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1巻

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   プロローグ 『猫耳亭ねこみみてい』へようこそ! 


 レンドラーク領の片隅には、美しい薬草園がある。
 まず、北側にあるのは、『薬草畑』。ラベンダー、セージ、バジル、レモンバーム、カモミール、ローズマリー、ゼラニウムなどがい茂っていた。これらを使い、薬草茶などを作る。
 西側には『漢方畑』があり、生えているのはアワ、ケイヒ、シャクヤク、サンシン、オウレンなど。これらはせんじて薬を作る材料にするのだ。
 東側には年に二回、美しい花を咲かせる薔薇園ばらえんがあり、南側には、茅葺かやぶき屋根に白い壁をした、可愛らしい家が建っている。その中の一室は、喫茶店となっているのだ。これら全てを総称して、『薬草』と呼ぶ。
 店の出入り口は家の玄関。屋根から吊るされた『猫耳亭』という木の看板が、風でキイ、キイと音を鳴らしながら揺れていた。
 店内はチョコレート色の四人がけの円卓が三つ、カウンター席が五つというこぢんまりとしたお店。その全ての座席が埋まり、今日も猫耳亭は満員御礼まんいんおんれいであった。
 家事を終えてやってきた主婦二人が、注文をする。

「すみませ~ん、フワフワパンケーキと薬草茶二つ!」
「は~い」

 店の奥から出て来たのは、茶色の髪を三つ編みにして、後頭部でまとめた女性だ。メイド服をまとっており、年頃は二十歳前後。名を、ユウナ・イトウという。彼女は一年前に、ここレンドラーク領へやって来た女性だった。

「こんにちは、ドレーク夫人にマノン夫人」
「ユウナ、今日も忙しそうだねえ」
「ごめんね、大変な時に」
「いえいえ、嬉しいです!」

 この辺りでは珍しい黒目を持つユウナは、持ち前の明るくはきはきした性格で、村人達にもすぐに受け入れられた。

「シュトラエルのお婆さんも、嬉しそうで」
「元気になって、本当に良かったわ」

 しみじみ話しながら、主婦達はレジのほうを見る。そこには、猫獣人ねこじゅうじん老婆ろうばが座っており、訪れる客を笑顔で迎えていた。
 ここ猫耳亭は、シュトラエルという奥方が店主を務める喫茶店なのだ。五年前に一度閉店したが、ユウナがやって来たのをきっかけに、再び開店する運びとなった。

「私も、こんな素敵な場所でお店を開けるなんて、夢のようで――」

 と、ここでユウナは我に返った。

「あっと、すみません。それで、薬草茶ですが、今日はどのような調合になさいますか?」

 この店では、客の体調に合わせたブレンドティーを出しているのだ。庭にある薬草畑からんだばかりの、フレッシュハーブティーが自慢である。

「私は腸の調子が良くなくて。あと、夜も眠れないんだよ」
「でしたら、胃腸の調子を整えるレモンバームと、不眠症に良いラベンダーをブレンドして作りますね」
「私は最近、朝が辛いんだ」
「わかりました。血行を良くするローズマリーを使ったお茶を作ります。少々お待ちくださいませ」

 ユウナはぺこりと頭を下げ、厨房ちゅうぼうのほうへと歩いていく。

『ユウナ、パンケーキ、焼けたよぉ~』

 パタパタと飛んでくる、モフモフの白い小鳥。名前はアオローラ。シマエナガによく似ているが、ただの鳥ではなく、ユウナと契約を結ぶ妖精である。

「ありがとう、アオローラ!」

 かまどの中で、フワフワパンケーキが焼き上がったようだった。
 ユウナは手袋を装着してかまどのふたを開け、船をぐオールのような道具で、生地を流した型を取り出した。メレンゲを泡立てたパンケーキは、しっかりとふくらんでいる。
 それを型から外して二段に重ね、四角にカットしたバターを落とし、上からシロップをたっぷりと垂らす。これが、猫耳亭で人気の『フワフワパンケーキ』なのだ。
 それから、らしておいた薬草茶を盆に載せ、カウンター席まで運んで行く。

「お待たせしました」
「ありがとう、ユウナ」

 にっこりと微笑む男性客は、目を見張るほどの美形だった。
 手足はすらりと長く、サラサラとした金の髪に、吸い込まれそうな青い目、目鼻立ちがはっきりしており、鼻筋が通った、正真正銘のイケメンである。
 柔らかな容貌の彼は猫耳亭一番の常連で、年はユウナよりも三つ下の二十歳。名前はヴィリバルト。赤い詰襟つめえりの上着に、白いズボンを穿いており、ひと目で育ちが良いとわかる外見をしていた。
 ユウナはヴィリバルトになぜか気に入られていて、会うたびに口説くどかれているのだ。

「ユウナ、今日は何時にお店終わる?」
「さ、さあ、どうかな?」

 ユウナは営業スマイルを浮かべたが、ヴィリバルトはそれ以上の甘い笑みを浮かべている。

「今度、星空を見に行こう。ユウナだけに、私が知っている特別な場所を教えてあげるから」
「あ、えっと、機会があったら、ぜひ」
「楽しみにしているね」

 大切なものを扱うかのように指先をすくわれ、そっと口付けされる。いったい、いくつ口説くどきのパターンを持っているのかと、ユウナは真っ赤になった。
 ヴィリバルトは食前の祈りをささげたあと、フワフワパンケーキを口に含んで笑みを浮かべる。

「ユウナ、今日もとってもおいしいね」

 この笑顔のために毎日頑張っているのだと微笑ましい気持ちで眺めていたユウナは、突然真顔になったヴィリバルトに話しかけられる。

「……ユウナ」
「はい?」
「何か、悩みがあったら何でも相談してね」

 ヴィリバルトはユウナの抱える事情を知っている。実は彼女は、この世界の住人ではない。
 ここにやって来て一年。いろいろなことがあった――



   第一章 おいでませ、異世界へ! 


 小さい頃から菓子職人になることがユウナ――伊藤優奈いとうゆうなの夢だった。
 きっかけは、幼い頃に見た『ねこのお菓子屋さん』という絵本。猫の店主が喫茶店をいとなみながら、作ったお菓子を客に提供する物語である。
 ――おいしいお菓子を食べれば、誰もが笑顔になる。私はみんなを笑顔にしたい! 
 そう思って、菓子職人を目指し始めた。高校は調理科に入学し、製菓せいかについて学べる学科を選んだ。そうしてお菓子作りの基礎を学んだあとは、奨学金制度を使って、海外留学までしたのだ。
 ホームステイ先は老夫婦の家だった。可愛らしいあか煉瓦れんがの家には美しい庭もあり、夫婦は草花の世話をすることを日々の生きがいにしていた。
 留学中は言葉、技術など、未熟が原因で様々な壁にぶつかった。落ち込むことも一度や二度ではなかったが、そんな時は決まって、夫人がレモンバームのハーブティーをれてくれたのだ。元気になれるお茶だと言って。その姿を見て、ますます自分だけの喫茶店を開き、おいしいお茶とお菓子を提供するんだと、決心を強めた。
 帰国後、優奈は外資系ホテルの菓子職人として働くことになった。
 新米しんまい職人の一日は、材料の仕入れ確認、材料の計量、卵割り、果物のカットなどの作業から始まる。単純作業ではあるが、安定して同じ品質に仕上げるには技術が必要で、慣れてもなかなか難しい。奮闘の日々であった。
 辛い下積み生活であったが、将来、誰かを笑顔にするお菓子を作るため、現在の努力がいつか実を結ぶと信じて優奈は頑張り続けた。
 働いて一年以上がつと、ちらほらとコンテストの話も舞い込むようになってくる。職場の誰もが、コンテストでの受賞を目指していた。入賞したらキャリアにはくが付く上、独立した時にも注目が集まるからだ。
 皆が切磋琢磨せっさたくまするさまを横目に、優奈はコンテストに挑戦することに対して疑問を持っていた。
 ――なんでみんな、ギスギスしながらお菓子を焼いているんだろう? 
 コンテスト用のお菓子作りにはげむ同僚達を見て、嫌気いやけが差す時もあった。
 ――もっと楽しくお菓子作りをすればいいのに。
 そんな思いを先輩に相談すると、優奈の目指す「楽しくお菓子を作って、お客様に提供するお店」なんて、夢物語だとはっきり言われた。
 もやもやとした気持ちで働く日々。それでもあっという間に時間は過ぎて、優奈も菓子職人三年目となった。
 このまま平凡な毎日を過ごすのだろうと思っているところに、衝撃の事件が発生した。
 なんと、ホテルの親会社が倒産したのだ。もちろん、従業員は強制解雇となる。
 ホテルの入り口に貼られたビル閉鎖のお知らせを目にした優奈は、くらくらと眩暈めまいを覚えながら帰宅した。体が重くて動かない。何とか布団に倒れ込むと、そのまま意識を失った。


   ◇◇◇


『ユウナ、ユウナ……』
「んん……?」

 名前を呼ばれてぱっとまぶたを開くと、飛び込んで来た風景は美しい花畑だった。おまけに目の前には、世にも美しい女性の姿。波打つ長い銀色の髪に水色の瞳を持った彼女は、ギリシャ神話の女神が着ているような白いドレスをまとって優奈をのぞき込んでいた。

「え、私――!」

 周囲は花畑。目の前には女神のような女性。そこから連想するのは――

「もしかして過労死しちゃった!?」

 実はホテルが倒産する直前、大量解雇があったのだ。削られた人員分の仕事を埋めるため、優奈は日の出前に出勤し、帰宅は日付が変わる頃という無茶な生活を三ヶ月ほど続けていた。
 体も精神もボロボロになり、食堂のおばちゃんに病院に行くよう勧められるくらいだった。
 優奈はあ~あと思いつつも、どこか諦めたように溜息を吐く。

「……また、養護施設の先生に、迷惑かけちゃうな」

 優奈は養護施設で育った孤児だった。身元保証人である所長はいろいろと良くしてくれたが、部屋の解約などで迷惑をかけてしまうことを思うと、申し訳ない気持ちになる。
 そんな現実的なことを考えていると、目の前の女性より待ったがかかった。

「待って、待って! ユウナ、あなたまだ死んでないわ!」
「え?」
「あのね、ちょっと言いにくいんだけど、私、産まれたばかりのあなたを、別の世界へ飛ばしてしまったの」

 あまりにも現実離れした話に、優奈は呆然とした。

「あ、ごめんなさい。名乗り遅れたわ。私は機械仕掛けの世界『アース』と、魔法で構成された世界『エクリプセルナル』、二つの世界を守護する女神」
「は、はあ……」

 壮大な話について行けず、生返事になる。夢かと思って頬をつねってみたが、残念なことに普通に痛かった。
 ――優奈は地球人ではなく、別の世界の生まれだった? ……簡単に信じられる話ではない。

「ユウナ、大丈夫?」
「あの、すみません。なんか、ちょっと話についていけなくて……」
「ごめんなさい。詳しく説明するわね。二十三年前、あなたはエクリプセルナルで産まれたの。でも、アースに行くべき魂をエクリプセルナルに配置したのではと私が勘違いしてしまって」

 女神は白状する。実は、死ぬ予定はないのに過労で死にそうになっていた優奈の魂を発見し、原因を探ったら、過去の自らの手違いに気づいてしまったと。

「……だから、私には両親がいなかったの、でしょうか?」
「ええ、本当に、ごめんなさい……」

 言いつつ女神は、肖像画のような画像を空中に映し出した。

「これが、ユウナのお父様。ベルバッハ公ルッツ・ヴェンツェル」
「ベルバッハ公……」
「ウィリティスという国の公爵……国王の弟らしいわ」

 茶色の髪に黒い目を持ち、立派なひげたくわえた、厳格そうな人物であった。りの深さは西洋人風に見えるが、アジア系も混ざっているのではと思わせる、エキゾチックな外見だ。思わず見入っていると、その横にもう一枚、画像が浮かび上がる。

「公爵夫人、マリアベリー・ヴェンツェル。ユウナは、お母様にそっくりなのね」
「そう、でしょうか」
「そうよ」

 マリアベリーは金髪碧眼へきがんの美しい人だった。しかし、これが両親だと言われても、何も感じない。

「あのね、それで、ユウナを公爵家に帰そうと思うの」

 それはどうなのかと思う。突然帰って来られても、向こうは戸惑うのではと指摘した。

「いいえ、大丈夫。ご両親はあなたのこと、ずっと捜していたみたい」

 だから突然帰っても問題ないし、この先苦労することはないだろうと、女神は太鼓判たいこばんを押す。

「ご心配ありがとうございます。でもやっぱり、会うのはやめておこうと思います」

 優奈の言葉を聞いて、女神は悲しそうな顔をした。

「ユウナ、今まで大変だったのね。本当にごめんなさい」

 女神が何もない空間から取り出したのは、優奈のこれからの運命が書かれた本。

「この先、アース――地球にいても、苦労の連続だったみたい」

 二十三歳:就職先が倒産。職を失う。
 二十五歳:めたお金で店を開こうとするが、事故にい、大怪我。
 三十二歳:店を開いたが、火事で焼失。

「三十五歳の時には――」
「い、いえ、もういいです。大丈夫です。よくわかりました」

 慌てる優奈に女神は頭を下げ、びた。

「ごめんなさい。悪いと思っているわ。魂がアースに呼応こおうしなくて、苦しかったでしょう?」
「それは、どういうことですか?」
「具体的に言葉にするのは難しいんだけど、空気とか思考とか生活のリズムとか、アースの人とエクリプセルナルの人の感覚は違うの。周囲の人達の思考について行けなかったり、こうあるべきだと示された道を息苦しく思ったり」

 思い当たるふしがあり、顔を伏せる。周囲の人達と意見が合わなかったり、コンテストにやりがいを感じなかったりしたのは、優奈がエクリプセルナルの魂を持っていたからなのか。

「でも、なんか、びっくりと言いますか……う~ん」

 優奈は続く言葉を探す。あまりにとんでもない事実の連続なので、再度、これは夢なのかと首をかしげた。というか、夢だと思うほうが受け入れられる。なのでもう、開き直ることにした。夢でも現実でもいいから、この不思議な状況を楽しむことにしよう。

「それでね、おびとして、願いを三つ、叶えようかなって」
「願い、ですか?」
「ええ。例えば――エクリプセルナルで、今世こんせの記憶を持ったまま赤ちゃんからやり直したいとか、すごい魔法を覚えたいとか、国王様と結婚して、王妃様になりたいとか」

 優奈はとんでもないと首を横に振る。童話に出てくるお姫様のような暮らしに憧れはある。けれどそれがずっと続くとなると、庶民育ちの自分では疲れてしまいそうだと思った。「じゃあ、何を願うの?」と聞かれて優奈はしばし考える。特に願いなどないとも言ってみたが、そういうわけにもいかないと女神は引いてくれなかった。一生懸命考え、今までの生活に足りなかったものを望んでみることにする。

「でしたら、一つ目は、自然が豊かなところで暮らしたいです」

 朝の満員電車、終電への猛ダッシュ、ジリジリに熱くなったアスファルト、その全てから解放されたかった。

「二つ目は、私がそこでお菓子を作れる環境にあること」

 優奈の人生と、お菓子作りは切り離すことができない。

「三つ目は、私の力が、誰かの助けになれる場所に、行きたいな、と」

 その三つの願いは、優奈にとって贅沢ぜいたく我儘わがままだと思えたけれど、女神には違ったようで――

「え、そんな地味な願いでいいの? 本当に? すっごい美女になりたいとか、お金持ちになりたいとか、モテモテで困っちゃうとか」

 美女になってモテモテ。確かに楽しそうではあるものの、それはそれでやはり疲れそうだと思い、お断りする。

「わかったわ。ユウナの願いを叶えましょう」

 女神は優奈のあごに手を添えて、ひたいに口付けをした。じんわりと、体の中が熱くなる。瞬間、願いを叶えたと、耳元でささやかれた。

「……でも、なんだかやっぱり悪い気がするから、おまけを付けるわ」

 女神は波打つ髪を一本抜くと、優奈の胸に押し付ける。魔法陣まほうじんがふわりと浮かび上がり、光がはじけたかと思えばポン! と音を立てて、それは白い卵へと変化した。優奈は目の前に落ちてきた卵を受け取る。

「わっ、温かい! 女神様、あの、これは?」
「それは、ユウナを導く妖精よ」

 一気にひびが入り、卵が割れた。

『ふわ~!』

 小さな白い鳥が卵から生まれる。姿形はシマエナガのようで、羽毛はフワフワだった。
 目が合い、互いにパチパチとまばたきをする。

『初めましてユウナ!』
「あ、どうも」

 女神は補足説明をする。

「この子の名前はアオローラ。私の体の一部と、あなたの心から生まれた妖精よ。新しい世界で、道しるべになってくれると思うわ。主な能力は『鑑定かんてい』よ」

 アオローラは『よろしくね』と言い、小さな翼をはためかせ、優奈の肩に乗る。

「ユウナ!」

 女神は最後に、優奈へと問いかける。

「本当に、両親のいる公爵家に行かなくてもいいの?」

 優奈はまぶたを閉じ、しばし考える。目を開いた瞬間には、心は決まっていた。

「はい、今は大丈夫です。いつかは会ってみたいと思うのですが……」

 急に家族がいると言われても、実感が湧かなかった。今女神様と会話しているこの状況ですら、現実であるとは受け入れられない状態なのだ。
 しばらくは緑豊かな場所で一人ゆっくり過ごしたいと優奈は望んだ。

「わかったわ。もしも気持ちが変わったら、アオローラに相談してね」
「はい、ありがとうございます」

 女神はにっこりと微笑みかけ、手にしていた杖をかかげる。

「では、ユウナ、ここでお別れね。行ってらっしゃい。気を付けて……」

 女神の見送りを受け、優奈はなぜかぽろりと涙をこぼす。地球への未練はなかったが、どうしてか悲しくなってしまったのだ。目を閉じれば、温かな何かに包まれる。
 こうして、優奈は本来いるはずだった『エクリプセルナル』へ落ちて行った。


   ◇◇◇


 さらさらと、頬に優しい何かが触れる。優奈は大きく息を吸い込んだ。かぐわしい花の香りに、さわやかな新緑の清々すがすがしい匂いが周囲をただよう。すぐに、自分が緑に包まれて横たわっていることに気づいた。わずかにまぶたを開くと、若葉と鮮やかな花色が視界いっぱいに広がる。
 そこは、留学先でお世話になった老夫婦の庭の風景によく似ていた。あの時飲んだ、レモンバームのハーブティーの味が懐かしくなる。夫人は、レモンバームのことを『メリッサ』と呼んでいて、ギリシャではそう言うのだと教えてくれた。レモンに似た香りと、ほんのりとした優しい甘さがあるレモンバーム。わずかに感じる苦味も、慣れたら癖になるのだ。
 留学時代の楽しかった記憶を思い出し、優奈は胸がいっぱいになる。
 まぶたを閉じ、ぽろりと涙がこぼれたとき――

「君、大丈夫!?」

 声が聞こえた。若い男性の声だ。薄く開いた目に、さらりと流れる金の髪が見える。おぼろげな視界をただすようにパチパチと目をしばたたかせると、優奈をのぞき込む金髪碧眼へきがんの美しい青年の姿が見えた。綺麗な花畑に、驚くほどうるわしい青年。やはり天国にいるのかと、優奈は思う。
 ここは昔絵本で見た『ねこのお菓子屋さん』に描かれていた庭にも似ていた。そんなところにいるなんて、願ってもないことだ。優奈は満たされた気持ちになる。
 なので、心配そうな視線を向ける青年に言った。

「私は平気です。どうか、他の困っている人のもとへ……」

 天使様、という言葉までは言えなかった。ぶつりと、意識が途切れてしまい、穏やかな表情で、まぶたを閉じる。

『うわ~ん、ユウナ~!!』

 優奈の導きの妖精、アオローラが取り乱す。

「シュトラエルのところに運ぼう」

 そばにいた青年は一人冷静なもので、優奈を横抱きにすると、近くの民家に運び始めた。

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