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書籍該当箇所こぼれ話

閑話 巫女姫というもの

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人魚族・巫女姫視点
水神の眷属長から神託を受けるところのお話です。


**********


 わたしはサラーサ。
 蒼海宮の主である巫女姫という立場の人魚族です。

 わたしが巫女姫になったのは十歳の時。先代の巫女姫である婆様が亡くなり、次代の巫女姫の選考で、何故かわたしが巫女姫に選ばれたの。
 両親は喜んでいたけど、正直わたしは巫女姫になりたかったわけではないの。だって、巫女姫になると蒼海宮の最奥で隔離されるように静かに過ごす事になるんですから!
 巫女姫は一般の人魚族とは距離を置き、神聖視される存在でなくてはならないんだって。
 接触する者も人選され、ごく一部の者としか話すこともできないなんて……。そんな堅苦しいの、冗談じゃないわ!
 巫女姫に神様からの神託が下りるなんてここ何百年も無いのだから、そんなことにこだわる必要なんてないのにねぇ。
 実際、誰が巫女姫に相応しいか……なんて、わかっていないのだから。

 わたしは海を泳ぎ回るのが好きで、結界内だけど毎日のように泳ぎ回っていたの。それができなくなるなんて堪えられない!
 もう少し大きくなったら、結界を出てもっと広い海を泳ぎ回るんだ! と楽しみにしていたのに……。

 どうして? どうしてわたしなの?
 巫女姫になりたい人なんて、いっぱいいるじゃない! わたしなんかより、なりたい人がなればいいのに……。
 やっぱり諦めきれなくて、蒼海宮を抜け出そうと試みるも、いつも長のガルドに見つかって部屋に戻される。そんな毎日を過ごしていた。


 数年経ったある日、唐突に神託が下された。

(サラーサ? 聞こえていますか?)
「あっ、あなた様は……」
(わたくしは水神様に仕える眷属です)

 突然、頭の中に声が響いた。……これは!
 わたしは戦慄した。
 今まで感じたことのない、とても神聖な気配が感じられたのだから。遠い存在だったはずの神。何故かわからないが、これがそうだとはっきりと理解した。

「み、水の…け、眷属様が…わ、わたくしにご用がお有りでっ…!」
(落ち着きなさい、サラーサ)
「…も、申し訳…ありません……」

 声が震えました。声どころか、体が震えています。
 水神様ではないとはいえ、水の眷属様も遙かに高貴なお方。恐縮してしまうのは仕方がない事でしょう。
 ああ……。わたし…、落ち着くのよ……。

(では、用件を言います)

 わたしが落ち着くための時間を与えてくれた眷属様は、さっそく用件を仰いました。
 それは今現在、蒼海宮に棲む人魚族が面している危機についてだった。
 今、人魚族にとって大切な珊瑚が全滅するおそれがあった。その珊瑚を失う事は人魚族とっては命に関わるのだから、一大事だ。
 何故、そんな事になっているかというと、珊瑚を育成する洞窟の入り口を塞ぐように大きな船が沈没してきたのだから。そこが塞がってしまえば、他から洞窟の中に入る事が出来ず、珊瑚の世話が出来ない。世話の出来ない珊瑚はいずれ枯れてしまうこととなる。
 船をどかそうにも、船が大きすぎて一族総出でもびくともしなかったようだ。
 もう駄目だ…、そう思っていた時だった。
 それを解決するために眷属様が神託を下さったのだ。

(タクミさんという方が明日、海を訪れます。その方が必ず、あなた達が抱えている問題を解決して下さいます。お迎えに行って下さい)
「タクミ様ですね。その方は、どういった方なのでしょうか?」
(人族の方です。とても優しく、心穏やかな方です。詳しくは申せませんが、わたくし達、水の者にとって恩人ですわ)

 何てことでしょう! 水の眷属様にそんな風に言われる人が蒼海宮に来るなんて!
 下手な事をして、機嫌を損ねてしまわないようにしなくては!

(大丈夫ですよ、サラーサ。タクミさんは多少の粗相で怒ったりはしませんよ。むしろ、仰々しくする方がご気分を害すかもしれませんね)
「ど、どうしたら……」
(程々に、ということですよ)

 眷属様はタクミ様への対応の手解きをして下さいました。わたしはそれを一言一句、聞き逃さないように耳を傾けました。
 その中には耳を疑うような内容もありました。
 ゴミですよっ!? 眷属様! ゴミをタクミ様に渡せと仰るのですかっ!?
 そんな事をしたら、気分を害しませんかっ!? 本当に大丈夫なんですかっ!?
 ……しかし、眷属様が大丈夫だと仰るので、腹を括ってそのように行動するしかありません。

 一通り手解きをしていただくと、眷属様からの神託が切れました。
 少し寂しく感じましたが、今はそれどころでありません。

「ガルド! ガルドっ!! 大変よ、ガルドっ!!」

 大至急、準備を整えるために、わたしは大声でガルドを呼びました。
 はしたない、と怒られるかもしれませんが、そんな事関係ありません。

「巫女姫様、そんな大声を上げて。いかがいたしましたか?」
「神託よ! 神託が下りたの!!」

 わたしがそう言うと、ガルドが目を見開いて固まっていた。
 わぁ~、ガルドがこんな反応するなんて珍しいわね……。って、そんなこと言っている場合じゃないわね。

「ガルド、聞いている? 明日、海岸にくるタクミ様をここにお連れすれば、あの厄介な船をどうにかしてもらえるんですって!」
「本当ですかっ!?」

 あっ、復活した。
 硬直から復活したガルドは、今度は前のめりになりながら、わたしの言葉に耳を傾けた。

「本当よ。水の眷属様がそう言うんだから、間違いないわよ。だから、誰かを迎えにやらないといけないの! ああ! 内密によ! タクミ様に迷惑が掛かるといけないから、神託が下りたことは触れ回らないで、最小限に押さえるようにって」
「でしたら、ミレーナを使いに出しましょう。巫女姫様のお付きで、私の孫です。秘密を漏らすような教育はしておりません」
「そうね、ミレーナがいいわ。すぐに呼んでちょうだい」

 ガルドが慌ただしく部屋を出ていった。
 普段、わたしに対して静かに行動するように言うガルドが……。ガルドも動揺しているのね。あんなガルドを見ていると、不思議な事にわたしの方は冷静になるわ……。
 うん、落ち着いて準備が出来そうだわ。

 ガルドがミレーナを連れて戻ってくると、三人で念入りに打ち合わせをしました。
 タクミ様は人族ということなので、魔道具の人魚の腕輪が必要になる。お連れ様もいるようなのでミレーナには腕輪を複数持って行くように指示を出し、ガルドには歓待の準備を任せました。
 ちなみに、報酬として渡すものの話もすると、ガルドもミレーナも驚愕していました。やっぱりそういう反応になるわよね……。本当に大丈夫かしら?
 ……いいえ! 水の眷属様の言葉を疑うような事をしてはいけないわ。大丈夫に決まっているわ!
 こうして慌ただしくタクミ様をお迎えする準備をしました。

 眷属様でしたけど、神託自体が下りたのは数百年ぶり。そんな快挙が起こったのがわたしが巫女姫を勤める代だなんて、驚きと嬉しさでいっぱいだった。
 巫女姫として投げやりな気持ちがいつの間にか払拭され、誇りが持てた気がしました。
 今からでも遅くないわよね? わたし、立派な巫女姫になってみせるわ!

 ――と、決意したのですが……。

 概ね、予定は通りに事は進んだのだけど、わたしがタクミ様に対面した時、少し調子に乗りすぎてタクミさんを困らせてしまいました。
 ……本当にごめんなさい。反省しています。
 これからよ! これから立派な巫女姫になるんだから!


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