この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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「セバス! もっとスピードを出して!」


「お嬢様、これ以上は馬が泡を吹きます!」


「構わないわ! 馬には後で最高級のニンジンを山ほどあげるから! 今はとにかく逃げ切るのよ!」


街道を疾走する馬車の中で、私は叫んでいた。


後ろを振り返ると、砂煙の向こうに、あの禍々しい漆黒の馬車がピッタリと追走してきているのが見える。


まるでホラー映画だ。


しかも、運転しているのは御者ではなく、宰相クラウス本人である(なぜ?)。


彼は手綱を片手で操りながら、もう片方の手で何やら書類を読み込んでいる。


「……化け物ね」


私は戦慄した。


このスピードで揺れる馬車の中で、決裁を行っているというのか。


その時だった。


バサササササッ!


突然、空が暗くなった。


「な、何!?」


窓から空を見上げると、そこには黒い雲のような……いや、無数の「鳥」の群れが、私たちの馬車に向かって急降下してくるところだった。


「鳥……? いや、あれは!」


私は目を凝らした。


鳥たちの足には、赤い筒がくくりつけられている。


あれは王宮の「至急便」専用の伝書鳩だ!


「グルッポー!(至急!)」


「グルッポー!(決裁求む!)」


数百羽の鳩が、特攻隊のように馬車の窓に突っ込んでくる。


「ひぃぃぃぃ! 入ってくるなァァァ!!」


私は窓を閉めようとしたが、一羽が隙間から入り込み、膝の上にポトリと手紙を落とした。


反射的にそれを開いてしまう。


『マグナへ。 助けてくれ。 財務報告書の3ページ目の数字が合わない。 あと、僕の部屋の鍵が見当たらない。 レオナルドより』


「知るかァァァァ!!」


私は手紙をビリビリに引き裂き、窓から投げ捨てた。


すると、また別の鳩が入ってくる。


『マグナ様へ。 ミナです☆ お茶会で出すお菓子は、どこのお店のがいいですか? あと、王妃様が鬼のような顔でこちらを見ています。どうすればいいですか?(涙)』


「自分で考えろォォォ!!」


私は扇子で鳩を叩き出した。


次から次へと舞い込むトラブル(手紙)。


「なんなのよ、あいつら! 少しは自分で調べるとか、過去のログを見るとかできないの!?」


私は半狂乱で叫んだ。


彼らは今まで、思考停止して私に全てを丸投げしていたツケを、今まさに払わされているのだ。


「お嬢様! 右舷より、さらに接近する物体あり!」


セバスの声に、私は右を見た。


並走する黒い馬車。


その窓が開き、クラウスが涼しい顔で顔を出した。


「やあ、マグナ。鳩の撃退、見事だね」


「クラウス! お前がけしかけたのね!?」


「まさか。彼らは王宮の混乱を感知して、本能的に『処理能力のある者』のもとへ飛んできただけさ。……まあ、私が少し誘導魔法を使ったが」


「やっぱりお前か!」


「それより、これを見てくれ」


クラウスは並走する馬車の窓から、長い棒のようなものを差し出してきた。


その先には、カゴに入った書類の束がぶら下がっている。


「隣国との通商条約の改定案だ。君の意見を聞きたい。ここ、関税率を2%下げるべきか、据え置きか?」


「ええい、近寄るな!」


私は落ちていた鳩の羽根を拾い、その書類に向かって投げつけた。


「据え置きよ! 今の隣国の経済状況なら、下げなくても向こうは飲むわ!」


「なるほど。流石だ」


クラウスは満足そうに頷き、ペンを走らせた。


「じゃあ次はこれだ。軍事予算の配分について……」


「だーかーら! 仕事の話をするなと言っているでしょう!!」


「君が止まらないのが悪い。止まれば、ゆっくりとお茶を飲みながら会議ができるぞ?」


「それが嫌だから逃げてるのよ!!」


私たちの馬車とクラウスの馬車は、デッドヒートを繰り広げながら、街道を爆走していく。


すれ違う旅人たちが、口をあんぐりと開けて見送っている。


「ママ、見て。馬車の上をすごい数の鳩が飛んでるよ」

「見ちゃいけません! あれは『デスマーチ』という妖怪よ!」


そんな会話が聞こえた気がした。


「セバス! もうすぐ国境の関所よ! あそこを越えれば、私の領地(聖域)だわ!」


「承知いたしました! 強行突破します!」


「はい!?」


関所の兵士たちが、猛スピードで突っ込んでくる二台の馬車と鳩の大群を見て、慌てて槍を構える。


「と、止まれぇぇぇ!!」


「止まれませんんんん!!」


セバスが叫び、馬車は関所のバーをギリギリでくぐり抜けた。


クラウスの馬車も、鮮やかなドリフト走行でそれに続く。


そして――。


私たちはついに、辺境の地へと足を踏み入れた。


周囲の景色が、石造りの街並みから、のどかな田園風景へと変わっていく。


鳩たちは、領地の境界線(結界)を越えられず、悔しそうに旋回して帰っていった。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


私は肩で息をしながら、座席に崩れ落ちた。


「や、やった……。撒いた……?」


後ろを見る。


黒い馬車は……いない。


「勝った……!」


私は勝利を確信した。


「お嬢様、到着いたしました。こちらが公爵家の別荘でございます」


馬車が速度を落とし、古びた、しかし趣のある屋敷の前で停車した。


静寂。


鳥のさえずり。


美味しい空気。


これだ。私が求めていたのは、この静けさだ。


私は馬車を降り、大きく伸びをした。


「ああ……なんて静かなの。ここには、数字も、書類も、バカな王子もいない」


「お嬢様、お隣のお屋敷にご挨拶に行かれますか?」


セバスが指差した先には、私の別荘のすぐ隣に、立派な屋敷が建っていた。


以前は空き家だったはずだが。


「あら、誰か引っ越してきたのかしら? まあ、後でクッキーでも持って……」


その時。


隣の屋敷の玄関が開き、一人の男が出てきた。


腕まくりをし、手にはなぜか「鍬(くわ)」を持っている。


銀色の髪。


青い瞳。


そして、爽やかな笑顔。


「やあ、マグナ。奇遇だね。到着したばかりかい?」


「……」


私は目をこすった。


幻覚かと思った。


しかし、そこには確かにクラウスが立っていた。


「な……な……」


「ああ、言ってなかったか? 私が買った別荘は、君の隣なんだ」


彼は鍬を地面に突き刺し、ウィンクをした。


「これから毎日、顔を合わせることになるな。どうぞよろしく、お隣さん」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


辺境の静寂を切り裂く、私の絶叫がこだました。


書類の山からは逃げ切った。


伝書鳩も撃退した。


だが、最強のラスボスだけは、涼しい顔で私の「聖域」に侵入していたのである。


「……セバス」


「はい」


「この別荘、爆破していい?」


「修理費がもったいないので、おやめください」


私は膝から崩れ落ちた。


私の悠々自適なスローライフは、始まる前から「宰相との同居(隣居)ライフ」という、最も避けたかったルートへと突入してしまったのである。


私はまだ、諦めない。
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