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「……ライラ様。その、死にかけの魚のような目はやめなさい。視覚情報の入力効率が落ちているわよ」
王都へと突き進む豪華な馬車の車内。
シェリルは向かい側に座るライラを、冷徹な眼差しで射抜いた。
「……だ、だってぇ、シェリル様……。王都が、王都が近づくにつれて、胃の中に石を詰め込まれたみたいに重いんですぅ……。戻ったらまた、あの山のような紙束と戦わなきゃいけないなんて……」
ライラは膝の上で丸まり、今にも消えてしまいそうな声で呟いた。
その隣では、ウォルフが窮屈そうに足を組み、窓の外を警戒しながら耳を貸している。
「いい? ライラ様。あなたが苦しんでいるのは仕事の量ではなく、あなたの『脳内処理システム』に重大な欠陥があるからよ。……今からあなたの性格をデバッグしてあげるわ。感謝なさい」
「で、でばっぐ……? 私の性格を、直してくれるんですか?」
「ええ。まず、あなたが何かを頼まれた時、最初に脳が検索するワードは何?」
ライラは指を顎に当てて、おずおずと答えた。
「えっと……『どうすれば殿下に褒めてもらえるかな』……とか?」
「不合格。即刻デリートしなさい。……いい? 『他人の評価』という極めて不安定な変数を基準に動くから、処理がパンクするのよ。これからの基準は一つ。『どうすれば最短でこの仕事を終わらせて寝られるか』。これだけを考えなさい」
「……えっ。そ、そんな自分勝手な理由でいいんですか?」
「自分勝手? いいえ、究極の利己主義は、結果として究極の利他主義に繋がるわ。あなたが爆速で仕事を終わらせれば、国政は滞らず、民は潤い、そしてあなた自身が健康になる。これ以上の正解があるかしら?」
シェリルは手元のメモ帳に、素早く図解を描き込んでライラに突きつけた。
「次。あなたが失敗した時、真っ先に取る行動は何?」
「……泣く、です。そうすると、殿下が『大丈夫だよライラ、次は頑張ろうね』って言って、代わりに誰かにやらせてくれるので……」
「その代わりをやっていたのが私よ、この寄生虫(バグ)め」
シェリルのこめかみにピキリと青筋が浮かぶ。
ライラは「ひぃっ!」と悲鳴を上げて座席の隅へ逃げた。
「泣くという行為は、一分あたり約〇・五ミリリットルの水分と、膨大な塩分、そして周囲の同情を買うための多大な演技リソースを消費するわ。その割に、目の前の書類の内容は一文字も変わらない。……これほど低コストで無意味な回避策は他にないわね。次からは泣きそうになったら、その水分を脳の冷却に回しなさい」
「の、脳の冷却……。無理ですぅ、そんなの……」
「できるわ。やりなさい。……いい、ライラ様。あなたは自分が『守られるべき可憐な花』だと思い込まされているけれど、それはジュリアン殿下があなたを支配しやすくするための呪縛よ。あの方は、自分より無能な存在を隣に置いて、優越感に浸りたいだけだわ」
シェリルの言葉に、ライラがハッとしたように顔を上げた。
その横で、ウォルフが深く頷く。
「……それは俺も同感だ。殿下は、自分が輝くための背景(エキストラ)を求めているに過ぎない。シェリルのように自分を追い越していく存在は、彼にとっては恐怖だったんだろうな」
「……殿下が、私を……? でも、殿下はいつも『ライラはそのままでいいんだよ』って……」
「『そのままでいい』は『成長するな』という呪文よ。……ライラ様、あなたには数字を扱う素質があるわ。あのバラの注文の時、あなたは『一番高いのを全部』と言ったわね。それは裏を返せば『市場の全在庫を把握し、一括で決済する』という、極めて大胆な物資調達能力の片鱗よ。……方向性が百八十度間違っていただけだわ」
「……えっ。私、褒められたんですか?」
ライラの瞳に、微かな光が宿った。
シェリルはフン、と鼻を鳴らして窓の外に目を向けた。
「褒めてはいないわ。分析しただけよ。……さあ、王都の城門が見えてきたわ。これからのあなたの役割は、殿下の『お飾り』ではなく、私の『実務代行ユニット』よ。私が陛下と交渉している間、あなたは殿下の執務室に陣取って、届く書類をすべて三つの箱に仕分けなさい。……できるわね?」
「は、はい! 『今日寝るための箱』と、『明日寝るための箱』と……あと一つは何ですか?」
「『殿下に自分でやらせる箱(ゴミ箱)』よ」
シェリルの不敵な笑みに、ライラは恐怖を感じながらも、不思議な高揚感を覚えていた。
守られるだけの弱者から、システムの一部として機能する実務者へ。
「……ウォルフ。あなたの仕事は、ライラ様が殿下の甘言に惑わされないよう、物理的に殿下をライラ様から三メートル以上遠ざけることよ。いいわね?」
「……了解した。得意分野だ。……しかしシェリル、お前、本当はライラのことが気に入っているんじゃないのか? 教育にこれだけのリソースを割くなんて、お前らしくない」
「……バカ言わないで。これは将来の私の『完全有給休暇』のための、インフラ整備よ。……さあ、着いたわ。腐りきった王宮(システム)を、根こそぎクリーンアップしてあげましょう!」
馬車が王宮の正門をくぐった。
そこには、やつれ果てたジュリアン王子と、数え切れないほどの未決済書類を抱えた役人たちが、まるで救世主を待つ亡者のように列をなしていた。
シェリルはゴーグルを装着し、戦場に赴く将軍のような足取りで、馬車の扉を蹴り開けた。
王都へと突き進む豪華な馬車の車内。
シェリルは向かい側に座るライラを、冷徹な眼差しで射抜いた。
「……だ、だってぇ、シェリル様……。王都が、王都が近づくにつれて、胃の中に石を詰め込まれたみたいに重いんですぅ……。戻ったらまた、あの山のような紙束と戦わなきゃいけないなんて……」
ライラは膝の上で丸まり、今にも消えてしまいそうな声で呟いた。
その隣では、ウォルフが窮屈そうに足を組み、窓の外を警戒しながら耳を貸している。
「いい? ライラ様。あなたが苦しんでいるのは仕事の量ではなく、あなたの『脳内処理システム』に重大な欠陥があるからよ。……今からあなたの性格をデバッグしてあげるわ。感謝なさい」
「で、でばっぐ……? 私の性格を、直してくれるんですか?」
「ええ。まず、あなたが何かを頼まれた時、最初に脳が検索するワードは何?」
ライラは指を顎に当てて、おずおずと答えた。
「えっと……『どうすれば殿下に褒めてもらえるかな』……とか?」
「不合格。即刻デリートしなさい。……いい? 『他人の評価』という極めて不安定な変数を基準に動くから、処理がパンクするのよ。これからの基準は一つ。『どうすれば最短でこの仕事を終わらせて寝られるか』。これだけを考えなさい」
「……えっ。そ、そんな自分勝手な理由でいいんですか?」
「自分勝手? いいえ、究極の利己主義は、結果として究極の利他主義に繋がるわ。あなたが爆速で仕事を終わらせれば、国政は滞らず、民は潤い、そしてあなた自身が健康になる。これ以上の正解があるかしら?」
シェリルは手元のメモ帳に、素早く図解を描き込んでライラに突きつけた。
「次。あなたが失敗した時、真っ先に取る行動は何?」
「……泣く、です。そうすると、殿下が『大丈夫だよライラ、次は頑張ろうね』って言って、代わりに誰かにやらせてくれるので……」
「その代わりをやっていたのが私よ、この寄生虫(バグ)め」
シェリルのこめかみにピキリと青筋が浮かぶ。
ライラは「ひぃっ!」と悲鳴を上げて座席の隅へ逃げた。
「泣くという行為は、一分あたり約〇・五ミリリットルの水分と、膨大な塩分、そして周囲の同情を買うための多大な演技リソースを消費するわ。その割に、目の前の書類の内容は一文字も変わらない。……これほど低コストで無意味な回避策は他にないわね。次からは泣きそうになったら、その水分を脳の冷却に回しなさい」
「の、脳の冷却……。無理ですぅ、そんなの……」
「できるわ。やりなさい。……いい、ライラ様。あなたは自分が『守られるべき可憐な花』だと思い込まされているけれど、それはジュリアン殿下があなたを支配しやすくするための呪縛よ。あの方は、自分より無能な存在を隣に置いて、優越感に浸りたいだけだわ」
シェリルの言葉に、ライラがハッとしたように顔を上げた。
その横で、ウォルフが深く頷く。
「……それは俺も同感だ。殿下は、自分が輝くための背景(エキストラ)を求めているに過ぎない。シェリルのように自分を追い越していく存在は、彼にとっては恐怖だったんだろうな」
「……殿下が、私を……? でも、殿下はいつも『ライラはそのままでいいんだよ』って……」
「『そのままでいい』は『成長するな』という呪文よ。……ライラ様、あなたには数字を扱う素質があるわ。あのバラの注文の時、あなたは『一番高いのを全部』と言ったわね。それは裏を返せば『市場の全在庫を把握し、一括で決済する』という、極めて大胆な物資調達能力の片鱗よ。……方向性が百八十度間違っていただけだわ」
「……えっ。私、褒められたんですか?」
ライラの瞳に、微かな光が宿った。
シェリルはフン、と鼻を鳴らして窓の外に目を向けた。
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「『殿下に自分でやらせる箱(ゴミ箱)』よ」
シェリルの不敵な笑みに、ライラは恐怖を感じながらも、不思議な高揚感を覚えていた。
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「……了解した。得意分野だ。……しかしシェリル、お前、本当はライラのことが気に入っているんじゃないのか? 教育にこれだけのリソースを割くなんて、お前らしくない」
「……バカ言わないで。これは将来の私の『完全有給休暇』のための、インフラ整備よ。……さあ、着いたわ。腐りきった王宮(システム)を、根こそぎクリーンアップしてあげましょう!」
馬車が王宮の正門をくぐった。
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