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43話 農村ジェット 後編

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 ルールは至って簡単だ。
 数箇所のチェックポイントを設けて、そこを順番通りに通過して戻ってくる。
 ただそれだけだ。
 道がないのだから、サーキットの様なきっちりとしたコースなんてのは無い。ただ広いだけの原っぱだからな。作りようがないのだ。
 つまり、チェックポイントさえちゃんと通れば、どんなルートを通っても問題ない、と言うことだな。
 とは言え、そんなに長い距離を走るわけじゃないから、実質選べるルートなんてかなり限られてくる。
 あとは、車体による体当たりなどの攻撃、または搭乗者への操作妨害は禁止。
 あくまで速度と技術を競う勝負である、ってことだ。
 そうした不正の有無や、チェックポイントの通過の判定は俺とグライブ以外の3人が行う。
 で、何か問題が起きた時は、この3人の審議によって多数決を持って判定される。
 スタート地点であるこの場所は、少しだけ高い丘になっていてコース全体が一望出来るようになっているので、彼らはここから俺たちの勝敗の行方を見守りつつ、不正が無いかをチェックするのだ。

 コースをざっくり説明するなら、まず何も無い緩やかな下りを走り抜けて一本木を目指す。
 この木が第一のチェックポイントになっていて、この木を曲る。
 “曲る”のであって、内側をショートカットした場合は不正となって即失格。負けが確定する。
 次にそのまま前進した先にある、林へと突入する。
 これが第二のチェックポイントだ。
 林……と、言うよりはただ木が少し多めに集まっていると言った感じの場所なので、少し逸れれば迂回する事も可能なのだが、その場合はやはり不正と見なして失格だ。
 木の生えている間隔はまばらなので、注意していれば十分に通り抜ける事は可能だが、調子に乗っていると木に激突する危険もあるデンジャーゾーンだ。
 で、この林を抜けた先にある大きな石が第三のチェックポイントになるのだが、その大きな石までの道が曲者だった。
 今まで走ってきた平坦な地面とは打って変って、凸凹の激しい悪路へと様変わりするのだ。
 この悪路は別にチェックポイントでもなんでもないので、勿論迂回したっていい。
 最短の悪路を走るか、少し遠回りしても安定した道を走るかはドライバーの判断次第だろう。
 そして、第三のチェックポイントである大きな石をUターンして、来た道を戻って先にこのスタート地点へと辿りついた方が勝ちだ。
 と、言うのがコースの全容だ。
 往復で2kmもない短いコースだが、その内容は結構濃い。
 農村ジェットは“ジェット”と言う名前の割りにそこまで早くないので、見ている方は面白みに欠けるかも知れないが、乗っている方は冷や冷や物のコースだ。
 まぁ、遅い……とは言っても、愛車クララよりかは断然早いからなぁ……
 で、コースが若干……いや、かなりテクニカル寄りになっているのは、俺の意見が多く取り入れられているからだな。
 ただの直線勝負では、俺の乗っている2号機はグライブの乗っている1号機には勝てないから多少は……ねぇ?
 それに、テクニカルコースだからと言って、別に俺に有利ってわけでもないのだからいいではないか。
 
「いつもお前にバカにされてばっかりだからな。
 今日くらいは、勝たせてもらうからなロディ!」
「ふっ、この俺に挑もうなどと身の程知らずもいいところだな……
 かかってこい若造がっ! 目に物見せてくれるっ!」
「……あのなぁ~、若造ってオレの方が年上だからな?」

 あっ、しまった……
 つい生前の感覚でしゃべってしまった……
 案の定グライブの奴が、すごい怪訝な顔でオレの事を見ていたが、取り敢えずしらんぷりだ。
 グライブの奴は、自分が乗っている1号機の方が速い・・と思っている様だが、話はそう単純なものじゃない。
 確かに1号機の方が2号機より直線・・は速いが、逆に言うならそれだけでしかないのだ。
 1号機も2号機もスペック的な違いはほとんどない。
 違いがあるのは、操作系統の違いだけだ。
 それに、レースは直線だけで行うものじゃない。しかも、今回は半分障害レースだ。
 ストレートの速さを活かせる機会はそう多くはないだろう。
 それに、1号機にだって弱点はある。
 それは、アクセルワークのシビアさだ。
 1号機はマナの供給量はドライバーがダイレクトに行っている。
 これは車で言うならアクセルペダルが、バイクで言うならアクセルスロットルが付いてない様な状態だと言える。
 つまり感覚的に出力を調節する装置が付いていない、と言うことだ。
 本人も言っていたが、これが中々に難しい……らしい。
 俺はそもそもマナの制御が出来ないから、その辺りの事はよく分らんのだがな。
 握力だって、思い通りの数値を出すのが難しいのに、更に目に見えない物の力を制御するってのは、俺が想像しているよりもずっと難しいのかもしれない。
 その点、2号機はアクセル周りの操作は至って簡単だ。
 だって、アクセルスロットルを回すだけでいいのだから。
 5段階の速度指定の制御で、自由度は1号機に比べて低いが操作の安定性は抜群だ。
 最高速度の高いピーキーマシンと、扱いやすい汎用機……
 2つを比較したら、確かに1号機優勢に見えるかもしれないが……
 ストレートの速度差が、レースの勝敗を決める決定的な要因とは成り得ない事を教えてやろうではないかっ!

 今、俺とグライブは二台の農村ジェットを並べて、スタート地点に着いていた。
 スタートの合図を出すのはリュドの役目になった。
 俺もグライブも準備が整ったことをリュドに伝えて、スタートへのカウントダウンが始まった。

「……3……2……1……」

 パンッ!!

「っ!!」
「っ!?」

 “0”のタイミングで、リュドが勢い良く両の手を打ち鳴らした。
 それを合図に、勢い良く両者が一斉に飛び出す……かと、思ったがスタートダッシュに成功したのは俺だけらしいな。
 グライブの奴、焦って力加減を間違えたのか派手に車輪をスリップさせていた。
 下は、力が逃げやすい草だと言うのにいきなりぶん回すからそんな事になるのだ……
 それなりの重量を持ちつつ、ゴム製のタイヤでも装備していればグリップを保持する事も出来たかもしれないが、残念ながら農村ジェットは軽い上に“摩擦抵抗? なにそれおいしいの?”といわんばかりの木の車輪だ。
 これでは、いくら四輪駆動でも余裕でスリップする。
 こういう場合は、少しずつ段階を追って力を加えていかなければいけないのだよ、グライブ君。
 と、言うわけで俺が圧倒的なリードを持って前に出た。
 目指すは数100m先の一本木だ。
 
 スタート地点から、第一チェックポイントの一本木までは緩やかな下りになっている。
 俺はノンブレーキで目一杯の加速を掛ける。
 下りと言う事も相まって、俺の2号機はぐんぐん加速をして本来のトップスピートを軽く凌駕していた。
 あっ、こりゃ、もう勝ったな……口ほどにもない奴だった……ふぅ~……
 と、内心ほっとしていたら……

「まぁ~てぇ~!!」

 声が聞こえたので、チラリと後ろを振り向いたら、グライブが必死の形相で猛追して来ていた。
 げっ!? もう追いついて着やがったのかっ!?
 流石は、直線番長の1号機なだけはある…… 
 本来のトップスピードの速さに加えて、この下りだ。
 このまま・・・・下りが続けば、俺がグライブに追い抜かれるのは時間の問題だった。
 のだが……
 下りはもう終わりだ。
 もう、目と鼻の先には一本木が迫っていた。
 で、グライブよ?
 そんなバカみたいに加速したした状態で、次のほぼ直角に等しいコーナーをお前はどうやて対処するつもりだ?
 俺はタイミングを計って一気に減速をかけた。
 そして、ハンドルを切ってコーナーイン側におもいっきり倒れ込む。
 そりゃもう、限界まで倒れた。落ちるんじゃないかって程にだ。
 少しでも手を抜いたら横転確実だ。
 浮き始めた内輪を押さえつけるように、俺は全体重を掛ける。
 そうして何とか横転する事もなく、2号機は第一チェックポイントと第一コーナーを無事クリアした。
 グライブの奴はどうなっただろうか?
 俺よりもずっと速い速度で、コーナーに突っ込んだはずだからな……
 コケた音が聞こえてこないって事は、まだ走ってはいるとは思うのだがあの速度、あの挙動では到底綺麗なラインを描いて曲れてはいないだろう。
 速度に振り回されて、外側に大きく膨らんでいったに違いない。
 もしサーキットなら、コースアウト確実だ。
 それを避けようとするなら、減速待ったなしだ。
 まぁ、どの道大きなアドバンテージを得た事に違いは無い。それも、勝負が確定するほどの、だ。
 さよなら、グライブ……いいレースだったぜ……

「……ぉい付いたぁ!」
「っ!?」

 なっ!?
 声がしたので、振り向いたらそこには奴がいた……
 しかも、コーナーに入る前よりも差が縮まっていた。
 何こいつ!!
 あの速度で曲りきったのかよっ! ウソだろ、どうやって!?
 いやいや……
 今は、グライブがどうやってコーナーを曲ったのか? とか、そんな事を考えている場合ではない。
 正直、この状況はよろしくない……
 下りで得た加速は、さっきのコーナーの際に失ってしまっていた。
 今の2号機は本来の最高速しか出ていない状態なのだ。
 これでは、最高速度で上回る1号機に抜かれてしまう……
 現に、グライブも追い抜きを掛けようと俺の真後ろから若干ずれて加速を掛けてきた。
 そうはさせるかと、俺も車線をずらしてグライブの前に出て、頭をおさえる。
 クソっ! サイドミラーが無いから後ろの状況が分り難いっ!

「あっ! ロディ邪魔すんなよっ! 卑怯だぞっ!」
「卑怯じゃありません~! これは、暦とした戦術ですぅ~!」

 加速性能が同じ機体で、最高速は向こうの方が上となれば一度抜かれたら抜き返すのは困難になる。
 だから、スタートで差を付けて振り切るつもりだったのだが……
 こうなってしまえば作戦変更だ。
 何が何でもフロントをキープして、グライブを徹底的におさえるしなかいっ!
 そんなテール・トゥ・ノーズのまま俺たちは、第二チェックポイントである林へと突っ込んで行った。
 
 一方その頃……

「あっ! ロディなんかずっこいことしてるぅ~!」
「別にずるはしてないだろ?
 ただ前に出てるだけだ。操作妨害もしてないようだし……
 大体、速度はグライブの方が上だから、一度前に出られるとオルガにはかなり厳しい状況になるんだよ。
 だから、ああやって必死に前に出て、グライブを前に行かせないようにしてんだろ……
 よく考えたもんだ」
「ほぉ~……そーなんだ。ずるくないんだぁ?」
「ルール上はな……ずるくはないが、ただあんな場当たり的な対応じゃ直ぐにでも抜かれるんじゃないか?
 お前らはどっちが勝つと思う?」
「ん~、ロディ……かなぁ?」
「なんでだ?」
「だって、いっつも変なことしてるからっ!」
「……理由になってねぇぞ、バカニア」
「あっ! バカって言ったぁっ!! バカって言った方がバカなんですぅ~! だから、兄貴の方がバカなんだぁ!」
「はいはい……で、ミーシャはどっちが勝つと思う?」
「ん~……両方?」
「いやいや……勝負をしてるんだから両方勝ちってのはないだろ……
 引き分けってのも……たぶんないだろうなぁ、なんとなくだけどさぁ……
 じゃあ、どっちに勝って欲しいって思う?」
「ん~……ん~……えっと……えっと……ロディ……くん……」
「おうおう、ここにはお前の敵しかいねぇぞグライブ~。
 可哀想だから、オレくらいはお前の応援をしてやろうじゃないか。
 そこそこにガンバレよぉ~グライブぅ~」
「あっ!? 二人とも“木の中”に入って行ったよっ!」
「……木の中には入ってないだろ?
 そういうのは、“林の中”に入って行った、だ。
 言葉はちゃんと使えよ、バカニア」
「あぁー!! また、バカって……」

 ………
 ……
 …

 林に入っても、グライブの奴は俺のシリに噛り付いたままだった。
 ならば……
 俺は木にギリギリまで近づいた状態で、一気にハンドルを切った。

「っうおぉ!!」

 常に正面に俺がいるいる以上、グライブの視界は決して広くは無い。
 そんな状態で、俺が急に視界から居なくなればグライブから見たら、急に目の前に木が現れた感じになる事だろう。
 案の定、慌てて回避した所為で車体がフラついて、詰まっていた差が少しだけ広がった。

「だから、卑怯な事すんなよっ!」
「卑怯じゃないって言ってるだろっ! 戦術と呼べ戦術とっ!」

 後ろから猛抗議が飛んできたが、ルールに抵触するような事は、何一つしていないのだから文句を言われる筋合いはないっ!
 ハメ技だろうが、即死コンボだろうが、システム上それが可能であるならそれは“正しい事”なのであるっ!
 島のルール? 知った事か!
 それが嫌なら、メーカーにでも文句を言ってシステムを修正させればいいだけの話だ。対応するかどうかは知らんがな……
 勝負事に、綺麗事などないのだぁ!
 勝った者が正義で、正義こそWINNERなのであるっ!
 まばらに生える木の所為か、グライブは思うようにスピードを上げられなかった様で、結局開いた差はそれ以上広がることも詰める事もないまま、俺たちは林を抜け出す事になった。

 林を抜けた先にあるのは、凸凹の激しい悪路である。
 グライブがどう出るかは知らないが、俺はこの道を最短で突っ切ると決めていた。 
 だが、普通に走ってはスピードが乗らないので下手をしたら迂回する方が早い。
 だから……
 俺は、一部地面が盛り上がっている部分に狙いを定めて、最大加速で突っ込んだ。

 ふわっ…… 

 一瞬後にやって来たのは、あのシリがムズムズする浮遊感だった。
 そう、俺は盛り上がっていた地面をジャンプ台にして悪路の大幅なショートカットを試みたのだ。
 ジャンプをしたなら、当然着地がある訳で……
 数瞬の後には、ガツンッと言う強い衝撃が全身を襲った。
 流石のエアサスでも、全ての衝撃を吸収する事は出来なかったらしい。
 立ち乗りをしていたから良かったものの、普通に座っていたらケツからの衝撃で脳天がヤられていたかもしれないな……
 予想以上に飛距離が出たお陰で、かなりの行程をショートカットする事が出来た。
 あとは、平坦な道に出るまでこの悪路をえっちらおっちら進むだけだ。
 さてさて、グライブはどうしてるかなっと……
 後ろを確認するとグライブもまた、俺がやったように盛り上がった場所目掛けて全速力で突っ込んでいた。
 まさかこいつ……

「おおおぉぉ!!」

 そしてそのまま……

 びょよよ~~~んっ!!

 跳びやがった……
 ズガンッという派手な音を立てる、グライブは俺の近くへと落ちてきた。
 速度が俺より速いためか、飛距離は俺より跳んでいるように見えた。
 ちっ、これでまた差はほぼゼロになってしまった。
 俺たちはガコガコしながら、我先にと悪路を走った。
 で、この悪路を抜けたのはほぼ同時だった……

 並ばれては頭をおさえる事も出来ず、俺はジリジリと引き離されて行った……
 大きな石をUターンし、またあの悪路へと戻って来た。
 先を行くグライブは、迷うことなく来た時同様、出っ張った地面を利用してそのままジャンプ。
 俺もそれに続いた。
 ちっ、さっきから差が縮まるどころか開く一方だ……
 しかも、第二チェックポイントの林を抜けたら90度コーナーが一つあるだけで、ほぼ直線のうえ登りだ。
 林を抜けた段階で、グライブに前に出られていてはもう俺の勝ちはないだろう……
 勝負は、この林で決まると言っても過言ではなかった。
 賭けに出るならここしかないっ!
 グライブに遅れること数秒、俺はノンブレーキ・フルアクセルで林の中に突っ込んでいった。
 ここでビビッたら負けだっ!
 俺は最小の軌道で木をかわし、速度を殺さないようになるべく直線に進めるようにコースを選んだ。
 時には、小さな茂みにだって突っ込んだ。
 あまりにギリギリを通り抜けた所為で、地上に張り出した木の根を踏んで弾んだり、車幅ギリギリの隙間を通った所為で、膝を木にぶつけたりしたが、そんな事に構っている場合ではなかった。
 数秒でも、いや、一瞬でもいいからグライブの前に出ることが出来れば、また頭をおさえる事が出来る。
 そうなれば、俺の勝ちだっ!
 グライブの位置が気になったが、前方に全神経を集中していなければいけない今の状態では、奴の姿を探すのもままならない……
 とにかく今は、自分に出来る事をやるしかない、と言う訳だ。
 そして林を抜けた瞬間……前にグライブの姿は無かった。
 一拍置いて、グライブが林の中から姿を現した。

「げっ!? 抜かれてるっ!!」

 俺はすかさず自分の車体を、グライブの前へと滑り込ませた。
 これでもう抜けまいっ!!

「またそれかよっ!!」
「ぬふはははははっ!! これで俺の勝ちだなぁ、グライブ!」

 あと残すは数100m……
 一本木のコーナーを抜けて、直線の緩やかな登りを行けばスタート地点でゴールだ。
 コーナーなどで凡ミスをしなければ、この時点で勝確である。
 ふぅ~……てこずらせやがって……一瞬ヒヤヒヤしたじゃねぇーか……
 一本木のコーナーの手前、多少の減速はしたものの、ほぼ思い通りの速度とラインで出来る限りインを突いて、最短でコーナーへと入って行く俺に対してた、突然、グライブが大外から一気に加速して俺を抜き去っていった。
 あいつは、バカか?
 そんなオーバースピードで入って行ったら外に膨らんで……
 そう思った瞬間、俺の脳裏にはスタート直後の光景が思い出されていた。
 あからさまなオーバースピードだったのに、何故こいつは俺の後ろにピタリと張り付いていたのか。
 ……何か嫌な予感がした。
 俺はチラリとグライブの様子を肩越しに伺うと、思ったとおりグライブは大外へと流されていた……車体をに向けたまま……
 ってか、それドリフトじゃねぇかっ!!
 グライブの乗る1号機は、コーナーを出る前に既にゴールを正面に据えて、加速を始めていた。
 で、こちらはと言えばまだコーナー半ばだ。
 加速なんて出来るはずも無く、俺はグライブにあっけなく抜き去られたのだった。

「よっしゃーーー!! 抜いたっ!!」

 おいおい……なんであいつドリフトなんてしてだよ、しかも四駆で……
 4WDと言えば、ドリフトが難しい車種なのだが、下が草だという事を考えれば出来なくはないのか?
 車輪も木だから滑るだろうし……
 ラリーカーレースのように、舗装されていない道を走る時は4WDでもドリフト走行は基本な訳だし……
 って、今はんな事考える場合じゃないだろっ!
 どうする? このまま負けるのか……?
 もうゴールまでは僅かな距離しかない……
 今からじゃあ、どう足掻いても普通・・の方法じゃ勝ち目はない……
 こうなってしまえば……アレを使わざるを得まい……
 俺の前に出た、お前が悪いのだよ、グライブよ……
 勝つためには、時として非情になることも必要なのだ。
 俺は、右のハンドルに仕込まれていた隠しスライドを親指で弾いて開いた。
 そこには、一つの魔術陣が書かれていた。
 俺は、迷う事無くその魔術陣へと親指を押し付けた。

「ブーストっ!! オンっ!!」

 魔術陣は俺からギュイギュイとマナを吸い上げると、背面にこっそり仕込んでおいた魔術陣が効果を発揮した。

 ギュイーーーーン!!!

「なっ!?」
「でゅははははははっっ!! 残念だったなグライブよ! 勝利は俺の物だっ!
 何人たりとも、俺の前は走らせねぇ!!」

 車体は急激な加速をすると、一瞬でグライブを追い抜いた。
 仕込まれていた魔術陣とは、銭湯の浴槽でジャグジーとして使っていた物の応用で、空気を背面から勢い良く噴射させる事で、車体を押しているのだ。
 しかも、マナの消費量を度外視したパワー型を2つも搭載していた。
 そこから得られる加速力は、まさに爆発的だ。

「何しやがったっ!! きっ、汚ねぇぞっ!! ロディフィスっっ!!」
「でゅふふふっ!! 何とでも言えっ! この負け犬めがっ!
 勝てれば良かろうモンなのだぁ!」

 そして、そのまま俺は一着でゴールしたのだった。

「いっちぱぁ~んっ! 俺のかっちぃ~!」
「「「…… ……」」」

 ゴールを迎えると、何故か待っていた3人は揃って俺の事をひっじょ~に白い目で見ていた。

「……なぁ、何で今急に速くなったんだよ?
 折角、勝負してたってのに……」
「ねぇねぇ、今のはずる? ずるだよねぇ?
 ロディ、ずるしたよねぇ!?」
「うん……ロディくん……ずるはよくないと思う……」

 えっ? あれっ? なんでだ…… 

「えっ? いやっずるって……ほら、だって、ルールには“加速装置ブーストの使用は禁止”ってのは無かった……だろ?」
「それは、お前が“そんなもの”がある事を言わなかったからだろ……
 だいたい、その加速なんとかってのはグライブが乗ってたやつにもちゃんと付いてるのか?
 あいつはそれを使えるのか?」
「えっ……あっ、いや、それは……その、使え……ない……です」

 はい。2号機の専用装備です。はい……

ロディフィス・・・・・・、お前はそれを“ずるじゃない”って胸を張って答えられるのか?」

 いつになくまじめな顔で、リュドが俺の事を見ていた。
 ってか、なんでこんな時だけ本名呼びなんだよ……

「えっと……その……あの……できない……です……」

 あれ?
 俺ってばもしかして、10歳前のガキんちょにマジ説教されてるのか?
 これでも生前と今生で通算40年くらい生きてるのに……いい大人なのに……子どもから説教って……
 さっきまでの勝利の余韻など何処へやら、今はなんだかよく分からない感情が俺の胸中を渦巻いていた。
 惨めと言うのか、情けないと言うのか、なんと言うか……
 なんだかちょっと泣きたくなってきたぞ……
 その所為で俺の返事は、尻すぼみに小さくなっていってしまっていた。
 そんな俺の姿を見てリュドが、呆れた、と言わんばかりの顔で肩を竦めて見せた。
 そして、俺へとビシッと指を突きつけて……

「だったら、お前の反則負けだ。分かるな?」
「……はい」

 リュドのお達しに、俺は神妙にうなずいた……
 あのまま普通に続けていても負けだったであろう事を考えると、結局はどっちに転んでも負け、と言う事か……
 しかも、普通に負けておいた方が、説教がない分マシとか……なんだろな……

「うん……ロディずる過ぎぃ~」
「……ロディくん……そういうの、わたし、かっこ悪いと思うの……」
「……はい……私の反則負けです……すみませんでした……」
「それの言葉は、オレたちに向かって言う言葉じゃないだろ?」
「……はい」

 ぐぅ正(ぐぅの音も出ないほどの正論、の略)過ぎて反論の余地すらないリュドの言葉に、俺はただただうなずく事しか出来なかった……

「くっそー! 何だよアレ! 反則だろっ!」

 俺が一人、打ちひしがれているところにようやく、グライブが1号機に跨ったままの姿で現れた。

「ああ、だから今こいつの反則負けって事になった。
 ってことでお前の勝ちだぜ、グライブ」
「ああ、やっぱり? でも……なんか素直に喜べねぇーな……」
「だろうな……で、ほれっ、グライブに言う事があるだろ?」

 リュドに促され、俺は2号機から降りてグライブの前へと進み出ようとした時……

 クラッ

「へっ? へぶっ!」

 パタン

 全身から力が一気に抜けて、俺はそのまま2号機から倒れこむ様に転げ落ちた。
 ……しかも、顔面から。
 倒れて尚、体の自由がまったく利かない所為で、転げ落ちた時の体制を変えることすら出来ない。
  ……この感覚には覚えがあった。
 これは、魔力欠乏症になったときの感覚と同じだった。

「って、お前は何してんだよロディ?」

 突然倒れた俺に、いたわりの気持ちが微塵も感じられない声で、グライブがそう聞いてきた。

「いや、多分、急性の魔力欠乏症……だと思う……
 俺が最後に使った加速用の魔術陣って、大量のマナを一瞬で消費するからさぁ……
 たぶんその反動だと……少しすれば動ける様になると思うけど……」

 俺は、奇妙な体制で転がったまま答えた。
 体が動かないのだから、しかたないじゃないか……

「ったく、何やってんだよ……アホか?」

 顔面を地面に押し付けたような状態になってしまっているため、グライブの表情こそ分からないが、声の感じからすると相当呆れているのだけはよく分かった。
 そして、誰かが俺に向かって近づいてくるのが気配でなんとなく伝わってきた。
 その誰かが俺の直ぐ近くで立ち止まると……
 ふっ、と俺の体を起こしてくれたのだった。
 そこにいたのは……

「グライブ……」
「無茶ばっかしやがって……そのうち大怪我するぞお前?」

 グライブは俺の体起こすと、そのまま2号機にもたせ掛けてくれた。

「あっ、と……その……なんだ……わ、悪かったよ……
 ……負けそうだったので、ついカッとなってやってしまった……勝てれば何でもよかった……今は、反省している……」
「……ロディ、お前本当は少しも悪いとか思ってないだろ?
 ……ってか、もういいよ。なんかどうでもよくなってきたし……」
「なんだ? もう許しちまうのか? つまらんな……」

 何時の間に近づいていたのか、リュドがグライブの言葉を聞いてそんな事を言ってきた。
 ……ん?
 ちょっと待て、今なんつった?
 “つまらん”とは何だ“つまらん”とは!?
 さてはこいつ、俺の事いびって楽しんでやがったな!?

「許す……って言うか……こいつが何かしらしでかすのは、今に始まった事じゃないしな……
 単純に“またか”って感じなだけだよ……
 ただ、ロディに勝負を挑む時は、ルールとか色々こいつに丸投げにしたらダメだって事は痛感した。
 次何か勝負する時は、こいつの好きに出来ない様な方法を考えないといけないな……」
「まぁ、グライブがそれでいいってなら、いいけどさ……
 で、これからどうするよ?
 動けないオルガは、ここに置き去りにして、オレたちだけ先に帰っちまうか?」
「いや、ロディも言ってたけど直に動ける様になるだろうから待つさ」
「おやおや、グライブお兄ちゃんはお優しいこって……」
「そうか? そうでもないだろ?
 で、だ。
 ただ待ってるってだけなのは退屈だから、オレに一つ考えかあるんだが……」
「ほぉ……聞こうじゃないか?」
「悪い事をしたら罰を受ける……それは当然の事だと思うんだ」
「そうだな。当然だな」

 ちょっ、お前ら、急に何不穏な発言しちゃってんのさ!?
 丸く収まりそうな雰囲気の、2人の会話を安堵の気持ちで聞いていた俺は、突然のグライブの発言に背筋が冷たくなるのを感じた。

「まず、本人のためだし、見ている者には教訓になる。
 “悪い事をしたらこうなる”ってな……
 そういうのも、しっかり教育していくのが年長者の務めだと俺は思うんだが……どうよ?」
「うむ、確かに。間違いないな。教育は必要な事だ」

 お前ら、教育って言葉を使えば何しても許されるとか思ってないだろうな?
 なんだか、これは良くない流れだ……
 空気が不穏な方向へ流れ出したのを感じた俺は、この場からの離脱を試みるも体の自由は未だ回復しておらず、身じろぎすら出来ない状態だった。

「で、オレにいい考えがあるんだけどさぁ……」
「ほぉ、なんだよ。聞こうじゃないかグライブ……」
「実はさっき、向こうの林の中でな……」

 数分後……

「ぐわぁぁーーー、やめろーーーー!!
 ぶわぁ、くっせぇーーーー!!」
「おらぁ、静かにしろよ……うまく書けないだろ? ってか、ホント、くっさいなぁ……これ」
「リュド、お前なんて書くつもりだ? 臭いな……」
「ん? 無難に“私はずるをして負けました”って書こうかと思ってる」
「んじゃ、俺は“負け犬”って書こうっと……」
「ねぇねぇっ! あたしもっ! あたしもなんか書きたいっ! 臭いけど書きたいっ!」
「別にいいけど……
 ただし、絶対にこの木の実の汁に触るなよ?
 この汁すっげー臭いうえ、一度付くとしばらく臭いが落ちないからな?」
「わかった!」

 で、俺が今何をされているかと言うと……
 動けないのを良い事に、顔に落書きをされていた。
 しかも、スゲー臭いヘンな木の実の汁で……
 グライブの奴が、何処から持ってきたのかは知らないが、どピンクの木の実を近場の石ですりつぶして、これまたどピンクの汁を土筆つくしに似た植物の穂先に染み込ませた即席のペンで、ペタペタと人の顔に落書きしていたのだ。
 書かれている俺は勿論、半端ない臭い苛まれている訳だが、書いてるこいつ等だって相当のはずだ……
 現に、ミーシャは臭いに耐え切れず離脱していた。

「おひげ書こう! おひげ!」

 嬉々とした表情で、タニアが俺の鼻の下にペタペタとくっさい果汁を塗りたくってきた。

「ぶはぁっ! 鼻の下はやめ……臭いが直で来るだろうがっ!
 わぁっ! 垂れる垂れるっ! 口に入って……ぺっぺっ……
 って、あれ? 意外と甘い?
 ……って、臭っ!! 自分の口の中が臭っ!」

 この輪の中に唯一加担していなかったミーシャに、助けを求めようとしたのだがグライブに“これもロディが立派な大人になるためだから”と適当な事を言われて、すっかり丸め込まれていた。
 それからしばらくは奴等に散々いい様にされたが、俺が体の自由を取り戻すと“臭い、臭い”と騒ぎ立てて、一目散に逃げていきやがった。
 ちっ、逃げ足の速い奴らめ……
 結局、俺は一人、帰路に就く事になった。
 農村ジェットの1号機と2号機は持ってきた時同様、ロープで縛って持って帰る事になった……
 のだが、本当の災難はここからだった……
 家に帰るや、家族からは総バッシングされ妹たちからも“にーちゃ、くさー! くるなぁー!!”と逃げ回られた。
 臭いを落とそうと、銭湯に行ったらあまりの悪臭から騒ぎになって摘みだされた……挙句、しばらく入店禁止を言い渡されてしまった……
 仕方ないので……
 俺は今、一人で川岸に作った試作風呂に入っていた。
 なんつーか、今まで気づかなかったけど、ここって夜になるとホント暗くなるのな……しかも、静かだ……
 ぶっちゃけ、ちょー怖ぇー……
 今までは、ずっと誰かと一緒だったか、そもそも人が大量にいたから全然気にならなかったが、賑やかな状態を知っているだけに、余計にこの静けが異様なものに思えてならなかったのだ……

 数日は続くと思われたこの臭気災害スメル・ハザードだったが、風呂から上がったら事の他あっさりと臭いは落ちていた。
 お湯に溶けやすい成分で出来ていたのだろうか?
 その辺りの事は詳しくないからよく分からんが……まぁいい。
 ラッキーだったと思っておくことにしよう。

 で……
 後日、検証のためにグライブにあの実を集めさせてみた。
 “仕返しするつもりなんじゃないか?”と勘ぐるグライブだったが、そんな気は毛頭ない。
 実験の趣旨を説明して“成功すればうまいものを食わせてやる”と言ったら、素直に協力してくれた。
 で、集めた鍋いっぱいのあのどピンクの実を、押し潰しながら火にかける事数十分……
 水分が飛んで、元の半分程の体積になったあの果実からは、例の異臭は一切しなかった。
 やはり、熱で臭いが飛ぶらしい……
 毒性がない事は確認しておいたし、この実が甘い事は身を持って知っていたので、試しに一口食べてみると、そこにはおいしいジャムが出来ていましたとさ……
 味は、ブルーベリーとかイチゴとかさくらんぼを混ぜこぜにしたような感じか?
 約束だったので、グライブにも食わせてやったのだが、あろう事かこいつ鍋の中身全部食っちまいやがった……
 あとで、他の連中にもおすそ分けしようと思っていたのに……
 と、言うのも最悪の事態に備えて、ここには俺とグライブしかいなかったのだ。
 もし、失敗したとき被害に遭う人数を最小限にするためだ。
 なので……
 グライブには、またあの木の実を取りに走らせたのだった。

 災い転じて福と成す……
 罰ゲームが一点、新しい甘味の発見に繋がるとは……世の中何が起こるか分からないもんだ……

 余談だが……
 この木の実、村の近くの森やら林の中にいくらでも実っているらしく取り放題状態なんだとか。
 甘い事は一部の人間には知られていた事らしいのだが、如何せんあの臭いだ……
 食用には向かないとして、見向きもされていなかったと言う話だった。
 しかし、ひょんな事から調理法が発見されたことで、今、村ではこの木の実の収穫ラッシュが始まっている。
 この実を利用した、様々なレシピも考案されており、行く行くはラッセ村の特産品となるのではないか? と、注目を集めている。
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