51 / 54
51-たまには策略もいいでしょう。
しおりを挟む
「ええっ、吉沢さんに!?」
大悟から計画の全容を聞き出した俺は、思わず声を張りあげていた。
「ッ、いてて、」
根性で出席した三限目が終わった昼さがり。大学のカフェテリアで落ち合った俺たちは、そのまま席を動けずにいた。といっても、動けないのは俺だけで、大悟はぴんぴんしてるんだけどな。
「大丈夫か?」
丸テーブルの向かいに座っていた大悟が、慌てて俺のそばの席に移動してきた。気遣うように背中を撫でてくれるのはうれしいけど、あいにくと痛い箇所はそこじゃない。
まあ、こんな人目に付くところで腰をさすられても困るけど。
昨夜、大悟の目論み通りに抱き潰された俺は、俺の目論み通りに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた大悟のおかげでここにいる。長湯にマッサージ、着替えに食事……結局、大悟が買いに走った軟膏まで塗ってもらった。
そのうちのいくつかは、俺が気を失ってるあいだに終わってた。そのままたっぷりと眠ったあとに軟膏を見せてきた大悟は……くそっ、アレもマッサージも絶対わざとだ。寝ているあいだにしたっていいものを俺が起きるのを待ってただなんて、俺が悶えるのがそんなに楽しいか。
イキすぎて触れられるだけでおかしくなる身体を、午後の講義への出席を盾にされて、好き勝手に弄られた。
そのときのことを思い出して恨みがましい視線を投げるのに、大悟はそんなのどこ吹く風で、俺と目が合うや否やふわりとやわらかく微笑んだ。
うぅ、ダメだ。こいつの笑顔は心臓に悪い。
自覚したばかりの恋にもまだ慣れなくて、俺は思考を先の話題へと戻した。
「大悟さ。それって、職権乱用って言わない?」
俺が受けるはずだった午前の講義を休講にするため、大悟は立てた計画を吉沢さんに電話で指示したって言うんだ。
「親父のお得意様にうちの系列サービスを斡旋するための雑務は、秘書の仕事だ。乱用じゃない」
「確かにそうだけど……」
なんか釈然としない。
定期写メを寄越さなかった一日半のあいだ、大悟は過労で倒れた親父さんの代わりにお得意様たちの相手をしていた。そのうちの二人が、人文学部の教授だったのも、二人そろって今日の午前に講義の予定があったのも、まったくの偶然だ。
教授たちと親父さんは、もともとゴルフが縁で知り合ったゴルフ仲間だという。昨日の朝も、大悟は親父さんの代打として、二人に連れられ早朝ゴルフに付き合わされていたんだそうだ。
そのとき教授たちは、親父さんが土地に飽かせてつくったゴルフ倶楽部について愚痴をこぼしていたらしい。先々月にあったお披露目ゴルフ大会に招待されたきり、いまだにコースの予約が取れないと。
くだんのゴルフ倶楽部は、併設されている豪華なホテルで受けられるオプションサービスが充実しているとかで連日満員御礼。つくった当の親父さんもコースに出れない状態が、開業以来ずっと続いているらしい。
大悟は、そんな二人のために今朝の早朝コースを融通することで、昨夜の『ゆきなり抱き潰し計画』を成功させたんだ。
二日続けて早朝ゴルフに興じる教授たちのスタミナもすごいけど、創設者も取れない枠を押さえてしまう大悟もすごいと思う。
「まあ、今朝のコースを確保するのに、キャンセル待ちをこっそり押し退けたり、枠を移動してもらうために客へオプション無料追加をチラつかせたりしたのは、さすがに乱用だったと思う」
「へ、おまっ、そんなことしたのッ!? いッ、つー」
すかさず背中をさすってくれる大悟に気づかれないよう、俺はこっそりと腰を押さえた。
まいった。ちょっと大きな声を出すたびに、唯一ダメージを残した腰に鈍痛が走る。バスケをやめてからもセックスに必要な筋肉だけは鍛えてきたつもりだったのに、どれだけがっつかれたんだって話だ。
それでも、アナルは不思議と無事だった。しつこいまでに大悟が解してくれたおかげもあるのかもしれないが、特製ワセリンも、大悟のマンションを出る前に重ねて塗り足された軟膏も優秀で、いまではほとんど痛みがない。
だから余計に始末が悪いともいえるんだけど……。
「教授たちは身内の商用物件を任せてくれたし、斡旋といっても枠だけで支払いは彼ら持ちだ。悪い取引じゃない。まぁ……かかったオプション代は俺のバイト代から差っ引かれるけど」
わかった。職権乱用じゃなくて、公私混同だ。
気まずそうに経費について言及した大悟は、俺に指摘されなくてもきっと自覚してるんだろう。
それに、大悟のせいで余分にかかった費用がちゃんと大悟に請求されるなら、もう文句もない。未来の社長をきちんと育ててくれる人がそばについてるってことだから。
俺のせいで余分な金を使わせたり、吉沢さんを煩わせたりしたのは心苦しいけど、大悟がそんな計画を立てたのは、サボリが苦手な俺のことをちゃんとわかってくれてるからだ。
何よりも、大悟の計画のおかげで恋人としての貴重な時間をたっぷりと堪能できた。文句どころか、感謝だよな。
そうしてまた、俺の思考が昨夜から今朝にかけての甘ったるい時間へと傾きかけたときだ。
静かなカフェテリアに、甲高い声が大きく響いた。
「あ! いたいたぁ。ねえ、西原くんっ」
出入り口から真っ直ぐに突進してきたのは、昨日の昼間に見かけたあの女だ。確か名前は……佳奈と言ったか。三限目が終わってすぐに消えた大悟を探し回ったようだ。少し息があがってる。
「あのね、さっきの講義でわからないところがあってぇ。ちょっと教えてほしいんだけど」
そう言いながら、余ってる椅子に勝手に座ってしまった。
チラッとこっちを見たから、先客の俺に気づいて断りでも入れるのかと思えば、軽く目を見開いただけですぐに目を逸らされた。
こっちだって仲良くしたいとはまったく思っていないけど、いかにも感じの悪い女だ。
ざわつく出入り口を見てみれば、こちらの様子をうかがっている女子が数名たむろっていた。たぶん昨日のバカ騒ぎメンバーだ。
まったく、なんなんだ? ショーでも始まるのか?
ああ、そうか。始まるのかもしれない。昨日、この女は言ってたじゃないか。大悟に告白するんだって。
思い至ったその展開に、腹の底からどろりと不快なものが込みあげた。
大悟から計画の全容を聞き出した俺は、思わず声を張りあげていた。
「ッ、いてて、」
根性で出席した三限目が終わった昼さがり。大学のカフェテリアで落ち合った俺たちは、そのまま席を動けずにいた。といっても、動けないのは俺だけで、大悟はぴんぴんしてるんだけどな。
「大丈夫か?」
丸テーブルの向かいに座っていた大悟が、慌てて俺のそばの席に移動してきた。気遣うように背中を撫でてくれるのはうれしいけど、あいにくと痛い箇所はそこじゃない。
まあ、こんな人目に付くところで腰をさすられても困るけど。
昨夜、大悟の目論み通りに抱き潰された俺は、俺の目論み通りに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた大悟のおかげでここにいる。長湯にマッサージ、着替えに食事……結局、大悟が買いに走った軟膏まで塗ってもらった。
そのうちのいくつかは、俺が気を失ってるあいだに終わってた。そのままたっぷりと眠ったあとに軟膏を見せてきた大悟は……くそっ、アレもマッサージも絶対わざとだ。寝ているあいだにしたっていいものを俺が起きるのを待ってただなんて、俺が悶えるのがそんなに楽しいか。
イキすぎて触れられるだけでおかしくなる身体を、午後の講義への出席を盾にされて、好き勝手に弄られた。
そのときのことを思い出して恨みがましい視線を投げるのに、大悟はそんなのどこ吹く風で、俺と目が合うや否やふわりとやわらかく微笑んだ。
うぅ、ダメだ。こいつの笑顔は心臓に悪い。
自覚したばかりの恋にもまだ慣れなくて、俺は思考を先の話題へと戻した。
「大悟さ。それって、職権乱用って言わない?」
俺が受けるはずだった午前の講義を休講にするため、大悟は立てた計画を吉沢さんに電話で指示したって言うんだ。
「親父のお得意様にうちの系列サービスを斡旋するための雑務は、秘書の仕事だ。乱用じゃない」
「確かにそうだけど……」
なんか釈然としない。
定期写メを寄越さなかった一日半のあいだ、大悟は過労で倒れた親父さんの代わりにお得意様たちの相手をしていた。そのうちの二人が、人文学部の教授だったのも、二人そろって今日の午前に講義の予定があったのも、まったくの偶然だ。
教授たちと親父さんは、もともとゴルフが縁で知り合ったゴルフ仲間だという。昨日の朝も、大悟は親父さんの代打として、二人に連れられ早朝ゴルフに付き合わされていたんだそうだ。
そのとき教授たちは、親父さんが土地に飽かせてつくったゴルフ倶楽部について愚痴をこぼしていたらしい。先々月にあったお披露目ゴルフ大会に招待されたきり、いまだにコースの予約が取れないと。
くだんのゴルフ倶楽部は、併設されている豪華なホテルで受けられるオプションサービスが充実しているとかで連日満員御礼。つくった当の親父さんもコースに出れない状態が、開業以来ずっと続いているらしい。
大悟は、そんな二人のために今朝の早朝コースを融通することで、昨夜の『ゆきなり抱き潰し計画』を成功させたんだ。
二日続けて早朝ゴルフに興じる教授たちのスタミナもすごいけど、創設者も取れない枠を押さえてしまう大悟もすごいと思う。
「まあ、今朝のコースを確保するのに、キャンセル待ちをこっそり押し退けたり、枠を移動してもらうために客へオプション無料追加をチラつかせたりしたのは、さすがに乱用だったと思う」
「へ、おまっ、そんなことしたのッ!? いッ、つー」
すかさず背中をさすってくれる大悟に気づかれないよう、俺はこっそりと腰を押さえた。
まいった。ちょっと大きな声を出すたびに、唯一ダメージを残した腰に鈍痛が走る。バスケをやめてからもセックスに必要な筋肉だけは鍛えてきたつもりだったのに、どれだけがっつかれたんだって話だ。
それでも、アナルは不思議と無事だった。しつこいまでに大悟が解してくれたおかげもあるのかもしれないが、特製ワセリンも、大悟のマンションを出る前に重ねて塗り足された軟膏も優秀で、いまではほとんど痛みがない。
だから余計に始末が悪いともいえるんだけど……。
「教授たちは身内の商用物件を任せてくれたし、斡旋といっても枠だけで支払いは彼ら持ちだ。悪い取引じゃない。まぁ……かかったオプション代は俺のバイト代から差っ引かれるけど」
わかった。職権乱用じゃなくて、公私混同だ。
気まずそうに経費について言及した大悟は、俺に指摘されなくてもきっと自覚してるんだろう。
それに、大悟のせいで余分にかかった費用がちゃんと大悟に請求されるなら、もう文句もない。未来の社長をきちんと育ててくれる人がそばについてるってことだから。
俺のせいで余分な金を使わせたり、吉沢さんを煩わせたりしたのは心苦しいけど、大悟がそんな計画を立てたのは、サボリが苦手な俺のことをちゃんとわかってくれてるからだ。
何よりも、大悟の計画のおかげで恋人としての貴重な時間をたっぷりと堪能できた。文句どころか、感謝だよな。
そうしてまた、俺の思考が昨夜から今朝にかけての甘ったるい時間へと傾きかけたときだ。
静かなカフェテリアに、甲高い声が大きく響いた。
「あ! いたいたぁ。ねえ、西原くんっ」
出入り口から真っ直ぐに突進してきたのは、昨日の昼間に見かけたあの女だ。確か名前は……佳奈と言ったか。三限目が終わってすぐに消えた大悟を探し回ったようだ。少し息があがってる。
「あのね、さっきの講義でわからないところがあってぇ。ちょっと教えてほしいんだけど」
そう言いながら、余ってる椅子に勝手に座ってしまった。
チラッとこっちを見たから、先客の俺に気づいて断りでも入れるのかと思えば、軽く目を見開いただけですぐに目を逸らされた。
こっちだって仲良くしたいとはまったく思っていないけど、いかにも感じの悪い女だ。
ざわつく出入り口を見てみれば、こちらの様子をうかがっている女子が数名たむろっていた。たぶん昨日のバカ騒ぎメンバーだ。
まったく、なんなんだ? ショーでも始まるのか?
ああ、そうか。始まるのかもしれない。昨日、この女は言ってたじゃないか。大悟に告白するんだって。
思い至ったその展開に、腹の底からどろりと不快なものが込みあげた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,474
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる