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「……あと三十分でパッキングを完了させなさい。王都へ持ち帰る資材の優先順位は、第一に劇物、第二に未発表の数式、そして第三にこの別荘で収穫した乾燥ジャガイモよ。ドレス? そんな布切れ、現地調達で十分だわ」
出発を目前に控え、シェリルの別荘は戦場のような慌ただしさに包まれていた。
シェリルは寝巻きの上からマントを羽織っただけの格好で、マーサとウォルフに矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
「お嬢様、そんなに劇物ばかり鞄に詰めて……。王宮を物理的に爆破するおつもりですか?」
「効率的な再建築には、まず徹底的な解体が必要なのよ、マーサ。……あら、何の音かしら?」
窓の外で、砂利を蹴散らす乱暴な馬車の音が響いた。
王家の迎えの馬車にしては、到着が早すぎる。
扉が勢いよく開くと、そこにはボロボロのピンク色のドレスを着て、髪を振り乱したライラが立っていた。
「……シェリル様ぁぁぁ! 助けてください、もう無理ですぅぅぅ!」
「………………」
シェリルは手に持っていた試験管を、危うく落としそうになった。
目の前のライラは、かつての「可憐なヒロイン」の面影など微塵もなく、過労でやつれ、目は虚ろで、手にはなぜか大量の羽ペンが刺さったままの書類束を握りしめている。
「……不法侵入よ、ライラ様。それにその格好、王太子の婚約者というよりは、締め切りに追われて発狂した三流作家のようね」
「ひっ、ひぐっ……! あんなの、あんなの人間がやる仕事じゃありません! 殿下は怒鳴るばかりで何もしてくれないし、大臣たちは私を『無能な置物』って呼ぶし、数字が、数字が私を殺しに来るんですぅ!」
ライラはシェリルの足元に縋り付き、滝のような涙を流した。
シェリルは冷徹に、その手を汚いものを見るように避けた。
「当たり前でしょう。あなたが私から奪い取った『座』は、ただ座って微笑んでいるための椅子ではなく、国家という巨大な歯車の制御盤だったのだから。……で、私にどうしろと? ここであなたの泣き顔を鑑賞するほど、私の時間は安くないわよ」
「戻って……戻ってください! 謝ります! 殿下の愛なんて、もういりません! 私、ただのお花屋さんに戻りたいですぅ!」
「……愛を捨てるなんて、非効率な情熱ね。あれほど執着していたのに」
シェリルは溜息をつき、ウォルフをチラリと見た。
ウォルフは腕を組んで、心底同情するような、あるいは呆れたような顔でライラを見下ろしている。
「……おい、シェリル。これ、どうするんだ。このまま連れ戻しても、こいつは王宮の入り口で卒倒するぞ」
「……仕方ないわね。ライラ様、そこにある椅子に座りなさい。……マーサ、彼女に一番濃いカフェイン入りの茶を出しなさい。脳を強制的に再起動させるわよ」
数分後、少しだけ落ち着きを取り戻した(が、手は震えている)ライラに対し、シェリルは真っ白な紙を一枚突きつけた。
「いい、ライラ様。あなたが無能なのは、才能の欠如以前に『思考の整理』ができていないからよ。……この『シェリル式・爆速メモ術』を今すぐ叩き込みなさい」
「め、めもじゅつ……?」
「ええ。まず、やるべきことを『緊急度』と『重要度』で四分割しなさい。殿下へのおねだりやバラの注文は、一番優先順位が低い『ゴミ箱行き』のカテゴリーよ。そして、すべての公文書は、結論、根拠、解決策の三行でまとめなさい。情緒的な言葉は一文字一秒の損失だと認識することね」
シェリルの言葉は、もはや教育ではなく、戦場における兵士への訓示だった。
ライラは必死に、震える手でシェリルの言葉をメモし始めた。
「……あの、シェリル様。どうして、私にこんなに親切にしてくれるんですか……? 私、あなたを追い出したのに……」
「勘違いしないで。あなたが使い物にならないままだと、私が王都に戻った後、あなたの分の仕事まで私に回ってくるでしょう? それは極めて非効率なの。……あなたが最低限の『事務処理ユニット』として機能することは、私の自由時間を確保するための絶対条件よ」
「……さ、流石ですね……。どこまでも合理的だ……」
ウォルフが感心したように呟く。
シェリルはライラの頭を、ペン先で軽く叩いた。
「さあ、三行で答えなさい。これからどうするの?」
「……一、王宮に戻る! 二、感情を殺して書類を捌く! 三、……殿下の靴下を自分で片付けさせる!」
「……三番目は少し難易度が高いけれど、方向性は間違っていないわね。合格よ。……さて、時間ね。迎えの馬車が来たわ」
別荘の入り口に、本物の金色の馬車が到着した。
シェリルはマントを翻し、一度も後ろを振り返らずに歩き出した。
「行くわよ、ウォルフ、マーサ。……ライラ様、あなたも私の馬車に乗りなさい。道中で『予算編成の基本』をみっちりレクチャーしてあげるわ」
「ひ、ひぃぃぃ! 移動時間も休憩させてくれないんですかぁぁ!」
「休憩? 移動中の脳のリソースを遊ばせておくなんて、犯罪的だわ。さあ、ペンを持ちなさい!」
悲鳴を上げるヒロインを強引に引き連れ、悪役令嬢(自称)が王都へと凱旋する。
それは、王国史上最も「血が流れず、代わりに計算機が火を吹く」大粛清の始まりであった。
出発を目前に控え、シェリルの別荘は戦場のような慌ただしさに包まれていた。
シェリルは寝巻きの上からマントを羽織っただけの格好で、マーサとウォルフに矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
「お嬢様、そんなに劇物ばかり鞄に詰めて……。王宮を物理的に爆破するおつもりですか?」
「効率的な再建築には、まず徹底的な解体が必要なのよ、マーサ。……あら、何の音かしら?」
窓の外で、砂利を蹴散らす乱暴な馬車の音が響いた。
王家の迎えの馬車にしては、到着が早すぎる。
扉が勢いよく開くと、そこにはボロボロのピンク色のドレスを着て、髪を振り乱したライラが立っていた。
「……シェリル様ぁぁぁ! 助けてください、もう無理ですぅぅぅ!」
「………………」
シェリルは手に持っていた試験管を、危うく落としそうになった。
目の前のライラは、かつての「可憐なヒロイン」の面影など微塵もなく、過労でやつれ、目は虚ろで、手にはなぜか大量の羽ペンが刺さったままの書類束を握りしめている。
「……不法侵入よ、ライラ様。それにその格好、王太子の婚約者というよりは、締め切りに追われて発狂した三流作家のようね」
「ひっ、ひぐっ……! あんなの、あんなの人間がやる仕事じゃありません! 殿下は怒鳴るばかりで何もしてくれないし、大臣たちは私を『無能な置物』って呼ぶし、数字が、数字が私を殺しに来るんですぅ!」
ライラはシェリルの足元に縋り付き、滝のような涙を流した。
シェリルは冷徹に、その手を汚いものを見るように避けた。
「当たり前でしょう。あなたが私から奪い取った『座』は、ただ座って微笑んでいるための椅子ではなく、国家という巨大な歯車の制御盤だったのだから。……で、私にどうしろと? ここであなたの泣き顔を鑑賞するほど、私の時間は安くないわよ」
「戻って……戻ってください! 謝ります! 殿下の愛なんて、もういりません! 私、ただのお花屋さんに戻りたいですぅ!」
「……愛を捨てるなんて、非効率な情熱ね。あれほど執着していたのに」
シェリルは溜息をつき、ウォルフをチラリと見た。
ウォルフは腕を組んで、心底同情するような、あるいは呆れたような顔でライラを見下ろしている。
「……おい、シェリル。これ、どうするんだ。このまま連れ戻しても、こいつは王宮の入り口で卒倒するぞ」
「……仕方ないわね。ライラ様、そこにある椅子に座りなさい。……マーサ、彼女に一番濃いカフェイン入りの茶を出しなさい。脳を強制的に再起動させるわよ」
数分後、少しだけ落ち着きを取り戻した(が、手は震えている)ライラに対し、シェリルは真っ白な紙を一枚突きつけた。
「いい、ライラ様。あなたが無能なのは、才能の欠如以前に『思考の整理』ができていないからよ。……この『シェリル式・爆速メモ術』を今すぐ叩き込みなさい」
「め、めもじゅつ……?」
「ええ。まず、やるべきことを『緊急度』と『重要度』で四分割しなさい。殿下へのおねだりやバラの注文は、一番優先順位が低い『ゴミ箱行き』のカテゴリーよ。そして、すべての公文書は、結論、根拠、解決策の三行でまとめなさい。情緒的な言葉は一文字一秒の損失だと認識することね」
シェリルの言葉は、もはや教育ではなく、戦場における兵士への訓示だった。
ライラは必死に、震える手でシェリルの言葉をメモし始めた。
「……あの、シェリル様。どうして、私にこんなに親切にしてくれるんですか……? 私、あなたを追い出したのに……」
「勘違いしないで。あなたが使い物にならないままだと、私が王都に戻った後、あなたの分の仕事まで私に回ってくるでしょう? それは極めて非効率なの。……あなたが最低限の『事務処理ユニット』として機能することは、私の自由時間を確保するための絶対条件よ」
「……さ、流石ですね……。どこまでも合理的だ……」
ウォルフが感心したように呟く。
シェリルはライラの頭を、ペン先で軽く叩いた。
「さあ、三行で答えなさい。これからどうするの?」
「……一、王宮に戻る! 二、感情を殺して書類を捌く! 三、……殿下の靴下を自分で片付けさせる!」
「……三番目は少し難易度が高いけれど、方向性は間違っていないわね。合格よ。……さて、時間ね。迎えの馬車が来たわ」
別荘の入り口に、本物の金色の馬車が到着した。
シェリルはマントを翻し、一度も後ろを振り返らずに歩き出した。
「行くわよ、ウォルフ、マーサ。……ライラ様、あなたも私の馬車に乗りなさい。道中で『予算編成の基本』をみっちりレクチャーしてあげるわ」
「ひ、ひぃぃぃ! 移動時間も休憩させてくれないんですかぁぁ!」
「休憩? 移動中の脳のリソースを遊ばせておくなんて、犯罪的だわ。さあ、ペンを持ちなさい!」
悲鳴を上げるヒロインを強引に引き連れ、悪役令嬢(自称)が王都へと凱旋する。
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