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王都の王宮、大広間。
そこには、かつての洗練された空気の代わりに、甘ったるい香水の匂いと、行き場を失った困惑が充満していた。
「さあ、皆様! 今日は私、ライラが主催する『真実の愛を祝うバラ色のお茶会』へようこそですぅ!」
ピンク色のフリルをこれでもかと重ねたドレスに身を包み、ライラが満面の笑みで宣言する。
周囲を囲む貴族たちは、引きつった笑みを浮かべながら、手元のティーカップを眺めていた。
「……おい、ライラ。このバラの数、少し多すぎないか? 歩く隙間もないぞ」
ジュリアンが、顔に刺さりそうなバラの棘を避けながら小声で尋ねる。
広間には、季節外れのバラが数万本、所狭しと飾られていた。
「だって殿下ぁ、バラは愛の象徴ですもの! お花屋さんに『一番高いのを全部持ってきて』って言ったら、とっても喜んでくれましたよぉ」
「……全部? 市場にある在庫をすべて買い占めたのか?」
「はい! ライラ、お買い物って楽しくて大好きですっ!」
ジュリアンの背筋に冷たいものが走ったその時、広間の端から地響きのような足音が近づいてきた。
現れたのは、髪を振り乱し、目に真っ赤な血走った線を浮かべた財務大臣だった。
「……で、殿下ぁぁぁ! 今すぐ、今すぐこの宴を中止してください!!」
「なんだ大臣、無礼だぞ。今はライラの初公務、お茶会の最中だぞ」
「公務だと!? これは公務ではありません、国家予算の略奪です! このバラの請求書を見てください! 通常の三倍の価格で、しかも全額『即日現金払い』の契約になっています!」
大臣が突き出した紙には、天文学的な数字が並んでいた。
「な、なんだこれは……。バラだけで、一ヶ月の国防費と同じくらいかかっているじゃないか!」
「当たり前です! シェリル様がいらっしゃった頃は、彼女が自らバラの生産組合と『先物取引』の契約を結び、最安値で確保していました! ライラ様は、最も高価な小売店で、しかも定価で買い占めたのです! 市場の物価は大混乱ですよ!」
大臣の叫びに、ライラは不思議そうに首を傾げた。
「えぇ? お金なら、あの魔法の紙にサインすれば無限に出てくるんじゃないんですかぁ?」
「それは『手形』です! 将来の私たちが泣きながら払う借用書ですよ!!」
大臣の怒声に、周囲の貴族たちがザワつき始めた。
さらに追い打ちをかけるように、参加者の一人の伯爵夫人が、顔をしかめてカップを置いた。
「……ちょっと、このお茶は何かしら? 泥水のような味がするのだけれど」
「えっ? そんなはずは……。私も一番高い茶葉を指定したはず……」
「殿下、お調べしましたところ……」
側近の一人が震えながら報告する。
「シェリル様がいらっしゃった頃は、彼女が独自に開拓した『東方諸国との秘密貿易ルート』から、最高級の茶葉を関税抜きの卸値で仕入れていました。ライラ様が今回発注したのは……ラベルだけ豪華な、中身は数年前の売れ残りです。業者が完全に足元を見ています」
「な……っ」
ジュリアンは、目の前が暗くなるのを感じた。
シェリルという「盾」がなくなった瞬間、王宮はあらゆる詐欺師と悪徳商人の格好の餌食になっていたのだ。
「あ、あのぉ……。お口直しに、ケーキはいかがですかぁ? ライラが一生懸命、パティシエさんを応援したんですぅ」
運ばれてきたのは、十段重ねの巨大なデコレーションケーキだった。
だが、その重みに耐えきれず、ケーキ台がミシリと不吉な音を立てる。
「……待て。そのケーキ、まさか冷蔵魔法の維持費は計算に入っているのか?」
「れいぞう……? なんです、それ?」
「……大臣、今の室温は?」
「バラを枯らさないために、暖房魔法を最大にしていますな。……あっ」
グシャァァァァッ!!
大臣の言葉が終わるより早く、熱で溶け出したクリームが雪崩のように崩れ落ち、近くにいた有力貴族のドレスを真っ白に染め上げた。
「ひゃあぁぁぁっ! 私の特注ドレスがぁっ!」
「謝りなさい! この無能な小娘!」
「あ、うぅ……。ひっ、ひぐっ……殿下ぁ、みんながライラをいじめるんですぅ……!」
泣き出したライラを抱きしめようとして、ジュリアンは気づいた。
自分の腕の中にあるのは、可憐なヒロインなどではない。
国の経済を、たった一時間で泥沼に沈めた「無邪気な破壊神」だということに。
「……シェリル。シェリル、頼む……。一回だけでいい、この請求書の山を消してくれ……」
ジュリアンが虚空に向かって呟くが、もちろん返事はない。
その頃、北の別荘では。
「……ふぅ。今、なんだかすごく『お金がドブに捨てられた音』が聞こえた気がしたわ」
シェリルは、自作の「超効率的・家計簿」を閉じ、優雅にカモミールティーを啜っていた。
「お嬢様、空耳ですよ。それより、畑のジャガイモが芽吹きましたわ。計算通り、昨年の三割増しの成長速度です」
マーサの報告に、シェリルは満足げに微笑む。
「素晴らしいわ。王宮のドロドロした赤字より、土から芽吹く確かな緑の方が、よっぽど資産価値があるわね」
「……お前、さっきからニヤニヤして、性格が悪いぞ」
ウォルフが呆れたように言うが、シェリルはどこ吹く風だ。
「あら、これは正当な『市場原理の観察』よ。無能が自滅し、有能が休息を得る。これ以上の公正な世界があるかしら?」
王宮が借金の山に埋もれていく一方で、シェリルの別荘には、平穏と着実な「利益」が積み重なっていった。
そこには、かつての洗練された空気の代わりに、甘ったるい香水の匂いと、行き場を失った困惑が充満していた。
「さあ、皆様! 今日は私、ライラが主催する『真実の愛を祝うバラ色のお茶会』へようこそですぅ!」
ピンク色のフリルをこれでもかと重ねたドレスに身を包み、ライラが満面の笑みで宣言する。
周囲を囲む貴族たちは、引きつった笑みを浮かべながら、手元のティーカップを眺めていた。
「……おい、ライラ。このバラの数、少し多すぎないか? 歩く隙間もないぞ」
ジュリアンが、顔に刺さりそうなバラの棘を避けながら小声で尋ねる。
広間には、季節外れのバラが数万本、所狭しと飾られていた。
「だって殿下ぁ、バラは愛の象徴ですもの! お花屋さんに『一番高いのを全部持ってきて』って言ったら、とっても喜んでくれましたよぉ」
「……全部? 市場にある在庫をすべて買い占めたのか?」
「はい! ライラ、お買い物って楽しくて大好きですっ!」
ジュリアンの背筋に冷たいものが走ったその時、広間の端から地響きのような足音が近づいてきた。
現れたのは、髪を振り乱し、目に真っ赤な血走った線を浮かべた財務大臣だった。
「……で、殿下ぁぁぁ! 今すぐ、今すぐこの宴を中止してください!!」
「なんだ大臣、無礼だぞ。今はライラの初公務、お茶会の最中だぞ」
「公務だと!? これは公務ではありません、国家予算の略奪です! このバラの請求書を見てください! 通常の三倍の価格で、しかも全額『即日現金払い』の契約になっています!」
大臣が突き出した紙には、天文学的な数字が並んでいた。
「な、なんだこれは……。バラだけで、一ヶ月の国防費と同じくらいかかっているじゃないか!」
「当たり前です! シェリル様がいらっしゃった頃は、彼女が自らバラの生産組合と『先物取引』の契約を結び、最安値で確保していました! ライラ様は、最も高価な小売店で、しかも定価で買い占めたのです! 市場の物価は大混乱ですよ!」
大臣の叫びに、ライラは不思議そうに首を傾げた。
「えぇ? お金なら、あの魔法の紙にサインすれば無限に出てくるんじゃないんですかぁ?」
「それは『手形』です! 将来の私たちが泣きながら払う借用書ですよ!!」
大臣の怒声に、周囲の貴族たちがザワつき始めた。
さらに追い打ちをかけるように、参加者の一人の伯爵夫人が、顔をしかめてカップを置いた。
「……ちょっと、このお茶は何かしら? 泥水のような味がするのだけれど」
「えっ? そんなはずは……。私も一番高い茶葉を指定したはず……」
「殿下、お調べしましたところ……」
側近の一人が震えながら報告する。
「シェリル様がいらっしゃった頃は、彼女が独自に開拓した『東方諸国との秘密貿易ルート』から、最高級の茶葉を関税抜きの卸値で仕入れていました。ライラ様が今回発注したのは……ラベルだけ豪華な、中身は数年前の売れ残りです。業者が完全に足元を見ています」
「な……っ」
ジュリアンは、目の前が暗くなるのを感じた。
シェリルという「盾」がなくなった瞬間、王宮はあらゆる詐欺師と悪徳商人の格好の餌食になっていたのだ。
「あ、あのぉ……。お口直しに、ケーキはいかがですかぁ? ライラが一生懸命、パティシエさんを応援したんですぅ」
運ばれてきたのは、十段重ねの巨大なデコレーションケーキだった。
だが、その重みに耐えきれず、ケーキ台がミシリと不吉な音を立てる。
「……待て。そのケーキ、まさか冷蔵魔法の維持費は計算に入っているのか?」
「れいぞう……? なんです、それ?」
「……大臣、今の室温は?」
「バラを枯らさないために、暖房魔法を最大にしていますな。……あっ」
グシャァァァァッ!!
大臣の言葉が終わるより早く、熱で溶け出したクリームが雪崩のように崩れ落ち、近くにいた有力貴族のドレスを真っ白に染め上げた。
「ひゃあぁぁぁっ! 私の特注ドレスがぁっ!」
「謝りなさい! この無能な小娘!」
「あ、うぅ……。ひっ、ひぐっ……殿下ぁ、みんながライラをいじめるんですぅ……!」
泣き出したライラを抱きしめようとして、ジュリアンは気づいた。
自分の腕の中にあるのは、可憐なヒロインなどではない。
国の経済を、たった一時間で泥沼に沈めた「無邪気な破壊神」だということに。
「……シェリル。シェリル、頼む……。一回だけでいい、この請求書の山を消してくれ……」
ジュリアンが虚空に向かって呟くが、もちろん返事はない。
その頃、北の別荘では。
「……ふぅ。今、なんだかすごく『お金がドブに捨てられた音』が聞こえた気がしたわ」
シェリルは、自作の「超効率的・家計簿」を閉じ、優雅にカモミールティーを啜っていた。
「お嬢様、空耳ですよ。それより、畑のジャガイモが芽吹きましたわ。計算通り、昨年の三割増しの成長速度です」
マーサの報告に、シェリルは満足げに微笑む。
「素晴らしいわ。王宮のドロドロした赤字より、土から芽吹く確かな緑の方が、よっぽど資産価値があるわね」
「……お前、さっきからニヤニヤして、性格が悪いぞ」
ウォルフが呆れたように言うが、シェリルはどこ吹く風だ。
「あら、これは正当な『市場原理の観察』よ。無能が自滅し、有能が休息を得る。これ以上の公正な世界があるかしら?」
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