上 下
72 / 131
モロビトコゾリテ

2

しおりを挟む
アイドル。
その名の通り偶像だとわかっているのに、人はなぜそこに夢やロマンを見いだそうとするのだろうか。

『ティーンズティアラ』

それが、中西お気に入りの三人組アイドルグループだった。平均年齢14歳の全員中学生という若さに、まだ学生のぼくからしても微笑ましく思えてしまう。
だというのに、会場には大の大人たちが、冬場だというのに熱気をむんむんに立ち込めさせながら、ティーンズティアラの登場を待ち望んでいる。
ステージの脇には、インフォメーションと書かれた板が置かれていて、このステージを使ったイベントとして、この後、午後一時開始のアイドルミニコンサートの後、子供向け番組の着ぐるみが出張イベントをやるらしい。流石は駅前ということもあって、様々な年代の客層を引き込もうとしているようだ。
翌日のスケジュールを見ると、最近テレビでよく見る一発芸で売れた芸人のトークショーや、子供合唱団によるクリスマスソング合唱などが組まれている。

「でね! でね! リーダーのみんとすは地元民で、隣街の中学に通ってるんだって。しかも、動画投稿サイトでいろんな動画投稿してて、アイドルオタク以外にも人気なんだよ。ゆらちは趣味が盆栽で、華道も習ってるから上品でしょ? はっぴの趣味は料理で、特に家庭的な料理が得意なんだって。この全然違う三人がピッタリ合ったダンスを見事に踊りきるのがすごいんだからっ」

普段からは想像できないくらい淀みなく喋る中西の相手を廣瀬に任せ、ぼくは会場よりも、特設ステージの裏に置かれた大きなツリーが気になった。例年まではここまで大規模なツリーは設置されていなかったが、建物を改装した関係で、メイン広場の天井がなくなり、吹き抜けになったことで大きなツリーも設置できるようになったのだろう。
見上げると、そのツリーの先端にはガラスかプラスチックかわからないが、半透明に美しく煌めく星が付いていて、吹き抜けの二階にまでツリーの先端は届いていた。夜間になるとツリーはライトアップされ、星の光が乱反射して見るも鮮やかな姿に変わるらしい。
(キレイなツリーだな。こんなところで、大切な人とクリスマスを過ごせたらきっとロマンチックだ)
そんなことを考えていると、スピーカーから激しい音楽が流れ始め、同時に「いっくよーーー!」と大きな声がすると、ステージにマイクを握った少女三人が走って登場してきた。ヒラヒラのスカートをなびかせながら、それぞれが前奏の部分で簡単な自己紹介をしてから、歌い始めた。
沸き上がる歓声、それは野太い男たちの声だった。
あらためて観客を見てみると、かなり年齢の高い男性が多くいて、下手をしたら娘と言っても通ってしまうくらいの年齢差の少女たちを前に、なにをそこまで熱くなっているのだろう、と冷めた目線で見ていたぼくだったが、彼女たちが歌い、踊っている姿を見ている内に、不思議と体がリズムに乗り始め、気付くと男たちの群れの中に混じっていた。
ミニライブは全五曲。それに簡単なトークを交え、時間は四十分ほど。
あっという間に時間は過ぎ去っていった。
最後、「ありがとー、みんなー」と言って会場をあとにするティーンズティアラの三人が、大きく手を振った。
そのとき、中西が突然、「み、みんとすが俺のこと見たっ!」と痛い発言をしだした。
なにをバカなこと言ってるんだよ。
なあ? と廣瀬に同意を求めようとすると、やつまでデレデレした顔で、「俺に手を振ってる」と、眠たいこと言っていた。
ぼくはため息を吐きながら、はっきり告げる。

「みんとすが見てたのはぼくだ!」

ぼくら三人の虚しい争いは、三人組が完全にステージからいなくなって、観客も散り散りになってからも続いた。
中西が、周囲のファンの立ち話を盗み聞きしたらしく、「こ、この後アキバでもティーンズティアラのイベントあるらしい」と言い出し、廣瀬もなんだか乗り気で、これから二人はあのアイドルグループの後を追いかけるらしい。普段ならぼくも付き合うところだが、今日はあまり気乗りしない。色々と一人で考えたいこともあるし、ここで解散することになった。

明日、クリスマスパーティーだけど、石神さんになにから話したらいいのだろう。そもそも考えてみると、ぼくらには共通の話題というものがないんだ。それこそ、言葉を必要としないような場所。例えばキレイな景色とかを前にしたら、それだけで女性はトキメクのではないだろうか?
そうしてぼくは、再びクリスマスツリーを眺めた。イルミネーションで飾られたもみの木のレプリカを見上げ、先端の星を見ていると、ふとその脇、二階に位置するところに、柵によじ登ろうとしている少女を発見する。
危ないっ! と咄嗟に叫びそうになったが、その少女は見るからに小学生で、少女の華奢な腕では自分の体を柵の上まで持ち上げる力はないようだった。
ぼくは安堵しながらも、やろうとしている行為に危機感を覚え、急いでエスカレーターをのぼり、二階にあがった。少女の後ろに立つと、なるべく刺激しないように、優しい声を心がけて呼び掛けた。
「ねえ、君、そこでなにしてるの?」
ぼくの呼び掛けに肩をびくつかせた女の子は、恐る恐るといった様子で振り返る。だが、その子がなかなか口を開こうとしないので、ぼくはしゃがみ込み、少女と同じ目線に立った。
「ねえ。危ないから、柵から身を乗り出しちゃ駄目だよ。二階から落ちたりしたら、大怪我しちゃうよ」
それまで黙り込んでいた女の子は、「……うん」と消え入りそうな声で言った。
良かった。言って聞く素直な子供だ、そう思った矢先、少女は足を振り上げると、思いきりぼくのすねを蹴りあげた。
思わず悲鳴をあげてしまいそうになるのを、グッとこらえ、ぼくが顔をあげると、さっきまでの大人しい様子が嘘のように、利発そうな表情になっていた。

このクソガキッ!

一瞬そう怒鳴りちらしてやりたくなったが、すぐに怒りは消え去る。
子供相手に熱くなるなんてバカらしいし、それに、なんだか懐かしく感じられた。幼い頃、妹の絵里加もこんな感じですごく生意気だったから(まあ、いまもだけど)、昔の絵里加を見ているような気分になったんだ。
だから、冷静に少女の顔を見ることができた。そこには、強気な表情の中に怯えのようなものが感じられる。少女の瞳はキョロキョロとなにかを探っているみたいに動き回っていた。
ぼくは、その少女の視線を追うように、階下を見下ろすと、三人の男たちが不自然な動きをしていることに気付く。
男たちは見るからに買い物客の動きではなく、誰かを探しているように見える。そしてすぐに、インフォメーションセンターによる店内放送が聞こえてきた。

「迷子のお呼びだしをいたします。小学二年生の片山美果ちゃん。保護者の方がお探しです。一階、中央広場、クリスマスツリーの所まで来てください。繰り返しお呼びだしいたします………」

ぼくはその店内放送に耳を傾けるのをやめ、目の前の少女を見つめ、言った。
「君、片山美果ちゃん?」
「ううん、違う。フェアリー」
妖精さんか。
うん、絶対に嘘だね。
というかどこから出たんだその名前。
そして、この状況で嘘をつくと言うことは、彼女が店内放送で呼ばれている子供だということを示しているようなものだ。
ぼくは少女の手を掴み、「ほら、親御さんの所に行くよ」と言って、腕を引く。だが、美果ちゃんは頑なに動こうとしなかった。どうせ喧嘩でもして、心配させようとしているのだろう。その程度に考えていたぼくは、美果ちゃんの嫌がり方があまりにも真剣で、少し気になった。
その一瞬の隙をついて、彼女はぼくの手を振りほどくと、走って逃げ出してしまった。
「あ、ちょっとっ!」
慌てて追いかけるが、すばしっこい上に、周囲への遠慮というものも考えない逃げ足に、ぼくはなかなか追い付けないまま、気付くと階段を降り、クリスマスツリーがある方とは反対側の出口まで来てしまった。
少女を追ってライズビルを出たぼくは、ふと、自分がなにをしているのか不思議に思う。
あの子とは初対面なんだし、ぼくが追いかける義理なんてない。それなら、あの子を探している親御さんに、建物を出たことを知らせてあげた方がよほど親切ではないか。
そう思ったところで、ぼくははたと違和感に気付いた。
そういえば、美果ちゃんは階下で不自然な動きをしていた三人の男たちを、険しい表情で見下ろしていた。そして、店内放送では、『ご両親』ではなく『保護者』という言い方をしていた。
小さい子供相手に放送するなら、『保護者』と表現するより、『ご両親』あるいは『お父様、お母様がお待ちです』と言った方がわかりやすいはずだ。
そう考えると、美果ちゃんを探していたのは、彼女の両親ではなかったのではないだろうか。そして、その保護者のことを、彼女は逃げ出したいほど恐ろしく感じているのだとしたら……。

ぼくは、返しかけたきびすを止め、再びライズビルの出口の方を見た。少女が走り去って行った方向を真っ直ぐに見据え、走り出す。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:55,281pt お気に入り:6,797

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49,672pt お気に入り:4,909

【完結】アルファポリスでの『書籍化』はナニに魂を売ればデキる?

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:89

婚約破棄?私には既に夫がいますが?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:82,644pt お気に入り:762

王子の婚約者を辞めると人生楽になりました!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:8,619pt お気に入り:4,737

帰還した元勇者はVRMMOで無双する。〜目指すはVTuber義妹を推して推しまくる生活~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,238pt お気に入り:595

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。