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「新婦、入場!」
王宮に併設された大聖堂。
パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡り、巨大な扉がゆっくりと開かれた。
溢れんばかりの光と共に、私はバージンロードへの一歩を踏み出した。
(……よし、順調ね)
私はヴェール越しに、参列者たちで埋め尽くされた会場を見渡した。
右側には国王陛下をはじめとする王族・貴族たち。
左側には私の実家の親族や、かつての学友たち。
そして、最前列にはハンカチで顔を覆って号泣している父(ヴァイオレット公爵)がいる。
「うぅ……マグナ……。あんなに可愛げのなかったお前が……こんなに綺麗になって……」
「お父様、泣きすぎです。足元が滑るので涙を拭いてください」
私は父の腕に手を添えながら、小声で注意した。
「歩行速度は秒速0.8メートルを維持してください。ドレスの裾が長いので、リズムを崩すと転倒リスクが上がります」
「ああ、わかっている……。だが、前が見えん……!」
父はボロボロと涙を流しながら、よろよろと歩く。
やれやれ。
私は父を支えながら(実質、私が父を引率しながら)、祭壇へと進んだ。
祭壇の奥。
ステンドグラスから降り注ぐ七色の光の中に、彼が立っていた。
クラウス・ノワール。
純白のタキシードに身を包み、銀髪を整え、いつもの冷徹さはどこへやら、柔らかく、そして熱っぽい瞳で私を待っている。
ドキン。
心臓が大きく跳ねた。
(……落ち着きなさい、私。これはただの『契約締結式』よ。予行演習通りに進めればいいだけ)
私は自分に言い聞かせた。
しかし、彼との距離が縮まるにつれ、私の計算機(脳内)はエラーを吐き出し始めていた。
彼の姿が、あまりにも眩しすぎるのだ。
「……マグナ」
祭壇の前で、父からクラウスへと私の手が渡される。
クラウスの手は温かく、力強かった。
「待っていたよ。……今日は一段と美しい」
彼は小声で囁いた。
「……貴方も、まあまあ見られるわよ(意訳:世界一かっこいいわ)」
私は素直になれず、憎まれ口を叩いてしまった。
神父が進み出て、誓いの言葉を述べ始める。
「新郎クラウス・ノワール。汝は、健やかなる時も、病める時も……」
定型文だ。
私はこの後のフローチャートを脳内で確認していた。
「はい」と答える→指輪交換→誓いのキス→退場。
所要時間、あと15分。
「……誓います」
クラウスの澄んだ声が響く。
「新婦マグナ・ヴァイオレット。汝は……」
神父が私に向き直る。
「……富める時も、貧しき時も、これを愛し、これを敬い、死が二人を分かつまで、共に歩むことを誓いますか?」
私は息を吸い込んだ。
答えは決まっている。
「誓います」
その一言を言うだけだ。
なのに。
ふと、これまでの日々が走馬灯のように駆け巡った。
王宮での地獄のような残業の日々。
婚約破棄された夜の解放感。
辺境での泥だらけの農業生活。
そして、いつも隣で私を支え、笑い、共に戦ってくれたクラウスの顔。
(……ああ、そうか)
私は気づいてしまった。
これは「契約」ではない。
私が、私の意志で選び取った、かけがえのない「未来」なのだと。
胸が詰まった。
喉が熱くなった。
「……ちか……」
声が震えた。
「誓い……ます……っ!」
涙声になってしまった。
計算外だ。
鉄の女と呼ばれた私が、公衆の面前で声を詰まらせるなんて。
「マグナ……」
クラウスが優しく微笑み、私のヴェールを上げた。
次は、指輪の交換だ。
震える手で、互いの左薬指に指輪をはめる。
そして、最後の儀式。
「では、誓いの口づけを」
神父が告げる。
クラウスが一歩近づく。
私は身構えた。
(来るわ。……昨日の宣言通り、長いキスが)
私は肺に空気を溜め込み、酸欠に備えようとした。
だが。
クラウスは私の顔を両手で包み込むと、そのまま唇を重ねるのではなく――私の額に、コツンとおでこを合わせた。
「え?」
私は目を開けた。
至近距離に、クラウスの青い瞳がある。
「……マグナ」
彼は吐息のような声で囁いた。
「愛している。……私の全てを懸けて、君を幸せにする」
それは、マイクも拡声器も使わない、私だけに聞こえる小さな、けれど確かな誓いだった。
そして、彼はそっと、優しく、羽毛が触れるような口づけを落とした。
長くも、激しくもない。
ただただ、大切で愛おしいものを慈しむような、短いキス。
ちゅ。
唇が離れる。
「……」
私は呆然とした。
(話が違うじゃない……。窒息するまでじゃなかったの?)
でも。
その優しさが、不意打ちすぎて、私の心臓を直撃した。
カァァァァァッ……!!
全身の血液が顔に集中するのがわかった。
耳まで、いや首筋まで真っ赤になっている自覚がある。
「あ……う……」
私は何か言おうとした。
いつものように、「非効率です」とか「計画変更ですか」とか、憎まれ口を叩いて誤魔化そうとした。
でも、言葉が出てこない。
ただ、恥ずかしくて、嬉しくて、胸がいっぱいで。
私は両手で真っ赤な顔を覆い、うつむいてしまった。
「……ず、ずるい……」
漏れたのは、そんなか細い一言だけ。
その姿――普段は「氷の宰相」を論破し、「鉄血の外交官」を震え上がらせる最強の悪役令嬢が、顔を真っ赤にして恥じらう姿――が、会場の巨大スクリーンに大写しにされた。
一瞬の静寂。
そして。
「わあああああああああ!!」
大聖堂が揺れるほどの大歓声が巻き起こった。
「見たか!? マグナ様が照れたぞ!」
「可愛い! 奇跡だ! 国宝級のデレだ!」
「クラウス様やったー! 完全勝利だー!」
口笛が鳴り、拍手が鳴り止まない。
陛下も、父も、文官たちも、みんなが笑顔で祝福している。
「ふふっ」
クラウスが満足そうに笑い、私の腰を抱いた。
「どうだ? 計算外だっただろう?」
「……大計算違いよ。バカ」
私は顔を覆ったまま、彼の胸に飛び込んだ。
もう、論理も効率もどうでもいい。
今だけは、ただの「幸せな花嫁」でいさせてほしい。
オルガンの音が高らかに鳴り響く。
私たちは腕を組み、光の中へと歩き出した。
降り注ぐフラワーシャワー。
「おめでとう!」の声。
私は涙を拭い、顔を上げた。
そして、隣を歩く夫に向かって、今日一番の笑顔――計算も演技もない、心からの笑顔を向けた。
「クラウス。……これからの人生、覚悟しなさいよ?」
「ああ。望むところだ」
私たちは光の出口へと進んでいく。
その先には、私たちが耕すべき「未来」という名の、広大な畑が待っているのだ。
王宮に併設された大聖堂。
パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡り、巨大な扉がゆっくりと開かれた。
溢れんばかりの光と共に、私はバージンロードへの一歩を踏み出した。
(……よし、順調ね)
私はヴェール越しに、参列者たちで埋め尽くされた会場を見渡した。
右側には国王陛下をはじめとする王族・貴族たち。
左側には私の実家の親族や、かつての学友たち。
そして、最前列にはハンカチで顔を覆って号泣している父(ヴァイオレット公爵)がいる。
「うぅ……マグナ……。あんなに可愛げのなかったお前が……こんなに綺麗になって……」
「お父様、泣きすぎです。足元が滑るので涙を拭いてください」
私は父の腕に手を添えながら、小声で注意した。
「歩行速度は秒速0.8メートルを維持してください。ドレスの裾が長いので、リズムを崩すと転倒リスクが上がります」
「ああ、わかっている……。だが、前が見えん……!」
父はボロボロと涙を流しながら、よろよろと歩く。
やれやれ。
私は父を支えながら(実質、私が父を引率しながら)、祭壇へと進んだ。
祭壇の奥。
ステンドグラスから降り注ぐ七色の光の中に、彼が立っていた。
クラウス・ノワール。
純白のタキシードに身を包み、銀髪を整え、いつもの冷徹さはどこへやら、柔らかく、そして熱っぽい瞳で私を待っている。
ドキン。
心臓が大きく跳ねた。
(……落ち着きなさい、私。これはただの『契約締結式』よ。予行演習通りに進めればいいだけ)
私は自分に言い聞かせた。
しかし、彼との距離が縮まるにつれ、私の計算機(脳内)はエラーを吐き出し始めていた。
彼の姿が、あまりにも眩しすぎるのだ。
「……マグナ」
祭壇の前で、父からクラウスへと私の手が渡される。
クラウスの手は温かく、力強かった。
「待っていたよ。……今日は一段と美しい」
彼は小声で囁いた。
「……貴方も、まあまあ見られるわよ(意訳:世界一かっこいいわ)」
私は素直になれず、憎まれ口を叩いてしまった。
神父が進み出て、誓いの言葉を述べ始める。
「新郎クラウス・ノワール。汝は、健やかなる時も、病める時も……」
定型文だ。
私はこの後のフローチャートを脳内で確認していた。
「はい」と答える→指輪交換→誓いのキス→退場。
所要時間、あと15分。
「……誓います」
クラウスの澄んだ声が響く。
「新婦マグナ・ヴァイオレット。汝は……」
神父が私に向き直る。
「……富める時も、貧しき時も、これを愛し、これを敬い、死が二人を分かつまで、共に歩むことを誓いますか?」
私は息を吸い込んだ。
答えは決まっている。
「誓います」
その一言を言うだけだ。
なのに。
ふと、これまでの日々が走馬灯のように駆け巡った。
王宮での地獄のような残業の日々。
婚約破棄された夜の解放感。
辺境での泥だらけの農業生活。
そして、いつも隣で私を支え、笑い、共に戦ってくれたクラウスの顔。
(……ああ、そうか)
私は気づいてしまった。
これは「契約」ではない。
私が、私の意志で選び取った、かけがえのない「未来」なのだと。
胸が詰まった。
喉が熱くなった。
「……ちか……」
声が震えた。
「誓い……ます……っ!」
涙声になってしまった。
計算外だ。
鉄の女と呼ばれた私が、公衆の面前で声を詰まらせるなんて。
「マグナ……」
クラウスが優しく微笑み、私のヴェールを上げた。
次は、指輪の交換だ。
震える手で、互いの左薬指に指輪をはめる。
そして、最後の儀式。
「では、誓いの口づけを」
神父が告げる。
クラウスが一歩近づく。
私は身構えた。
(来るわ。……昨日の宣言通り、長いキスが)
私は肺に空気を溜め込み、酸欠に備えようとした。
だが。
クラウスは私の顔を両手で包み込むと、そのまま唇を重ねるのではなく――私の額に、コツンとおでこを合わせた。
「え?」
私は目を開けた。
至近距離に、クラウスの青い瞳がある。
「……マグナ」
彼は吐息のような声で囁いた。
「愛している。……私の全てを懸けて、君を幸せにする」
それは、マイクも拡声器も使わない、私だけに聞こえる小さな、けれど確かな誓いだった。
そして、彼はそっと、優しく、羽毛が触れるような口づけを落とした。
長くも、激しくもない。
ただただ、大切で愛おしいものを慈しむような、短いキス。
ちゅ。
唇が離れる。
「……」
私は呆然とした。
(話が違うじゃない……。窒息するまでじゃなかったの?)
でも。
その優しさが、不意打ちすぎて、私の心臓を直撃した。
カァァァァァッ……!!
全身の血液が顔に集中するのがわかった。
耳まで、いや首筋まで真っ赤になっている自覚がある。
「あ……う……」
私は何か言おうとした。
いつものように、「非効率です」とか「計画変更ですか」とか、憎まれ口を叩いて誤魔化そうとした。
でも、言葉が出てこない。
ただ、恥ずかしくて、嬉しくて、胸がいっぱいで。
私は両手で真っ赤な顔を覆い、うつむいてしまった。
「……ず、ずるい……」
漏れたのは、そんなか細い一言だけ。
その姿――普段は「氷の宰相」を論破し、「鉄血の外交官」を震え上がらせる最強の悪役令嬢が、顔を真っ赤にして恥じらう姿――が、会場の巨大スクリーンに大写しにされた。
一瞬の静寂。
そして。
「わあああああああああ!!」
大聖堂が揺れるほどの大歓声が巻き起こった。
「見たか!? マグナ様が照れたぞ!」
「可愛い! 奇跡だ! 国宝級のデレだ!」
「クラウス様やったー! 完全勝利だー!」
口笛が鳴り、拍手が鳴り止まない。
陛下も、父も、文官たちも、みんなが笑顔で祝福している。
「ふふっ」
クラウスが満足そうに笑い、私の腰を抱いた。
「どうだ? 計算外だっただろう?」
「……大計算違いよ。バカ」
私は顔を覆ったまま、彼の胸に飛び込んだ。
もう、論理も効率もどうでもいい。
今だけは、ただの「幸せな花嫁」でいさせてほしい。
オルガンの音が高らかに鳴り響く。
私たちは腕を組み、光の中へと歩き出した。
降り注ぐフラワーシャワー。
「おめでとう!」の声。
私は涙を拭い、顔を上げた。
そして、隣を歩く夫に向かって、今日一番の笑顔――計算も演技もない、心からの笑顔を向けた。
「クラウス。……これからの人生、覚悟しなさいよ?」
「ああ。望むところだ」
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