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「……準備はいいか、マグナ」
控室の扉の前で、クラウスが私に問いかけた。
今宵は、外交勝利を祝う大舞踏会。
王宮の大広間には、国中の高位貴族たちが集まり、すでに熱気が渦巻いているのが扉越しにも伝わってくる。
私は鏡に映る自分の姿を一瞥した。
今日のドレスは、漆黒のベルベット生地に、金糸の刺繍を施したシックなものだ。
可憐さなど微塵もない。
あるのは「威厳」と「強さ」、そして「喪服(殿下の未来への)」をイメージしたコーディネートである。
「ええ、完璧よ。……メイクも、装備もね」
私はドレスのポケットに忍ばせた「ある魔導具」の感触を確かめた。
「君は本当に、戦場に行くような顔をするな」
クラウスは苦笑しながらも、私の手を取った。
彼もまた、漆黒の礼服に身を包み、その美貌と冷徹なオーラで、隣に並ぶ私と完全にペアルック状態になっている。
「行きましょう、クラウス。……私の『退職願』を、全世界に受理させるために」
「ああ。エスコートしよう」
ギィィィ……。
重厚な扉が開かれた。
その瞬間、会場のざわめきがピタリと止まった。
「宰相閣下と……マグナ様だ!」
「噂の『救国の悪女』……!」
「なんて迫力だ……近づいたら斬られそうだ……」
数千の視線が私たちに突き刺さる。
私たちはその視線の雨の中を、悠然と歩いた。
赤絨毯の上を進むその足取りは、舞踏会というよりは「凱旋パレード」、あるいは「道場破り」のようだったかもしれない。
会場の中央には、雛壇が設けられている。
そこには、引きつった笑顔のレオナルド殿下と、なぜかタンバリンを持ってノリノリのミナ様、そして頭を抱えている国王陛下がいた。
私たちが雛壇の前に到着すると、レオナルド殿下がスッと立ち上がった。
彼は咳払いをし、大袈裟なジェスチャーで両手を広げた。
「やあ、よく来たね、マグナ! そしてクラウス!」
殿下の声が裏返っている。
緊張しているのが丸わかりだ。
「皆様! 聞いてくれ! 今回の外交的勝利は、ここにいるマグナ・ヴァイオレットの功績である!」
殿下の言葉に、会場から割れんばかりの拍手が起こる。
殿下は満足そうに頷き、そして――芝居がかった動作で、私の前に跪いた。
「おお、マグナ。君のその献身的な愛に、僕は心を打たれた!」
「……は?」
私は冷ややかに見下ろした。
(愛? 献身? ビジネス契約だと言ったはずですが?)
しかし、殿下は止まらない。
「僕は愚かだった。君という真実の愛を見失い、一時の迷いで婚約破棄などと口走ってしまった。……だが、君は僕を見捨てなかった!」
殿下は懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ。
中には、かつて私が返却したはずの、王家の婚約指輪が輝いていた。
会場から「おお……!」というどよめきが起きる。
「感動的な復縁劇だわ!」と涙ぐむ令嬢もいる。
空気が作られていく。
「許し合う愛」という、甘ったるく、そして逃げ場のない空気が。
「マグナ。ここでもう一度、誓おう。……僕と結婚してくれ。そして未来の王妃として、一生僕を支えてくれ!」
殿下が指輪を差し出す。
「さあ、手を出して。みんなが見ているよ? ここで断れば、王家の顔に泥を塗ることになる。……わかっているね?」
殿下は小声で、早口で付け加えた。
その目は笑っていない。
(なるほど。これが狙いか)
公衆の面前でのプロポーズ。
断れば不敬、あるいは空気が読めない女としてバッシングされる。
受け入れれば、昨日の「監禁計画」通り、私は一生王宮の奴隷だ。
彼は私が「世間体」を気にする貴族令嬢だと踏んで、この賭けに出たのだ。
「……」
私は無言で、殿下を見つめた。
「マグナ?」
「……」
「恥ずかしがらないで。さあ、『はい』と言って」
殿下が勝利を確信したような笑みを浮かべる。
私はゆっくりと、ドレスのポケットに手を入れた。
取り出したのは、ハンカチでも扇子でもない。
私の手作り魔導具――『携帯型音声増幅スティック(通称:マイク)』だ。
「ん? なんだそれは?」
私はスイッチを入れた。
キィィィン……というハウリング音が会場に響き、全員が耳を塞ぐ。
「あ、テステス。本日は晴天なり」
私の声が、大音量で会場中に轟いた。
雷のような音圧に、シャンデリアがガシャンと揺れる。
「ひぇっ!?」
目の前の殿下が腰を抜かした。
私はマイクを握り直し、ニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、会場の大型スクリーン(幻影魔法)に大写しにされた。
「レオナルド殿下。……聞こえますか?」
「き、聞こえる! うるさいくらいに!」
「皆様も、聞こえますわね?」
私は会場を見渡した。
全員がコクコクと頷く。
「では、お返事をさせていただきます」
私は大きく息を吸い込んだ。
そして、腹の底から声を張り上げた。
**「謹んで、お断り申し上げます!!!!!」**
ズドォォォォォォォン!!
音の衝撃波が会場を駆け抜けた。
窓ガラスがビリビリと震え、最前列の貴族たちのカツラが飛ぶ。
「お、お断り……!?」
殿下が吹き飛ばされそうになりながら叫ぶ。
「な、なぜだ! 復縁だぞ!? 王妃になれるんだぞ!?」
「条件が悪すぎます!!」
私はマイクパフォーマンスを続行した。
「第一に! 貴方は過去五年間、私に公務を丸投げし、自分は遊興に耽っていました! その未払い労働賃金は、現在請求中であります!」
「そ、それは……!」
「第二に! 貴方は昨日、『危機が去ったらマグナを地下牢に閉じ込めてタダ働きさせる』と発言しました! これは明確な労働基準法違反、および人権侵害です!」
「ば、バラすなァァァ!!」
会場がざわつく。
「えっ、監禁?」「ひどい……」「やっぱりあの王子、クズだわ……」
空気が一変する。
「第三に! そしてこれが最も重要な理由ですが!」
私はクラウスの方を見た。
彼は腕を組み、楽しそうに笑って私を見守っている。
「私には今、育てている『ジャガイモ』があります! 貴方のお守りをするより、土を耕している方が百倍有意義で、生産的で、精神衛生上よろしいのです!!」
「ジャ、ジャガイモに負けた……!?」
殿下はショックで白目を剥いた。
私は最後に、トドメの一撃を放った。
「よって! 私は貴方との結婚も、王宮への復帰も、断固として拒否します! 私の人生は私のものです! 以上!!」
プツン。
私はマイクのスイッチを切った。
シーン……。
会場は静まり返っていた。
あまりの衝撃に、誰も声が出せないのだ。
最初に動いたのは、ミナ様だった。
「ブラボーーーッ!!」
彼女はタンバリンを叩きながら叫んだ。
「すごい! お姉様カッコいい! ロックです! 痺れます!」
その空気に釣られて、会場のあちこちから拍手が起こり始めた。
パラ……パラパラ……ワァァァァァッ!!
「そうだ! マグナ様の言う通りだ!」
「よく言った! スカッとした!」
「ジャガイモ万歳!」
いつの間にか、会場はスタンディングオベーションに包まれていた。
殿下は床にへたり込み、灰のように真っ白になって燃え尽きている。
「……終わった……僕の計画が……」
私は殿下に近づき、彼の手から婚約指輪をつまみ上げた。
「これはお返しします。……質屋に入れれば、借金の足しにはなるでしょうから」
ポイッ。
指輪を殿下の胸ポケットに放り込む。
そして、私はクラウスに向き直った。
「行きましょう、クラウス。言いたいことは全部言ったわ」
「ああ。最高の演説だったよ、マグナ」
クラウスが私の手を取り、優しくエスコートする。
「これで君は、名実ともに『自由』だ」
「ええ。最高の気分よ」
私たちは喝采の中、会場を後にしようとした。
だが。
物語はそう簡単には終わらない。
「……待て」
背後から、低い、憎悪に満ちた声が聞こえた。
振り返ると、そこには顔を歪ませ、剣を抜いた男たちが立っていた。
レオナルド殿下の側近たち、そして彼を支持する過激派の貴族たちだ。
「おのれ、マグナ……! 殿下に恥をかかせ、王家の権威を失墜させるとは……! 生かしては帰さんぞ!」
彼らの殺気立った様子に、会場の貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「実力行使ですか。……非効率な」
私はため息をついた。
「クラウス。……残業、付き合ってくれる?」
「喜んで。……掃除は得意だからな」
私とクラウスは背中合わせに立った。
舞踏会は終わりだ。
ここからは、悪役令嬢と魔王による、華麗なる「大立ち回り」の時間である。
控室の扉の前で、クラウスが私に問いかけた。
今宵は、外交勝利を祝う大舞踏会。
王宮の大広間には、国中の高位貴族たちが集まり、すでに熱気が渦巻いているのが扉越しにも伝わってくる。
私は鏡に映る自分の姿を一瞥した。
今日のドレスは、漆黒のベルベット生地に、金糸の刺繍を施したシックなものだ。
可憐さなど微塵もない。
あるのは「威厳」と「強さ」、そして「喪服(殿下の未来への)」をイメージしたコーディネートである。
「ええ、完璧よ。……メイクも、装備もね」
私はドレスのポケットに忍ばせた「ある魔導具」の感触を確かめた。
「君は本当に、戦場に行くような顔をするな」
クラウスは苦笑しながらも、私の手を取った。
彼もまた、漆黒の礼服に身を包み、その美貌と冷徹なオーラで、隣に並ぶ私と完全にペアルック状態になっている。
「行きましょう、クラウス。……私の『退職願』を、全世界に受理させるために」
「ああ。エスコートしよう」
ギィィィ……。
重厚な扉が開かれた。
その瞬間、会場のざわめきがピタリと止まった。
「宰相閣下と……マグナ様だ!」
「噂の『救国の悪女』……!」
「なんて迫力だ……近づいたら斬られそうだ……」
数千の視線が私たちに突き刺さる。
私たちはその視線の雨の中を、悠然と歩いた。
赤絨毯の上を進むその足取りは、舞踏会というよりは「凱旋パレード」、あるいは「道場破り」のようだったかもしれない。
会場の中央には、雛壇が設けられている。
そこには、引きつった笑顔のレオナルド殿下と、なぜかタンバリンを持ってノリノリのミナ様、そして頭を抱えている国王陛下がいた。
私たちが雛壇の前に到着すると、レオナルド殿下がスッと立ち上がった。
彼は咳払いをし、大袈裟なジェスチャーで両手を広げた。
「やあ、よく来たね、マグナ! そしてクラウス!」
殿下の声が裏返っている。
緊張しているのが丸わかりだ。
「皆様! 聞いてくれ! 今回の外交的勝利は、ここにいるマグナ・ヴァイオレットの功績である!」
殿下の言葉に、会場から割れんばかりの拍手が起こる。
殿下は満足そうに頷き、そして――芝居がかった動作で、私の前に跪いた。
「おお、マグナ。君のその献身的な愛に、僕は心を打たれた!」
「……は?」
私は冷ややかに見下ろした。
(愛? 献身? ビジネス契約だと言ったはずですが?)
しかし、殿下は止まらない。
「僕は愚かだった。君という真実の愛を見失い、一時の迷いで婚約破棄などと口走ってしまった。……だが、君は僕を見捨てなかった!」
殿下は懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ。
中には、かつて私が返却したはずの、王家の婚約指輪が輝いていた。
会場から「おお……!」というどよめきが起きる。
「感動的な復縁劇だわ!」と涙ぐむ令嬢もいる。
空気が作られていく。
「許し合う愛」という、甘ったるく、そして逃げ場のない空気が。
「マグナ。ここでもう一度、誓おう。……僕と結婚してくれ。そして未来の王妃として、一生僕を支えてくれ!」
殿下が指輪を差し出す。
「さあ、手を出して。みんなが見ているよ? ここで断れば、王家の顔に泥を塗ることになる。……わかっているね?」
殿下は小声で、早口で付け加えた。
その目は笑っていない。
(なるほど。これが狙いか)
公衆の面前でのプロポーズ。
断れば不敬、あるいは空気が読めない女としてバッシングされる。
受け入れれば、昨日の「監禁計画」通り、私は一生王宮の奴隷だ。
彼は私が「世間体」を気にする貴族令嬢だと踏んで、この賭けに出たのだ。
「……」
私は無言で、殿下を見つめた。
「マグナ?」
「……」
「恥ずかしがらないで。さあ、『はい』と言って」
殿下が勝利を確信したような笑みを浮かべる。
私はゆっくりと、ドレスのポケットに手を入れた。
取り出したのは、ハンカチでも扇子でもない。
私の手作り魔導具――『携帯型音声増幅スティック(通称:マイク)』だ。
「ん? なんだそれは?」
私はスイッチを入れた。
キィィィン……というハウリング音が会場に響き、全員が耳を塞ぐ。
「あ、テステス。本日は晴天なり」
私の声が、大音量で会場中に轟いた。
雷のような音圧に、シャンデリアがガシャンと揺れる。
「ひぇっ!?」
目の前の殿下が腰を抜かした。
私はマイクを握り直し、ニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、会場の大型スクリーン(幻影魔法)に大写しにされた。
「レオナルド殿下。……聞こえますか?」
「き、聞こえる! うるさいくらいに!」
「皆様も、聞こえますわね?」
私は会場を見渡した。
全員がコクコクと頷く。
「では、お返事をさせていただきます」
私は大きく息を吸い込んだ。
そして、腹の底から声を張り上げた。
**「謹んで、お断り申し上げます!!!!!」**
ズドォォォォォォォン!!
音の衝撃波が会場を駆け抜けた。
窓ガラスがビリビリと震え、最前列の貴族たちのカツラが飛ぶ。
「お、お断り……!?」
殿下が吹き飛ばされそうになりながら叫ぶ。
「な、なぜだ! 復縁だぞ!? 王妃になれるんだぞ!?」
「条件が悪すぎます!!」
私はマイクパフォーマンスを続行した。
「第一に! 貴方は過去五年間、私に公務を丸投げし、自分は遊興に耽っていました! その未払い労働賃金は、現在請求中であります!」
「そ、それは……!」
「第二に! 貴方は昨日、『危機が去ったらマグナを地下牢に閉じ込めてタダ働きさせる』と発言しました! これは明確な労働基準法違反、および人権侵害です!」
「ば、バラすなァァァ!!」
会場がざわつく。
「えっ、監禁?」「ひどい……」「やっぱりあの王子、クズだわ……」
空気が一変する。
「第三に! そしてこれが最も重要な理由ですが!」
私はクラウスの方を見た。
彼は腕を組み、楽しそうに笑って私を見守っている。
「私には今、育てている『ジャガイモ』があります! 貴方のお守りをするより、土を耕している方が百倍有意義で、生産的で、精神衛生上よろしいのです!!」
「ジャ、ジャガイモに負けた……!?」
殿下はショックで白目を剥いた。
私は最後に、トドメの一撃を放った。
「よって! 私は貴方との結婚も、王宮への復帰も、断固として拒否します! 私の人生は私のものです! 以上!!」
プツン。
私はマイクのスイッチを切った。
シーン……。
会場は静まり返っていた。
あまりの衝撃に、誰も声が出せないのだ。
最初に動いたのは、ミナ様だった。
「ブラボーーーッ!!」
彼女はタンバリンを叩きながら叫んだ。
「すごい! お姉様カッコいい! ロックです! 痺れます!」
その空気に釣られて、会場のあちこちから拍手が起こり始めた。
パラ……パラパラ……ワァァァァァッ!!
「そうだ! マグナ様の言う通りだ!」
「よく言った! スカッとした!」
「ジャガイモ万歳!」
いつの間にか、会場はスタンディングオベーションに包まれていた。
殿下は床にへたり込み、灰のように真っ白になって燃え尽きている。
「……終わった……僕の計画が……」
私は殿下に近づき、彼の手から婚約指輪をつまみ上げた。
「これはお返しします。……質屋に入れれば、借金の足しにはなるでしょうから」
ポイッ。
指輪を殿下の胸ポケットに放り込む。
そして、私はクラウスに向き直った。
「行きましょう、クラウス。言いたいことは全部言ったわ」
「ああ。最高の演説だったよ、マグナ」
クラウスが私の手を取り、優しくエスコートする。
「これで君は、名実ともに『自由』だ」
「ええ。最高の気分よ」
私たちは喝采の中、会場を後にしようとした。
だが。
物語はそう簡単には終わらない。
「……待て」
背後から、低い、憎悪に満ちた声が聞こえた。
振り返ると、そこには顔を歪ませ、剣を抜いた男たちが立っていた。
レオナルド殿下の側近たち、そして彼を支持する過激派の貴族たちだ。
「おのれ、マグナ……! 殿下に恥をかかせ、王家の権威を失墜させるとは……! 生かしては帰さんぞ!」
彼らの殺気立った様子に、会場の貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「実力行使ですか。……非効率な」
私はため息をついた。
「クラウス。……残業、付き合ってくれる?」
「喜んで。……掃除は得意だからな」
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