悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
「……あの、殿下」

案内された部屋の扉が開かれた瞬間、私は言葉を失った。

そこは、私の実家の自室よりも広かった。

床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、天井からはクリスタルのシャンデリアが煌めいている。

壁には名画が飾られ、窓からは美しい庭園が一望できる。

そして部屋の中央には、大人三人は余裕で寝られそうな、天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座していた。

「いかがかな? 君のために特別に用意させた『牢獄』だ」

キース様がドヤ顔で言った。

私は震える指で部屋を指差した。

「ろ、牢獄……? これがですか?」

「ああ。鉄格子はないが、窓には強化ガラスを使っているし、扉の鍵は最新の魔導ロックだ。脱出は不可能だよ」

「設備の問題ではありません! この、無駄に豪華な内装はなんですの!?」

私は抗議した。

罪人の部屋といえば、冷たい石の床に、湿った藁(わら)が少々。

天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、小さな鉄格子の窓から差し込む月明かりだけが友……というものではないのか。

これでは、ただのスイートルームだ。

「罪人たるもの、もっと質素であるべきです! こんなフカフカのベッドでは、罪悪感で眠れません!」

「そうか? 硬いベッドで君が腰を痛めたら、僕がマッサージしなきゃいけないだろう? それはそれで役得だが、君の安眠を妨げるのは本意ではない」

「マッサージはお断りです!」

私はベッドに近づき、恐る恐るマットを押してみた。

素晴らしい弾力だ。

一度寝転がったら二度と起き上がりたくなくなる、「人をダメにするベッド」の気配がする。

「それに、殿下」

私はもう一つ、重大な点に気づいてしまった。

「この部屋、ベッドが一つしかありませんわよね?」

「そうだね」

「わたくしはここで寝るとして……監視役の方は、どちらに?」

てっきり、女性の看守か、あるいは侍女がソファで寝ずの番をするものだと思っていた。

しかし、キース様は不思議そうに首を傾げた。

「監視役? ああ、僕のことか」

「……はい?」

「僕がここで寝るんだよ」

キース様が、ポンポンとベッドの空いているスペースを叩いた。

思考が停止した。

今、なんと?

「えっと……殿下がお休みになる部屋は、別にあるのですよね?」

「いいや? この別荘の主寝室はここだけだ」

「はあああ!?」

私は叫んだ。

「お、おかしいですわ! 未婚の男女が同じ部屋で、しかも同じベッドで寝るなんて!」

「未婚? ああ、そういえば婚約破棄したんだったね」

「そうです! 今の私たちは他人! しかも被害者(殿下)と加害者(私)の関係です! 同衾なんてもってのほかです!」

私は両手でバツ印を作って拒絶した。

常識的に考えてありえない。

いくら追放先とはいえ、節度というものがあるはずだ。

しかし、キース様は涼しい顔で私に近づき、壁に手をついた。

いわゆる、壁ドンだ。

逃げ場を失った私の目の前に、美しい魔王の顔が迫る。

「ミュール。君は自分の立場を忘れていないか?」

「た、立場……?」

「君は、隙あらば妹君の元へ逃げ帰ろうとする、危険な『シスコン常習犯』だ」

「うぐっ」

痛いところを突かれた。

否定できない。

「もし僕が目を離した隙に、君が窓から脱走して王都へ向かったらどうする? リナ嬢の寝室に忍び込み、寝顔をスケッチするような凶行に及んだら?」

「し、しませんわ! ……たぶん!」

「ほら、自信がない」

キース様は呆れたようにため息をついた。

「だから、監視が必要なんだ。24時間、片時も目を離さず、寝ている間さえも僕の腕の中に閉じ込めておく必要がある」

「う、腕の中!?」

「それが『追放』という刑罰の意味だ。君を、僕の目の届く範囲……すなわち半径50センチ以内に固定すること。異論はあるかい?」

無茶苦茶だ。

そんな法律、聞いたことがない。

しかし、ここで「異論があります!」と言えば、「じゃあ信用できないから鎖で繋ぐしかないね」とか言い出しかねない男だ。

それに、もし私が脱走したら、リナに迷惑がかかるかもしれない。

「……そ、そこまでおっしゃるなら、仕方ありません」

私は涙を飲んで承諾した。

「床で寝ます」

「は?」

「わたくしが床で寝ます。殿下はベッドをお使いください」

私は絨毯の上に体育座りをした。

ここならフカフカだし、罪人としての身分も守れる。

完璧な妥協案だ。

「……はぁ」

キース様が深いため息をついた。

次の瞬間。

身体がふわりと浮いた。

「きゃっ!?」

お姫様抱っこだ。

抵抗する間もなく、私はキングサイズベッドの真ん中に放り投げられた。

ポスン、と体が沈む。

「で、殿下!?」

「床で寝かせて風邪でも引かれたら、看病するのは僕だ。大人しくここで寝なさい」

「で、でも……」

「何もしないよ。……君が望まない限りはね」

キース様は私の耳元で甘く囁くと、私の隣にゴロンと横になった。

近い。

心臓の音が聞こえそうなくらい近い。

「さあ、旅の疲れもあるだろう。少し休むといい」

キース様は私の頭をポンポンと撫で、満足そうに目を閉じた。

その顔は、まるで宝物を手に入れた子供のように無防備で、そして幸せそうだった。

私は天井を見上げた。

シャンデリアがキラキラと、私を嘲笑っているように見える。

「……これ、監禁じゃなくて同棲ですよね?」

私の小さなつぶやきは、キース様の寝息にかき消された。

(リナ……お姉ちゃん、貞操の危機かもしれないわ)

私は胸の前で十字を切り、リナの等身大肖像画(壁に設置済み)に向かって祈りを捧げた。

しかし、肖像画のリナもまた、満面の笑みで「ナイスです殿下!」と親指を立てているように見えて仕方がないのだった。

こうして、私の「過酷な」追放生活1日目は、王太子の腕枕という、この世で最も逃げ場のない監禁状態で幕を開けたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

婚約者が選んだのは私から魔力を盗んだ妹でした

今川幸乃
恋愛
バートン伯爵家のミアの婚約者、パーシーはいつも「魔法が使える人がいい」とばかり言っていた。 実はミアは幼いころに水の精霊と親しくなり、魔法も得意だった。 妹のリリーが怪我した時に母親に「リリーが可哀想だから魔法ぐらい譲ってあげなさい」と言われ、精霊を譲っていたのだった。 リリーはとっくに怪我が治っているというのにずっと仮病を使っていて一向に精霊を返すつもりはない。 それでもミアはずっと我慢していたが、ある日パーシーとリリーが仲良くしているのを見かける。 パーシーによると「怪我しているのに頑張っていてすごい」ということらしく、リリーも満更ではなさそうだった。 そのためミアはついに彼女から精霊を取り戻すことを決意する。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

異母姉の身代わりにされて大国の公妾へと堕とされた姫は王太子を愛してしまったので逃げます。えっ?番?番ってなんですか?執着番は逃さない

降魔 鬼灯
恋愛
やかな異母姉ジュリアンナが大国エスメラルダ留学から帰って来た。どうも留学中にやらかしたらしく、罪人として修道女になるか、隠居したエスメラルダの先代王の公妾として生きるかを迫られていた。 しかし、ジュリアンナに弱い父王と側妃は、亡くなった正妃の娘アリアを替え玉として差し出すことにした。 粗末な馬車に乗って罪人としてエスメラルダに向かうアリアは道中ジュリアンナに恨みを持つものに襲われそうになる。 危機一髪、助けに来た王太子に番として攫われ溺愛されるのだか、番の単語の意味をわからないアリアは公妾として抱かれていると誤解していて……。 すれ違う2人の想いは?

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...