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8巻
8-3
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「このあたりに、巣でも作ってたのか」
モンスターにも縄張り意識があるのは確認済みだ。キングとクイーンというからには番のはず。となれば、先に船を襲ったのは子供なのかもしれない。
「なんでわざわざ船を襲うかね。獲物ならほかにもいるだろうに」
強大なモンスターに追いやられたか、狩りの練習台にでもするつもりだったのか。シンには判断がつかないが、どちらにしろやることは同じだ。
獲物が抵抗するのもまた、自然の摂理なのだから。
「悪いが、船をやらせるわけにはいかないんだよ」
シンはクイーンに向かって海上を走る。ブレスをかわし、『禍紅羅』を叩き込もうとしたところで、海面が不自然な動きを見せた。
うねる海面がシンとクイーンとの間に大波を発生させ、強制的に距離を取らせる。
さらに、大波に呼応するように、60セメルはある錐状の海水が大挙してシンに襲いかかった。
「【アクア・ランス】か。悪いが効かねぇよ」
全方向から迫る海水の槍の一点に向けて、シンは跳ぶ。
実在する海水を使うことで威力と数、魔術抵抗への耐性を増した【アクア・ランス】だが、それで止められるほどシンは甘くない。
槍衾のように並び立つ【アクア・ランス】を、『禍紅羅』の一振りで粉砕し突破していく。わざわざすべてを相手にする必要などないのだ。
「出てきてそうそう悪いが――」
再度放ってきたブレスをかわし、大波を叩き割ってシンはクイーンに肉薄した。
『禍紅羅』の柄を両手で持ち、引き絞るようにして構える。
「これで退場だっ!!」
叫び声とともに、シンは『禍紅羅』をクイーンの頭部に叩きつけた。風を掻き消すような轟音とともに、クイーンの頭部が大きく陥没する。
鎚術系武芸スキル【剛撃】による威力強化は、クイーンといえど耐えられるものではなかった。
上位種であり、兜のような甲殻を纏っていたので、頭部が爆散するまでにはいたらない。しかし衝撃を殺しきることもできず、クイーンはぐらりと体を揺らすとそのまま海面に落ち、力なく波に漂うのみとなった。
「なんじゃあれ、わっ!?」
シンの戦いを見ていた奏が、突然の揺れにバランスを崩す。シンが振り向くと、船の下にゲイル・サーペントの影があった。
「船を沈める気か。これだけやられたんだ、とっとと退却しろよ」
無論、させるつもりはない。
シンは即座に海中に潜り、船底に体当たりをしようとしていたゲイル・サーペントを殴り飛ばす。
しかし、水中という環境が味方したのかゲイル・サーペントは即死にはいたらず、身をくねらせてシンから距離を取った。
「さすがに地上と同じようにはいかないか」
この世界に来て初の水中戦だ。シンの手に伝わってくる手ごたえも、いつもより軽い。
「それに、水流も厄介だ」
体が持っていかれそうになるのを、水を蹴るように移動して回避する。目には見えない水の流れが、シンの周囲を取り巻いていた。
しっかりとした足場のない海中では、ゲーム時の感覚を残しているシンでも、気を抜くとどこを向いているのかわからなくなる。
シンは一旦海面へと向かい、海水を吹き飛ばしながら空中に飛び上がる。
そして、今まさに海へと飛び込む奏の姿を目撃した。
「おいおい何やってんだ!?」
奏を追って、花梨も海へと飛び込んでいく。
よく見れば、船がかなり傾いていた。すぐに奏と花梨を追いたいところだが、船をそのままにはできない。
シンが移動系武芸スキル【飛影】で船に近づこうとしたところで、船の底周辺の海水が一気に凍りついた。
氷は船を覆うように広がり、周囲の海水と合わせて浮き輪のような役割を果たす。
波は高いが、船を覆う氷ごと転覆させるほどではない。これで氷が砕かれない限り、転覆することはなくなった。
「向こうももうすぐ終わるな」
空中にいたシンは、キングに向かって深紅の斬撃を放つフィルマを見て、戦闘はじきに終わると確信した。
「だったら俺は――っと!」
急いで奏と花梨を追おうとしたところに、ブレスが飛んでくる。先ほど倒し損ねた個体が、シンを狙ってきたようだ。
「この忙しいときに!」
一度空中を蹴ってブレスをかわす。さらにブレスを放ってきたゲイル・サーペントに指を向けて、シンは魔術スキルを発動させた。
薄青色の閃光がゲイル・サーペントごと海水を凍らせ、巨大な氷柱を作りだす。
光術水術複合スキル【フリージング・レイ】。
速度に優れた光線に、氷結の効果を持たせた魔術スキルが、ゲイル・サーペントの体内まで凍てつかせる。数秒の後、氷柱は大小の氷塊となって砕け散った。
「時間を取られたか。大分離れちまった」
奏たちの反応を確認したシンは、海面に向けて落下しながら愚痴る。シンが思っていたよりも、はるかに高速で2人が流されているのだ。
『シュニー、俺は海に落ちた奴を拾ってくる。そっちは任せていいか?』
『わかりました。残りはもうすぐ殲滅できます。気をつけて』
シュニーと心話を交わし、海面を蹴るシン。空中を跳んで距離を稼ぎ、着水後は波をジャンプでかわしながら海上を駆けた。
「ぎりぎりだな」
奏と花梨は海流に捕まったようで、シンの感知範囲の端まで移動していた。
流れに翻弄されているのだろう。2人の反応はある程度一方向に動いているとはいえ、軌道はまったく安定していない。
「このまま追うと、船には戻れないな」
2人の移動速度と船までの距離を考え、シンはそう結論を出した。
船と奏たちの位置は完全に逆方向だ。2人に追いつく前に、船が感知範囲から消えてしまうだろう。
「ハーミィさんたちには悪いが、行かせてもらう」
船への帰還を優先し、見捨てるという選択肢はない。
船旅のなかで、2人とは少なくない言葉を交わした。もはやあっさり他人事と切り捨てることができなかった。
ゆえに、シンは彼女たちの救出を優先する。
「まずは花梨さんだ」
海に跳び込んだのが後だったこともあり、先に追いついたのは花梨だった。
海面に着水すると同時に【水面渡り】を解除し、海中に飛び込む。体に纏わりつく海流を引きちぎって進み、縦に横にと翻弄されていた花梨を捕まえた。
「余裕はなさそうだな」
シンは花梨に【潜水・Ⅹ】をかけ、速度を上げる。
胴体に腕を回して固定しているのだが、花梨から反応が返ってこない。海に飛び込んでからの時間を考えれば、息など続いているはずもなかった。
「助けに来たのに両方死んだとか、勘弁だからな!!」
シンは叫びながら海中を驀進する。奏を視界に捉えると、アイテムボックスから白鞘の刀『白羅丸』を取り出し、海水の抵抗をものともせず高速で上下に振った。
刀術水術複合スキル【水底割】。
V字に振られた斬線をなぞるように、海が割れる。
シンは花梨を抱えたまま空中に飛び出し、縦になった海面を蹴った。
さらに空中で一蹴り。奏めがけて、切り取られたV字の中心に突っ込んだ。
「こっちもか」
『白羅丸』をくわえながら左腕に花梨、右腕に奏を抱えたシンは、海水が元に戻る前にもう一度縦に裂けた海面を蹴る。空中に飛び出すと、【千里眼】を発動させ周囲を見渡した。
2人を追うことに集中していたため、自分がどこにいるのかもわからない。近くに陸地がないか視線を飛ばすと、ちょうど右側にそれらしき影が見えた。
「もってくれよ!」
走る、走る。
大きな水飛沫を残し、一直線に陸地に向かう。
雨雲は陸地まで届いていないのか、進行方向にある海岸の波は穏やかだった。
砂浜までたどり着いたシンは、すぐに2人を寝かせて呼吸と脈を確認する。
「そりゃないよな」
2人とも心肺停止状態だ。
焦る気持ちを抑えて、シンは対処方法を考える。
【分析】では、2人ともHPがゆっくりとゼロに近づいている。減少速度はほぼ同じだが、花梨はどこかでダメージを受けたらしく、HPが1割ほど多く減っていた。
現状シンが考えついた対処方法は、【ヒール】をかけながらの人工呼吸だけだった。
先に奏に対して人工呼吸を行う。わずかではあるが、奏のほうが早く海に飛び込んだ。幼いこともあり、より緊急性があると判断した。
「けほっ! ごほっ!」
「よし、まず1人!」
思っていたよりも簡単に息を吹き返した奏に安堵しつつ、楽な姿勢にさせて水を吐き出させる。
奏のことはそこでいったん保留し、シンは花梨にも人工呼吸を施す。こちらは簡単にはいかず、おぼろげな記憶を頼りに心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。
「ぅ、ん……? おぬし、なにをして――」
奏が何か言っていたが、集中しているシンの耳には入らない。
息の強さはこのくらいでいいのか。心臓マッサージの力加減と回数は合っているのか。蘇生可能な時間は残されているのか。
そんな考えで頭の中はいっぱいだ。
「っごほ! かはっ」
「よぉし!」
シンの処置に効果があったようで、花梨も息を吹き返す。
海水を吐き出す花梨を見て、叫ぶと同時にシンは体の力が抜けたような気がした。
「生きた心地がしないってのは、このことだ……」
大きく息を吐きながらシンがつぶやく。救命措置など、うろ覚えの知識でするものではない。
呼吸が落ち着いた花梨が目を覚ましたので、シンは2人に休んでいるように言ってから枯れ木を集めることにした。
シンたちのいる場所は雨が降らなかったらしく、枯れ木も湿っていなかったのですぐに十分な量が集まった。
同時に、体を休めることができそうな小屋や洞窟も探す。
「お、いい感じの場所があるな」
距離は少しあるが、いかにも自然に出来た感じの洞窟を発見した。ある程度の奥行きがあるので、雨が降っても大丈夫だろう。
シンはアイテムボックスに枯れ木を入れて、海岸に戻った。
「向こうに洞窟があります。日が暮れないうちに移動したほうがいいと思うんですが、歩けますか?」
「わらわは大丈夫じゃ。花梨は、まだ動くのはつらいであろうな」
海に落ちてからの時間はあまり変わらない2人だが、体力の消耗は花梨のほうが大きい。
蘇生処置と同時にかけたヒールでHPは回復しているが、どちらも体調がいいとは言えない。HPが回復したからといって、体調まで元通りとはいかなかった。
すでに海岸線に太陽が沈み始めようとしているので、一言断ってからシンはまだぐったりとしている花梨を背負う。
奏は歩けるくらいに回復していたので、負担をかけないようゆっくりと洞窟へ向かった。
洞窟に着くと、花梨を降ろして焚き火の準備を始める。
「ゆるめにファイアを使って……よし、火がついた。奏さん、これで暖まって…………オフタリハナニヲシテイルンデスカ?」
振り向いたシンの目に映ったのは、鎧を脱がされ着物がはだけている花梨の姿だった。
濡れた髪が張り付いた頬とさらしの緩んだ胸元が、現状にそぐわない色気を放っている。花梨は着痩せするタイプらしい。
状況からして、奏が脱がせたようだ。
「濡れたままの服を着せておくわけにはいくまい。殿方の前で肌をさらさせるのは忍びないが、今は花梨の体を温めるのが優先じゃ」
「ごもっとも。なら俺は代わりの服とタオル、敷物を提供しましょう」
シンとてこの状況で花梨をじろじろ見る気はない。後々追及されそうだが、そこは仕方がないことと割り切って、カードのアイテムを具現化した。
敷物代わりに出した毛皮のマントは、HP自動回復の効果がある。疲れが取れるかは謎だが、ないよりはましだろう。
「こうもたくさんのカードを持っておるとは。やはり、おぬし只者ではないのう」
「そんなことよりも、今は体を休めることが先です。奏さんも、消耗しているでしょう。警戒は俺がしますから、休んでいてください」
シンが着ている服は基本的に水中モード搭載なので、ほとんど濡れていないのだ。体力の消耗もほとんどない。
「くしゅんっ!」
焚き火に当たっていた奏のくしゃみが、洞窟の中に響いた。いくら火が近くにあるとはいえ、全身ずぶ濡れでは体が冷えるのは避けられない。
奏にも着替えるように言って、シンは洞窟の外に出た。奏たちが着替えている間に、野生動物やモンスターが寄ってこないよう、モンスター除けのアイテムを使う。
中にはそれでも近づいてくるモンスターがいるので、念のため洞窟の中に入った瞬間ダメージを与える罠も設置しておいた。
「もうよいぞ!」
シンが洞窟の中に戻ると、着替えの終わった奏と毛皮にくるまって眠る花梨の姿がある。
とりあえず、シンはロープの両端を短剣に括りつけて壁に突き刺し、濡れたままの着物を干すことにした。
「世話をかける」
「まあ、困った時はお互いさまということで。奏さんも少し眠ったほうがいいですよ。疲れてるでしょう?」
「しかし……」
「警戒は俺がしておきます。今は回復第一ですよ」
奏の瞼はすでに落ち始めている。すでに限界に来ているのだろう。
「この礼は、かならず……」
奏が寝息を立て始めたのを確認して、シンは焚き火の近くに腰を下ろした。
(溺れたとはいえ、海に落ちただけにしてはおかしなくらい疲労してる。溺れた人の反応はこれが普通なのか? それとも異常なのか?)
目の前で人が溺れたのは初めてなので、シンにはこれが普通の反応なのかそうでないのかの判断がつかなかった。
ただ、2人が海に落ちてからシンが蘇生処置をするまで、10分以上の時間がかかっている。
一体どれだけの間、心肺停止状態だったのかはわからないが、助からない確率のほうが高かったのではないかとシンは思った。
(2人とも、たぶん選定者だ。ステータスやレベルが高いと、今回みたいな時の蘇生率が上がるのか?)
そんなことを考えながら、シンは2人が起きるのを待つ。その間にシュニーに連絡をしておくことにした。
『こちらシン。今大丈夫か?』
『ご無事でしたか。こちらはすでに風雨も収まったので再出発しています。海に落ちた方は大丈夫でしたか?』
ゲイル・サーペントも全滅させたらしい。シンたち以外は、幸いにして海に落ちた者はいないとのことだ。
シンは自分たちの状況を伝え、ハーミィの護衛を優先するように言った。
『わかりました。では、詳しい場所がわかりましたら連絡をください。その時に合流する場所を決めましょう。それと、ユズハが少々落ち着きをなくしているので、そちらに喚んでいただいていいでしょうか?』
『ユズハが?』
『シンに任されたのに2人が海に落ちてしまったので、落ち込んでいるようです』
『あー……あれはユズハのせいとは言えないと思うが。まあ事情はわかった』
シュニーが伝えてきた内容に、シンは了承する旨を返す。
奏は落ちたというより自分から飛び込んだので、ユズハが責任を感じることではない。だが、ユズハ自身はそう思えないのだろう。
シンはユズハに心話をつなぎ、調教師のスキルで喚び出した。
「くぅ……」
「そんなに落ち込むなって、あれはユズハのせいじゃない」
心なしか力のない鳴き声のユズハに、撫でながら語りかける。
シンとしても、なぜ奏が海に飛び込んだのかは疑問だった。
†
「んぅ……」
2人が目を覚ましたのはそれからおよそ2時間後だった。
先に起きたのは花梨で、少し遅れて奏も目を覚ます。
体を休めたからか、はたまた装備の効果か。2人の体調はすっかり良くなっていた。
「この度は、お嬢様の命を助けていただき、誠に感謝いたします」
「わらわもじゃ。そちがいなければ今頃、海の藻屑となっていただろう」
「見捨てるのは後味が悪かっただけですよ。それよりもこれを。そろそろ夕食の時間です」
頭を下げてくる2人に、過度な礼はいらないと返しながら、シンは大きめの椀を差し出した。
2人が眠っている間にシチューを作っておいたのだ。材料を切って、カード化してあったルーを入れ煮込むだけという簡単仕様である。
「重ね重ねかたじけない」
「それにしてもこれは美味いのう。五臓六腑に染み渡るようじゃ」
「材料を切った後は、煮込んで調味料を溶かすだけの簡単な料理ですよ」
そう言いながら、シンも自分の椀にシチューを盛り付けていく。ユズハの分も忘れない。
2人はユズハがいることに驚いていたが、契約を結んでいるので喚び出せるのだと聞くと納得していた。ヒノモトにも似たような技を使う者がいるらしい。
食事が終わった後は、寝るまで少し話をすることにした。
「とりあえず、明日は近くに集落でもないか探すところからはじめるかの?」
「そうですね。自分たちの居場所もわからないのでは、移動のしようもありません」
「あ、一応どこの国にいるかはわかりますよ」
2人の会話に、シンが割り込む。洞窟の外に出た際に、特徴的な山を発見したのだ。
「そうなのか。して、ここはどこなのじゃ?」
「ヒノモトですよ。おふたりの故郷です」
「シン殿。なぜわかるのですか?」
「外に出た時に、見えたんですよ。霊峰フジはヒノモトの象徴、なんですよね?」
バルメルでそう聞いていたシンは、すぐに自分たちのいる場所を知ることができた。
霊峰フジは第5次アップデート『刃たちの宴』で実装されたマップだ。その再現度は高く、現実の富士山とほとんど変わらず、シンも一目でそれがフジだとわかった。
「確かにそうじゃ。となると、わらわたちがいる場所もおおよその見当はつくのう」
「はい。ヒノモトについているならば、戻りようはあります」
シンは港がある街を目指して、シュニーたちと合流しようと考えた。
奏と花梨の装備は失われていないので、同行しなくても問題ないだろう。
「行き先のあてができたところで、奏さんに聞きたいことがあります」
ユズハのこともあるので、シンはさっさと聞くことにした。
「なんじゃ?」
「船から海に飛び込んだのはどうしてですか? 命の危険があるのはわかっていたと思いますが」
いくつか予想は立てられるが、所詮予想でしかない。
若干言い辛そうにしていた奏だが、黙っているわけにもいかないと思ったのか、おずおずと話し始める。
「実は、姉のために手に入れた薬草が、風に飛ばされてしまってのう。なくしてはいかんと肌身離さず持っていたのが仇になってしもうたんじゃ。すまなかったと思うておる」
そう言って、奏はシンと花梨に頭を下げた。危険だとわかっていても、とっさに体が動いてしまったようだ。
「とはいえ、結局これだけしか残らんかったが」
奏の手に握られていたのは、緑の中にわずかな赤色が混ざった植物の葉だ。
植物の名前は『シノハグサモドキ』。文字通り『シノハグサ』という植物に似た別物である。
【鑑定】で表示された名前を見たシンの中で、何かが引っかかったが、明確な形にならなかったので話の続きを促す。
「姉は少々特殊な病にかかっておっての。もうあまり時間が残っていないのじゃ。この薬草が特効薬になるのじゃが、我が国では採れんうえに、商人もほとんど扱っておらんでな。ようやっと手に入れられたのじゃ」
特殊な病、特効薬、シノハグサ――話の中で出たピースを、シンは自身の知識と照らし合わせる。
「とはいえ、この量では余命を延ばすくらいしかできんがの」
「お嬢様……」
肩を落とす奏を、花梨が励ます。国内の商人も手を尽くしているらしい。
(どっかで聞いた気がするんだよな。クエストか?)
話を聞いたシンは、考え込むポーズを取りながら、思考操作でメニューを開く。そして、メニュー内のイベント回想欄を選択した。
これは過去に受けたゲーム時代のイベントの詳細を見ることができるモードで、どのような内容でどんなアイテムが手に入ったか、などが記録されている。
その中で、シンはシノハグサが必要になるイベントをピックアップした。
(ヒットしたのは1件だけ……これは、ビンゴか?)
シノハグサが必要となるイベントの内、病気が関係するのはひとつだけだった。
ゲーム時代のギルドで受けられたクエストで、村人のために薬を作るというものだ。
主に錬金術師のジョブを持つプレイヤー向けだが、シンはクエスト報酬に用があったので受けた。
モンスターにも縄張り意識があるのは確認済みだ。キングとクイーンというからには番のはず。となれば、先に船を襲ったのは子供なのかもしれない。
「なんでわざわざ船を襲うかね。獲物ならほかにもいるだろうに」
強大なモンスターに追いやられたか、狩りの練習台にでもするつもりだったのか。シンには判断がつかないが、どちらにしろやることは同じだ。
獲物が抵抗するのもまた、自然の摂理なのだから。
「悪いが、船をやらせるわけにはいかないんだよ」
シンはクイーンに向かって海上を走る。ブレスをかわし、『禍紅羅』を叩き込もうとしたところで、海面が不自然な動きを見せた。
うねる海面がシンとクイーンとの間に大波を発生させ、強制的に距離を取らせる。
さらに、大波に呼応するように、60セメルはある錐状の海水が大挙してシンに襲いかかった。
「【アクア・ランス】か。悪いが効かねぇよ」
全方向から迫る海水の槍の一点に向けて、シンは跳ぶ。
実在する海水を使うことで威力と数、魔術抵抗への耐性を増した【アクア・ランス】だが、それで止められるほどシンは甘くない。
槍衾のように並び立つ【アクア・ランス】を、『禍紅羅』の一振りで粉砕し突破していく。わざわざすべてを相手にする必要などないのだ。
「出てきてそうそう悪いが――」
再度放ってきたブレスをかわし、大波を叩き割ってシンはクイーンに肉薄した。
『禍紅羅』の柄を両手で持ち、引き絞るようにして構える。
「これで退場だっ!!」
叫び声とともに、シンは『禍紅羅』をクイーンの頭部に叩きつけた。風を掻き消すような轟音とともに、クイーンの頭部が大きく陥没する。
鎚術系武芸スキル【剛撃】による威力強化は、クイーンといえど耐えられるものではなかった。
上位種であり、兜のような甲殻を纏っていたので、頭部が爆散するまでにはいたらない。しかし衝撃を殺しきることもできず、クイーンはぐらりと体を揺らすとそのまま海面に落ち、力なく波に漂うのみとなった。
「なんじゃあれ、わっ!?」
シンの戦いを見ていた奏が、突然の揺れにバランスを崩す。シンが振り向くと、船の下にゲイル・サーペントの影があった。
「船を沈める気か。これだけやられたんだ、とっとと退却しろよ」
無論、させるつもりはない。
シンは即座に海中に潜り、船底に体当たりをしようとしていたゲイル・サーペントを殴り飛ばす。
しかし、水中という環境が味方したのかゲイル・サーペントは即死にはいたらず、身をくねらせてシンから距離を取った。
「さすがに地上と同じようにはいかないか」
この世界に来て初の水中戦だ。シンの手に伝わってくる手ごたえも、いつもより軽い。
「それに、水流も厄介だ」
体が持っていかれそうになるのを、水を蹴るように移動して回避する。目には見えない水の流れが、シンの周囲を取り巻いていた。
しっかりとした足場のない海中では、ゲーム時の感覚を残しているシンでも、気を抜くとどこを向いているのかわからなくなる。
シンは一旦海面へと向かい、海水を吹き飛ばしながら空中に飛び上がる。
そして、今まさに海へと飛び込む奏の姿を目撃した。
「おいおい何やってんだ!?」
奏を追って、花梨も海へと飛び込んでいく。
よく見れば、船がかなり傾いていた。すぐに奏と花梨を追いたいところだが、船をそのままにはできない。
シンが移動系武芸スキル【飛影】で船に近づこうとしたところで、船の底周辺の海水が一気に凍りついた。
氷は船を覆うように広がり、周囲の海水と合わせて浮き輪のような役割を果たす。
波は高いが、船を覆う氷ごと転覆させるほどではない。これで氷が砕かれない限り、転覆することはなくなった。
「向こうももうすぐ終わるな」
空中にいたシンは、キングに向かって深紅の斬撃を放つフィルマを見て、戦闘はじきに終わると確信した。
「だったら俺は――っと!」
急いで奏と花梨を追おうとしたところに、ブレスが飛んでくる。先ほど倒し損ねた個体が、シンを狙ってきたようだ。
「この忙しいときに!」
一度空中を蹴ってブレスをかわす。さらにブレスを放ってきたゲイル・サーペントに指を向けて、シンは魔術スキルを発動させた。
薄青色の閃光がゲイル・サーペントごと海水を凍らせ、巨大な氷柱を作りだす。
光術水術複合スキル【フリージング・レイ】。
速度に優れた光線に、氷結の効果を持たせた魔術スキルが、ゲイル・サーペントの体内まで凍てつかせる。数秒の後、氷柱は大小の氷塊となって砕け散った。
「時間を取られたか。大分離れちまった」
奏たちの反応を確認したシンは、海面に向けて落下しながら愚痴る。シンが思っていたよりも、はるかに高速で2人が流されているのだ。
『シュニー、俺は海に落ちた奴を拾ってくる。そっちは任せていいか?』
『わかりました。残りはもうすぐ殲滅できます。気をつけて』
シュニーと心話を交わし、海面を蹴るシン。空中を跳んで距離を稼ぎ、着水後は波をジャンプでかわしながら海上を駆けた。
「ぎりぎりだな」
奏と花梨は海流に捕まったようで、シンの感知範囲の端まで移動していた。
流れに翻弄されているのだろう。2人の反応はある程度一方向に動いているとはいえ、軌道はまったく安定していない。
「このまま追うと、船には戻れないな」
2人の移動速度と船までの距離を考え、シンはそう結論を出した。
船と奏たちの位置は完全に逆方向だ。2人に追いつく前に、船が感知範囲から消えてしまうだろう。
「ハーミィさんたちには悪いが、行かせてもらう」
船への帰還を優先し、見捨てるという選択肢はない。
船旅のなかで、2人とは少なくない言葉を交わした。もはやあっさり他人事と切り捨てることができなかった。
ゆえに、シンは彼女たちの救出を優先する。
「まずは花梨さんだ」
海に跳び込んだのが後だったこともあり、先に追いついたのは花梨だった。
海面に着水すると同時に【水面渡り】を解除し、海中に飛び込む。体に纏わりつく海流を引きちぎって進み、縦に横にと翻弄されていた花梨を捕まえた。
「余裕はなさそうだな」
シンは花梨に【潜水・Ⅹ】をかけ、速度を上げる。
胴体に腕を回して固定しているのだが、花梨から反応が返ってこない。海に飛び込んでからの時間を考えれば、息など続いているはずもなかった。
「助けに来たのに両方死んだとか、勘弁だからな!!」
シンは叫びながら海中を驀進する。奏を視界に捉えると、アイテムボックスから白鞘の刀『白羅丸』を取り出し、海水の抵抗をものともせず高速で上下に振った。
刀術水術複合スキル【水底割】。
V字に振られた斬線をなぞるように、海が割れる。
シンは花梨を抱えたまま空中に飛び出し、縦になった海面を蹴った。
さらに空中で一蹴り。奏めがけて、切り取られたV字の中心に突っ込んだ。
「こっちもか」
『白羅丸』をくわえながら左腕に花梨、右腕に奏を抱えたシンは、海水が元に戻る前にもう一度縦に裂けた海面を蹴る。空中に飛び出すと、【千里眼】を発動させ周囲を見渡した。
2人を追うことに集中していたため、自分がどこにいるのかもわからない。近くに陸地がないか視線を飛ばすと、ちょうど右側にそれらしき影が見えた。
「もってくれよ!」
走る、走る。
大きな水飛沫を残し、一直線に陸地に向かう。
雨雲は陸地まで届いていないのか、進行方向にある海岸の波は穏やかだった。
砂浜までたどり着いたシンは、すぐに2人を寝かせて呼吸と脈を確認する。
「そりゃないよな」
2人とも心肺停止状態だ。
焦る気持ちを抑えて、シンは対処方法を考える。
【分析】では、2人ともHPがゆっくりとゼロに近づいている。減少速度はほぼ同じだが、花梨はどこかでダメージを受けたらしく、HPが1割ほど多く減っていた。
現状シンが考えついた対処方法は、【ヒール】をかけながらの人工呼吸だけだった。
先に奏に対して人工呼吸を行う。わずかではあるが、奏のほうが早く海に飛び込んだ。幼いこともあり、より緊急性があると判断した。
「けほっ! ごほっ!」
「よし、まず1人!」
思っていたよりも簡単に息を吹き返した奏に安堵しつつ、楽な姿勢にさせて水を吐き出させる。
奏のことはそこでいったん保留し、シンは花梨にも人工呼吸を施す。こちらは簡単にはいかず、おぼろげな記憶を頼りに心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。
「ぅ、ん……? おぬし、なにをして――」
奏が何か言っていたが、集中しているシンの耳には入らない。
息の強さはこのくらいでいいのか。心臓マッサージの力加減と回数は合っているのか。蘇生可能な時間は残されているのか。
そんな考えで頭の中はいっぱいだ。
「っごほ! かはっ」
「よぉし!」
シンの処置に効果があったようで、花梨も息を吹き返す。
海水を吐き出す花梨を見て、叫ぶと同時にシンは体の力が抜けたような気がした。
「生きた心地がしないってのは、このことだ……」
大きく息を吐きながらシンがつぶやく。救命措置など、うろ覚えの知識でするものではない。
呼吸が落ち着いた花梨が目を覚ましたので、シンは2人に休んでいるように言ってから枯れ木を集めることにした。
シンたちのいる場所は雨が降らなかったらしく、枯れ木も湿っていなかったのですぐに十分な量が集まった。
同時に、体を休めることができそうな小屋や洞窟も探す。
「お、いい感じの場所があるな」
距離は少しあるが、いかにも自然に出来た感じの洞窟を発見した。ある程度の奥行きがあるので、雨が降っても大丈夫だろう。
シンはアイテムボックスに枯れ木を入れて、海岸に戻った。
「向こうに洞窟があります。日が暮れないうちに移動したほうがいいと思うんですが、歩けますか?」
「わらわは大丈夫じゃ。花梨は、まだ動くのはつらいであろうな」
海に落ちてからの時間はあまり変わらない2人だが、体力の消耗は花梨のほうが大きい。
蘇生処置と同時にかけたヒールでHPは回復しているが、どちらも体調がいいとは言えない。HPが回復したからといって、体調まで元通りとはいかなかった。
すでに海岸線に太陽が沈み始めようとしているので、一言断ってからシンはまだぐったりとしている花梨を背負う。
奏は歩けるくらいに回復していたので、負担をかけないようゆっくりと洞窟へ向かった。
洞窟に着くと、花梨を降ろして焚き火の準備を始める。
「ゆるめにファイアを使って……よし、火がついた。奏さん、これで暖まって…………オフタリハナニヲシテイルンデスカ?」
振り向いたシンの目に映ったのは、鎧を脱がされ着物がはだけている花梨の姿だった。
濡れた髪が張り付いた頬とさらしの緩んだ胸元が、現状にそぐわない色気を放っている。花梨は着痩せするタイプらしい。
状況からして、奏が脱がせたようだ。
「濡れたままの服を着せておくわけにはいくまい。殿方の前で肌をさらさせるのは忍びないが、今は花梨の体を温めるのが優先じゃ」
「ごもっとも。なら俺は代わりの服とタオル、敷物を提供しましょう」
シンとてこの状況で花梨をじろじろ見る気はない。後々追及されそうだが、そこは仕方がないことと割り切って、カードのアイテムを具現化した。
敷物代わりに出した毛皮のマントは、HP自動回復の効果がある。疲れが取れるかは謎だが、ないよりはましだろう。
「こうもたくさんのカードを持っておるとは。やはり、おぬし只者ではないのう」
「そんなことよりも、今は体を休めることが先です。奏さんも、消耗しているでしょう。警戒は俺がしますから、休んでいてください」
シンが着ている服は基本的に水中モード搭載なので、ほとんど濡れていないのだ。体力の消耗もほとんどない。
「くしゅんっ!」
焚き火に当たっていた奏のくしゃみが、洞窟の中に響いた。いくら火が近くにあるとはいえ、全身ずぶ濡れでは体が冷えるのは避けられない。
奏にも着替えるように言って、シンは洞窟の外に出た。奏たちが着替えている間に、野生動物やモンスターが寄ってこないよう、モンスター除けのアイテムを使う。
中にはそれでも近づいてくるモンスターがいるので、念のため洞窟の中に入った瞬間ダメージを与える罠も設置しておいた。
「もうよいぞ!」
シンが洞窟の中に戻ると、着替えの終わった奏と毛皮にくるまって眠る花梨の姿がある。
とりあえず、シンはロープの両端を短剣に括りつけて壁に突き刺し、濡れたままの着物を干すことにした。
「世話をかける」
「まあ、困った時はお互いさまということで。奏さんも少し眠ったほうがいいですよ。疲れてるでしょう?」
「しかし……」
「警戒は俺がしておきます。今は回復第一ですよ」
奏の瞼はすでに落ち始めている。すでに限界に来ているのだろう。
「この礼は、かならず……」
奏が寝息を立て始めたのを確認して、シンは焚き火の近くに腰を下ろした。
(溺れたとはいえ、海に落ちただけにしてはおかしなくらい疲労してる。溺れた人の反応はこれが普通なのか? それとも異常なのか?)
目の前で人が溺れたのは初めてなので、シンにはこれが普通の反応なのかそうでないのかの判断がつかなかった。
ただ、2人が海に落ちてからシンが蘇生処置をするまで、10分以上の時間がかかっている。
一体どれだけの間、心肺停止状態だったのかはわからないが、助からない確率のほうが高かったのではないかとシンは思った。
(2人とも、たぶん選定者だ。ステータスやレベルが高いと、今回みたいな時の蘇生率が上がるのか?)
そんなことを考えながら、シンは2人が起きるのを待つ。その間にシュニーに連絡をしておくことにした。
『こちらシン。今大丈夫か?』
『ご無事でしたか。こちらはすでに風雨も収まったので再出発しています。海に落ちた方は大丈夫でしたか?』
ゲイル・サーペントも全滅させたらしい。シンたち以外は、幸いにして海に落ちた者はいないとのことだ。
シンは自分たちの状況を伝え、ハーミィの護衛を優先するように言った。
『わかりました。では、詳しい場所がわかりましたら連絡をください。その時に合流する場所を決めましょう。それと、ユズハが少々落ち着きをなくしているので、そちらに喚んでいただいていいでしょうか?』
『ユズハが?』
『シンに任されたのに2人が海に落ちてしまったので、落ち込んでいるようです』
『あー……あれはユズハのせいとは言えないと思うが。まあ事情はわかった』
シュニーが伝えてきた内容に、シンは了承する旨を返す。
奏は落ちたというより自分から飛び込んだので、ユズハが責任を感じることではない。だが、ユズハ自身はそう思えないのだろう。
シンはユズハに心話をつなぎ、調教師のスキルで喚び出した。
「くぅ……」
「そんなに落ち込むなって、あれはユズハのせいじゃない」
心なしか力のない鳴き声のユズハに、撫でながら語りかける。
シンとしても、なぜ奏が海に飛び込んだのかは疑問だった。
†
「んぅ……」
2人が目を覚ましたのはそれからおよそ2時間後だった。
先に起きたのは花梨で、少し遅れて奏も目を覚ます。
体を休めたからか、はたまた装備の効果か。2人の体調はすっかり良くなっていた。
「この度は、お嬢様の命を助けていただき、誠に感謝いたします」
「わらわもじゃ。そちがいなければ今頃、海の藻屑となっていただろう」
「見捨てるのは後味が悪かっただけですよ。それよりもこれを。そろそろ夕食の時間です」
頭を下げてくる2人に、過度な礼はいらないと返しながら、シンは大きめの椀を差し出した。
2人が眠っている間にシチューを作っておいたのだ。材料を切って、カード化してあったルーを入れ煮込むだけという簡単仕様である。
「重ね重ねかたじけない」
「それにしてもこれは美味いのう。五臓六腑に染み渡るようじゃ」
「材料を切った後は、煮込んで調味料を溶かすだけの簡単な料理ですよ」
そう言いながら、シンも自分の椀にシチューを盛り付けていく。ユズハの分も忘れない。
2人はユズハがいることに驚いていたが、契約を結んでいるので喚び出せるのだと聞くと納得していた。ヒノモトにも似たような技を使う者がいるらしい。
食事が終わった後は、寝るまで少し話をすることにした。
「とりあえず、明日は近くに集落でもないか探すところからはじめるかの?」
「そうですね。自分たちの居場所もわからないのでは、移動のしようもありません」
「あ、一応どこの国にいるかはわかりますよ」
2人の会話に、シンが割り込む。洞窟の外に出た際に、特徴的な山を発見したのだ。
「そうなのか。して、ここはどこなのじゃ?」
「ヒノモトですよ。おふたりの故郷です」
「シン殿。なぜわかるのですか?」
「外に出た時に、見えたんですよ。霊峰フジはヒノモトの象徴、なんですよね?」
バルメルでそう聞いていたシンは、すぐに自分たちのいる場所を知ることができた。
霊峰フジは第5次アップデート『刃たちの宴』で実装されたマップだ。その再現度は高く、現実の富士山とほとんど変わらず、シンも一目でそれがフジだとわかった。
「確かにそうじゃ。となると、わらわたちがいる場所もおおよその見当はつくのう」
「はい。ヒノモトについているならば、戻りようはあります」
シンは港がある街を目指して、シュニーたちと合流しようと考えた。
奏と花梨の装備は失われていないので、同行しなくても問題ないだろう。
「行き先のあてができたところで、奏さんに聞きたいことがあります」
ユズハのこともあるので、シンはさっさと聞くことにした。
「なんじゃ?」
「船から海に飛び込んだのはどうしてですか? 命の危険があるのはわかっていたと思いますが」
いくつか予想は立てられるが、所詮予想でしかない。
若干言い辛そうにしていた奏だが、黙っているわけにもいかないと思ったのか、おずおずと話し始める。
「実は、姉のために手に入れた薬草が、風に飛ばされてしまってのう。なくしてはいかんと肌身離さず持っていたのが仇になってしもうたんじゃ。すまなかったと思うておる」
そう言って、奏はシンと花梨に頭を下げた。危険だとわかっていても、とっさに体が動いてしまったようだ。
「とはいえ、結局これだけしか残らんかったが」
奏の手に握られていたのは、緑の中にわずかな赤色が混ざった植物の葉だ。
植物の名前は『シノハグサモドキ』。文字通り『シノハグサ』という植物に似た別物である。
【鑑定】で表示された名前を見たシンの中で、何かが引っかかったが、明確な形にならなかったので話の続きを促す。
「姉は少々特殊な病にかかっておっての。もうあまり時間が残っていないのじゃ。この薬草が特効薬になるのじゃが、我が国では採れんうえに、商人もほとんど扱っておらんでな。ようやっと手に入れられたのじゃ」
特殊な病、特効薬、シノハグサ――話の中で出たピースを、シンは自身の知識と照らし合わせる。
「とはいえ、この量では余命を延ばすくらいしかできんがの」
「お嬢様……」
肩を落とす奏を、花梨が励ます。国内の商人も手を尽くしているらしい。
(どっかで聞いた気がするんだよな。クエストか?)
話を聞いたシンは、考え込むポーズを取りながら、思考操作でメニューを開く。そして、メニュー内のイベント回想欄を選択した。
これは過去に受けたゲーム時代のイベントの詳細を見ることができるモードで、どのような内容でどんなアイテムが手に入ったか、などが記録されている。
その中で、シンはシノハグサが必要になるイベントをピックアップした。
(ヒットしたのは1件だけ……これは、ビンゴか?)
シノハグサが必要となるイベントの内、病気が関係するのはひとつだけだった。
ゲーム時代のギルドで受けられたクエストで、村人のために薬を作るというものだ。
主に錬金術師のジョブを持つプレイヤー向けだが、シンはクエスト報酬に用があったので受けた。
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