狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

70.「こんな夜更けにどなたでしょうかのう」

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「──外れか」

期待しないようにはしていたけれど外れだったことが分かってついぼやいてしまった。すぐに口を押える。大丈夫だとは思うけれど小さな呟きも真夜中の図書館だと響き渡るような気がして少し不安だった。数秒そのままでいたけれどなにもかえってくる音はない。
肩を落としついでに本も落としてしまわないようにさっさと元の場所に戻す。チェックしていなかった最後の本。これで、制限図書はすべて調べ終わった。達成感よりも脱力が強いのはなんの成果もなかったからだろう。
折角厳重に魔法をかけて下見もしてこんな真夜中に忍び込んだっていうのに、制限図書に載っていた内容はほとんど知っていることばかりだった。

多くの制限図書に書かれていたのは勇者のことと魔物のことだ。
導き人が造り人という名前の勇者を召喚した。初代勇者は大地のお兄さんの空。そしてその導き人の血筋と初代勇者の血筋のみが最初の召喚が行われた古都シカムの神殿の扉を開けることができる。
召喚方法は古都シカムからフィラル王国に渡り、現在その召喚方法を知っているのはフィラル王国のみだということ。
古都シカムからフィラル王国に召喚方法が移った経緯は書かれていなかったけれど、穏やかなものじゃなかったと思われる。遠回しに書いてはいるけれどそういったこともあってハトラ教の奴らはフィラル王国を毛嫌いしているふしがあるらしい。魔物について調べ異端の勇者と言われているアルドさんが古都シカムに追放されたというのはここも関係しているのかも。興味はあるけれどここはいったん保留だ。

そして魔物のこと。

魔物の正式名称は闇の者で、現在この世界で人の目に見られる赤目の獣や植物、物の闇の者は末端でいわゆる雑魚扱い。それでも住民にとっては大きな脅威で、だからこそフィラル王国筆頭に多くの国は赤目の闇の者はすべて魔物として、それ以上の存在は考えられないようにした。それ以上の存在、滅多に見ない謎の魔物といわれる闇の者は通常は禁じられた森の中に封印されていて多くの住人たちには物語の存在でしかない。
パニックを防ぐだのなんだ書いていた理由の中に、その繋がりで赤目の人間をサバッドという名前の化け物にしたとも書かれている。闇の者に比べて大した脅威ではなく都合のいい存在だったようだ。最低だな。


「はあ……」


ただただ胸糞悪くなる歴史が書かれた本の内容を思い出しているあいだ息を止めていたらしい。思い切り吐き出せば少し気持ちが楽になった。何回か深呼吸をしたら図書館の窓から見える景色を眺める余裕もでてきた。もう大丈夫だろう。最後に調べ残しをしていないか確認していく。
ついでに数冊コピー本を作って、本物と入れ替えておいた。
本当の歴史かどうか実際のところ分からないにせよ、住人に知られていないこの歴史の内容は当時に処分されていてもおかしくなさそうなものだ。証拠となりそうなものや疑いを作りそうなものって危ない気がするのに……。
疑問は残るけれど役に立ちそうだし文句言うことじゃないだろう。確認も終わって帰ることにした。

「……?」

転移魔法を使った。そのはずなのに転移されない。なんで──そこまで考えてようやく気がつく。この感覚は覚えがあった。鍾乳洞だ。嫌な汗が頬を伝う。
万が一に備えて本を四次元袋にしまったあと、制限図書が置かれた場所から離れて身を隠す。思い過ごしであってほしかったけれど廊下から音が聞こえてきた。1人じゃない。数人だ──図書館のドアが開く。


「こんな夜更けにどなたでしょうかのう」


話しかたと声からして老齢の男だ。誰だろう。城の兵士にしてはなにか雰囲気が違う気がする。暗くてよく見えないけれど、彼のあとに続いた奴らはガシャと鎧の音を響かせていた。彼は兵士の上に立つ人だろうか。

「さっさと炙りだせばいいんでしょ」

……翔太。
久しく聞いていなかった声にドキリとする。城の奴らと親交を深める姿も見ていたし加奈子からもそんな話を聞いていたけれど、こんな夜更けに彼らに協力するぐらいにまでなっていたとは驚きだ。

「誰だか検討はついてるんだ。ねえ、出てきなよ勇者様?こそこそしてるのは勇者様っぽくないんじゃない」

舌なめずりしながら隠し切れない興奮をのせた声に溜息を吐いてしまう。もう完全に翔太は城側に立った。
──なら、邪魔なだけで。
どうしようかと思う。大地や春哉と魔法訓練みたいなことをしていたしまあまあお互いに本気で戦りあいはしたけれどこんなふうに敵意むき出しで戦りあったことはない。そもそも勇者は等しく大きな魔力を持ているみたいだから勇者同士で戦うのはできるだけ避けたかった。

「魔法、使えないでしょ?どうする?俺は使えるんだよねー」
「翔太様」
「分かってるってキューオ。でも別にいいでしょ」

一瞬で図書館に明かりが灯されて兵士たちが侵入者を見つけようと歩き出す。一応見えないように魔法をかけてはいるけれど効いているかどうかチェックできないのが歯がゆい。
だけど私には魔法が使えなくて翔太には使えるのはなんでだ?そういう魔法か?対象は侵入者?私?なんにせよ同じ場所にいても特定の対象には魔法が使えないようにしているのなら、その仕組みを外してしまえばいい。かけたと思っている魔法のなかに錯覚してしまえばいい。私も翔太も。

「……ねえ、誰か侵入したのは間違いないんだよね」
「間違いありません」
「誰もいないのはなんで?」
「……逃げられたのでしょうな」

キューオと呼ばれていた老齢の男の言葉に翔太は苛立ちをあらわに椅子を蹴り飛ばす。兵士の1人に当たったが翔太は気にも留めていない。

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなっ!くっそあの野郎覚えてろ!いつもすかしやがって……っ」

歯ぎしりしながら進行方向を妨げる物を蹴り飛ばし図書館を出ていく翔太にキューオたちが続く。その後姿を見送っていたら、キューオだけ、振り返った。
見えていないはずだ。
キューオはきっと私の見えないがらんどうな図書館を一通り見渡したあと、「惜しい」と悔しそうに呟いて部屋を出た。なにに惜しいと言ったのか気にはなったけれど、それよりも翔太の言動に不穏な気配を感じてそれどころじゃなかった。

「……私いつのまにあんな嫌われてんの」

きっと翔太は私にあたりをつけていた。フィラル王国にいる男の勇者は春哉と大地と私だ。すかしてるとなったら春哉か私だろうけれど、奴隷の春哉は城側だし対象外だ。
しかし本当なんで私あんな嫌われてんの?特に理由が思いつかなくて納得がいかなかったけれど、とにかく図書館から部屋に戻る。
部屋は出たときと同じく静まり返っていた。
リーフが寝ているのを起こさないように荷物をおいて、もうそのまま着替えもせずベッドに横になる。沈む身体に温かい布団をかければ眠さはすぐにやってきて目を閉じた。でも寝る直前にあんな時間を過ごしたからかもしれない。

嫌な夢を見た。
本に書かれていた歴史がそのまま再現された映画を1人で見続ける夢。

魔物、そして闇の者の存在。住人には真実を伏せていた。けれど勇者を含めて闇の者の存在を知る者が禁じられた森の中に封印されている闇の者退治に向かっていく。
結果、多くは返り討ちにあって命を落としてしまう。頼みの綱であった勇者でさえ闇の者すべて討伐ならず殺される。いまでは中にいる彼らを刺激しないようにただただ祈るばかり。
勇者召喚は続けられる。
いざというときに備えて、魔物退治。いざというときに──

映像は途切れて真っ黒になる。次に視界を埋めたのは赤い点々だけだった。







 
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