この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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辺境の朝は、今日も平和だった。


……いや、少し語弊があるかもしれない。


「マグナ様! 本日の『貢ぎ物』でございます!」


「採れたての大根です! これで我々をお守りください!」


別荘の玄関前には、村人たちが持ってきた野菜の山が築かれていた。


どうやら、私は名実ともに、この辺境の地の「裏の支配者(ゴッドマザー)」として崇められているらしい。


「……セバス」


「はい、お嬢様」


「この野菜、どうしよう」


「漬物にしましょう。冬越しの保存食として最適です」


「そうね。合理的だわ」


私が野菜の山を検分していると、隣の屋敷からクラウスが顔を出した。


「やあ、マグナ。国民からの支持率は上々のようだな」


「茶化さないでください。貴方が『魔王』で私が『魔女』なんて噂のせいで、子供たちが私を見る目がキラキラしすぎているんです」


「いいことじゃないか。恐怖で支配するより、カリスマで支配する方が統治コストが低い」


「統治するつもりはありません!」


そんな軽口を叩いていると、空からバサバサという音が聞こえた。


見上げると、一羽のフクロウが飛んできた。


王宮の伝書鳩とは違う。


これは、貴族令嬢がお忍びの手紙(ラブレターなど)を送る際によく使う、愛玩用の使い魔だ。


フクロウは私の肩に止まると、足に結ばれた手紙を差し出した。


封筒は、目に痛いほどのショッキングピンク。


そして甘ったるい香水の匂いがプンプンする。


「……嫌な予感しかしないわね」


「差出人は?」


「書かなくてもわかるわ。このセンス、ミナ様よ」


私は封筒を受け取り、ペーパーナイフで開封した。


中から出てきたのは、涙で滲んだ便箋が十枚ほど。


文字はミミズがのたうち回ったように乱れている。


「……読むの?」


クラウスが興味深そうに覗き込んでくる。


「ええ。最高のエンターテインメント(他人の不幸)の予感がしますもの」


私はテラスの椅子に腰掛け、朗読を開始した。


『拝啓、マグナお姉様。お元気ですか? 私は元気じゃありません。死にそうです』


冒頭からクライマックスだ。


『お姉様がくれた「殿下取扱説明書」と、クラウス様がくれた「メモ」を頼りに頑張りました。でも、王宮はもうダメです』


「ほう」


『まず、財務大臣が逃亡しました。「数字が合わない! 悪魔(マグナ様)がいないと無理だ!」と叫んで、窓から飛び出していきました』


「あの方、腰痛持ちでしたのに。元気ですね」


私はクスクスと笑った。


『次に、外務大臣が胃に穴が開いて倒れました。隣国からの督促状を見て、泡を吹いて気絶したのです』


「想定の範囲内ね」


『そして……これが一番大変なのですが……』


ここで文字が一段と乱れている。


『レオナルド様が、書類の山に埋もれて息をしてません☆』


「ぶふっ!!」


私は紅茶を吹き出しそうになった。


「息をしてないって……死んでるじゃない!」


「比喩だろう。……たぶん」


クラウスも肩を震わせている。


『正確には、書類の雪崩に巻き込まれて、半日ほど行方不明になりました。救助された時、殿下は白目を剥いて「マグナ……計算ドリル……やりたくない……」と呟いていました』


「幼児退行してるわね」


『私が励まそうとして、手作りクッキーをお持ちしたんです。でも、殿下ったら「今は小麦粉より紙を食いたい」って……書類をムシャムシャと……』


「ヤギか!」


私は腹を抱えて笑った。


もう、笑いが止まらない。


かつて私を婚約破棄した、あの傲慢な王子の末路が「書類を食べるヤギ」だなんて。


『お姉様、お願いです。戻ってきてください。このままだと、国が滅びます。あと、私が淹れたお茶を、近衛兵長が「毒見だ!」って言って捨てちゃうんです。酷くないですか?』


「それはミナ様のお茶が、物理的に不味いからでしょうね」


彼女のお茶は、なぜか洗剤の味がすることで有名だった。


『追伸。国王陛下が「もうマグナに国を譲ってもいい」と口走っていました』


「お断りよ!」


私は手紙を読み終え、満足げに息を吐いた。


「……あー、面白かった。今年一番の笑い話ね」


「同感だ。傑作喜劇だ」


クラウスもニヤニヤしている。


「でも、どうする? 返事を書くか?」


「返事?」


私は手紙の束をまとめると、テラスに設置してあった暖炉(夜間の焚き火用)へと近づいた。


チロチロと燃える火の中に、ピンク色の封筒を放り込む。


ボッ。


香水のアルコール成分のせいか、手紙は勢いよく燃え上がった。


「……これが返事よ」


「灰か。君らしい」


「慈悲ですわ。下手な慰めの言葉を送るより、きっぱりと無視してあげることで、彼らに『自立』を促すのです」


「なるほど。スパルタだな」


「それに、暖炉の燃料にもなったし、一石二鳥ね」


私は燃えゆく手紙を見つめながら、ワイングラスを傾けた。


(レオナルド殿下、ミナ様。頑張ってちょうだい。人間、極限状態になれば案外なんとかなるものよ。……たぶん)


「さて、クラウス。面白い話も聞けたし、仕事に戻りましょうか」


「仕事? まだ何かあるのか?」


「ええ。今日は村の子供たちに『算数教室』を開く約束なの」


「算数?」


「この村の識字率と計算能力を上げれば、将来的に私の領地経営……じゃなくて、別荘管理が楽になるでしょう?」


「……君は本当に、どこにいても『育成』が好きだな」


「趣味(実益)です」


私は立ち上がった。


王宮が火の車になっている間、私は辺境の地で着々と「マグナ親衛隊」を育て上げる。


これほど愉快な復讐(リベンジ)はない。


「私も手伝おう。算数は得意だ」


「貴方の教え方はスパルタすぎて子供が泣くからダメです。貴方は裏で薪割りでもしていてください」


「宰相を雑用係にするのは、世界で君だけだよ」


クラウスは苦笑しながらも、楽しそうに従った。


こうして、王宮からのSOSは、辺境の空へと煙となって消えた。


だが。


私たちがのんびりと田舎暮らしを満喫している間に、王宮側が「最後の手段」に出るまでの時間は、刻一刻と迫っていた。


ミナ様の手紙にもあった「国王陛下」が、ついに重い腰を上げたのである。


それも、私たちが一番嫌がる方法で。
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