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事例2 美食家の悪食【事件篇】

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 安野が感嘆の声を漏らす。縁は両手を口に添えて、大きく息を吸い込んだ。尾崎は呆然と、ビニールシートの下に現れた見覚えのある顔を見下ろしていた。

「ミサトちゃん――。どうして?」

 そう、そこに仰向けで横たわっていたのは、ほんの数時間前まで一緒にいたはずのミサトだった。頭は見事なまでにかち割られ、そしてうつろな瞳が空を見上げている。すっかりと変わり果ててしまってはいたが、それは間違いなくミサトであった。

 人の命の価値というものは、どれも平等である。それは分かっているつもりではあるが、ほんの少し前まで言葉を交わし、そして同じ空間にいた人間が、変わり果てた姿で横たわっているというのは、正直なところショックが大きかった。昔からミサトのことを知っており、そして嬉しそうに名刺を眺めていた安野からすれば、なおさらのことであろう。

 絶句――。安野、縁、尾崎の三人は、ミサトの変わり果てた姿に、しばらく言葉も出なかった。いつもならば、遺体を直視することにすら拒絶反応が出る縁であるが、今日はいつもと違って遺体に向き合うことができていた。きっと、本能的なものよりも怒りと悲しみの感情が勝っていたからなのかもしれない。

「――麻田、今ちょっと現場を抜けられるか?」

 長い沈黙の後、安野が溜め息混じりに口を開いた。それの意味を察した麻田が「ちょっとだけならね。ママに電話を入れておけばいい?」と漏らす。安野はかすれた声で「あぁ、頼む」とだけ呟いた。遅かれ早かれ訃報はママの元へと届けられることであろう。しかしながら、安野は一刻も早く知らせてやりたかったのかもしれない。正式な手続きを踏まずにミサトが殺害されたことをママに伝えるのは、きっと守秘義務に反することであろう。しかしながら、これくらいのことは許されるべきである。――規則より大切なものは、数え切れないほどあるのだから。

 現場から離れる麻田の姿を見送り、改めてミサトのほうへと視線を移すと、今度は沸々と怒りが湧いてきた。無意識に拳を握りしめた自分がいる。それは、凶悪な事件が起きているにもかかわらず、悠長に酒なんて飲んだ自分達に対して、そしてミサトの命を奪った殺人鬼に対して向けられたものだった。

 ――遺体を調べるなんてどころの話ではなかった。自分達の愚かさと無力さを突き付けられ、ただただ心の中でミサトに謝罪することしかできない。つい数時間前までは元気だったのに。ようやく夢に向かって大きな一歩を踏み出し、希望に満ちあふれていたというのに。どうして彼女が殺されなければならなかったのであろう。

「ミサトちゃん――すまん」

 安野は深々と頭を下げると、そのままの姿勢で固まった。現場の慌ただしさの中に、鼻をすする音が聞こえたように思えたのは、きっと気のせいではないのだろう。しばらくすると目尻を拭い、安野は改めて手を合わせた。縁達も手を合わせる。そこには冥福を祈るというニュアンスよりも、申し訳なかったという謝罪の意味が強く込められていた。
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