの? 塩分濃度がコンマ一パーセントほど計算とズレたかしら?」
「……いや。……美味い。……ありえないほど、美味い」
ウォルフはそこから、猛然とした勢いで食べ始めた。
洗練された宮廷料理のような華やかさはない。だが、素材の旨みが限界まで引き出され、体に染み渡るような深い味わいがある。
「これ……お前、本当に自分で作ったのか? 厨房を指揮していただけじゃなく?」
「失礼ね。私は最短時間で最高の結果を出す手順(レシピ)を構築しただけよ。材料を切る角度、火を通す秒数、塩を入れるタイミング……すべてを最適化すれば、誰が作ってもこの味になるわ。……まあ、実行できるのは私くらいでしょうけど」
シェリルはフン、と鼻を鳴らして自分の分の皿に盛り付けた。
実際、彼女の料理は「愛情」ではなく「計算」でできていた。だが、それが結果として、不器用な騎士の胃袋を真っ向から撃ち抜いてしまったのだ。
「……お前、王宮でもこれを食べていたのか?」
「まさか。あそこでは毒殺防止のために、冷めきった確認済みの食事しか出されなかったわ。あんな非効率な給餌、二度と御免だわね」
「……そうか。……なら、これからは毎日これが食べられるのか」
「ええ、私が飽きなければね。あ、でも、食材の調達はあなたの仕事よ。明日からは近隣の森で、私が指定したリスト通りの獲物を狩ってきなさい。それが滞在費代わりよ」
「……分かった。最高級の肉を仕留めてきてやる」
ウォルフが珍しく、少しだけ口角を上げた。
その顔を見て、シェリルは一瞬だけ、胸の奥に未知のバグが発生したような奇妙な感覚を覚えた。
「……何よ。変な顔して。栄養が脳に回りすぎておかしくなったの?」
「……お前こそ、少し顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
「……! これはキッチンの排熱が効率的に処理されていないせいよ! 明日までに換気扇を改造しなきゃ……!」
シェリルは慌てて顔を背け、鍋を洗い始めた。
その様子を見ていた侍女のマーサが、ボソリと呟く。
「……お嬢様。胃袋を掴むのは恋愛の王道ですが、無自覚にやるのが一番タチが悪いですよ」
「うるさいわねマーサ! 私はただ、自分の資産(労働力)をメンテナンスしているだけよ!」
「はいはい。メンテナンス完了、おめでとうございます」
マーサの皮肉を無視して、シェリルは激しく鍋を磨いた。
自由を求めて逃げてきたはずなのに、なぜか自分を取り巻く人間関係の密度が、王都にいた頃よりも濃くなっている。
(……おかしいわ。これは計算外よ。もっと無機質で、静かな隠居生活になるはずだったのに)
窓の外では、納屋から騎士たちの「お母さーん!」という寝言が聞こえてくる。
目の前では、最強の騎士団長が幸せそうに三杯目のおかわりを要求している。
シェリルの「完璧な有給休暇計画」は、開始早々、大きな修正を迫られていた。
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