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   序章 幼き日の約束


 シャルロワ王宮の庭園にはふくいくたるの香りがただよう。
 幼い王女のユリアーナは、五つ年上の皇子レオンハルトとままごとに興じていた。

「――はい、レオンハルト。甘いケーキを食べてちょうだい」
「ありがとう、ユリアーナ」

 輝く笑みを浮かべたユリアーナは小さな手で、玩具おもちゃのケーキを載せた皿を手渡す。
 隣国――アイヒベルク帝国の皇子であるレオンハルトは、十歳にしてすでに帝王学を学んでいる次期皇帝の身分だ。そんな少年には女の子のままごと遊びなど興味が持てないだろうに、彼はシャルロワ王国を訪ねると必ずユリアーナに会い、彼女の遊び相手を買って出ているのだった。
 大理石のテーブルには料理をした数々のミニチュアが並べられている。それに白馬や馬車、城や教会の模型。その教会のさいだんには、純白のドレスをまとう花嫁と、同じく純白の礼装を着込んだはな婿むこの人形が並んで置かれていた。
 レオンハルトは、ふたつの人形をじっと見つめる。そして顔を上げてあごを引き、こんぺきそうぼうをまっすぐにユリアーナに注いだ。

「ユリアーナ、私と結婚してほしい」

 唐突なプロポーズに、幼いユリアーナはみどりいろの瞳をまたたかせる。彼女の絹糸のような銀髪を、えんからそよぐ風がさらりとげた。

「けっこん……?」
「そう。私の花嫁になってほしい。こういうふうに、教会で永遠の愛を誓い合って夫婦になるんだ」

 教会のさいだんに立つ花嫁とはな婿むこの人形を、レオンハルトは指し示す。
 ユリアーナも結婚という儀式については知っていた。愛し合うふたりが生涯を共にするという誓いをささげるのだ。
 でも……
 ユリアーナは小首をかしげた。
 ――レオンハルトと私は、結婚できないのじゃないかしら?
 彼女はシャルロワ国王の唯一の子どもである。
 国王である父は常日頃から、ユリアーナが王位を継ぐのだと説いていた。そしてレオンハルトは、隣の国の皇帝になる身だ。
 別の国の王と皇帝では、結婚できないと思う。
 けれど優しくて素敵なレオンハルトは大好きだ。
 彼のプロポーズを受けるための打開策を、ユリアーナはとっに思いついた。

「いいわよ。赤ちゃんができたらね」

 無邪気な答えに、レオンハルトは目を見開く。
 ――お父さまとお母さまの子どもは私しかいない。だからお父さまは、私が次に国を継ぐ者だと期待しているのよね。けれどもし弟が生まれたなら、彼が国王になって、私はレオンハルトの花嫁になれるのだわ。
 名案だと思ったのに、レオンハルトはなぜか気まずそうに視線を泳がせた。若干、頬に朱が差している。

「赤ちゃんができたら……。そうか……」
「いいでしょう? そうしたら、私はレオンハルトの花嫁になれるわ」
「うん、そうだね。でもユリアーナはまだ幼いから、私たちが大人になったら赤ちゃんを作ろう」

 ――大人になったら……?
 弟が生まれるのを、そんなに待たなければならないのだろうかと疑問に思う。それにレオンハルトはまるで、ユリアーナとふたりで赤ちゃんを作ると言っているような気がする。
 もっとも、どうすれば赤ちゃんができるのか具体的な方法はわからない。ただ、ユリアーナにも手伝えることがあるのかもしれないと考え直す。
 ユリアーナの母は病弱で離宮に引きこもっているため、滅多に娘に会えず寂しい思いをしているだろう。赤ちゃんが生まれるお手伝いをユリアーナがすれば、喜んでもらえるに違いない。
 まだ硬いつぼみが一瞬だけ花開いたかのような、満面の笑みをユリアーナは見せる。
 レオンハルトはまぶしそうに目をすがめて、その表情をいとしげに眺めた。

「大人になったら、赤ちゃん作ろうね。レオンハルト」
「うん……約束だよ。ユリアーナ」

 風に乗り、あでやかなの花弁が庭園に舞い散る。
 幼い王女と皇子の誓いは、そのだけがひっそりと聞いていた。



   第一章 王女のゆううつ


 シャルロワ王国のユリアーナ王女は玉座にもたれながら、幾度目か知れない溜息をこぼした。
 隣では叔父であるドメルグ大公が延々と苦言をていしている。

「ですから、王家の存続のためにも王女には一刻も早く婚姻を結んでもらわねばなりません。我が息子のクリストフは王配に相応ふさわしい身分でありますゆえ、あとは王女が了承してくだされば済む話なのですぞ」

 ドメルグ大公は、息子のクリストフとユリアーナを結婚させようと執心しゅうしんしている。
 だが、クリストフは女遊びが激しく、政治にはまるで興味がない。王配に相応ふさわしいのは身分だけだ。
 大公が国政を握るためにクリストフと結婚させようという魂胆はいていた。

「それは何度も聞いたわ、ドメルグ大公。でも私は、生涯独身をつらぬくつもりなの。お断りするわ」

 現に大公は息子を王配にするため、他の貴族に圧力を掛けているという。
 父王亡き後、王位を継いで三年。現在十九歳であるユリアーナは、未だ〝王女〟と呼ばれている。この国での成人年齢である二十歳まではこの敬称が使われるのが、シャルロワ王国の慣習なのだ。とはいえ、実質の王であるユリアーナには、大公のせいもありクリストフと結婚するという選択肢しか提示されない。
 せめて弟でもいれば、彼に王位を任せ、選択の幅を広げられるのに……
 王のひとり娘であるユリアーナには、シャルロワ王国の王位という重責がかかっている。
 病弱だった母はユリアーナが幼い頃に他界し、父は後添のちぞいをめとらなかった。母を愛していたという理由もあるのだろうが、彼は王家を静かに終わらせようとしていたのではないかとも考えられる。現に死の間際に父は、『王家が終わろうとも、国民を守らなければならない』とユリアーナに言い聞かせたのだ。仮にユリアーナが独身をつらぬき、結果として王家が終わっても問題ないだろう。
 ところがドメルグ大公は、ユリアーナの言葉に目をく。

「何をおっしゃいます! 五世代の条約はどうなさるのですか。このままでは王家が崩壊してしまう。我がシャルロワ王国は、アイヒベルク帝国に滅ぼされてしまいますぞ!」

 ――五世代の条約。
 それこそ、王家が抱える最大の問題だった。
 小国だが豊かな土壌を持つシャルロワ王国は、隣国のアイヒベルク帝国と同盟と戦争を繰り返していた。そしてユリアーナの高祖父の代に起きた戦争で大敗し、帝国に吸収されそうになった。無論、王家の廃止も決定される。
 しかし高祖父が必死にアイヒベルク帝国皇帝に嘆願した結果、二度と戦争を起こさないことを条件に、五世代まで王家の存続を認められたのだ。
 この条約には他にも条件がいくつかある。
 五世代は直系の血族で繋げなければならず、養子をとることは認めない。
 王位を継ぐのは庶子や女性でもよい。
 五世代目の王となる者が成人するとき、すみやかに帝国に領地を譲渡すること。また、直系の子が生まれないなど、万一、王位を継げる者がいなくなったときは、その時点で譲渡すること。
 ただし、それまではシャルロワ王国の代々の君主はその座にある限り国を平和に治める最大限の努力をすること。
 それが、五世代の条約である。
 現在のシャルロワ王国は、いわば帝国のお情けで成り立っている状態だ。自治権は保全されており支配は受けていないものの、五世代目までと期間が限定されている。
 高祖父から数えてユリアーナは四代目にあたった。
 つまりユリアーナの子が成人するとき、シャルロワ王国と王家は消えるのだ。
 王国は滅亡し、脈々と歴史を刻んできた王家も消滅する。
 ユリアーナはそれも仕方ないと思っていた。戦争を仕掛けたのは高祖父なのだから。
 当時、王家が途絶えてしかるべき状況だったのだ。五世代の猶予を与えられたことは、アイヒベルク帝国皇帝の恩情に他ならない。
 父も王家を存続させることを諦めていたような気がする。だからこそ病弱な母を気遣い、無理に男子をもうけず、静かに国を統治していた。
 ユリアーナも亡き父王の遺志に従うつもりだ。
 王家がなくなり、国が消滅しても、国民が穏やかな暮らしを続けられさえすればいい。
 王女であるユリアーナが独身をつらぬき、四代目で終わらせてしまうなら、高祖父の代に起こした戦争の決着を早々につけられる。
 そのつもりなのに……
 厄介なのは、父の弟であるドメルグ大公の存在だった。

「まったく……私が王位を継いでいれば、今すぐにでもアイヒベルク帝国に攻め入るものを。王弟が王位を継ぐ国など数多あまたの例があるというに、歯がゆいことこの上ない。条約などに縛られているから、小娘に国を統治させるなどという由々ゆゆしき事態が起こってしまうのだ」

 つぶやかれたは、しっかりと聞こえている。
 大公は父が健在だった頃から、国王たるうつわなのは兄より自分だと自負していた。
 確かに諸外国では王弟が王位を継ぐ例も見受けられる。
 だがシャルロワ王国の場合は五世代の条約に縛られているため、直系の血族しか王位を継げない。ユリアーナの父が王となった時点で傍系になった叔父が王位にきたくても、できないのである。 
 それゆえドメルグ大公は玉座に座るユリアーナに息子のクリストフをあてがい、生まれた子を操って王国を意のままにしようともくんでいるのだろう。
 彼は、今でもユリアーナに税金が安すぎるので引き上げるべきだとか、周辺諸国を併合するために農民を徴兵するべきだとか進言してくる。そんなドメルグ大公が王国を統治すれば、国民がへいすることは想像にやすい。シャルロワ王国は領地が狭すぎると常々嘆いている彼のこと、領地拡大目的で戦争を起こす可能性もある。
 だから、ユリアーナは決してドメルグ大公を祖父とした子をしてはいけない。彼に王権を握らせはしないと、心を決めていた。

「ドメルグ大公。聞き捨てならない言葉が耳に入ったわ。アイヒベルク帝国に攻め入ろうとは、どういうつもりなの。あなたが恨みを抱く五世代の条約が締結されたのは、高祖父が帝国に攻め入ったことが原因なのよ。また新たな火種を作ろうとでも言うの?」

 するとドメルグ大公はおおぎょうに手を広げて訴えた。しっこくくちひげが揺れる。

「戦を起こさねば、このまま王家は断絶されてしまうのですぞ! ユリアーナ王女は高貴な身分でありながら、先祖の血が途絶えても良いとおおせなのか。かくなるうえは条約の破棄を求めて、帝国へ戦争を仕掛けるしかないではありませんか!」
「あなたこそ、何を言っているの!? 戦争は絶対にしないわ。国民の幸福を守るのが王家に残された使命よ。大公はよほど戦争を好むようですけれど、もしも兵をほうさせたら大公の身分をはくだつします」

 そうユリアーナがおどすと、ぐっと、ドメルグ大公は息を詰めた。
 いまだ王女と呼ばれていようが、王位にいているのはユリアーナなのである。
 そして、ドメルグ大公は王女の叔父といえど、臣下。ユリアーナの決定に逆らうことは、王国への反逆だ。
 剣呑けんのんな光を宿した目の力をかろうじて緩めたドメルグ大公は、口元に笑みをいた。

「それでは丸く収めるために、クリストフと結婚してくださいますな?」

 そして話は振り出しに戻る。理屈が通っていないうえに堂々巡りの話し合いに、うんざりしたユリアーナは嘆息した。

「結婚はしないわ。子は生まれないから、私の代が終わればシャルロワ王国はアイヒベルク帝国に吸収されることになるわね」
「なんと! では王女は混乱を望むのですか。四世代で譲渡すれば国内が混乱することは必至ですぞ。混乱に乗じて王国を乗っ取ろうとするやからが現れるやもしれません。高祖父の遺志を継いで、結婚して子をもうけるべきではありませんかな!」

 ――王国を乗っ取ろうとするやからとは、目の前にいるくちひげの人物ではないかしら?
 心の中でつぶやいたユリアーナは冷めた目線を投げた。その思いを知ってか知らずか、ドメルグ大公は余裕の笑みを浮かべてひげでている。
 結婚か、戦争か。
 二者択一を迫られた格好だが、どちらも選ぶことはできない。
 ユリアーナは玉座のひじけに、優雅にてのひらを添えた。ドレスの袖についたせんさいなレースが、はらりと広がる。

「そうね。ドメルグ大公の言うことも一理あるわ。五世代の条約は高祖父たちが王家を存続させるため、そして国内の混乱を防ぐために取り決めたことですもの。その遺志を無下にすることはできないわ」
「では……!」

 ユリアーナは驚喜を見せる大公に、ぴしりと言い放った。

「アイヒベルクの皇帝陛下に私が直接、お考えを伺うわ。条約の終結を近い未来に控えて、帝国にもご都合があるでしょう。陛下の意見を伺った上で結論を出します」

 その言葉にドメルグ大公はこうかつな視線を巡らせたが、ややあって了承した。
 シャルロワ王国の存続に帝国の存在は無視できない。アイヒベルク帝国の現皇帝は若く、このまま行くと彼が存命中に五世代の条約が終結する可能性もある。ドメルグ大公としても一度帝国の意向を聞く必要があると考えたのだろう。
 ようやくドメルグ大公が王の間を辞すると、ユリアーナの口から深い溜息が漏れた。
 かつては栄華を誇ったであろうけんらんな君主の間も、今は寒々しさを覚える。
 時間稼ぎをしただけで、問題は何ひとつ解決していない。
 皇帝とのえっけんを終えて戻れば、ドメルグ大公は戦争と結婚の両方の準備を整えているだろう。
 先程は大公の地位をはくだつすると釘を刺したものの、ユリアーナが警戒を示しているのは当然ドメルグ大公も承知している。簡単に弱みを見せないはずで、王女の叔父である大公という身分をはくだつするのは、言うほど容易ではない。
 ――気が重いわ……どうすればいいのかしら……
 こんなとき、父が生きていれば判断をあおげるのに。
 ユリアーナには国家の行く末について相談できる相手がいない。
 大臣たちは王女派と大公派に分裂していて、にらいの状態が続いている。彼らに相談すると、大公の一派に情報が漏れるかもしれず、かつなことは言えないのだ。
 君主とは孤独なものだと実感する。
 クリストフとの結婚を受け入れれば、いずれはドメルグ大公が国政を牛耳り、領土拡大のため近隣諸国に戦争を仕掛けることは目に見えている。そうなれば当然、国民も戦火に巻き込まれるだろう。 
 そんな未来は国民も亡き父王も望んでいない。
 ユリアーナはきつくひじけを握りしめた。
 ――ドメルグ大公の思いどおりにはさせないわ。
 一国の王女として、叔父の好きなようには決してさせない。
 決意を込めたまなしで、ユリアーナは侍従にアイヒベルク帝国への使者を出すよう命じた。



   第二章 皇帝との再会


 じょうした近衛このえへいが守る四頭立ての馬車は、しっこくに塗られていた。華美さはないが上質な馬車の扉には、百合ゆりを基調としたシャルロワ王家の紋が刻印されている。
 それは、シャルロワ王国の王女ユリアーナが乗っていることを示していた。
 車体はまばゆい陽の光をねて輝いている。
 ユリアーナはアイヒベルク帝国皇帝とのえっけんを果たすべく、王都を後にしていた。揺れる馬車の中で、ぎゅっとこぶしを握りしめる。
 アイヒベルク帝国皇帝に会うのは初めてではない。
 ――レオンハルト……こんな形で再会することになるなんて……
 ユリアーナの脳裏に、幼い頃のえんでの思い出がよみがえる。
 皇子であった頃のレオンハルトは、度々たびたびユリアーナと遊んでくれた。結婚してほしいとプロポーズされたことも覚えている。今となっては懐かしい思い出だ。
 確か、あのプロポーズには弟が生まれたなら結婚すると返答したはずだが、彼はたいそう戸惑っていたように見えた。
 ユリアーナは幼かったので、互いの立場をおぼろげにしかわかっていなかったのだ。
 もっとも、それはレオンハルトも同じで、だからこそ求婚してくれたのだろう。
 シャルロワ王国の統治者であるユリアーナが君主の座を放棄し、他国にとつげるわけがない。そんなことをすれば王国を治める者がいなくなり、ただちに帝国に吸収されてしまう。それは国民たちに混乱をもたらすし、第一、ドメルグ大公が黙っていないだろう。
 自分の代で王国を終わらせるにしても、責任を放棄するのではなく、きちんと手順をふんで終わらせたかった。
 皇帝に即位した今では、レオンハルトも当然そのことを理解していると考えられる。もしかしたら、ユリアーナにプロポーズしたことすら忘れてしまっているかもしれない。
 それでも、彼が未だ妃をめとっておらず子もいないことに、ユリアーナはあんしていた。
 彼と結婚できるわけがないとわかってはいるものの、自分にプロポーズしてくれた男性が見知らぬ女性を隣に置いている光景なんて見たくないものだ。
 ……でも、いずれはレオンハルトも美しい貴族の令嬢をめとる。
 途絶えゆくシャルロワ王国とは違い、大国のアイヒベルク帝国皇帝が次代の子孫を残すことは義務なのだから。
 金髪でへきがんのレオンハルトは、ぼうの青年に成長しているのだろうか。最後に会ったのは彼がまだ十代の頃なので、当時とは印象が変わっているかもしれない。最後に会ったレオンハルトは女の子のように美しかった。今となっては、それも自らの願望が見せた夢だった気もする。
 彼に会いたい、という思いはずっと胸の底に秘めている。
 統治者としての責務に追われているユリアーナは、恋を経験したことがない。そのような自由な身分ではないと初めから諦めてもいた。
 ただ、せきりょうかんを覚えるときはいつも、無性にレオンハルトに会いたいという思いが胸の奥底からがってくる。だがすぐに従者から会議の予定を聞かされるなどして我に返り、無理やり感情を押し込めるのだ。
 その繰り返し。
 代わり映えのしない、王国唯一の王女としての日常と重圧。
 けれどようやく、レオンハルトに再会できるときがやってきた。
 それは幼なじみとしての再会などという楽しいものではないけれど……
 みどりいろの瞳をまたたかせてユリアーナが車窓に目を向けると、黄金の稲穂の中にいる農民たちが作業の手を止めて、深い礼をささげた。彼らは王家を、そしてユリアーナを敬愛してくれている。 
 やはり、彼らに戦争をいることなどできない。王家の存続よりも国民の安寧あんねいを優先させるべきなのは明らかだ。
 皇帝にえっけんしたあかつきには、その場で穏やかな統治権の譲渡を提案してみたい。
 固い決意を胸に抱いたユリアーナはぜんとして前をえた。


 二日後。ユリアーナはアイヒベルクの宮殿に着いた。宮殿は、こぢんまりとしたシャルロワ王国の王宮とは異なり、荘厳な様相をていしている。
 広大な敷地に両翼を広げる主宮殿。豊かな水をたたえた噴水をいろどせんさいな彫像。
 かっちゅうまとう勇猛な騎士に出迎えられた彼女は、壮麗な扉をくぐる。きらめくシャンデリアがまばゆい光を放っていた。
 天使が描かれた天井画、果てなく敷かれたじゅうたん。どこを向いても華麗な装飾に溜息がこぼれる。
 さすが近隣諸国の中で、もっとも広大な領地を有する大国だ。五世代の条約を交わしているのはシャルロワ王国のみだが、隣接する他の国も大国のアイヒベルク帝国には逆らえないらしい。そんな強国が存在を誇示しているおかげで、ここ百年ほどは戦争が起きていなかった。
 シャルロワ王国のように、真綿で首を絞められる形で王家を絶たれては困る、という各国のおもわくけて見える。

「つまり、見せしめということかしらね」

 壮麗な廊下を侍従に案内されながら、ユリアーナはちょうに小さくつぶやいた。
 当時の皇帝は、シャルロワ王国の王家がすたれていく姿を予見して五世代の条約を提示したのだろうか。
 いずれ消滅してしまう王家の子を懸命にそうなどと、王位にいた者が奮起するわけがない。むしろ王位返上の日を思っては悲嘆に暮れるしかないのではなかろうか。それを証明するように、高祖父以降、王家の子の数は減少している。 
 処刑よりも非難されることなく、敵対する王家を消し去る効果的な方法かもしれない。
 それも、もうすぐ終わりだ。
 ――父や祖父の嘆きを、私が終わらせるわ。
 ユリアーナは唇を引きしめて、えっけんの間に続く重厚な扉を見つめた。
 この扉の向こうに、皇帝となったレオンハルトがいる。
 やがて、侍従の手により、扉が開け放たれた。
 磨き抜かれた大理石の床、その果てに鎮座する豪華な玉座。
 そこに座すアイヒベルク帝国皇帝レオンハルトは、のうこんの軍装に身を包み、りんぜんとした空気をまとっていた。
 華麗な黄金の髪にれいまなじり、すっとりょうの通った鼻は意志の強さを思わせる。唇はやや薄く、あごのラインがシャープだ。こくはくにも見えるぼうは雄らしいどうもうさをそなえていた。
 そのあやうさが、見る者にを抱かせる。


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