悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「あー、なんてことでしょう。リナ、あなたのそのドレス、わたくしが破いてしまったわー。ごめんなさいねー(棒読み)」

王宮のきらびやかな大広間。

シャンデリアの輝きが降り注ぐ舞踏会の中心で、私の声は虚しく響き渡った。

私の名前は、ミュール・アークライト。

この国でも一、二を争う名門、アークライト公爵家の長女である。

そして今、目の前で涙目になっている天使のように可愛らしい少女は、二つ下の妹、リナだ。

絹のようなプラチナブロンドに、澄んだアメジストの瞳。

まさに女神が手ずから作り上げたような至高の存在。

そんな妹をいじめる悪辣な姉。

それが、今の私の役どころである。

「お、お姉様……? 何を……?」

リナが困惑して首を傾げる。

その仕草すら愛らしい。

ああ、尊い。

今すぐに抱きしめて「ごめんね、リナちゃん可愛いよリナちゃん!」と叫びながら頭を撫でくり回したい衝動に駆られるが、私は必死にこらえた。

今の私は「悪役令嬢」なのだから。

私は扇子で口元を隠し、高笑いを作った。

「オーッホッホッホ! どう? 悔しいかしら? 次期王妃と噂されるあなたが、こんなボロボロの格好になるなんて! これでもう、王子殿下の隣には立てないわね!」

私は心の中でガッツポーズをする。

完璧だ。

どこからどう見ても、嫉妬に狂った醜い姉の姿だろう。

これで周囲の貴族たちは私を軽蔑し、妹のリナに同情を寄せるはずだ。

そして、私の婚約者であるキース王太子殿下は、私に愛想を尽かして婚約破棄を宣言する。

そうすれば、晴れてリナが新しい婚約者候補となり、将来は国母として幸せになるのだ。

私の完璧なシナリオ。

さあ、罵倒しなさい!

私に蔑みの視線を向けなさい!

私は周囲を見回し、期待に胸を膨らませた。

しかし。

「……ねえ、ミュール様、何をおっしゃっているのかしら?」

「さあ……。ドレスを破いたと言っているけれど、どう見てもリナ様のドレス、最新の刺繍が施されてバージョンアップしているように見えるのだが」

「あ、やっぱり? さっき休憩室でミュール様が必死に針を動かしているのを見たのよ。『ここがほつれてるわ! リナが転んだら大変!』って鬼の形相で直していたわ」

「なんだ、いつものシスコンか」

「解散、解散」

……あれ?

おかしい。

視線が冷たくない。

むしろ、生温かい。

「生温かい」を通り越して、「また始まったよ、やれやれ」といった呆れの空気が会場を支配している。

なぜ!?

私はこんなに悪辣なことを言っているのに!

「ち、違いますわ! これは悪質な嫌がらせなのです! 見てご覧なさい、この……えーっと、そう! 先日のリナのお茶会! わたくし、わざと塩と砂糖を入れ替えましたのよ! リナが楽しみにしていたマカロンを台無しにするためにね!」

私は必死に過去の「悪行」を暴露した。

どうだ、これなら言い逃れできまい。

しかし、群衆の中からクスクスという笑い声が漏れる。

「ああ、あれね。リナ様が『甘いものが苦手になった』ってポロッと言ったのを真に受けて、ミュール様が夜なべして開発した『塩キャラメルマカロン』でしょう?」

「王都で大流行しているわよね、あれ」

「リナ様、『お姉様が私のために新しい味を作ってくれた!』って感動して泣いてたよな」

だめだ。

全てが裏目に出ている。

私の悪事は、なぜか全て「妹への過剰な愛」として変換されて伝わっていた。

事実だけど!

いや、事実はそうなんだけど、今はそういう設定じゃないの!

私は焦った。

このままでは、婚約破棄どころか「仲良し姉妹の微笑ましいエピソード」として処理されてしまう。

それだけは阻止しなければならない。

私はリナは、次期王妃になるべき器なのだ。

私のような、ただ家柄が良いだけの凡庸な女が王太子の隣にいる場合ではない。

「お姉様……」

リナが潤んだ瞳で私を見上げてくる。

その瞳が「無理しないでください」と語りかけていた。

くっ、妹にまで気を遣われるとは、姉として情けない。

だが、ここで引くわけにはいかないのだ。

私は最後の手段に出ることにした。

物理的な攻撃だ。

もちろん、リナを傷つけるわけにはいかないので、リナの手をパシンと払いのけるフリをして、自分が派手に転ぶという高度なテクニックを使うつもりだった。

「ええい、目障りよ!」

私は大きく手を振り上げた。

その時だった。

「そこまでだ、ミュール」

凛とした、よく通る声がホールに響き渡った。

空気が一変する。

それまで弛緩していた貴族たちが、一斉に背筋を伸ばし、道を開けた。

現れたのは、この国の王太子、キース・フレイ・オルコット。

私の婚約者である。

輝くような金髪に、深い知性を宿した碧眼。

整った顔立ちは美術品のように美しいが、その笑顔には常に腹の底が見えない「何か」が潜んでいる。

キース様は、ゆっくりと、しかし確かな威圧感を纏ってこちらへ歩いてきた。

(来た……!)

私は心の中で歓喜の声を上げた。

ついに、断罪役の登場だ。

きっと彼は、私の今の暴挙を見て激怒しているに違いない。

愛しい義妹(予定)に手を上げようとした性悪女を、許すはずがないのだ。

「キ、キース様……」

私はわざとらしく怯えたふりをした。

「見てくださいましたか? わたくしの、この醜い嫉妬心を。わたくし、リナが憎くて憎くて……」

「ああ、見ていたよ」

キース様は私の目の前で立ち止まった。

その身長差に、首が痛くなる。

彼は私を見下ろし、ニコリと微笑んだ。

それは、背筋が凍るほど美しい、完璧な笑みだった。

「君が妹君のドレスを、夜なべして直していたところも」

「えっ」

「そのマカロンを作るために、王宮のパティシエを三日三晩質問攻めにしていたことも」

「はっ?」

「そして今、君が自分を悪役に見せるために、鏡の前で三時間も『高笑い』の練習をしていたことも、全て知っているよ」

「な、ななな……ッ!?」

私は絶句した。

なぜバレているの!?

私は完璧に隠密に行動していたはずなのに!

顔から火が出るほど恥ずかしい。

高笑いの練習を見られていただなんて、令嬢としての尊厳に関わる。

「ど、どうしてそれを……」

「僕を誰だと思っているんだい? 君の婚約者だよ? 君のことなら、昨日の夕食のメニューから寝言の内容まで、全て把握している」

「ストーカー!?」

思わず本音が口から飛び出した。

王子に向かってなんてことを。

しかしキース様は気にした様子もなく、一歩、私に近づいた。

距離が近い。

香水の良い香りが鼻をくすぐる。

「ミュール・アークライト」

彼は芝居がかった口調で私の名を呼んだ。

会場が静まり返る。

いよいよだ。

理由は違えど、これで「頭のおかしい女」として婚約破棄されるなら、結果オーライではないか。

私は覚悟を決めて目を閉じた。

さあ、おっしゃってください。

『婚約破棄だ』と!

「君のその、涙ぐましいまでの努力と、空回りする演技力に免じて……願いを叶えてあげよう」

え?

私は目を開けた。

キース様の顔がすぐ近くにある。

彼は、まるで愛の言葉を囁くかのような甘い声で、こう告げた。

「君との婚約を破棄する」

やった!

私は心の中でガッツポーズをした。

リナ、聞いた!?

これであなたが王妃よ!

「そして」

キース様は言葉を続ける。

「妹君を虐げようとした(フリをした)罪により、君を王都から追放する」

ついほう!

素晴らしい響きだ。

追放といえば、悪役令嬢の末路の定番。

これで私は、ほとぼりが冷めるまで田舎でのんびりとスローライフを満喫できる。

リナに会えなくなるのは寂しいけれど、彼女の幸せのためなら、その程度の犠牲は厭わない。

ありがとう、キース様。

あなたは最高の断罪者です!

私は感動に打ち震えながら、殊勝な態度で頭を下げた。

「……謹んで、お受けいたします」

「うむ。よろしい」

キース様は満足げに頷くと、私の手を取り、そっと口づけを落とした。

……ん?

今、キスした?

婚約破棄した相手に?

「では、すぐに出発だ。馬車は用意してある」

「えっ、今すぐですか?」

「善は急げと言うだろう。さあ、行こうか」

「は、はい」

あまりの展開の早さに戸惑いながらも、私はキース様にエスコートされ、会場を後にする。

背後から、リナの悲鳴のような声が聞こえた気がした。

「お、お姉様ー! 待ってください! その男は危険ですー!」

「リナ様、お静かに。これは殿下の高度な政治的判断(私情)ですので」

側近のエヴァン様がリナを止めているようだ。

ごめんね、リナ。

お姉ちゃん、立派な悪役として追放されてくるからね!

私は涙をこらえ、前を向いた。

……この時の私は、まだ知らなかったのだ。

「追放」という言葉の定義が、この腹黒王子の中では全く別の意味を持っているということを。

そして、私が連れて行かれる先が、国外でも辺境でもなく、王都から馬車で三十分の「王家の別荘」であることを。
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