この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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「目標確認。前方、雑草群。……殲滅する」


早朝の澄み渡る青空の下。


私は畑の前に立ち、眼光鋭くターゲットを見据えていた。


服装は完璧だ。


昨日村で購入した作業着(つなぎ)に、日除けの麦わら帽子。首にはタオル。


だが、私が手に持っているのは、ただの農具ではない。


「行くわよ……!」


私は愛刀……もとい、新品の鍬(くわ)を頭上に掲げた。


ブンッ!!


空気を切り裂く音が響く。


「せいっ!!」


ズドンッ!!!


私は渾身の力で鍬を振り下ろした。


土煙が舞い上がり、地鳴りのような振動が足元に伝わる。


硬く締まっていた土が、まるで爆撃を受けたかのように粉砕され、ふかふかの耕土へと変わる。


「……ふん。手応えあり」


私は額の汗を拭った。


王宮での書類仕事で培った「腱鞘炎寸前の手首のスナップ」と、不条理な要求を跳ね除けてきた「強靭な足腰」。


それらが今、農業というフィールドで奇跡の融合(マリアージュ)を果たしている。


「素晴らしい……! なんて素晴らしいの!」


私は感動に打ち震えた。


書類は、片付けても片付けても翌日には増えている。


レオナルド殿下の借金は、返済しても返済してもまた増える。


王宮の仕事は、まさに「賽の河原」の石積みだった。


だが、土は違う。


耕せば耕すほど、土は柔らかくなり、種を受け入れる準備を整えてくれる。


「土は裏切らない……!」


私は鍬を握りしめ、恍惚の表情で呟いた。


「人間(特に王族)は嘘をつくけれど、土は絶対に嘘をつかない! やった分だけ成果が出る! これこそが、私が求めていた『正当な労働対価』よ!」


テンションが上がりきった私は、さらに速度を上げた。


「ふっ! はっ! せいっ!」


ブン! ズドン! ブン! ズドン!


目にも留まらぬ高速の鍬さばき。


雑草は根こそぎ断たれ、土塊は瞬時に粉砕される。


その姿は、端から見れば「農作業」というよりは「破壊工作」、あるいは「殺陣」に近いかもしれない。


「……凄いな」


背後から、感嘆の声が聞こえた。


振り返ると、隣の畑(といっても柵の向こうだが)に、クラウスが立っていた。


彼はなぜか、真っ白なシルクのシャツに、スラックスという「貴族の休日」スタイルで、優雅に紅茶を飲んでいる。


「おはよう、マグナ。朝から精が出るね」


「おはようございます。……貴方は何をしているのです?」


「優雅な朝の鑑賞会さ。君の鍬さばき、実に無駄がない。重心移動、筋肉の収縮、そしてインパクトの瞬間。すべてが黄金比だ」


クラウスはうっとりとした目で私を見ていた。


「まるで、反逆者の首を刎ねる処刑人のような美しさだ」


「縁起でもない例えはやめてください。私は命を育んでいるのです」


「いや、その気迫。どう見ても『埋めている』ようにしか見えないが」


クラウスは笑いながら、バスケットからサンドイッチを取り出した。


「休憩にしないか? 君のために用意したんだ」


「結構です。この区画を終わらせるまでは止まりません」


私はストイックに鍬を振るい続けた。


すると、クラウスは残念そうに肩をすくめ、とんでもないことを言い出した。


「仕方ない。私も手伝おう」


「は?」


「見ていてくれ。私の『魔法耕運』を」


クラウスは指先をパチンと鳴らした。


次の瞬間。


ドゴォォォォォン!!


私の隣の未開拓ゾーンが、爆発した。


「きゃあああ!?」


土が空高く舞い上がり、雨のように降り注ぐ。


私は麦わら帽子を押さえ、砂煙の中を睨みつけた。


「な、何したのよ!?」


「風魔法による衝撃波で、土を一気に掘り返したんだ。どうだ、効率的だろう?」


煙が晴れると、そこには巨大なクレーターができていた。


「……」


私は静かに鍬を持ち直し、クラウスに向けた。


「クラウス」


「ん?」


「それは耕したんじゃないわ。爆破したのよ。微生物もミミズも全滅よ。土への冒涜(ぼうとく)です」


「む……そうなのか? 計算上は最も早く土を動かせるはずだが」


「農業は計算だけじゃダメなの! 愛よ、愛! 土と対話なさい!」


私は彼に説教を始めた。


「いいこと? 土作りというのはね……」


私が熱弁を振るっていると、視界の端に何かが映った。


遠くの茂み。


村人たちが数人、隠れるようにしてこちらの様子を伺っている。


「あ、村の人だわ」


私は笑顔で手を振ろうとした。


「ごきげんよー! 今、畑を……」


しかし。


私が鍬を持ったまま手を挙げた瞬間。


「ひぃぃぃぃぃ!!」


村人たちが悲鳴を上げて逃げ出した。


「で、出たァァァ!! 『処刑鎌のマグナ』だァァァ!!」


「見ろよあの穴! あそこに埋める気だぞ!」


「旦那様(クラウス様)が爆発魔法を使ったぞ! 処刑の合図だ!」


「逃げろォォォ! 魂を刈り取られるぞォォォ!!」


彼らは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「……は?」


私はポカンと立ち尽くした。


「処刑鎌? 埋める? ……何の話?」


自分の姿を見下ろす。


泥だらけのつなぎ。


乱れた髪。


そして、凶器のように鋭く研ぎ澄まされた鍬。


さらに隣には、爆発で作った巨大な穴と、黒いオーラを放つ魔王(クラウス)。


「……」


「……なるほど」


クラウスが冷静に分析した。


「マグナ、君のフォームがあまりにも鋭すぎて、鍬が『大鎌(サイズ)』に見えたらしい。そして私の魔法のせいで、ここが『処刑場』に見えたようだ」


「貴方のせいでしょ!!」


私は鍬を地面に叩きつけた。


「どうしてくれるのよ! これじゃあ、野菜を売るどころか、誰も近寄ってこないじゃない!」


「安心しろ。私が全部買い取る」


「そういう問題じゃないわよ!」


私は頭を抱えた。


「土は裏切らない」はずだった。


けれど、「風評被害」という名の人間社会の荒波は、容赦なく私を襲ってくるらしい。


「くっ……! 負けないわ。美味しいトマトを作って、あの村人たちを黙らせてやるわ!」


「その意気だ、マグナ。私も手伝おう」


「貴方は魔法禁止! 手で草をむしりなさい!」


「ええ……宰相の手で草むしりを?」


「文句を言うなら、その口に泥団子を突っ込みますわよ」


「……御意」


こうして、私たちの農業ライフは、村人たちに「死神と魔王が死の儀式を行っている」という最悪の誤解を与えたまま、スタートすることになった。


だが、まだこれは序の口だった。


数日後。


王宮から「あの人物」が、この辺境まで追いかけてくることになろうとは。


土と戯れる私の平和は、やはり長くは続かない運命(さだめ)らしい。
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