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第八章 逆鱗

十三話 暴れん坊ゼン

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 変装衣装を身に着け、用意ができたら即行動を開始した。
 俺は慎重に歩みを進めながら、警備の兵が多く見られる所を目指していく。
 暫くすると長く幅のある通路に出た。方向的にはあの向こうに目的のタヒルがいそうな気がする。

 その通路には数人の警備兵が椅子に座って待機していた。
 流石にあれらに気付かれずに、通路の奥にあるドアは開けられないだろう。まだ隠密は消えていないのだから、もう少し近付いて投擲で一気に制圧するか。
 そう考えながら俺は一歩足を進めた。

「っ! ここからか……」

 通路に一歩足を踏み入れた瞬間、俺の隠密が無効化された事が分かった。今まで俺を保護していた膜が、溶けてなくなっていくかのような感覚だ。

「ッ! 賊だ!」

 こちらに身体を向けていた警備兵が、突然姿を現した俺に驚き、飛び上がるように椅子から立ち上がった。そして、それに反応して他の警備兵達も一斉に俺へと視線を向けた。

「なっ……!」
「ひっ……何だあれは!? 魔物か!?」

 俺を見た警備兵達は、皆一様に驚きの声を上げている。
 それも当たり前だろう、俺が今身に着けているのは、何時もの装備の上にこの街の露天で買った暗い色をした長めのローブと、再生の神のダンジョンでドロップした兜を被っているからだ。

「リッチ……なのかっ!?」

 思いっきり魔物扱いされている。この兜の名前はスケルトンヘルム。装着した姿は完全にスケルトンの頭部そのままだ。頭にもローブをすっぽりと被っているので、薄い月明かりと燭台の光しかなく距離もあるので、完全に相手は俺の事を人間だと思っていない様子だ。

 思った通りの反応に、俺は少しだけ心が躍ったが、これから彼らを殺す事になると思い出し、その感情は押し込める事にした。

 警備兵達が慄いている中、俺はマジックボックスから【英霊の杖】を取り出す。そして、あえて剣豪サジの英霊ではなく、骨の戦士達を召喚する。

「……お、おい!」
「う、うわあぁぁぁっ!」

 通路の床から無数に現れたスケルトン達に、警備兵が怯えた様子を見せ始めた。

「貴様らっ! 剣を抜け!」

 だが、中には勇敢な男がいるようで、勇ましい声を上げながら腰にさしていた剣を抜き放つ。
 通路の窓から差し込む月明かりを男の剣が反射して、少し幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「俺に続け!」

 その男は気合の声を上げると、こちらに向かって突撃してきた。その後ろには二人ばかりの男が続いているのが見える。

「……やれ」

 俺は人骨を素材としている【英霊の杖】を男に向かって指し向ける。
 次の瞬間には、通路を埋め尽くさんとばかりに湧いたスケルトン達が、一斉に動き出した。

「ッ! ハアァァァァッ!」

 一瞬躊躇する様子を見せた男だが、気合の声を上げると剣を振り上げて、自分に迫るスケルトンに振り下ろした。

「なっ! あっ! グアァァァッ!」

 男は一撃でスケルトンを倒せると思ったのだろう。だが、その攻撃はスケルトンが掲げた盾に止められ、驚愕の表情を浮かべていた。その後は、殺到したスケルトンにめった刺しにされて地面に倒れた。続いていた警備兵も、押し寄せる波に飲み込まれるかのようにして、断末魔を上げて果てた。

 俺の召喚したスケルトンの見た目は、放棄された墓場や洞窟などで見かけるアンデッドモンスターのスケルトンと変わらない。普通のスケルトンならば、駆け出し冒険者でも、ちゃんと装備を調えていれば勝てる相手だ。

 だが、このスケルトンの強さは一体で普通の兵士ならば余裕で相手にできるほどに強い。
 それが、四十体も召喚され、獣じみた動きをして襲いかかってくるのだ。
 シラールドクラスの実力があれば、大した問題もなく相手にできるのだろうが、ここの警備兵には明らかに荷が重いだろう。

「立ち向かったのは見事だが、正解は逃げるべきだったな」

 自然と口から出た言葉に、ふと前世の自分と今の俺を比べてしまった。
 この世界に来てからの日々で、俺の精神は完全に変わったな。
 まあ、結構殺伐とした事をしてるし当たり前か……
 自分が変化している事に、さほどショックも後悔もない。これが、良い傾向とは思えないが、強さという面では悪くはないだろう。

 俺はそんな事を考えながら、スケルトン達を先に進めさせる。すると、驚き慄いていた警備兵達も、流石に気を取り戻し動き始めた。
 大声で応援を呼んだり、笛を吹いたりしだし、建物内部の気配が一気に動き出した。

「逃げられる前に終わらせるか。スケルトン達、俺の進行方向にいる、武器を持つ敵を討て」

 スケルトン達に簡単な命令を下して歩みを進めると、それに応じたスケルトン達は、進行方向にまだいる武器を手にした警備兵達に襲いかかった。

 迫りくる骨の波は、通路の先へと殺到する。警備兵の反応は様々で、奥の扉を開けて逃げる者や、武器を取り出し戦う姿勢を見せる者がいた。
 俺の命令通り、武器を持つ者には容赦のない攻撃が降り注ぐ。押し寄せたスケルトン達に体中を串刺しにされ、多くの者が力尽きていた。

 通路の奥のドアが開け放たれ、スケルトン達はその奥へと入っていく。
 俺はそれに続いて通路の奥にたどり着く。

「……この先にタヒルはいるか? 正しいなら頷け。あぁ、嘘は止めてくれよ? もし間違っていた場合は、お前を必ず見つけ出し制裁を加える。探知反応は覚えているからな」

 通路は死屍累々の様相になったが、数人の警備兵は壁際で尻もちを付いて身をかがめていた。
 俺が彼らにできる限り冷淡な声で話しかけると、生き残っていた警備兵達は一斉に頷きだした。

「そうか。では、去れ」

 俺がそう言い放ち最後に彼らに視線を向けると、警備兵達は悲鳴を上げながらこの場から逃げていった。

 彼らが立ち去った事を確認してから、俺は一度探知の反応を確認する。
 この騒ぎでかなりの数が動き出し、俺の進む方向へと集まっているのを感じる。どうやら、別ルートがあるみたいだ。
 それとは別に、俺の後方からも人の気配が近付いてくる。相手をするのは面倒なので、通路を抜けて扉を塞ぐように巨石をマジックボックスから取り出しておいておく。

 通路の先は広めの空間が広がっていた。机や椅子などが置かれたり、少し高い段になっている場所には、クッションのような物が積まれていたりと、待合室や、待機場所のような雰囲気だ。

 その場所は、今多くの死体が作り上げられている。先行していたスケルトン達が大分数を減らしてくれたようだ。だが、その代償としてスケルトン自体も数が半数以下になっていた。このままでは、増えた敵兵に飲み込まれて全滅しそうだ。

「一度下がれ」

 俺がスケルトン達に命令を下すと、間髪入れずにスケルトン達が一斉に下がってきた。
 そして、俺の後方で剣を構えて待機する。

「タヒルを差し出せば、お前らを生かしてやるがどうする?」

 一歩前に出て、こちらに武器を構える警備兵にそう声を掛けると、僅かながら動揺が広がった。
 数人は隣に立つ同僚に相談を始めるほどだ。

「き、貴様ら。あれを早く倒せ! 姿は怪しいが中身は人間だ!」

 この部屋の奥にある通路から大声が聞こえてきた。自然と向いた視線の先には、中々に肥えた中年男性が寝巻き姿でまだ声を張り上げているのが、人の壁の隙間から見えた。
 多くの警備兵がその声を聞きタヒルの名前を挙げている。あれがタヒルで間違いなさそうだ。

「お前がタヒルか……チェインライトニング」

 目標を見つけた俺は、【英霊の杖】を掲げて、迷わず『チェインライトニング』を発動させた。

 俺が魔法を唱えた瞬間、杖の先から稲妻が打ち出され、辺りを一瞬明るく照らす。
 だが、多くの警備兵が集まってきており、タヒルまでの間には、肉の壁ができている。
 先頭にいた警備兵に直撃をして、その周囲に稲妻は広がっていくが、タヒルへ到達する前に止まってしまった。

「ひっ……ひぃぃぃぃ!」
「に、逃げろッ!」

 俺の魔法の一撃で、集まってきていた警備兵達は恐々状態に陥った。更に追加で『ファイアボール』や『ライトニング』を連発して、とりあえず敵の数を減らす。

「貴様ら、これ以上無駄死にしたくないならば、タヒルを捨てて逃げろ。五秒だ。五秒でこの場から立ち去らなければ、皆殺しだ」

 魔法の連発でかなりの量が負傷した。一応脅しだったので手加減をしたのだが、敵の多くは魔法防御の装備を持っていたので、『チェインライトニング』クラスの魔法以外なら、一度や二度は大して大きな怪我もなく耐えられたみたいだ。本当にシーレッド兵は良い物を持ってるな。
 そうか、この地にはダンジョンがある。あそこから生み出されたエーテル結晶体の恩恵か。

 何て事を考えながら、俺はスケルトン達を従えながら前進をする。俺が一歩前に出るたびに、警備兵達は一歩後退した。

「なるほど……タヒルを守る決意が固いならば、それを尊重しよう……」

 俺がそう言いながら杖を掲げた瞬間、目の前にいた警備兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
 すると、部屋の中は一気に大混乱の場と化し、素早い動きで逃げる者や、地面を這いながら逃げる者が多く見られた。中にはその場にしゃがみ込み恐怖で動けない者や、負傷して身動きが取れない者もいる。
 最早、戦意は感じられないので、彼らは無視をして歩みを進めた。

 この騒ぎで、タヒルは通路の奥へと引っ込んでしまった。だが、完全に奴の気配は捉えている。もう逃がす事はない。

 俺は床にうずくまる人や、壁に張り付きそれでも俺から距離を取ろうと足を動かし続ける奴らの間を進み、タヒルの寝室らしき場所に辿り着いた。
 開け放たれたドアへスケルトン達を先行させる。スケルトン達が中に入ったが、罠などは何もないようだ。

 俺も遅れて部屋の中に入ると、そこには一見誰もいないように思えた。
 だが、俺には分かる。あの本棚の後ろに奴がいる事は。
 大方、隠し部屋でもあるのだろう。その先に逃げる通路があるかは知らないが、タヒルの気配が動く様子はない。

 天蓋付きのベッドに目を向ければ、そこには一つの気配を感じた。余りにも小さな気配なので気にしていなかったが、状況がほんの僅か落ち着いたので、気になってしまった。

「ヒッ!」

 俺が視線を向けると、身体を毛布で隠した女性がそこにはいた。

「タヒルの妻か?」

 それがそう声を掛けるが、女性は怯えた様子で反応をしない。

「次はない、お前は誰だ」

 別に無抵抗なら殺す気はないが、もしあれがタヒルの妻ならば、役に立つ可能性がある。
 いや……タヒルが自分だけ隠れたのはおかしい。妻の可能性はないか?

 二度目の声掛けを多少強くすると、女は肩を震わせながら口を開いた。

「わ、私は……サリーマで……す……」

 あぁ、そうか……この人は……

「一つ聞こう、お前は望んでその場にいるのか?」
「ち、違いますっ! タヒルに無理矢理……うっ、うぅ……」

 なるほど、そういう事か。この状況を考えれば、多くを語らずとも理解はできてしまった。
 彼女はラーレの母親である元王妃だ。二十代の娘を持つ母親だが、その容姿は衰えることなく、むしろ艶やかさを感じさせた。この場にいるという事は、まあそういう事なのだろう。
 この様子ならばタヒルに恩義などは感じてはなさそうだ。ならば、彼女には復讐の機会を与えよう。俺が殺すとなると何の感傷もなく首を落とすだけだから、感情の行き場と言う面では勿体ないだろう。

「ここにタヒルが隠れているのは分かっている。今から首を落とすつもりだが、お前がやるか?」
「……はっ? えっ!?」
「お前の手で復讐したいかと聞いてるんだ。する気がないなら別にいいが」
「…………やります」

 少しトロイ感じのする人だが、俺の言葉を聞くと最後にはゆっくりと首を縦に振った。

 俺はそれを確認して、タヒルが隠れている本棚をスケルトン達に命じて破壊させる。
 何度も剣を叩きつける音の中に、篭った悲鳴が聞こえてきた。どこかへ逃げる様子はないので、どうやら隠し通路などはないみたいだな。

 瞬く間に破壊された本棚の奥には、人が二人も入ればいっぱいの小部屋があった。その中に先程も見た肥満体型の男がいる。タヒルは俺の顔を見ると恐怖のためか目を見開き固まってしまった。

「拘束しろ」

 俺はスケルトン達に命じて隠し部屋からタヒルを引きずり出させ、地面に押さえつけさせた。

「誰なんだお前は!? い、命はっ! 頼む! この国をやる! 頼むから殺すな!」
「俺にお前と話す事は何もない。彼女と好きなだけ語らってくれ」

 タヒルは最後の足掻きとばかりに、必死の形相で俺に語りかけてくる。だが、俺に必要なものはこの男の首だけだ。タヒルと語り合う気は一切ないので、サリーマへと視線を向けた。

「さあ、その剣を使え」

 俺はスケルトンの一体に、マジックボックスから取り出した一振り剣を手渡し、サリーマの目の前で膝を突かせる。
 自分に差し出された剣を見て、サリーマは一瞬躊躇する様子を見せたが、部屋の天井を見上げきつく目蓋を閉じると、次の瞬間にはその目を見開き剣の柄を握った。

 俺はそれを見て、タヒルとサリーマに背を向ける。サリーマがどう思うかは分からないが、自分がする事を余り見られたくはないはずだ。

「ま、待て、サリーマ。あれだけ愛し合ったではないか!」
「あ、愛……? 夫を殺し……私を犯した男が愛!? あぁァァあぁああぁあッ!」

 タヒルも冷静に物事の判断がつく状態ではなかたのだろうが、その言葉はどう考えても間違いだろう……
 俺の背後では、タヒルの悲鳴とサリーマの叫び声が響き渡り、それはタヒルの声が止まっても、少しの間続いていた。

 終わったと判断して俺が振り返れば、そこには血だるまとなったタヒルの姿と、肩で息をして返り血でネグリジェを真っ赤にしたサリーマの姿があった。

「剣を」

 俺は荒く息をしているサリーマから血で汚れた剣を受け取った。何の抵抗もなく剣を手放すと、その瞬間サリーマは意識を失ったのか倒れ込んできた。
 手を伸ばして身体を支え、とりあえずスケルトンに抱き抱えるよう指示を出した。

「……うーん、顔が判別不可能に……」

 これは少しやらかした。地面に倒れているタヒルの様子を見たのだが、顔がぐちゃぐちゃで証拠が失われてしまった。まあ、これは仕方がない。とりあえず、死体を持て行く事にしよう。

「おっと、忘れちゃいけないな。隠密を破るアーティファクトが何処かにあるはずだ」

 俺は辺りを見回してアーティファクトのある場所を探した。同時にこの部屋にある目ぼしい物も持っていく。ここで得た物は後でラーレ達に渡そう。

「これか……思ったよりデカいな……」

 アーティファクトには大体が見事な装飾がされている。それを目安に手当たり次第部屋に置かれている物に鑑定を掛けていると、ベッドの横に設置された高さ一五〇センチメートルほどの燭台が、俺の鑑定でアーティファクトだと判明した。

 名称‥【看破の淡光】
 素材‥【銀 真鍮 蝋燭】
 等級‥【伝説級レジェンダリー
 性能‥【隠密看破】
 詳細‥【太陽の神のアーティファクト。蝋燭に火が灯されている間、有効範囲内の隠密を無効化させる】

 金色をした真鍮の至る所に銀による装飾がなされている。太陽の神の名がある通り、デザインのモチーフは太陽を思わせる物だ。その手の素養がない俺でも、芸術品として見て素晴らしい物なのだと思える。

 アーティファクトの美しさに、一瞬心を奪われてしまった。
 だが、今は他にする事がある。とりあえずこのアーティファクトは俺のマジックボックスに迎え入れて、俺は残っていた数体のスケルトンを引きつれて部屋を出る。

 部屋から出て先程多くの警備兵を殺した現場に辿り着く。そこには血と臓物の匂いとともに、腰を抜かしたままの警備兵や気絶をしている警備兵がまだ残っていた。
 悲鳴を上げる事も恐怖なのか、息を殺して俺らを見る彼らは無視をして進んでいく。ラーレの部屋へと戻る途中では、何度か俺らを見て逃げる警備兵と、向かってきて無駄に死ぬ警備兵がいた。

「これは案外、一人でも城を落とせるか? 全方向を相手しなくちゃいけない戦場より、戦いやすいぞ」

 俺は自分の後ろに出来上がる死体の列を見ながら、そんな言葉を呟いてしまった。
 一瞬、そんなに体力は続かないかと思ったが、考えてみれば【ヘラルドグリーヴ】を手にした今なら、その問題も解決している。これは外で戦うよりこの方が楽なのは間違いなさそうだ。
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