この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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「マグナお姉様ぁぁぁ!! 助けてくださぁぁい!!」


辺境の別荘地に、似つかわしくない甲高い悲鳴が響き渡った。


私の別荘の門前で、フリフリのピンク色のドレスを着た少女が、地面に突っ伏して泣き叫んでいる。


ミナ・ピーチ男爵令嬢。


かつて私からレオナルド殿下を奪い(押し付けられ)、次期王太子妃の座に収まった(はずの)ヒロインである。


「……何をしているの、ミナ様」


私は腕を組み、冷ややかな視線で見下ろした。


その隣には、いつの間にか「朝の散歩」と称してやってきたクラウスが、不機嫌そうに仁王立ちしている。


「あ、悪役令嬢(ラスボス)のお出ましだ……」


「隣にいるのは魔王(クラウス様)だぞ……」


「あのピンクの娘、生贄か?」


遠くの茂みから、村人たちのヒソヒソ声が聞こえるが、今は無視だ。


ミナ様は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「お、お姉様……! もう無理です! 限界です! 王宮が……王宮が地獄なんですぅぅ!」


「知っています(私がそう仕向けたので)。それで?」


「レオナルド様が! 書類の山に埋もれて、もう三日も会話してないんです! たまに聞こえるのは『マグナ……カムバック……』といううわ言だけで……!」


「あら、生存確認が取れて何よりですわ」


私は鼻で笑った。


「で、わざわざ王都から数日かけて、その報告をしに来たのですか?」


「違います! お姉様に帰ってきてほしいんです! 私、お掃除もお料理も頑張りました! でも、外交官のおじ様たちは『クッキーじゃ予算は組めない!』って怒鳴るし、近衛兵の人たちは『手作りのお守りより未払い給与を払え!』って剣を抜くし……!」


ミナ様は「ひっく、ひっく」としゃくり上げる。


どうやら、彼女の「愛されヒロイン補正」も、国家財政の危機という現実の前には無力だったらしい。


「なるほど。つまり、自分たちではどうにもならないから、私が尻拭いをしろと?」


「し、尻拭いだなんて! 『国を救う』と言ってください!」


「言い方の問題ではありません。お断りです」


私はピシャリと言い放った。


「えぇぇぇ!? そんなぁ! お姉様、愛国心はないんですかぁ!?」


「愛国心なら、税金を納めることで示しております。それ以上の奉仕活動は、私のポリシーに反します」


私が背を向けて屋敷に入ろうとすると、ミナ様がスカートの裾に縋り付いてきた。


「嫌ですぅぅ! 帰らないでぇぇ! 私、もうあの怖いおじ様たちの前でお茶を淹れるのは嫌なんですぅぅ!」


「離してください、この高級シルクが伸びます」


「お姉様が戻ってくれるまで離しません!」


ギャーギャーと騒ぐミナ様。


それを冷ややかに見ていたクラウスが、一歩前に出た。


ズズズ……ッ。


彼から放たれるプレッシャーが、周囲の気温を一気に下げた気がした。


「……おい、小娘」


「ひぃっ!?」


ミナ様が凍りついたように動きを止める。


クラウスは、地面を這うような低音で告げた。


「マグナが嫌がっているだろう。その汚い手を離せ」


「く、く、クラウス宰相閣下!? な、なぜここに!?」


「休暇だ。そして、私の貴重な『マグナ鑑賞タイム』を邪魔する者は、王族だろうが容赦しない」


クラウスの背後に、どす黒いオーラ(殺気)が見える。


ミナ様は「あわわわ」と震え上がり、私の裾から手を離して後ずさりした。


「ひぃぃ! 目が! 目が死んでますぅぅ!」


「失敬な。これは『業務効率化を阻害する要因を排除する目』だ」


クラウスと私が並んで立つ。


無表情で冷徹な私。


殺気を放つ氷の宰相。


その前で、腰を抜かして震える可憐な少女。


この構図を、遠巻きに見ていた村人たちは、どう解釈したか。


「お、おい見ろよ……」


「魔女様と魔王様が、王都からの使者を追い詰めてるぞ……」


「あのピンクの服、王家の紋章が入ってる……まさか、王族か?」


「王族を土下座させてるのか!?」


「なんてこった……。これは『独立宣言』だ!」


「えっ?」


「二人は、この辺境の地を独立国家にして、国に反逆するつもりなんだ!」


「な、なんだってー!!」


村人たちの想像力(妄想力)が、斜め上の方向に爆走を始めた。


「見ろ、魔王様が何か黒い契約書のようなものを取り出したぞ!」


「あれにサインしたら、魂を抜かれるんだ!」


実際には、クラウスが懐から取り出したのは、ただのメモ帳である。


「……ミナ嬢。君がここに来た馬車は、まだ待たせてあるな?」


「は、はい……」


「では、これを持って今すぐ帰れ」


クラウスはサラサラとメモを書き、ミナ様に突きつけた。


「こ、これは?」


「『王宮業務緊急マニュアル・簡易版』だ。私が不在の間の、最低限の意思決定フローを書いておいた。これをレオナルド殿下に叩きつけろ。……物理的に叩きつけてもいい。目が覚めるだろう」


「は、はいぃぃ!」


「それから、マグナには二度と近づくな。彼女は今、重要なプロジェクト(私の精神安定)の核心にいる。邪魔をすれば……」


クラウスは指先で、首を切るジェスチャーをした。


「……社会的に抹殺する」


「ひぃぃぃぃ!! わ、わかりましたぁぁ!!」


ミナ様はメモをひったくり、脱兎のごとく馬車へ駆け込んだ。


「出してください! 早く! 殺されますぅぅ!」


馬車が砂煙を上げて去っていく。


その様子を見送りながら、私はため息をついた。


「……クラウス。貴方、相変わらず子供相手でも容赦ないですね」


「子供ではない。あれは『無能な成人』だ」


「それに、あんなメモで王宮が回るとは思えませんけど」


「回らなくていい。ただの時間稼ぎだ。……本当に困れば、国王陛下が重い腰を上げるだろう」


クラウスは悪い顔で笑った。


「それよりマグナ。邪魔者は消えた。農業の続きをしよう」


「……貴方、本当に宰相ですか?」


「今はただの『開拓者』だ」


私たちは鍬(くわ)を持ち、再び畑へと戻った。


だが。


この一連のやり取りが、村人たちの間で伝説となっていたことを、私たちはまだ知らない。


「見ろ! 王家の使者が逃げ帰ったぞ!」


「交渉決裂だ!」


「魔王軍(マグナたち)の勝利だ!」


「俺たちも覚悟を決めなきゃなんねえ……。この村はもう、王国の支配下じゃねえんだ!」


「『マグナ帝国』の建国だァァァ!!」


村の集会所では、緊急会議が開かれ、私たちが知らない間に「革命の狼煙」が上がりかけていた。


          ◇


その日の夜。


屋敷で夕食をとっていると、セバスが微妙な顔で入ってきた。


「お嬢様」


「何、セバス。ワインのお代わり?」


「いえ。……村長がいらっしゃいました」


「村長が? こんな時間に?」


「はい。なんでも、『我が村はマグナ様に忠誠を誓います』とのことで……」


「……は?」


「『年貢は野菜でよろしいでしょうか?』とも申しておりました」


「……どういうこと?」


私はナイフとフォークを止めた。


「それと、村の入り口に『マグナ帝国・関所』という看板が立てられたそうです」


「撤去させてきてェェェェ!!」


私は頭を抱えた。


静かなスローライフを送りたいだけなのに、なぜか周囲が私を「反逆のカリスマ」に仕立て上げていく。


隣を見ると、テラスで夕涼みをしていたクラウスが、満足そうにグラスを傾けていた。


「フッ……。悪くない国名だ」


「貴方のせいよ! 責任取って誤解を解いてきて!」


「無理だ。民衆は信じたいものを信じる。……それに、君が君主なら、私も亡命しようかな」


「受け入れ拒否です!!」


辺境の夜は更けていく。


私の平穏な日々は、勘違いと暴走によって、着実に「建国シミュレーション」へとジャンル変更されつつあった。


そんな中。


逃げ帰ったミナ様から、数日後に一通の手紙が届くことになる。


それは、私たちが予想もしなかった「王宮の崩壊」を告げる、悲痛な叫び(と笑える報告)だった。
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