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【陸王遼平】

Q.「お城みたいな建物があるよ! あれ何かな?」A.ラブホです

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「あ、はは、魔女の爪みたい、強くなれそう」

 トンガリコーンを五本の指に全部にはめた葉月が爆笑している。
 可愛い。可愛い。可愛い。

 あ。ラブホ発見。

 いっそのこと入っちまうか?いやいやいやいや駄目だろトンガリコーンを指にはめて喜んでる無邪気な子をラブホとか最低だそもそも葉月はビュッフェも海も噴水のある公園も楽しみにしてたのに全部ぶっちぎってラブホなんてあり得ねえでも連れ込みたい(この間0.2秒)

「わ、遼平さん、お城みたいな建物があるよ! あれ何かな? 博物館? おしゃれだね」

 蜃気楼です。

――――――――――――――――

「あの建物は、アミューズメントパークだ」

「アミューズメントパーク? 遊園地ってこと?」
「あぁ。だが、お前みたいな純粋な子は近寄ることさえ許されない大人専用の遊園地だ。大人になるまでは絶対に近寄っちゃいけませんよ。通報されるからな」

「年齢制限があるってことかな? 二十歳超えたら行ってみようかな」

 葉月がトンガリコーンをはめた指を開いたり閉じたりしながら言う。
 擬音を付けるならガショーンガショーンだろうか。

「行くときは俺と一緒に行こうな」

 しかし、たった二年でこいつが大人に成長できるのだろうか。

 よしんば成長できたとしても、トンガリコーンを指にはめて遊ぶ→ポテトチップスを二枚加えてアヒルの口ごっこをする程度のレベルアップしか想像できない。

 待てよ。

 意外と成長しているかもしれない。

 『遼平さん……口開けて……?』
 頬を紅潮させ発情した顔でチョコレートを口移ししてくれる葉月を想像してしまう。

 もしそんな時がくるとすれば、静が持ってきた露出過多のバニーの恰好でお願いしたい。ウサ耳カチューシャをはめて。裸エプロンでもいい。ウサ耳カチューシャをはめて。

「一緒にって……、二年も先の話だよ?」

「二年ぐらいあっという間だよ。楽しみだなお前が成人すんの。式には保護者も付き添いできたはずだから俺も一緒に行こうかな。かっこいいスーツを作ってやるから楽しみにしとけよー」

 成人式にはプレゼントで貰ったネクタイを締めていかないとな。
 ほんと楽しみだ。

「ぅ、ぁ、ぅ」

 葉月が何か言おうとして、結局口を噤んでしまった。
 二年後には素直に俺に甘えてくれるようになってればいいがな。

 とりあえず今は。

 口を噤んだ罰として、指にはまったトンガリコーンを全部いただこう。

 腕を引き寄せ、全部一気に食い尽くした。



 ラブホのある道を抜けると、こじんまりとした商店街に出た。

 閉じたシャッターに『テナント募集』の張り紙が貼られた店が目立つ。

 この手の商店街には長く存続してほしいものだが、中途半端な場所にある商店街は大手マーケットに客を取られ、売り上げを維持することも難しいんだろうな。

 駐車スペースあります。の看板が出たおもちゃ屋があった。

 丁度いい。ここで売り上げに貢献しよう。

「先におもちゃ屋に寄ろうか」
「うん!」
 店のすぐ裏手の駐車スペース……というよりは、空き地に車を止める。

「手がベタベタしてるだろ? ウェットティッシュが入ってるから使っていいぞ」
「うん……」

 葉月が手を拭きながら難しい顔をした。

「どうかしたのか?」

「消毒できるウェットティッシュがあるなら、遼平さんに食べさせる前に拭きたかった」

 全くこいつは。

 おもちゃ屋の外装は年季が入っていた。

 「おもちゃや どりーむらんど」と手書き文字で書かれた看板は日に焼け、色がくすんでいる。

 入口にガシャポン(200円じゃなく100円の)が置いてあるのがいかにも個人経営っぽい。


 サッシの戸を開くと、どこか懐かしい匂いに包まれた。
 プラモの接着剤か? 昔、作ったなぁ。プラモもだけど、ミニ四駆も。


「いらっしゃいませ」

 店の奥から控えめな挨拶が聞こえた。意外なことに店主は若い女性だった。
 俺の顔にぎょっと驚いて一歩下がる。

 その反応は傷つくんで止めてください。
 慣れてますけども。

「あ、ビー玉だ。どれにしようかな……!」

 葉月がぱたぱたと店の片隅に駆けていった。
 珍しいことにビー玉はばら売りされていた。

 これまた年季の入った箱の中で色とりどりに煌めいている球体は、まるで、手に取ってほしいと葉月に向かって訴えかけているかのようだ。

 箱に突っ込まれたダンボールのきれっぱしに、ビー玉 いっこ 10円と無愛想に書かれていた。

「多めに買っておけよー」
「どうして?」

「フライパンで炒めて氷水で冷やしたら良い物が出来上がるんだ」
「フライパンで炒め……? ま、まさか、食べられるようになるとか!?」

「さすがにそれは無いな。中に細かいヒビが入って綺麗になるんだよ。小学校三年生の夏休みに、自由研究で作って学校に持っていったら女子に大受けだったんだぞ」

「遼平さんは小学校の頃から女の子にもててたんだね」

「違うよ。もてたんじゃなく、ただ単に綺麗って大評判になって寄ってたかって強奪されただけだ。提出する前に全部奪われたから、宿題をサボっただろーって先生に怒られた悲しい思い出ですよ」

 焼きやすいビー玉を厳選して籠に入れていく。

「しかも、ビー玉が行き渡らなかった女子達が号泣する騒ぎになってな。気の弱い陸王遼平君は断ることもできずに、残暑の厳しい中、泣く泣くフライパンでビー玉を焼き続ける羽目に陥ったんだ」

「わぁ……、考えるだけで辛そうだね。9月なんて、そうめんを茹でるのも暑いのに」

「あぁ。30度を超す気温の中フライパンでガラスを焼くのは、地獄に落ちた後、鬼にやらされる苦行に追加されてもおかしくないぐらいに辛かった。ほかのクラスの連中や保護者からまで欲しいってお願いされたから、軽く見積もっても1000個は焼いたな」

「せ、1000個も!? よっぽど綺麗だったんだろうね。遼平さんのビー玉……」

「ふふふ、遼平君は相変わらずだね」

 店主の女性が俺の名前を呼んだ。
 そしてようやく、黒髪を一つに結び、顔にそばかすの浮いた化粧気のない顔に既視感を受けた。

 どっかで会ったか?――――あ、「ひょっとして麗か? 中学校まで同級生だった、磯部麗」記憶の奥底に居た少女と目の前の女性の面影が重なり合った。

「覚えててくれたんだ。私、全然存在感の無い女子だったのに……。今は遠藤麗になりました」
「結婚したのか。おめでとう」

 磯部麗は小学校から中学まで同じ学校でともに過ごした同級生だ。
 こんな通り道のおもちゃ屋で会えるなんて奇遇だな。

「ふふ、ありがとう」

 俺に首を傾け礼を言ってから、麗は葉月にほほ笑んだ。

「さっきの話は随分言葉が足りてないんですよ。遼平君が最初に持ってきたビー玉を取ったのは、クラスでも目立つ女の子が集まったグループだったの」

 聞き取りやすい発音で穏やかに話し出す。

「そのグループのリーダーはドラマにも出てた子役の小野寺キララちゃん。ドラマでは可憐な女の子だったけど、クラスの中では女王様みたいに振る舞ってて、すっごく気が強かったの。その時も、泣いて欲しがる子たちに『キララのグループ以外の子がビー玉をもらっちゃダメ』って、怒鳴ったのよ」

「そうだったか?」

「そうよ。だから皆、キララちゃんが言うならしょうがないって諦めたんだけど、遼平君は『なんでお前がめいれいするんだよ』――って反論して、ほかの女子の分も作ってくれたのよね」

「うーん、全然覚えてねえなぁ」

 小野寺キララは覚えているが、そんなこと言われたか? つか、あいつ、子役だったっけか? ガキの頃はミニ四駆とカブト虫とヨーヨーにしか興味なかったから全く記憶に無いな。

「遼平君が覚えてなくても私ははっきり覚えてるよ。私、キララちゃんが怖くて、欲しいって言えなかった。なのに、遼平君は私の分まで作ってくれたわ。笑顔でビー玉を手渡してくれた遼平君は凄くかっこよくて……。私の初恋だったのよ」

「随分と趣味の悪い女の子だったんだな。俺はあの当時から人相悪かったってのに」

 自分の顔が怖いと自覚したのは5歳の頃だ。小学校3年、つまり9歳の頃にはすっかり犯罪者顔だった。

「遼平君は見た目は怖いけど、中身はとても優しかったじゃない。貰った焼きビーだって夢みたいに綺麗でずっとずっと私の宝物だったわ。遼平君は忘れてるみたいだけど、クラスの女子全員に作ったせいで他のクラスにも一気に広まって、1000個以上焼く羽目になったのよ」

 うーん。記憶にないなあ。フライパンが辛かったことと、キッチンを占領しておふくろに怒られたのしか覚えてねえ。

 麗が葉月に向かって小瓶を差し出した。

「これが、その時の焼きビー」
「わぁ! こんなに綺麗になるんですか!?」

 小瓶にはビー玉が入っていた。内部に刻まれた細かいヒビが何度も光を屈折させ、絵本に描かれた夜空のように煌めいている。

「まだ持ってたのか。物持ち良いなぁ」

「言ったでしょ。宝物だったの。でも、遼平君からは別の宝物を貰っちゃったから、これは彼女さんにお返しします」

「ぁ、ぅ、彼女、」

 葉月が一気に顔を真っ赤にさせた。

 彼女じゃないって否定したいんだろうが、その顔で否定しても無理があるぞ。
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