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武田義信

祝言・対外交易

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 6月『信濃・諏訪城・北二之郭』

 俺と九条卿の姫君の祝言が新築中の諏訪城でで執り行われた、諏訪湖畔に、俺の金城湯池とすべく築かれている諏訪城の縄張りは、日々拡大強化されている。諏訪湖を輸送・防衛・生産などの全てで活用すべく、俺と家臣団で考えながら作り上げている。特に物心ついてから全力で取り組んで来た、淡水真珠の養殖に重点を置いた縄張りにしてある。

 「鷹司卿、末永くお願い申し上げます。」

 「此方こそ宜しく頼む、鷹司卿と言っても一時的なこと、朝廷の事は九条の義父上と鷹司の御爺様に御任せせねばならん、儂は公家衆の荘園を横領しておる大名や国衆の討伐で忙しくなるだろう、姫にも寂しい思いをさせると思うが、武人に嫁いだ宿命と思い諦めてくれ。」

 「お気を使わないでくださいませ、私とて乱世の公家の娘、困窮に耐えて生きて参りました。家の為父の為、何れは武家に嫁ぐ覚悟は出来ておりました。正直甲斐は遠国の山国と期待せず旅してまいりましたが、望外の豊かさに驚いております。」

 まあそうだろうな、質実剛健で築いてきた城砦群だから、雅さには欠けるが、食事にだけは力を入れるてきた。二郎や三郎を史実の失明や夭折から救おうと、医食同源を率先垂範してきたからな。まあ俺が食いしん坊と言うのが一番の原因だが。

 「何より驚いたのが、伊那に入った時の家々の景色でございます! 屋根が全く見えず、全ての家が葡萄棚の下に有りました。たわわに実った美しい葡萄に覆われた家々を見た感動は今も忘れられません。」

 確かにな、俺も前世ではこの目で見た訳では無かったが、その感動は理解できる。今東光と写真家が合作で出した写真集を見せて頂いたことが有るのだが。若き大叔父と曾祖母が葡萄のサビ取りをしている写真が有ったのには驚いたが、感動したのは山頂からの俯瞰写真だった。幼き頃の記憶の中にだけ残っている、生まれ育った村の家々が全て葡萄棚の下に有ったのだ、緑の葡萄の葉に覆われた景色の中に、高く濃い色になっている所が有った、記憶の中に有る旧村の農家の有った場所だ、屋根の上にまで蔦を這わせて、少しでも多くの実りを得ようと努力していたのだろう。白黒の写真なのに心に中で美しく着色されていた、鮮やかな紫紺に熟し、たわわに実った葡萄棚の下で蝉を追って駆け回った記憶がよみがえった。

 「葡萄は食べられたのですか?」

 「はい! 農夫が献上してくれました。甘く酸っぱく頬が痛くなるほどの刺激と美味しさでございました! あの美味しさと感動は今も忘れられません。肌の色と同じ美しい実を今も思い出します。」

 ああそうか、そうだよな。俺の原風景は室戸台風の後で、金になる商品作物のベリー種の葡萄に転作した時代だから紫色だけど、ここ伊那では俺の一番好きだった甲州葡萄が作られているから、実の色が違うんだよな。

 「他に食べ物で不自由は有りませんか? 京よりも海から遠い所為で、御好きな物が手に入らないようでしたら手配しましょう。」

 「先ほども申し上げましたが、困窮に耐えて生きて来ましたから、今は日々の食事の豊かさに驚くほどでございます、何の不自由もございません。それどころか、朝昼晩と尾頭付きの一汁五菜の膳が出るのです、京の暮らしでは考えられななったことでございます。」

 「それは好かった、ならば他に日々の暮らしで困っている事は無いですか? 甲斐信濃の寒さは大丈夫ですか?」

 「大丈夫でございます、京も底冷えのする寒さでございましたから。何より今は暖を取る薪や炭に不自由することが無くなりました。」

 ああそうなんだ、笑い話にして話してくれているが、困窮して薪や炭を買う銭が無かったのか、俺は恵まれた生まれ変わりが出来たんだな、もし農民や下級武士・下級公家に産まれていたら、既に死んでいたかもしれないのだな。

 「もう何の不自由もさせませんから、御安心ください。」

 「鷹司卿、贅沢を申させていただきますが、ここに有る絹の布団など帝でさえ御持ちでは有りません。このような生活を私は失いたくないのです! ですから決して死なないでください! いかなる困難や恥を受けることになっても、生きて生きて生き抜いていただきたいのです!」

 「誓いましょう、何が有っても生きてあなたの元に帰ってきましょう。」


6月『越中・放生津城・主郭・武田信繁』

 まさかこれほどの大船団が明からやってくるとは思わなかった、1000石を超える明船53艘とは驚くべき光景で有った! 半数の船から荷揚げされた玄米が3万余石、これだけの米が甲斐信濃に持ち込まれたら、昨年から高騰が続く食料相場が一気に下落するだろう。これで甲斐の民の暮らしも少しは楽になるだろう。

 しかし5歳の頃からこの事を予期して真珠を集めていたとは、我が甥ながら驚きだ、いや真珠が己の手で作りだせるとは信じられぬ! だか実際に真珠を作りだしているのだから、鷹司卿が神仏の生まれ変わりと言う噂もあながち間違いではないのかもしれない。ならば御指示は絶対に守らねばならん、越中で預かっている全戦力を投入してでもこの度の交渉は成功させる。玄米6万石の対価は真珠6万個、但し30艘の中古明船を真珠1万5000個で売り渡すことが絶対条件だ! 船員を雇い、反乱や海賊に対抗する為の兵を乗せて米を積んだまま蝦夷に交易に送る。次回の交易からは、米の対価は真珠では無く蝦夷の産物で行う。真珠は新造明船購入の対価だけしか応じない!

 鷹司卿が作りだした真珠が余程明国では価値があるのだろうな、そうでなければこれだけの船団を組んでわざわざ明国からやって来るはずがない、ここは強気の交渉でいく!


 6月『越後・春日山城・主郭・武田信廉』

 「飛影殿、越中や飛騨の鉱山開発は順調に進んでいるようだが、この越後にも鉱山は有るのか?」

 「はい、配下の者達が既に調べ上げております、それに応じて国衆から召し上げる土地を、若殿から御指示いただいております。鉱山は全て武田の直轄地とするようにも命じられております。」

 「そうか、それ故に国衆に反乱されて時を失うより、扶持を与えて1日でも早く鉱山開発に着手されたいのだな、若殿は?」

 「はい、そのように御聞きしております。」

 「だが官位官職を活用する様にとも言われておられたのだが、具体的にはどうするのだ?」

 「先ずは守護として国衆に対して地頭・地頭代の地位を与えます。」

 「それは将軍家の専任では無かったか?」

 「関係ありません、将軍家であろうと武田の領国内に口出しはさせません! 武田が認めた国衆以外は地頭や地頭代に任じられなくするのです。」

 「武田が国衆を地頭に任じて家臣とするのは判るが、地頭代の扱いはどうなる?」

 「地頭の中には複数の城砦を持ち、家臣を城代としている者や、城主領主を家臣としてる力有る者もおります、そのような陪臣は武田が認めなければ持てないことにするのです。」

 「ほう! 有力国衆が勝手に城砦を持つことを防ぎ、他の国衆を支配下に置くことを防ぐのだな?」

 「はい、上手くすれば有力国衆の家臣が、武田との直接主従関係を求めてくるかもしれません。それは無くとも有力国衆の近隣国衆は、武田を頼りましょう。」

 「守護職の活用は判ったが、官位官職はどう生かすのだ?」

 「若殿の左近衛権中将の下には、官位の無い番長や近衛の役職がございます。また官位の有る従六位上の将監・従七位下の将曹もございます。これらの役職を権官として自由に置ける様に朝廷に願い出ております。」

 「認められるのか?」

 「落とし所は、支配下の国衆の朝廷への奏上権を手に入れる事でございます。」

 「成程、正式な任官がしたければ、武田を通さなければ得られないようにするのか。」

 「はい、ですが自由に任じることが出来るの最良でございます、更に御屋形様が任じられておられる大膳大夫配下で官位の有る、従六位下・大進、正七位上・少進、正七位下・主醤ひしおのつかさ、正八位上・大属だいさかなん、従八位上・少属、や官位の無い、史生ししょう職掌しょくしょう膳部かしわでべ・使部・直丁 ・駈使部 ・鵜飼・江人・網引・未醤戸の役職を上手く使う事を若殿は御考えです。」

 「国衆の望みは飛影殿の配下が探っているのだな?」

 「左様でございます。」

 「ならば与える役職は飛影殿に一任しよう。」

 「承りました。」


 7月1日『甲斐・諏訪城・西二之郭』

 朝廷と幕府は俺の要求を全て飲んだ。

 今上帝は、俺や信玄が自由に権官を任命する事が出来るようになることに、多少不愉快に思われたようだが、結局御認め頂けた。甲斐・信濃・飛騨・越中・越後で御禁裏領や公家衆の荘園を回復し、家職銭と共に堺で交換できる割符わっぷとして御送りしたことが大きかったようだ。

 今後も全国の御禁裏領・荘園・家職銭を回復していくには、実際に土地を横領している国衆・地侍の掌握は必要不可欠であり、その為には官位官職の任命権を与えるべきと公家衆が説得してくれた。これによって六位以下の権武官だけは自由に任命出来るようになった。他にも一族で左右の衛門督や兵衛督を独占したいが、左兵衛督は代々の鎌倉公方や斯波氏の当主が任官する役職、左衛門督は代々の畠山氏の当主が任官する役職。右の権官を複数置けないだろうか?

 左馬頭は将軍後見人か次期将軍が任じられるから無理だし、右馬頭・右馬助は代々細川典厩家が任官してるんだよな。でも信繁叔父さんが左馬助に任官できているのだから、工作次第で権右馬頭を得られないだろうか? 

 そうだ! 京で上皇の院を作るのは無理でも、伊那の吉岡城を増改築すれば可能だよな? 帝の下向は無理でも、御退位された上皇なら可能なのだろうか? 九条の義父上と相談してみるか? 京の鷹司屋敷・三条屋敷・九条屋敷の家令達にも動いて貰って、在京の公家衆の反応も探らそう。

 将軍家の方はどうにでもなる、先の将軍・足利義晴公も亡くなられたし、俺が支援している軍資金無しでは将兵を維持する事も出来なく成っている。与えるべき領地を殆ど失った将軍家が、俺の支援を失えば将兵に扶持も兵糧も支給できなくなり、全将兵は三好に寝返ってしまうだろう。だから守護職ならある程度の要求なら通るだろう。佐渡侵攻前には佐渡守護職は手に入れておきたい、強めに要求しておこう。

 後はどうすべきだろう? 羽州探題の最上家に対抗する為の羽州守護職と、陸奥国守護の伊達家に対抗する為の奧州探題を要求すべきか? いっそのこと奥州管領を要求するか! 

 そうだ! 鎮守府将軍があった! 今の俺なら陸奥鎮守府大将軍に成れるんじゃないか? だが慎重な公家が簡単に任官してくれるはずはないし、先ずは実績が必要だよな。奥羽の切り取りも考えていかないといけないな。

 もう1つ手に入れるとしたら、湊安東家が名乗り続けている蝦夷管領も魅力的だよな、日本海交易の安全確保の為に交流を続けている、安東堯季殿は世継ぎに恵まれていないし、いっそ武田家の誰かを養子に送り込めないかな?
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