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第一部 幼年期

第七十一話 守護者はやっぱりあの人②

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 「シュリ様には誘拐されていただきます!」

 『は?なんで??』


 ジュディスにそう宣言されて、シュリはきょとんと首を傾げる。
 その様子が余りに可愛かったのか、ジュディスはしばし悶え、それから再びきりりと表情を引き締めた。


 「とはいえ、実際に誘拐される訳ではありません。誘拐されたふり……いわば狂言です」

 『えーと、だからなんで誘拐されたふりを??』


 シュリは理解できずに、今度は反対側に首を傾げてみせる。
 その小動物の様な仕草に、ジュディスは否応なく悶えさせられ、気を取り直すようにこほんと咳払いをした。


 「誘拐を自演し、その脅迫状をカレンに送りつけるんです!!そうすれば、待ち合わせの場所まで自然に誘導する事が出来ます」


 脅迫状を送りつけておいて、自然に誘導って主張はどうなの?と思いつつ、シュリは素朴なギモンを念話で伝える。
 そんなことしないで普通に呼び出せばいいんじゃないの、と。
 だが、その提案は即座に却下された。


 「いえ!これは新たにシュリ様の配下に加わる者への試練でもあるんです。シュリ様の見る目を疑うつもりはありませんが、カレンのシュリ様への愛がどれだけ深いか、見極めねばなりません!!!」


 きりりと言い切られて、その余りの勢いにシュリは反論の言葉を失った。
 見ればジュディスの後ろでシャイナも頻りにうんうんと頷いている。
 多数決での負けは確実。反論の余地は無さそうだった。





 そんなわけで現在は、ジュディスと二人今は使われなくなった倉庫を借りて待機中。
 因みにシャイナは持ち前の隠密性を生かしてカレンの元へ脅迫状を届けに行ってもらっている。

 今回の外出理由は、ジュディスが提案による早めの情操教育で押し通し、シャイナを付き添いにしてのアズベルグ見学という事で落ち着いていた。
 ジュディスは案内兼説明役として同行する事になっている。
 これにはミフィーも付いて来たがったが、この点にもジュディスに抜かりはない。
 ジュディスはミフィーの社交界へのお披露目も兼ねてのお茶会を企画し、エミーユに丸投げしてきたようだ。
 出がけにエミーユに連行されるミフィーを見送ったが、まるで市場に売られていく子牛のような目をしていた、とだけ言っておこう。


 「シュリ様?それでは失礼します」

 「う(うん。やっちゃって)」


 頷くシュリを確かめて、ジュディスは傍らのロープを手に取る。
 狂言とは言え、一応シュリは囚われ人の設定だ。
 ロープで縛られるくらいの事はしてないとダメだろうと主張するシュリに、ジュディスが渋々従った結果がコレだった。
 ゆるゆるとロープがまかれ、


 「シュリ様、コレくらいでどうでしょう?」

 「もっと」


 ジュディスが問えば、シュリはすかさずもっときつく巻けとダメだし。
 どうでしょうもなにも、動くまでもなくぱさりと落ちちゃいそうな巻き具合じゃぜんぜんダメだと思うのだ。
 ジュディスは困ったような顔で、ほんのりロープをきつくする。


 「どうですか?」

 「め!もっと」

 「これでは?」

 「もっと!!」


 そんなやりとりがしばし続いた。
 そうしてやっと許容できるくらいのきつさでロープが巻かれたが、なぜかジュディスの頬が赤く呼吸が荒い。
 なんで?と首を傾げれば、ジュディスはかすかに目線をそらし、ぽっと頬を赤くして、


 「シュリ様が余りにもっと、もっとと可愛らしくおねだりするので、思わず禁断の扉を開けてしまいそうになってしまいました」


 そんな発言と共に、ロープ姿のシュリ様もすてきですとうっとりと見つめられ、


 (うわぁ、変態さんだなぁ)


 とシュリは乾いた笑い声を漏らすのだった。
 因みに、またしばっていいですかとのお願いは丁重にお断りしておいた。
 そんな事をしている間に、それなりに時間が過ぎた。そろそろシャイナがカレンに脅迫状を届け終わっている頃だろう。
 ちょうどそう思ったタイミングで、シャイナがすっと背後に現れた。
 今の今まで気配もなかったというのに、流石は隠密。


 「シュリ様、ただいま戻りました」

 「ごくろーさま。しゃいな」

 「ごくろうさまでした。首尾は問題なく?」

 「はい。例の文書は間違いなく彼女の手に渡りました。即座に兵舎に向かったので、恐らく休暇をもぎ取るために隊長室へ駆け込んだのではないか、と」


 シャイナはシュリの労いにほわわんと顔を緩め、だがすぐに表情を引き締めてジュディスの質問に答えていく。
 それを聞いたジュディスは満足そうに頷き、


 「わかりました。ここまでは予想通りですね。後はカレンの到着を待つばかり、ですか」


 つぶやくようにそう言った。
 だが、警備隊の兵士達が生活する兵舎は、この倉庫からだと結構遠い遠い。
 だから、カレンが来るまでにはそれなりに時間がかかるはず。
 そんな油断があったことは否めない。
 だが、人が走る速度には限界というモノがあるはず。人はそれほど簡単に限界を超えることなどは出来はしない、はずだった。しかし。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ


 ものすごい足音がすごい勢いで近づいてきて、


 ふんぬぅぅ!!
 ドンガラガッシャーン!!


 倉庫の入り口が開かれた、というより壊された。そして、


 「シュリ君はここですか!?無事ですか?無事ですよね?無事だと言って下さい!!」


 鬼気迫る表情で駆け込んできたカレンを、シュリはジュディスとシャイナに抱き上げられた状態でぽかんと見つめた。
 そして彼女のあまりの必死さにシュリは思った。
 カレン、だましてごめんよ、と。本当に、心の底から。
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