Eランクの薬師

ざっく

文字の大きさ
上 下
17 / 55
2巻

2-1

しおりを挟む


   プロローグ


 きらびやかな城の廊下を、カイド・リーティアスは颯爽さっそうと歩いていた。
 自分に注目する人々の視線を無視して、まっすぐに筆頭魔法使いの執務室へ向かう。
 重厚な扉の前に立つ衛兵は、カイドの姿を認めると、無言で頭を下げた。
 そんな衛兵の姿に目も向けず、彼はノックもなしでドアを開け放つ。

「カイド! やあ、よく戻ったね! 僕には分かっていたよ。君がいかに優秀で強く素晴らしいかということもね!」

 中には一人の美男子が立っていた。彼はカイドが部屋に入った途端、満面の笑みで腕を広げる。
 この男には、カイドが城の敷地内に入っただけで、それが伝わっている。魔法使い同士が使う通信があるのだ。ノックなどしようとしたところで、それより先に扉が開かれ「僕には分かっていたよ!」と言われるのがオチだ。
 この妙にかんさわる男が、この国の筆頭魔法使いオーレリアン・シャルパンティである。
 彼は、この世界で誰よりも知識が多く、魔法の使い方にもけている、世界屈指の魔法使いである。つややかでまっすぐな黒い髪に、同色の輝く瞳。透けるような白い肌。その美しさは、まさに人間の域を超えた、神々たちの最高傑作だ――と、本人が言っている。
 だがカイドは知っていた。実は知ったかぶりをしている時も多々あると。実に面倒くさい男だ。

「今回の報告を……」

 カイドが言いかけた言葉をさえぎって、オーレリアンは叫ぶ。

山猿やまざるを相手に戦い、さらには大きな詐欺の犯人も捕まえてきたそうではないか! つまり、今回の調査の目的だった魔物の群れというのは山猿であり、それを倒したと嘘を流した人物を捕まえてきたのだろう? ……え? もう知っているのかって? ふっ、僕を誰だと思っているんだい?」

 もう何も返事をしたくないカイドを放って、オーレリアンは無駄に胸を張る。さらに、無駄に格好つけて言うのだ。

「僕は全知全能のオーレリアン様! なんだって知っているんだよ」

 こんなやつでも、国王と宰相さいしょうに次ぐ国の権力者だ。
 カイドが報告に来る前に、様々な情報が彼に届いているのは分かっていた。だが書類にはんをもらわなければ、報奨金が手に入らない。ただ働きなんてまっぴらごめんだ。

「ああ、でも安心したまえ。君の言葉をさえぎるようなすいな真似はしない。君とゆっくり語らう時間は最高だからね」

 今さえぎったばかりだろうに。本気で面倒くさい。仕事をくれる相手でなければ話もしたくない。
 呆れたカイドの視線を浴びながらも、オーレリアンは彼に手を差し伸べる。

「僕は全てを知っている! だが、君が僕に報告したいというのなら聞こうじゃないか。さあ、さあ! 報告したまえ! 君の武勇伝をこの優秀な頭脳にしかと記憶してあげよう」
「黙れ」

 カイドはあらかじめまとめてあった報告書を彼に投げつけた。
 毎回こんな感じだ。いい加減、カイドが報告をあげる相手を変えてもらえないだろうか。
 Sランクの冒険者は国から依頼を受け、国へ報告をする。その窓口がオーレリアンなのだ。
 散らばってしまった書類は、ひらひらと舞い上がり、オーレリアンの手の中に綺麗に収まる。手で拾えばいいところを、魔法で風をあやつって自分の手の中に落ちてくるようにしたのだ。
 毎回毎回、すきあらば力を見せつけようとする。こういうところも、とことん気が合わないと思う。

「書面では味気ないと思って、君の口から聞きたかったところだが、君は恥ずかしがり屋だからな。仕方がない。この書類を読むとしよう」

 すでに帰りたいが、金は欲しいのでもう少し我慢することにした。
 数秒後、オーレリアンがため息をく。

「知ってはいたけれど……このEランクのくす、本当に仲間にしたの?」

 さっきまでの満面の笑みを消して、彼は苦々しい口調で言う。

「ああ。Eランクだが、力量はAランクに迫ると思っている」
「A? カイド、本気か?」

 オーレリアンが報告書を手にしたまま、天をあおぐ。

「キャルを見たら分かる。報告書にも書いているだろう。薬の出来と、山猿のボスを見分けるほどの能力を」
「……ああ、書いてあるね」

 オーレリアンは無表情で報告書を見つめた後、はっと馬鹿にしたように笑う。

「カイド、Eランクの冒険者というものの力量が、君には分からないのだろうね」

 なげかわしいというように首を横に振るオーレリアンを、カイドは冷たい目で見返す。

「なんのことだ」
「Eランクというのは、そこら辺の一般人と変わらないのだよ! 薬師と名乗っていたって、ただの薬屋のおばあちゃんと一緒だ! 何せ、書類を一枚書けば冒険者と名乗れるのだからね!」

 鼻息荒く詰め寄るオーレリアンを避けて、カイドは報告書を指さす。

「ちゃんと読んだのか? 彼女は詐欺にあっていて、結果を出しても正当な報酬を得ていない。Eランクというのは彼女の実力ではない」
「たとえ詐欺にあっていたとしてもだ。Aランクの実力のある冒険者がEにとどまっているわけがないだろう。Aランクに到達するのは、並大抵のことではない。ふっ! カイドほどの実力者からしてみれば、よく分からないというのも無理はないよ!」

 だから教えてあげてるんだ! と声高に叫び自分に酔う男は、本当にうっとうしい。
 カイドはため息をいて、再び報告書を示す。

「もういいから、さっさとはんを押せ」

 依頼は完遂かんすいしているのだ。とっとと報酬をいただいてしまえばいい。
 カイドは、こんな男にキャルの素晴らしさや可愛らしさを語ってやる気などさらさらなかった。
 オーレリアンは口をとがらせて「え~」なんて言っている。だがカイドが表情を変えないのを見ると、しぶしぶはんを手に取り呪文をとなえた。
 オーレリアンが押した印は虹色に輝き、複製不可の成功証明書となる。
 これを持って城の財務関係の部署に行けば、しっかりと報酬がもらえるのだ。
 書類を受け取り、きびすを返すカイドの背中に声がかかる。

「次の依頼だ。次というか、追加のようなものだな」

 振り返った瞬間に断ろうとしたカイドに、オーレリアンは言う。

「詐欺師集団の裁判に必要な証言をしてもらいたい。しばらく王都に滞在してくれ」

 真面目な顔で言われ、カイドはため息をいた。
 それはカイド以外にできないことなので、不承不承ふしょうぶしょううなずく。

「分かった」

 本当なら、すぐにキャルの故郷であるコロンに帰りたいところだが、仕方がないだろう。
 部屋を出ていくカイドを見送って、オーレリアンが舌打ちをした。

「カイドともあろう者が、女に骨抜きにされたってことか。……Eランクが、Aランク並み? はんっ。ランク付けというものを甘く見ないで欲しいね」

 彼は執務室で一人、手元に残った報告書を指先ではじく。

「――いけないね、カイド。そんな間違いは認められないよ」



   第一章 キャルのランク上げ


     1


 キャル・アメンダは冒険者として、カイドとパーティを組んで活動している。冒険者とは、魔物を倒したり、薬草を採集したりと、一般人がなかなかできないことをけ負う人間だ。
 キャルは、その冒険者の中でも最弱とされるEランクの薬師。そして、共に行動するカイドは最高ランクにあたる、Sランクの魔法剣士だ。
 元々、キャルは普通の女の子だった。
 コロンという辺境の町で薬屋をやっていたキャルは、勇者と名乗るグランたちのパーティにだまされた形で冒険者として旅を始めた。しかし、いくら頑張ってもキャルのランクは全く上がらず、グランに邪魔者扱いされるようにして捨てられた。
 キャルは故郷に帰ろうとお金を貯めて、護衛をやとった。それがカイドである。
 当初、キャルはカイドが非常に強そうだと思いはしても、ランクまでは知らなかった。カイドに聞いてもはぐらかされて……そのランクを知ったのは、キャルの故郷であるコロンに着いてからだった。
 Sランクなどやとえるお金がキャルにあるはずもない。しかし、カイドの腕に寄生していた虫を取り除いたことから感謝され、彼はキャルの護衛を買って出てくれたのだ。
 Sランクは国に数人しかおらず、国からの依頼を受けることができる高給取りだ。
 後になってカイドからランクを知らされたキャルは、頬をふくらませて文句を言った。

「やっぱり、あんな額じゃ全然ダメじゃない」

 寄生虫を取り除いたのだって、キャルはその虫自体がお金になるから欲しかっただけで、純粋に彼を助けようとしたわけではない。
 なのに、カイドは彼にしてみたらタダ同然の金額でキャルの依頼を受け、助けてくれた。
 申し訳なさや、自己嫌悪など、感謝以外の感情が湧き上がってくる。
 キャルがうつむくと、カイドは彼女のふくらんだままの頬を嬉しそうにつついた。
 真面目に落ち込んでいるのに!
 キャルは彼をにらみつけた。だがカイドは、首をかしげて笑うのだ。何をそんなに気にするのかと。

「いいんだよ。俺が受けたくて受けたんだから」

 むくれるキャルを見ながら、いつまでも嬉しそうにしているカイドは変だ。

「命を助けてやったんだと胸を張らないキャルの方が変なんだぞ?」

 カイドは、キャルの頬を両手で包み込んで言う。

「そして、俺が純粋な善意で助けたっていうのも間違っているな。俺は、キャルを口説くどくために同行したんだから」

 そんなことを言う彼は、最初の怖かった印象とは百八十度変わって、甘い視線をキャルに向ける。キャルはカイドの恋人でありながら、冒険のパートナーにもなったのだ。
 グランと旅をしていた時は、どんなにひどい扱いを受けてもグランから離れられなかった。その時は、それが幸せだと思っていたから。
 しかし、カイドと旅をするようになって、あれがどれだけおかしな状況だったのかがよく分かった。キャルは、グランから魅了の魔法をかけられており、だから彼に逆らえなかったのだ。魅了の魔法は、カイドに解除してもらった。
 一方のグランは、その魅了の魔法によって、様々な罪を犯していたらしく、カイドとキャルで彼らを王都へ移送したのだった。


 王都に着くと、カイドの家だという場所に案内された。
 キャルの感覚からすれば、王都に一軒家を持っているなんて、かなりの大金持ちだ。

「この家、あまり使わないんだ」

 もったいないことを平気で言う彼は、国中を旅して回っている。だったら、わざわざお金のかかる家をなぜ買ったのだろう……と思ったら、自分で買ったものではないなどとぬかす。
 Sランクともなると、王都に定住してもらうために、国が家を提供してくれるらしい。

「ここだ。何してもいいから自由に過ごしてくれ」

 何してもって……だが確かに、なんでもできそうだ。無駄に大きい建物。美しく整えられた花壇と大きな玄関。外壁のあちこちに彫られた飾り。まるで貴族が住んでいる豪邸のようだった。
 中に入ると、がらんと広く、調度品と呼べるようなしゃたものは全くない。
 けれど、どこまでも掃除が行き届いている。

「すごい。留守の間は掃除してくれる人をやとうの?」

 キャルはピカピカの床に見惚みとれながら聞く。
 カイドはキャルと一緒に旅をしていたので、最低でも一年は帰っていないはずだ。

「いや。保存魔法をかけているんだ。この家に使用人はいない」

 カイドがパチンと指を鳴らすと、空気が動いたような気配があった。精霊が風や水の力で掃除をしてくれていたのだろう。

「便利」

 それほど魔力のないキャルには叶わぬ願いだが、この保存の魔法と掃除の魔法は是非ぜひ覚えたい。
 そして家に荷物を置いた途端、カイドは言う。

「城に報告してくるから、休んでいろ」

 グランたちは馬車が王都に着いた途端、現れた兵士たちに連れていかれてしまった。城の敷地内にある牢屋で身柄を拘束されるようだ。
 カイドはその件で、すぐに報告しに行かなければならないのだろう。

「うん。お茶、勝手にれて良い?」
「ああ。食糧は何もないが。家中、勝手に見てくれて構わない」

 食糧が空っぽなら、買い物にも行きたいなあとぼんやり思いながら、キャルはカイドを見送った。


 カイドの自室らしき部屋とは別に、客間として使う気なのか、新品の家具が置かれた部屋がいくつかある。
 キャルは、勝手にカイドの隣の部屋を借りることに決めた。自分の荷物を運び込み、布団などをチェックするが、見事としか言いようがないほどぴかぴかだ。
 ぐるりと家を探検しても、掃除などのやるべきことはなかった。
 だったら、買い物に行って食べ物を調達しようと、キャルは街中まちなかに出ていく。
 さすがは王都。全てのものが集まる街だ。
 美味おいしそうな食材はもちろん、何に使うか分からないものも多く見られる。
 床に塗るとべたべたになる薬や、天井からぶら下げるテープ。
 両方とも害虫を捕まえるものらしいが、キャルは使われているのを見たことがない。

「お、嬢ちゃん、見ない顔だね。一人かい? 女性の一人歩きは危ないぜ」

 一人の店主が声をかけてきた。
 店先には乾燥した長いツタがぶら下がり、壁一面に様々な色をした瓶が並んでいる。
 台の上にはヤモリやカエルの干物が所狭しと並び、火薬のような丸薬もあった。

「王都って危ないの?」
「あん? どこの田舎いなかから出てきたんだい? そりゃあ、こんだけ人がいると悪いやつもいるからさあ。女の子の一人歩きは危険がいっぱいさあ!」

 店主はキャルを手招きして、何かの瓶を見せてきた。

「いいか? これは、悪いやつを追っ払う薬だ」

 彼が見せてきたのは、瓶に入った白い粉。よく見ればキラキラ光っているような気もする。

「追い払う?」

 キャルが素直に近寄ってきたことで、店主のテンションが上がったようだ。

「そう。近寄ってきた相手に、この粉を振りかけるんだ。するとどうだい。相手は目と鼻を押さえてのたうち回るのよ」

 そんな薬があるのか。キャルは驚いて、その薬を手に取る。

「舐めてみてもいい?」

 キャルが聞けば、店主は目をく。

「馬鹿かねっ! いいわけがないだろうが。かん撃退用の薬だぞ? 舐めたらのどが朝までイガイガで辛いだろうよ」

 なるほど。イガイガする成分が入っているのか。しかし、キャルが今まで見てきた薬は、病気や怪我を治すものでしかなかった。
 かん撃退。どんな成分が使われているのだろう。
 結局キャルは一瓶だけ買ってしまった。意外と高かったけれど、興味の方が勝った。
 そんなふうに街の中は面白くて、今度またゆっくり見に来ようと思いながら、キャルは夕食の材料を買って家に帰ることにした。


 夕方、城に報告に行っていたカイドが帰ってきた。

「おかえりなさい」

 という自分の声に、ふと夫婦のようだと思って、キャルは心の中で大いに照れた。

「ただいま。――いい匂いがする。夕食?」

 家に入ってきた途端、カイドは鼻をくんくんと動かして驚いた顔をする。
 そんなカイドを笑いながら、キャルはうなずいた。

「そう。街に食材買いに行ったの。いろいろあって、楽しかった!」

 キャルがキッチンを示すと、カイドは素直についてくる。
 そんなにったものはできないが、旅の間は食べられなかったような料理ばかりだ。

「この家のキッチン、多分、初めて使われたぞ」

 やっぱり。保存魔法のおかげだとしても綺麗すぎると思った。

「ああ、お腹すいた。帰ってきて料理が並んでるなんて、すごく嬉しい」

 カイドは大げさに喜びながらテーブルに着く。二人で夕食を食べ、順番にお風呂にも入る。

「あ、カイド。カイドの部屋の隣、借りるよ」

 キャルがそう言うと、思ってもみない反応をされた。

「隣? あそこはダメだ。保存魔法がかかっていただろう?」

 ダメだと言われるとは思わなくて、キャルは慌てる。

「そうなの? ごめん。荷物入れちゃった。じゃあ、その隣は?」
「それもダメだ。保存魔法がかかっているところは使わないでくれ」

 カイドに聞いてからにすればよかったと、内心で慌てながらキャルは謝罪する。

「勝手に使ってごめん。じゃあ、どこを使えばいいのかな?」
「保存魔法がかかっていない部屋だ」

 カイドは家に入ってきた時に保存魔法を解いたように見えたが、一部の部屋だけだったらしい。

「かかってないところって、どこ?」

 キャルはリビングで寝ることになるのだろうか。別に野宿よりはいいから構わないが、来客などがあったら恥ずかしい。

「俺の部屋だ」
却下きゃっか。――じゃ、やっぱり隣の部屋を使わせてもらうね」

 すぐさま切り捨てて、キャルは勝手に荷物を置いた部屋に向かう。

「俺は同じ部屋がいい!」

 恥ずかしいことを叫んでいるカイドを置き去りにして、一人部屋へと戻り、旅の疲れをいやすために布団に入ったのだった。


 次の日も、カイドは城に向かった。
 グランたちの件は大きな裁判になるらしい。キャルをだましていたことも罪だが、それより街一つを丸ごと魅了の魔法にかけていたことが問題視されているという。
 頭が良く、狡猾こうかつなグラン。彼は強力な魅了の魔法をあやつり、最小限の魔力で多くの人間をだました。その街以外にも被害はなかったのか、余罪を捜査中だという。
 それに協力しなければならなくなったカイドは、しばらく王都にいることになった。
 裁判で証人として証言することはもちろん、事務的な手続きが多くあるらしい。
 逮捕権限まで持つ、Sランク様ならではの苦労ということだろうか。
 カイドが城に行っている間、キャルは街で買い物をしたり、調剤や家事をしながら待っている。毎日城に出仕していくカイドを見送って、夕食を作って出迎えるのだ。
 キャルは好きに調剤できるし、お金に困ってもいない。
 カイドは「長引いてごめん」と申し訳なさそうにするけれど、そんなに気にしなくていいのに。コロンに帰りたいけれど、いつかは帰れるのなら、今は王都を満喫したい。
 王都は珍しい素材がたくさんあるし、それを使って、面白いものも開発している。
 害虫対策として家のすみなどに置く毒から、強盗に投げつける落ちにくい薬品なんていうのまであった。薬草をこういうふうに使うこともできるのかと、とても勉強になる。
 夕方にはカイドが帰ってきて、その日あったことを話しながら夕食をとる。
 そして、寝ようと思って寝室に行く時には……

「同じ部屋がいい。キャルを抱きしめて眠りたい」

 ……毎晩、カイドが悲しそうにつぶやいている。「それができないなら、野宿の方がましだ!」と、この立派な家の中で叫ぶカイドは少しおかしいと思う。
 ともあれキャルは、王都での平和な日常も、それなりに楽しんでいた。
 ――ただ一つ。いつまでも慣れることができないことを除いて。


 調剤に夢中になりすぎて、気が付いたらカイドが帰ってくる時間になってしまっていた。
 王都に滞在してそろそろ二週間。珍しい材料で作る新薬が完成しそうで没頭ぼっとうしすぎた。
 カイドは笑って「構わない」と言い、二人で夕食に出ることにした。仕事をして帰ってきたカイドにこれ以上、食事を待たせてしまうわけにはいかない。
 ……本当はあまり気が進まなかった。キャルはカイドと王都を歩くのが、初めて二人で買い物に出た時から憂鬱ゆううつなのだ。
 街を歩いて数分で、カイドの名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。

「リーティアス様」

 ――ああ、まただ。キャルは唇を噛みしめて、ため息をこらえた。
 カイドと二人で出かけると、必ず女性が声をかけてくる。

「このようなところでお会いできるなんて。ずっとお会いしたいと思っておりましたの。私は魔法使いなんです。私の治癒ちゆ魔法をどうかお役に立ててください」

 両手を胸の前で握りしめて、うっとりとカイドを見上げる女性。
 振り返れば、他にも数人の女性が立っていた。いずれも、綺麗で優秀な人ばかり。
 分かりたくもないのに、習慣になっている『探索サーチ』というスキルで、彼女たちの実力が大体把握できてしまう。
 全員が、キャルよりも強い。キャルなど、一瞬で吹き飛ばせるほどの魔力を有していた。
 今まで単独で行動していたカイドが他者と行動を共にするようになったことは、冒険者の中でまたたく間にうわさになったらしい。
 ご丁寧にも、以前こうやって声をかけてきた女性が、キャルに説明してくれた。

「こんな最低ランクの薬師よりも役に立って、さらに、なぐさめても差し上げられますわ!」

 ――と。
 ようやく組んだ相手が、Eランクの薬師であることが、大きな話題として人々の口にのぼった。
 Eランクの薬師ごときが、Sランクのサポート。
 そんなうわさを耳にした冒険者が、だったら自分の方が役に立つと、名乗りを上げ始めたのだ。

「キャルは恋人だ」

 カイドがそう公言してはばからないことも、女性が多く寄ってくる原因になっている。
 普通だったら、女性の数は減るはずだが、『あんな女よりは勝っている』と自負する魅力的な女性たちが、我先にとカイドへ声をかけてくるのだ。
 キャル程度は眼中にないと、態度で表す女性ばかり。もちろん、そんな態度を取られればムッとするし、女性ばかりが寄ってくることにイライラもする。だけど……
 キャルは、今近寄ってきた女性を眺めた。外見が魅力的なことはもちろん、多分Aランク。強い魔力を持っている。この魔力で治癒ちゆ魔法を使えば、かなりの効果が見込めるだろう。
 グランにパーティを追い出された時の記憶がよみがえる。あの時よりもずっと辛くて、想像するだけで泣いてしまいそうだ。
 カイドはキャルのそんな不安を感じ取っているのか、彼女たちに視線さえ向けることもない。

「いらない」

 邪魔だとはっきり態度で表しながら、キャルの肩を引き寄せた。
 どんなに人が集まってきても、彼が必要としているのは自分だと、優越感にも似た喜びが胸の中に湧き上がる。
 少しにやけてしまっていると、キャルの方が彼女たちと目が合ってしまうことがある。全ての女性が『なんでこんな子が』というさげすんだ目をしていた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:653pt お気に入り:449

君といた夏

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:95

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:584

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,017pt お気に入り:13

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:139

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。