24 / 28
24
しおりを挟む
「シェリル・ノーザランド! 貴様の専横も、もはやこれまでだ! 陛下、そして諸卿! この女が別荘に隠遁していた間に、隣国のスパイと接触し、国家機密を売り渡そうとしていた証拠を私は掴みましたぞ!」
王都の最高評議会議場。
厳粛な空気が流れる中、ジュリアン王子が壇上で高らかに一枚の書状を突きつけた。
昨夜のダンスパーティーでの屈辱を晴らすべく、彼が用意した最後の一手――それは「国家反逆罪」という、最悪の冤罪だった。
傍聴席の貴族たちがざわめき、国王アルフォンスが深く椅子にもたれかかって眉をひそめる。
当のシェリルは、全権代行のデスクで山積みの書類を整理しながら、顔を上げることすらなく答えた。
「……殿下。その喉の振動、無駄ですからおやめになったら? 議場の二酸化炭素濃度が上がって、出席者の判断力が〇・五パーセント低下しますわ」
「ふん、強がるのも今のうちだ! この書状には、貴様が隣国の密偵と交わした通信記録が克明に記されている。内容を読み上げてやろうか!」
「不要ですわ。内容なら、私が今手に持っている『修正案』の方が正確ですから」
シェリルは、ようやく顔を上げると、冷徹な手つきで別の書類をウォルフに手渡した。
ウォルフはそれを無言で受け取り、議場全体に見えるように掲げた。
「……な、なんだそれは」
「殿下が『証拠』と呼んでいるその書状、筆跡とインクの成分から解析したところ、昨日、王宮裏の隠し部屋で偽造されたものと判明しましたわ。作成者は……そちらに座っておられる、財務副大臣のフォルス伯爵。……そうですね?」
シェリルが指差したのは、冷や汗を流して震え始めた一人の太った貴族だった。
「な、何を馬鹿な! 私は、そんな、何も知りませ……!」
「嘘を吐くリソースがあるなら、昨年度の帳簿の五ページ目の不整合を説明なさい。あなたが『隣国のスパイ』と呼んでいるのは、実はあなたが横領した金を隠すために利用していた、架空の商会でしょう?」
シェリルは、一歩ずつ壇上へ歩み寄った。
その足音は、死神の足音のように正確で、冷酷だった。
「……私が別荘にいた三週間、私はただ寝ていたわけではありませんわ。周辺の物流データ、関税の変動、そして王都へ届く手紙の流通経路……すべてを『効率的』に監視していたの。データは嘘を吐かないわ」
「だ、だが、俺はその商人とシェリルが会っているのを見たんだ!」
ジュリアンが必死に叫ぶ。
「それ、私ではなく、私のドレスを貸し出したカカシですわ。……ウォルフ、あの時の『囮捜査』の記録を読み上げて」
ウォルフが一歩前に出て、低い、しかし議場の隅々にまで通る声で告げた。
「……指定の時刻、別荘裏の林に現れたのは、隣国の密偵ではなく、フォルス伯爵の私兵だった。彼らがカカシに向かって偽造書類を渡そうとした瞬間を、俺と近衛騎士団の精鋭がすべて記録している」
議場が静まり返った。
ジュリアンは顔を真っ青にし、口をパクパクとさせて絶句した。
「……つまり、こういうことですわ。フォルス伯爵は自分の横領を隠すために、私を反逆者に仕立て上げようとし、何も知らない殿下を『便利な拡声器』として利用した……。……殿下、あなたは利用価値があるという意味では優秀でしたが、その知能指数は期待値を大幅に下回っていましたわね」
「……あ、あ、ああ……」
「さて、陛下。……これで審議は終了ですわね。フォルス伯爵の家宅捜索、および関連口座の凍結は、すでに私のサイン一つで完了しております。騎士団の皆さん、連れて行きなさい」
シェリルがパチンと指を鳴らす。
同時に、議場の扉が開き、重武装した騎士たちがなだれ込んでフォルス伯爵を拘束した。
「待て! 私は……私は殿下に頼まれて……!」
「見苦しいわね。言い訳にかける時間は、あなたの刑期を増やす材料にしかなりませんわよ」
シェリルは、崩れ落ちたジュリアンを冷たく見下ろし、最後の一撃を放った。
「……殿下。あなたが『真実の愛』や『正義』といった非論理的な感情に溺れている間に、私はこの国の『毒』をすべて数値化して排除する準備を整えていたの。……これからは、その空っぽの頭で、少しは数字の勉強でもなさることね」
国王アルフォンスが、低く笑い声を上げた。
「……見事だ、シェリル嬢。……諸卿、見たかね? これこそが、我が国の全権代行の力だ。……ジュリアン、お前は当分、塔で反省文を書くがいい。……ライラ嬢の監視の下でな」
「ええっ!? 私、殿下を教育するなんて……! ……あ、でも、シェリル先生に教わった『三行まとめ術』で、殿下を更生させてみせますぅ!」
ライラがやる気満々でジュリアンの腕を掴み、議場の外へと引きずっていった。
「……ふぅ。これでノイズは一掃されたわね」
シェリルは自分の席に戻り、手元の時計を確認した。
「……ウォルフ。予定より三分遅れたわ。次の『農政改革案』の会議まで、あと五分しかない。……急ぐわよ」
「……了解した。……だがシェリル。……お前、さっきの『カカシ』の作戦、本当は俺を驚かせたかっただけじゃないのか?」
「……! ……バカ言わないで。あれは、敵の戦力を最小のリソースで無力化するための、最高に効率的な陽動よ!」
シェリルは顔を背け、早歩きで議場を後にした。
背後でウォルフが楽しげに笑いながらついてくる。
王宮の「掃除」は、ほぼ完了した。
だが、シェリルの真の目的である「究極の有給休暇」への道は、まだ始まったばかりだった。
王都の最高評議会議場。
厳粛な空気が流れる中、ジュリアン王子が壇上で高らかに一枚の書状を突きつけた。
昨夜のダンスパーティーでの屈辱を晴らすべく、彼が用意した最後の一手――それは「国家反逆罪」という、最悪の冤罪だった。
傍聴席の貴族たちがざわめき、国王アルフォンスが深く椅子にもたれかかって眉をひそめる。
当のシェリルは、全権代行のデスクで山積みの書類を整理しながら、顔を上げることすらなく答えた。
「……殿下。その喉の振動、無駄ですからおやめになったら? 議場の二酸化炭素濃度が上がって、出席者の判断力が〇・五パーセント低下しますわ」
「ふん、強がるのも今のうちだ! この書状には、貴様が隣国の密偵と交わした通信記録が克明に記されている。内容を読み上げてやろうか!」
「不要ですわ。内容なら、私が今手に持っている『修正案』の方が正確ですから」
シェリルは、ようやく顔を上げると、冷徹な手つきで別の書類をウォルフに手渡した。
ウォルフはそれを無言で受け取り、議場全体に見えるように掲げた。
「……な、なんだそれは」
「殿下が『証拠』と呼んでいるその書状、筆跡とインクの成分から解析したところ、昨日、王宮裏の隠し部屋で偽造されたものと判明しましたわ。作成者は……そちらに座っておられる、財務副大臣のフォルス伯爵。……そうですね?」
シェリルが指差したのは、冷や汗を流して震え始めた一人の太った貴族だった。
「な、何を馬鹿な! 私は、そんな、何も知りませ……!」
「嘘を吐くリソースがあるなら、昨年度の帳簿の五ページ目の不整合を説明なさい。あなたが『隣国のスパイ』と呼んでいるのは、実はあなたが横領した金を隠すために利用していた、架空の商会でしょう?」
シェリルは、一歩ずつ壇上へ歩み寄った。
その足音は、死神の足音のように正確で、冷酷だった。
「……私が別荘にいた三週間、私はただ寝ていたわけではありませんわ。周辺の物流データ、関税の変動、そして王都へ届く手紙の流通経路……すべてを『効率的』に監視していたの。データは嘘を吐かないわ」
「だ、だが、俺はその商人とシェリルが会っているのを見たんだ!」
ジュリアンが必死に叫ぶ。
「それ、私ではなく、私のドレスを貸し出したカカシですわ。……ウォルフ、あの時の『囮捜査』の記録を読み上げて」
ウォルフが一歩前に出て、低い、しかし議場の隅々にまで通る声で告げた。
「……指定の時刻、別荘裏の林に現れたのは、隣国の密偵ではなく、フォルス伯爵の私兵だった。彼らがカカシに向かって偽造書類を渡そうとした瞬間を、俺と近衛騎士団の精鋭がすべて記録している」
議場が静まり返った。
ジュリアンは顔を真っ青にし、口をパクパクとさせて絶句した。
「……つまり、こういうことですわ。フォルス伯爵は自分の横領を隠すために、私を反逆者に仕立て上げようとし、何も知らない殿下を『便利な拡声器』として利用した……。……殿下、あなたは利用価値があるという意味では優秀でしたが、その知能指数は期待値を大幅に下回っていましたわね」
「……あ、あ、ああ……」
「さて、陛下。……これで審議は終了ですわね。フォルス伯爵の家宅捜索、および関連口座の凍結は、すでに私のサイン一つで完了しております。騎士団の皆さん、連れて行きなさい」
シェリルがパチンと指を鳴らす。
同時に、議場の扉が開き、重武装した騎士たちがなだれ込んでフォルス伯爵を拘束した。
「待て! 私は……私は殿下に頼まれて……!」
「見苦しいわね。言い訳にかける時間は、あなたの刑期を増やす材料にしかなりませんわよ」
シェリルは、崩れ落ちたジュリアンを冷たく見下ろし、最後の一撃を放った。
「……殿下。あなたが『真実の愛』や『正義』といった非論理的な感情に溺れている間に、私はこの国の『毒』をすべて数値化して排除する準備を整えていたの。……これからは、その空っぽの頭で、少しは数字の勉強でもなさることね」
国王アルフォンスが、低く笑い声を上げた。
「……見事だ、シェリル嬢。……諸卿、見たかね? これこそが、我が国の全権代行の力だ。……ジュリアン、お前は当分、塔で反省文を書くがいい。……ライラ嬢の監視の下でな」
「ええっ!? 私、殿下を教育するなんて……! ……あ、でも、シェリル先生に教わった『三行まとめ術』で、殿下を更生させてみせますぅ!」
ライラがやる気満々でジュリアンの腕を掴み、議場の外へと引きずっていった。
「……ふぅ。これでノイズは一掃されたわね」
シェリルは自分の席に戻り、手元の時計を確認した。
「……ウォルフ。予定より三分遅れたわ。次の『農政改革案』の会議まで、あと五分しかない。……急ぐわよ」
「……了解した。……だがシェリル。……お前、さっきの『カカシ』の作戦、本当は俺を驚かせたかっただけじゃないのか?」
「……! ……バカ言わないで。あれは、敵の戦力を最小のリソースで無力化するための、最高に効率的な陽動よ!」
シェリルは顔を背け、早歩きで議場を後にした。
背後でウォルフが楽しげに笑いながらついてくる。
王宮の「掃除」は、ほぼ完了した。
だが、シェリルの真の目的である「究極の有給休暇」への道は、まだ始まったばかりだった。
1
あなたにおすすめの小説
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです
鍛高譚
恋愛
内容紹介
「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」
王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。
婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。
「かしこまりました」
――正直、本当に辞めたかったので。
これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し……
すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。
そしてその瞬間――
王宮が止まった。
料理人が動かない。
書類が処理されない。
伝令がいない。
ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。
さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。
噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。
そしてついに――
教会・貴族・王家が下した決断は、
「王太子廃嫡」
そして。
「レティシア、女王即位」
婚約破棄して宰相をクビにした結果、
王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――?
これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの
完全自業自得ざまぁ物語。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる