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婚約破棄されました。
9 姫巫女の記憶(6)
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友人は「伝心」 スキルの先、聖域の執務室で、とうとう言葉を無くしたわ。
『王太子殿下、貴方はなんという、ことを……』
聖樹教の高位神官である彼が絶句するような言葉を、王太子は確かに口にしたのだ。
だから私は彼に何も返せず、樹のお母様が見せる私の今日の記憶を見返すしかなかったの。
◆◆◆
私は王太子の言葉にぎょっとした。私が、今の地位を金で買った……?
「ならぬ! その言葉は見逃せぬ!」
王妃陛下は素早く椅子から立ち上がると、閉じた扇子で王太子の頬を思い切り張った。
スッパアアアン! と、彼の頭から、それはそれは良い音がしたわ。
ついでにとばかり、王妃陛下は王太子の腕の中にある少女を睨みつける。
「其方か、其方が我が王子を謀ったか!! お主、一体何処の国の諜報役じゃ!」
「は、母上……何を」
王太子は呆然と、叩かれた頬に片手をやった。
王妃陛下は息子の前でわなわなと身体を震わせていらっしゃる。
「そなたは国教会が定める巫女制度をなんと見る。フレイアが地位を買った……? それはつまり、教会が、金銭で、聖樹に連なる聖なる巫女を、欲得で立てるという、謂れなき誹謗。辺境伯家にも、聖樹教にも顔向け出来ぬ言葉よ」
王妃陛下の言う教会とは、この国が冠するイグの名を有す、世界樹イドラシルを奉る教会の事を指す。
この王妃の庭園からも遠くに眺められる、遙か空まで突き抜けるように聳え立つ巨大な樹。それが、イグドラシル。
その足下に広がる聖域は国にあって国のものではない、教会の自治区であり、私はそこの正神官で、ついでに姫巫女だ。
何で姫巫女なるご大層な地位の方がついでなのかは、私の場合、どちらかと言えば聖域の隅々までを闊歩出来る、正神官の地位の方が大事なので……。
で、姫巫女というのは、世界を支える樹、イグドラシルを守り育てる者で、その資格を得る為には幾つかのハードルがあるのだけれど……。
私が持つ「イグ」 の名は、そのハードルを越えた証でね。聖樹教のお膝元である国内でも少人数しか、このイグを名乗れないのよね。
うーん、しかし。思い返すに、ゲーム本編のヒロインさんは、姫巫女であったのかも謎だ。
だって、運営二年目、アプリダウンロード数五十万突破の記念に出たビジュアルブックにも、彼女の名前に「イグ」 は入ってなかったし……。同僚としてもこの七年間、顔を見たことないし。
さて、この可憐なピュアリアちゃんは、「それ」 を持っているというのだろうか。さっきから、小動物みたいに王太子の腕の中で震えている彼女。
だとしたら、判定はこの上なく楽だけれどね。
だって、「それは偽れない」。
その存在を手にする者を、この国の者は皆よくよく知っているから、「それ」 を出して皆に見せれば、いいだけの話なんだし。
「地位を金で買った、ね……」
しかし、王太子ったらとんでもない事をしてくれたものね。もう、王妃陛下も庇えはしないわ。
聖域に座すこの世界の庇護者、イグドラシル。その庇護者が自ら選んだ姫巫女の位を……私が、買った?
それは、聖樹教に喧嘩を売ったのと同意義だ。
「そうですわね。王妃陛下の仰る通り。わたくしが役職を金で買った、と。それは国教会への侮辱、教義の否定に当たりますけれど、よろしいのですか。王太子殿下は、王家と国教会との断絶をお望みですの? わたくし、これでも正神官の資格がありますので、お望みでしたら何時なりと我が聖杖に従いまして、大神官様に直にお言葉をお伝え致しますけれど」
私は内心の怒りを抑えて、大した事がないかのように薄く微笑み首を傾げる。
「は……? 年にたった一季節しか聖域に勤めぬ其方が、正神官の位を持つ訳などなかろう」
王太子は、眉間の皺をさらに深めて私へ侮蔑の視線を送る。
ああ、そろそろ呆れも通り越してムカムカしてきた。それも貴方との婚約のせいでしょうが。王太子妃としての根回しの為に二季節も使ってひたすら諸侯や高官らとの根回しをしていたんですが、それをどう思っているわけ?
王都で遊んでた訳では、ないんですけれど。
出来るなら、私だってずっと聖域で楽しく森の管理をしていたいんですけどね?
「それは、次期王太子妃の教育や、辺境伯家での勤めもございましたので。誠に母なる樹には申し訳ない事ですが、免除されていたのです。それも、誠に喜ばしい事に、本日を持って王太子殿下が直々に、わたくしを王太子妃候補から外して下さるそうですから、今以上に心を込めお仕えする所存でございますが」
だから私は話しの節々に棘を潜めて言ってやったけれど。
「き、貴様、先ほどから王太子に向かい何様で……」
スッパアアアアン! と、王太子の頭から小気味よい音が響く。
「其方の方が何様じゃっ! 姫巫女の言葉をなんとする!! 姫巫女を通し、此度の事は、聖樹が全てをお聞きなさっておるのじゃぞっ! 聖樹教とて、教義を貶められたのじゃ。其方の言葉をこの場の戯れとしてなどくれぬっ! 其方は神敵じゃ! 人類を守る母なる聖樹の怨敵じゃ! 最早、其方を誰も、逃してなどくれぬというのに……!!」
王妃陛下の怒りの声がそれに続いた。
「其方は、其れほどに我が王の治世の終焉、我が民の死を願って居るのか!」
バッシンバッシンと、扇子で我が子を打ち倒す王妃陛下のすさまじい怒りっぷりに、そろそろ王太子(のお頭) がやばそうな気配を覚えて、私は宥めに掛かった。
……いやまあ、流石にあの言葉は救いようないし、王太子はもう終わりだとは思うけれど、でも聖樹教が目に見える形で罰を与え、この国の民を赦す為にも、一応命ある状態で身柄を渡して貰わないといけないし、王妃様がヒステリーで倒れられたら可哀想だわ。
まじまじと見ると、王太子の綺麗なお顔がボッコボコ。初級のヒールで治るかしら? うーん、二級のヒール? 三級ヒールともなると今度は鼻血噴きそうだし。
それ以前に、ヒロインさんの敵とか言って私の治癒魔法、キャンセルしそうだし……。相手の身体に直接効果を与える魔法って、相手の意思によってキャンセルできるのよねぇ。じゃあ、姫巫女を名乗ってるくらいだから治癒系魔法持ってるだろうし、ヒロインさんに回復させる?
でも、魔法系統って乙女ゲー内ではすごく曖昧だったのよねえ。だから私、実はヒロインさんが聖魔法を使える事は知っていても、どの程度の能力かは知らなかったりするし。
彼女、彼氏の二目と見れない顔を綺麗に治すこと可能なのかしら?
なんて、王太子の綺麗なお顔の復元について考えている場合ではなくて。
「ま、まあ、王妃陛下。王太子殿下から間違いを正して頂けるのでしたら、わたくし事を荒立てはしませんわ。幸い、まだこの場のみに留められるものですし……」
「しかし、のう。聖樹はそなたを通し訊いておろう? ということは、大神官殿辺りは、既に察知されているかも知れぬし」
「そうですが……。母なる方はお優しいので、わたくしが望まぬ限りはわたくしの私生活を他者へ覗かせませんもの。ですから、今ならば内々に終わらせる事が出来ましてよ」
「まだ偽りを言うかっ! 金を払って得た位では、聖樹が答える訳なかろうっ」
「きいいいいっ! 其方こそ何処までフレイアを疎かにするのかっ!」
私は半ばあきれ、半ば婚約者への失望を隠しつつも王妃陛下を宥め、身に覚えのない糾弾をする王太子の言葉をスルーしながら、必死に前世の記憶を思い出す努力をしていた。
そう、そもそも私が、十七歳にして聖樹教の正神官、姫巫女なんてやっているのにもからくりがありまして……。
いわゆるMMORPGのキャラ持ち越し、生まれながらのチート魔力持ち、というやつだったりも、するのです。
『王太子殿下、貴方はなんという、ことを……』
聖樹教の高位神官である彼が絶句するような言葉を、王太子は確かに口にしたのだ。
だから私は彼に何も返せず、樹のお母様が見せる私の今日の記憶を見返すしかなかったの。
◆◆◆
私は王太子の言葉にぎょっとした。私が、今の地位を金で買った……?
「ならぬ! その言葉は見逃せぬ!」
王妃陛下は素早く椅子から立ち上がると、閉じた扇子で王太子の頬を思い切り張った。
スッパアアアン! と、彼の頭から、それはそれは良い音がしたわ。
ついでにとばかり、王妃陛下は王太子の腕の中にある少女を睨みつける。
「其方か、其方が我が王子を謀ったか!! お主、一体何処の国の諜報役じゃ!」
「は、母上……何を」
王太子は呆然と、叩かれた頬に片手をやった。
王妃陛下は息子の前でわなわなと身体を震わせていらっしゃる。
「そなたは国教会が定める巫女制度をなんと見る。フレイアが地位を買った……? それはつまり、教会が、金銭で、聖樹に連なる聖なる巫女を、欲得で立てるという、謂れなき誹謗。辺境伯家にも、聖樹教にも顔向け出来ぬ言葉よ」
王妃陛下の言う教会とは、この国が冠するイグの名を有す、世界樹イドラシルを奉る教会の事を指す。
この王妃の庭園からも遠くに眺められる、遙か空まで突き抜けるように聳え立つ巨大な樹。それが、イグドラシル。
その足下に広がる聖域は国にあって国のものではない、教会の自治区であり、私はそこの正神官で、ついでに姫巫女だ。
何で姫巫女なるご大層な地位の方がついでなのかは、私の場合、どちらかと言えば聖域の隅々までを闊歩出来る、正神官の地位の方が大事なので……。
で、姫巫女というのは、世界を支える樹、イグドラシルを守り育てる者で、その資格を得る為には幾つかのハードルがあるのだけれど……。
私が持つ「イグ」 の名は、そのハードルを越えた証でね。聖樹教のお膝元である国内でも少人数しか、このイグを名乗れないのよね。
うーん、しかし。思い返すに、ゲーム本編のヒロインさんは、姫巫女であったのかも謎だ。
だって、運営二年目、アプリダウンロード数五十万突破の記念に出たビジュアルブックにも、彼女の名前に「イグ」 は入ってなかったし……。同僚としてもこの七年間、顔を見たことないし。
さて、この可憐なピュアリアちゃんは、「それ」 を持っているというのだろうか。さっきから、小動物みたいに王太子の腕の中で震えている彼女。
だとしたら、判定はこの上なく楽だけれどね。
だって、「それは偽れない」。
その存在を手にする者を、この国の者は皆よくよく知っているから、「それ」 を出して皆に見せれば、いいだけの話なんだし。
「地位を金で買った、ね……」
しかし、王太子ったらとんでもない事をしてくれたものね。もう、王妃陛下も庇えはしないわ。
聖域に座すこの世界の庇護者、イグドラシル。その庇護者が自ら選んだ姫巫女の位を……私が、買った?
それは、聖樹教に喧嘩を売ったのと同意義だ。
「そうですわね。王妃陛下の仰る通り。わたくしが役職を金で買った、と。それは国教会への侮辱、教義の否定に当たりますけれど、よろしいのですか。王太子殿下は、王家と国教会との断絶をお望みですの? わたくし、これでも正神官の資格がありますので、お望みでしたら何時なりと我が聖杖に従いまして、大神官様に直にお言葉をお伝え致しますけれど」
私は内心の怒りを抑えて、大した事がないかのように薄く微笑み首を傾げる。
「は……? 年にたった一季節しか聖域に勤めぬ其方が、正神官の位を持つ訳などなかろう」
王太子は、眉間の皺をさらに深めて私へ侮蔑の視線を送る。
ああ、そろそろ呆れも通り越してムカムカしてきた。それも貴方との婚約のせいでしょうが。王太子妃としての根回しの為に二季節も使ってひたすら諸侯や高官らとの根回しをしていたんですが、それをどう思っているわけ?
王都で遊んでた訳では、ないんですけれど。
出来るなら、私だってずっと聖域で楽しく森の管理をしていたいんですけどね?
「それは、次期王太子妃の教育や、辺境伯家での勤めもございましたので。誠に母なる樹には申し訳ない事ですが、免除されていたのです。それも、誠に喜ばしい事に、本日を持って王太子殿下が直々に、わたくしを王太子妃候補から外して下さるそうですから、今以上に心を込めお仕えする所存でございますが」
だから私は話しの節々に棘を潜めて言ってやったけれど。
「き、貴様、先ほどから王太子に向かい何様で……」
スッパアアアアン! と、王太子の頭から小気味よい音が響く。
「其方の方が何様じゃっ! 姫巫女の言葉をなんとする!! 姫巫女を通し、此度の事は、聖樹が全てをお聞きなさっておるのじゃぞっ! 聖樹教とて、教義を貶められたのじゃ。其方の言葉をこの場の戯れとしてなどくれぬっ! 其方は神敵じゃ! 人類を守る母なる聖樹の怨敵じゃ! 最早、其方を誰も、逃してなどくれぬというのに……!!」
王妃陛下の怒りの声がそれに続いた。
「其方は、其れほどに我が王の治世の終焉、我が民の死を願って居るのか!」
バッシンバッシンと、扇子で我が子を打ち倒す王妃陛下のすさまじい怒りっぷりに、そろそろ王太子(のお頭) がやばそうな気配を覚えて、私は宥めに掛かった。
……いやまあ、流石にあの言葉は救いようないし、王太子はもう終わりだとは思うけれど、でも聖樹教が目に見える形で罰を与え、この国の民を赦す為にも、一応命ある状態で身柄を渡して貰わないといけないし、王妃様がヒステリーで倒れられたら可哀想だわ。
まじまじと見ると、王太子の綺麗なお顔がボッコボコ。初級のヒールで治るかしら? うーん、二級のヒール? 三級ヒールともなると今度は鼻血噴きそうだし。
それ以前に、ヒロインさんの敵とか言って私の治癒魔法、キャンセルしそうだし……。相手の身体に直接効果を与える魔法って、相手の意思によってキャンセルできるのよねぇ。じゃあ、姫巫女を名乗ってるくらいだから治癒系魔法持ってるだろうし、ヒロインさんに回復させる?
でも、魔法系統って乙女ゲー内ではすごく曖昧だったのよねえ。だから私、実はヒロインさんが聖魔法を使える事は知っていても、どの程度の能力かは知らなかったりするし。
彼女、彼氏の二目と見れない顔を綺麗に治すこと可能なのかしら?
なんて、王太子の綺麗なお顔の復元について考えている場合ではなくて。
「ま、まあ、王妃陛下。王太子殿下から間違いを正して頂けるのでしたら、わたくし事を荒立てはしませんわ。幸い、まだこの場のみに留められるものですし……」
「しかし、のう。聖樹はそなたを通し訊いておろう? ということは、大神官殿辺りは、既に察知されているかも知れぬし」
「そうですが……。母なる方はお優しいので、わたくしが望まぬ限りはわたくしの私生活を他者へ覗かせませんもの。ですから、今ならば内々に終わらせる事が出来ましてよ」
「まだ偽りを言うかっ! 金を払って得た位では、聖樹が答える訳なかろうっ」
「きいいいいっ! 其方こそ何処までフレイアを疎かにするのかっ!」
私は半ばあきれ、半ば婚約者への失望を隠しつつも王妃陛下を宥め、身に覚えのない糾弾をする王太子の言葉をスルーしながら、必死に前世の記憶を思い出す努力をしていた。
そう、そもそも私が、十七歳にして聖樹教の正神官、姫巫女なんてやっているのにもからくりがありまして……。
いわゆるMMORPGのキャラ持ち越し、生まれながらのチート魔力持ち、というやつだったりも、するのです。
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