この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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王都を出発して二日目。


私は道中の宿場町「ロンド」に立ち寄っていた。


ここは国境付近の辺境へ向かう主要街道沿いにあり、多くの商人や旅人で賑わっている。


「お嬢様、宿の手配が済みました。最高級のスイートを確保しております」


セバスが涼しい顔で報告してくる。


「ありがとう、セバス。……でも、私はちょっと街を見て回りたいの」


「街、でございますか? ここは治安の悪い区画もありますが」


「平気よ。今の私には『自由』という最強の加護があるもの」


私はフードを深く被り、お忍びスタイルに変装した。


とはいえ、ドレスの上から地味なマントを羽織っただけなので、見る人が見れば「身分の高い娘」だとバレバレだ。


だが、それがいい。


庶民の生活、屋台の匂い、行き交う人々の熱気。


王宮という鳥籠に閉じ込められていた私にとって、ここはワンダーランドだ。


「夕食までには戻るわ。セバスは馬の世話をお願い」


「……左様でございますか。くれぐれも、お気をつけて(街の方々が)」


セバスが何やら不穏なことを呟いた気がしたが、私は聞こえないフリをして宿を飛び出した。


「わあ……!」


メインストリートは活気に満ちていた。


串焼きの焼ける匂い。


果物を売る声。


私は目を輝かせて歩いた。


「これ、一つくださいな!」


「あいよ! 銅貨二枚だ!」


私は生まれて初めて「買い食い」というものをした。


串焼き肉にかぶりつく。


上品さのかけらもないが、肉汁が口いっぱいに広がって美味だ。


「ん~っ! 幸せ!」


私はスキップ交じりに裏路地へと足を踏み入れた。


……まあ、お約束である。


メインストリートから一本外れただけで、空気は一変した。


薄暗く、ゴミが散乱し、人通りが途絶える。


「おいおい、お嬢ちゃん。そんなところで何してるんだ?」


背後から、ニチャア……という効果音がつきそうな粘着質な声が聞こえた。


振り返ると、そこにはいかにも「ザ・悪党」という風貌の男たちが三人立っていた。


一人はモヒカン。


一人はスキンヘッドに傷跡。


一人は痩せこけたネズミ顔。


絵に描いたような三下トリオである。


私は串焼きを飲み込み、冷静に彼らを観察した。


(ふむ。装備は粗末なナイフと棍棒。服は汚れ、栄養状態も悪そう。組織的な犯罪グループというよりは、行き当たりばったりの野盗崩れね)


「……何か御用でしょうか?」


私が首を傾げると、リーダー格らしいモヒカンが下卑た笑みを浮かべた。


「へへっ、いい着物着てんじゃねえか。道に迷ったのか? 俺たちが案内してやるよ。……身ぐるみ全部置いていけばな!」


ナイフをちらつかせて脅してくる。


通常のご令嬢であれば、ここで「きゃあ!」と悲鳴を上げて気絶するところだ。


しかし、私はマグナ・ヴァイオレット。


王宮で「海千山千の狸ジジイたち」を相手に予算戦争を勝ち抜いてきた女である。


こんなチンピラごとき、赤子に見える。


「……はぁ」


私は深い、深いため息をついた。


「なんだぁ? ビビって声も出ねえか?」


「いいえ。あまりにも『効率が悪い』と思いまして」


「あ?」


私はフードをバサリと脱ぎ捨てた。


夕陽に照らされた私の顔があらわになる。


私は彼らに向かって、王宮仕込みの「交渉用スマイル(別名:絶対零度の微笑み)」を向けた。


「あなたたち。私を襲って得られる利益と、その後のリスク計算はできていますか?」


「り、りすく……?」


「まず、私の服装を見て貴族だと判断したのでしょう? それは正解です。ですが、貴族を襲えば、この国の法では『重罪』。即座に衛兵団が動き、あなたたちは捕縛、最悪の場合は鉱山送りです」


私は一歩、彼らに近づく。


ヒールの音が、カツンと乾いた音を立てる。


「私が持っている現金は、せいぜい金貨数枚。それを三人で山分けして、一生お尋ね者として暮らす……その『費用対効果(コストパフォーマンス)』の悪さ、計算できないほどバカなのですか?」


私の言葉に、男たちがたじろぐ。


「な、なんだコイツ……!」


「それに、あなたたちのその構え。腰が入っていないわ」


私はモヒカンの男を指差した。


「重心が右に偏っている。おそらく腰痛持ちね? そんな状態でナイフを振っても、初動が遅すぎて私には当たりません」


「う、うるせぇ! ごちゃごちゃ言ってねえで金を出しな!」


逆上したモヒカンがナイフを突き出してくる。


遅い。


レオナルド殿下が「書類やりたくない!」と逃げ出す時の速度に比べれば、止まっているも同然だ。


私は半歩横にずれ、彼の手首を掴んだ。


「てあっ」


合気道の要領で、くるりと回転させる。


「ぐああっ!?」


モヒカンは自らの勢いで宙を舞い、無様に地面に転がった。


「アニキ!?」


残りの二人が唖然としている。


私は倒れたモヒカンを見下ろし、さらに「教育的指導」を続けた。


「いいですか? 『略奪』というのは、もっと計画的にやるものです」


私はしゃがみ込み、彼らの目の高さに合わせた。


その瞳には、公務で培った「威圧(プレッシャー)」が満ちている。


「ターゲットの資産状況、逃走ルートの確保、そして失敗した際のリスクヘッジ。それらが何一つできていない! そんな杜撰な計画書(プラン)で、私の決裁が下りると思って!?」


「ひっ……!」


「あなたたち、身体は丈夫そうね。だったら、こんな路地裏でカツアゲなんてしてないで、街道の整備工事現場に行きなさい。あそこは慢性的な人手不足で、日当もいいし三食付きよ!」


「は、はい……!」


「特にあなたは腰が悪いんだから、現場監督の補助から始めなさい! わかりましたか!!」


私の怒号が路地裏に響き渡った。


三人の男たちは、恐怖で震え上がり、その場で正座をした。


「す、すんませんでしたァァ!!」


「声が小さい! やり直し!」


「申し訳ございませんでしたァァァ!!」


「よろしい」


私は懐から金貨を一枚取り出し、ポイと投げた。


「これは『就職活動支援金』です。これで風呂に入って、綺麗な服を買って、明日ハローワーク……じゃなかった、ギルドに行きなさい」


「へ……? か、金貨……!?」


「もし次、こんな非効率な犯罪をしているところを見かけたら……」


私はニッコリと笑った。


その笑顔は、彼らにとって「死神の微笑み」に見えたことだろう。


「その時は、物理的に『リストラ』しますからね?」


「ひぃぃぃぃ!! あ、あざっしたァァァ!!」


男たちは金貨を握りしめ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


「……ふぅ」


私はパンパンと手を払った。


「まったく。せっかくのバカンスなのに、結局仕事(コンサル)しちゃったじゃない」


まあ、彼らが更生して納税者になれば、国の税収も増える。


元宰相代理としては、悪いことではない。


「さて、宿に戻って夕食にしましょうか」


私は機嫌よく鼻歌を歌いながら、路地裏を後にした。


だが。


私は気づいていなかった。


その様子を、路地裏の建物の屋上から、一人の男が見ていたことに。


漆黒のコートを風になびかせ、冷徹な青い瞳で私を見下ろす男。


この国の宰相、クラウス・ノワールその人である。


「……見つけたぞ」


クラウスは口元に、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべていた。


「あの無駄のない動き。的確なリスク分析。そして何より、悪党すら震え上がらせるあの『圧』……」


彼は恍惚とした表情で呟いた。


「間違いない。彼女こそが、我が国に必要な……いや、私が求めていた『最強のパートナー』だ」


彼はバサリとコートを翻し、闇に消えた。


「逃がさないよ、マグナ・ヴァイオレット。君の有給休暇は、ここまでだ」


私の平穏な旅路に、氷の宰相という名の「特大トラブル」が迫っていた――。
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