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武田義信

衛生管理・戦略構想・年末棚卸

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 10月『信濃・諏訪城・北二之郭』

 「婿殿、娘が妊娠したとは真に芽出度い、重畳重畳。」

 「はい、うれしき事なれど心配でもあります、出来る限り労わってやりたいと思っています。」

 「適当な公家の娘を世話に上げようと思うが、よいかの? 婿殿。」

 「義父上の御気持は嬉しいのですが、幼き頃より疫病神対策に鍛え上げた奥女中衆がおりますので、下手な公家娘が入ると逆効果となってしまいます。」

 「ほう、そのような奥女中を御持ちなのか?」

 「相手は神ゆえ、絶対の技ではございませんが、可成りの強者つわものたちです。」

 「どのような技なのじゃ?」
 流石に飯綱の法を学ぶほどの酔狂な方、興味津々だな。

 「九条簾中の使う適度な大きさの道具は全て煮立てます、これによって疫病神が近寄れぬ清浄を保ちます。」
 まあ煮沸消毒なんだが。

 「ほう! だが煮立てられぬ大きさのものや、そもそも煮立てれぬ質の物はどうするのじゃ?」

 「この神酒で清めます。」
 俺は高濃度蒸留酒を取り出した。

 「これは特別な手順を繰り返した酒です、これにも疫病神が近寄れぬ清浄を保つ力がありますが、上手く扱うには熟練の技が必要となり、下手な者が扱うと力を失ってしまいます。義父上の御気持は嬉しいのですが、公家衆の娘御が奥に入るのは逆効果となります。」

 蒸留を繰り返し、アルコール度数を飲料販売用の40度程度から80度程度まで濃縮したものだ、これでアルコール消毒を行う。毎日の入浴と糠袋ぬかぶくろによって身体を清潔に保つ事と煮沸消毒。俺の知識と能力で出来るのはこの程度だ。明国と蝦夷からの食料輸入が軌道に乗り、魚肥による綿花・菜種栽培が順調なら、封印していた石鹸を生産して衛生面をもう少し進めても好いが、全ては食料事情に左右されてしまう。

 「そうか、ならば公家の娘を奥に入れるのは諦めよう、娘と腹の子が一番大切だからの!」

 「御希望に添えず申し訳ありません。」


10月『信濃・諏訪城・主郭』

 さて、九条簾中の懐妊は嬉しい限りなのだが、九条の輿入れで今川・北条との三国同盟が破綻の危機にひんしている。俺・氏真・新九郎(氏康長男) の3家嫡男による三角婚姻同盟が不可能になったからだ。武田の娘が北条の妻になり、北条の娘が今川の妻となり、今川の娘が武田の妻となる。早い話が正妻と言う名の人質を出し合っているのだが。大切な所は次代の当主が従兄弟同士とい血縁で繋がると言う話だ。親子兄弟でも争う戦国だが、一応後背に安心感が出て敵対方面に安心して出兵出来るはずだった。その話を武田が反故にしたと取られている、話が出る前の状態に戻っただけと言う訳にはいかない、重臣達が進めていた話を取り止め、今川・北条・武田重臣の面子を潰したのだ。

 問題は俺が出来るだけ可能性を残したいと思っていることだ。戦略戦術を1つに絞ってしまうと、想定外の事が起こると脆く破綻してしまう。あらゆる可能性を考慮して、相互の手筋を読まないといけない、だから俺から三国同盟を破断したくない。だが決断しないわけにもいかない。能力の限りを尽くしてあらゆる手筋を読んで行動する。

 今川を主に構想するならば、信虎爺ちゃん・定恵院・叔父さん達を人質に出しているようなものだ。更に俺と氏真は従兄弟なのだが、信玄なら必要と有れば歯牙にもかけずに駿河・遠江に侵攻するだろう、だが俺の今後の調略戦術を考えるなら、信義を失うことは不利となる。

 北条相手ならば全面戦争になっても信義を失うことは無いが、北条殲滅後に関東公方・管領との抗争で信義が失われかねない。日本統一を決意した以上、汚い手でも使う覚悟はしたが、汚い手を使う事で大名や国衆の抵抗を増やすことになっては馬鹿でしかない。この時代の名誉や忠誠を言い訳できる範囲で、偽造してやる方が抵抗や手間が減るだろう。

 ならば今川・北条との同盟は、出来る限り締結の努力を続けなければならない。九条・鷹司家に適齢の姫や嫡男がいれば、四角・五角同盟も考えられるのだろうか? 流石に複雑すぎるだろうか? いや武田からの提案は行わず、疑心暗鬼のまま同盟交渉を続けさせるか? 今川から攻め込んで来てくれれば儲けもの、今ならまだ鉄砲一斉斉射の面制圧射撃が有効だし、射撃を受けた敵軍馬は、射撃の轟音で暴れ出して戦いどころではなくなる筈! 北条も同様だが、北条は関東管領を討滅するのが最優先で、武田に攻め込んで来る可能性は限りなく低い。今川・北条は武田に備えながら戦うから、勢力拡大が史実より難しくなるだろう。一方武田は信玄が躑躅城で睨みを利かせてくれているから、俺が安心して外征に専念できる。

 安心出来ないのは、新しく勢力圏に組み込んだ越後・陸奥の山之内一族・出羽の大宝寺と小野寺一族だが、これは想定内の事で繰り返し大軍で巡回すれば済むことだし、徐々に婿養子政策と当主交代を進めていけばいい。先ずは来春早々の佐渡侵攻だ。

 次に考えるべきは、朝廷の官位官職と足利幕府での役職だ、今上帝を奉じて討幕を決意した以上、幕府の役職を受けていては後々謗られる可能性が有る。守護職は全て信玄に受け持ってもらい、俺は国司職を今上帝から頂く形にしよう。鷹司実信・三条公之が一国守護と成り降嫁をしていただく話は、国司職に変わると、京に戻っている秋山虎繁を筆頭とした家司達に伝えさせよう。

「現時点の武田一門官位官職」
武田信玄  従四位上 大膳大夫兼甲斐守・足利幕府・礼式奉行 国持衆
           甲斐・信濃・飛騨守護 
武田信繁  従五位下 大膳権大亮 足利幕府・越中守護代
武田信廉  正六位下 左馬助 足利幕府・越後守護代(長尾為景が魚沼郡分郡守護代)
姉小路信綱 従六位下 飛騨国司 足利幕府・飛騨守護代

鷹司義信 従二位・権中納言・左近衛大将 足利幕府・国持衆・越中・越後守護
鷹司実信 正四位下・左近衛権中将
三条公之 従四位上・右近衛権中将

 周辺諸国ではないが、バタフライ効果で考慮しておかないといけないのは、中国の大内だった。大寧寺の変が起きていないのだ。これは大きい、何故なら難敵・毛利元就の頭が抑えられたままなのだ、戦う相手としては大内嘉隆や陶隆房の方が、毛利元就より遥かに組し易い。

 何故クーデターが起きていないかと言うと、公家達が殆ど伊那に下向し、大内を頼って下向しておらず、大内嘉隆の公家偏重が少なかったこと。武田家の快進撃に大内嘉隆が触発され、さらに大内義尊・亀鶴丸の誕生で軍務政務へ多少の意欲を取り戻した事だ。これによって陶隆房を筆頭とする、武功派評定衆のクーデター理由付けが小さく、辛うじて決起を思い止まっていた。

 ここで大内健在のバタフライ効果も有る。1つは大内家の日明勘合貿易が続いている事と、大内家の倭寇取り締まりも継続されている事だ。これによって大内勢力圏の瀬戸内海を中心とした日本人倭寇は、殲滅されるか日本海側の尼子勢力圏に移動した。同時に明人が倭寇に偽装した、偽倭寇が日本海航路で武田勢力圏にまで積極的に来航することになった。

 また史実の銭不足もまだ起こらない、武田に銭が蓄積されたせいで、大内が勘合貿易で手に入れる銭は付加価値が大きかった、勘合貿易を続ける大内は、銭の力で陶隆房をはじめとする国衆の力を押さえることが出来るか? この辺も手筋として考慮しておくべき事だろう。

 ここで武田一族の状況も考慮しておこう、若狭武田第7代当主の武田信豊の影響力が史実より大きくなっている。俺の細川晴元叔父さんへの支援金が、兵と兵糧を集める際に流れ込んでいるからだが。史実通り三好長慶との戦いで敗れ有力武将を失っているが、嫡男・信統に12代将軍・足利義晴の娘を正室に向かえ、偏諱も賜り義統と改名している。そして戦力の立て直しに成功し、俺の日本海航路貿易の安定繁栄には欠かせない為、今後も支援を続けないといけない存在だ。

 もう1つの安芸武田家だが、1541年に8代当主・武田光和の急死後に妾腹・武田宗慶では無く、安芸郡分郡守護を兼任していた若狭武田家から武田信豊の弟・武田信実が迎えられ継いだが。大内家との和睦内容を家中で統一できず、品川一党が香川氏の居城八木城を攻撃する家臣同士の内紛さえ生じさせてしまった。武田信実は佐東銀山城を捨てて出雲に逃亡、尼子詮久に救援を求めた事で第2次佐東銀山城の戦いが発生し、敗れた武田信実は、吉田郡山城の戦いで敗れた尼子詮久と共に出雲に逃げている。

 武田宗慶は、武田光和恩顧の家臣・八木城主・香川光景が安芸国内を探し回り保護し、次期当主に据えるべく毛利元就に助勢を願い、元就もそれに対して確約をしていたが、戦後反故にされ今は元就の影武者に成っているようだ。

 俺が考えるべきは、日本海航路の繁栄で力を盛り返すであろう、尼子に保護されている若狭武田縁の武田信実を支援するか、武田光和の実子・武田宗慶を支援するかだ。日本海航路の安定繁栄は大切だが、尼子が力を持ちすぎても面白くない。毛利元就を暗殺してくれるなら、武田宗慶に安芸一国呉れてやっても御釣りがくるのだが、これは欲張り過ぎだろう。だが安芸は武田が代々守護を務めてきた国、元就の好きにさせたくはない。武田宗慶と連絡を取って、機会が有れば同じ武田の俺になら寝返り易いだろし、約束を反故にされたと言う言い分も有る、下準備だけは整えておこう。

『義信直轄力』

甲斐水田  1100町(1万1000反)
甲斐畑    700町(7000反)
信濃伊那郡 10万石
信濃諏訪郡  3万石
信濃木曽郡  1・5万石
筑摩郡    4万石
水内郡    5万石
埴科郡    2万石
安曇郡    1万石
高井郡    1万石
飛騨     3万石
「影響下にある国」
越中    35万石
越後    35万石
陸奥    山之内一族
出羽国   大宝寺・小野寺一族

取れ高
玄米    25万5000石
雑穀    50万0000石

備蓄兵糧
玄米   55万石
麦    90万石

焼酎生産力
杜氏30人
杜氏1人当たり3石甕1000個前後
30×3×1000=9万0000石
9万石×(1合卸値18文)=162万貫文

鉄砲     6191丁
三間槍  1万9000本
三間薙刀   9000本
弓     1万2000張
大型弩砲    900基
打刀   3万2000振
太刀   1万1000振
足軽具足 3万5000個

足軽弓隊    5000兵
足軽槍隊  1万4500兵
扶持武士団   7300兵
騎馬隊     6000兵
黒鍬輜重兵   6000兵

繁殖牝馬 1633頭
訓練育成中の軍馬
0歳馬  1598頭
1歳馬  1487頭
2歳馬  1318頭
3歳馬  1254頭
4歳馬   717頭
5歳馬   391頭
6歳馬   119頭

繁殖牝牛 1189頭
育成中の牛
0歳牛  1106頭
1歳牛   914頭
2歳牛   764頭
3歳牛   701頭
4歳牛   407頭
5歳牛   161頭
6歳牛    59頭

合戦・牛馬・武具・米麦・恩賞・裏工作費用など歳出
151万貫文

『軍資金』
使用不能な武田貨幣
金銀銅貨合計 8000万貫文(10文黄銅貨が特に使えない・半分は信玄保有)

使用可能な精銭・永楽銭
201万貫文
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