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6巻

6-3

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 そうして進むと、噂のレッドスコーピオンやストーンゴーレムにすぐ遭遇した。
 それにプテラノドンのような魔物まで天井にぶら下がったり、飛んだりしている。これらは上層の魔物らしいが、下手に音を立てると周囲の魔物を集めて総攻撃をしてきそうだ。交戦はできるだけ避け、戦っても瞬殺を心掛けて進む。

「このまま、魔物を避けながら上に向かえる道を選んで歩くしかないんだよな?」
「はい、危険を避けるならそうすべきですわ。もっとも、わたくしたちなら手当たり次第に魔物をぎ払って進むのも、無理ではないかと思いますよ?」
「いやいや、勘弁してくれ」

 周囲を歩いているストーンゴーレムやレッドスコーピオンを集めたくない。
 これら二体の大きさは、ほぼ同等だ。両者とも体長は二メートルから三メートルほどである。たまにこの二体が鉢合わせすると互いに威嚇いかくし、小競こぜいを引き起こしていた。その際にストーンゴーレムのこぶしは壁を突き壊すし、レッドスコーピオンの爪は岩を貫く。
 正直、こんなものを何体も相手にしたら、命がいくらあっても足りない。

「ではこちらへ。近くにいる魔物は排除しなければなりませんが、スロープ状になった道をいくつか抜ければ、もう一つ上の階層へ抜けられますわ。下層落ちの心配はもうありませんよ。ドラゴンがいる場所まではそれを含めて三階層ほど登れば、着きます」

 あの溶岩の滝が流れ落ちていた場所も越え、時々洞窟どうくつを抜けたり裂け目を歩いたりして進んでいると、広い踊り場に到着した。そこにはまた五メートルほどの大穴が口を開け、ヒカリゴケが先の道を照らしている。

「キュウビはここに来る時はいつもこの道を通るのか?」
「いいえ。普段は飛竜に上まで運んでもらうので、自らの足で登るのは久方ぶりですね」

 彼女の乗っていた飛竜は、現在空のどこかを散歩中だ。
 さすがの飛竜でも、四人とその装備を乗せて竜の巣を登るのは無理だし、「せっかくならば徒歩で行きたい」とキュウビから申し出があったので、このような旅路となっている。

「知っている道がいくつか塞がっていたり、知らない通路ができていたりしていました。わたくしとしても、探険に心をおどらせているところですわ」

 ふふふ、と笑う彼女は少女のように冒険を楽しんでいるらしい。実力から生まれる余裕のおかげか、さながら散歩の延長だ。
 いや、実際問題、彼女にとってはそうなのかもしれない。竜の巣という魔境といえど、何度もここに来たことがある彼女にしてみれば知人に――相手はドラゴンではあるが――会いにきただけなのだろう。
 キュウビの戦闘は、日本舞踊に似て流麗だった。
 レッドスコーピオンがレイピアの刺突しとつのごとく突き出してくる毒尾も、彼女はさらりと柳葉やなぎばのようにかわす。爪を振り回されても半身を反らす程度ですり抜け、最後に薙刀なぎなたを一振り。
 すぱんと両爪を斬り裂くと、続けて尾も両断し、最後に脳天を串刺しにして終了だ。強敵に見えたのに、なんとも呆気ない。
 風見が驚いていると、彼女が次に相手にしたのはストーンゴーレムだった。キュウビは即座に駆け寄り、胸部を一突きで貫く。

「その図体では少々邪魔になるので、細かくさせていただきますわね」

 直後、いつの間に律法りっぽうの詠唱をしたのか、ストーンゴーレムの内からきつね色の炎が溢れてくる。巨体はすぐに爆散してしまった。彼女はひゅんひゅんと薙刀を振り回し、舞を終える。
 彼女が相当の手練てだれなのは、見ればわかった。
 しかしゴーレムをくだくのは容易ではない。以前シルバーゴーレムはテルミットと水蒸気爆発すら耐え抜くことができた。いくらキュウビが強くても、こんな風にたった一撃でストーンゴーレムをほうむれるものだろうか。

(もしかしてここの魔物は弱いのか……?)

 風見はそんな疑いさえ持ってしまった。けれどそれはプロのわざを素人が見て、「簡単そうじゃないか。これなら俺にもできる」と笑うことと同じ。
 リズが戦った時、彼女はストーンゴーレムを一撃で貫くことはできなかった。今だって、レッドスコーピオンは巧みに前進や後退も組み合わせてくるので、間合いを詰めるのに苦労していた。
 リズの戦闘も見た上で、風見はようやく理解した。
 キュウビは一般人の彼の物差しでは、到底測りきれない存在のようだ。
 武芸を極めた者は、攻撃の気配を相手に見せないという。相手が気づいて避けようとする頃には、こちらの攻撃が終わっているのだ。
 気づいた時には避けられない。気づいていても避けきれない――そんな業があるそうだが、キュウビの動きはそれに近いのだろう。
 千年の研鑽けんさんす業と思えば、なんとなく理解できる。
 あれだけキュウビを警戒していたリズも、彼女の技量には舌を巻いていた。クロエはその到達点の高さが知れたのか、打ち震えている。
 武闘派の女子勢はちゃっかりと通じ合っているようで恐れ入る。

(……ふらふらしているだけにしか見えないんだけどなぁ)

 武芸をかじった程度の風見には、何かすごいっぽいとしかわからず、二人の震撼しんかんっぷりを真似まねすることしかできなかった。
 実力以外に、付加武装でも使っているのだろうか。風見としては、キュウビの強さには何か特別な要因があるのだと考えずにはいられない。

「キュウビはいろんな付加武装を持っているから、炎も幻術も扱えるのか?」
「いえ、わたくしの付加武装はこの大薙刀おおなぎなたと衣だけです。大薙刀は竜骨りゅうこつとドラゴンのきばから。衣は自動再生と強化の能力を持つ木竜のヒゲから織られています。ただし古いものなので、能力はもうほとんど残っていません。素材がいいという利点しかもうないのですよ」

 付加武装は通常、一年と経たずに劣化する。よほど質がよかったり、特殊な素材はその限りではないが、キュウビの付加武装も永久に使える代物しろものではないそうだ。
 しかし大薙刀の輝きは全くにごっておらず、彼女の着物もほつれた部分は少しも見えない。律法りっぽうとして能力を発現できなくとも、まだ素材は生きているのだろう。

「ふぅむ。なんかレア装備っぽそうだな」
「な、なんかどころではありません。貴族が家宝にしてもいいレベルの代物です……!」
「仮にも伝説の存在なんだから、そういうのを何個か持っていても、さほどおかしくはないだろうね」

 クロエがおののいている一方で、リズは特に興味もなさそうに言う。
 切れ味や強度で言えば、キュウビの大薙刀はリズが持つ蛍丸にも引けを取らない。
 だがリズはかたな以外にはそそられないようだ。
 彼女は自慢の太刀たちを肩にかついだまま、次の試し斬りだけを気にしていた。

「じゃあキュウビの炎も幻術も自分の律法っていうことか?」
「その通りですわ」

 キュウビはすんなりと頷く。
 その話は、クロエが以前教えてくれた律法のルールとかけ離れていた。
 律法は一人一属性のみ。しかも自分が所有するワードに規定された効果でしか扱えないはずだ。けれど、キュウビは少なくとも二種――あの狐火きつねびと幻術をあやつる。
 リズとクロエを見てみれば、彼女らも疑問を抱いているようだった。
 実は二種に見えても、あの幻術は炎によって蜃気楼しんきろうのごとく発生させたものだったのだろうかとも風見は考えたが、その線は薄い。
 ただ視覚をだませるだけでは、以前にリズの心がキュウビの律法に影響を受けたことの説明がつかない。心に影響を及ぼせるのだから、陰属性を有していることは確かだろう。やはり彼女は二属性以上の律法を所有していると見て、間違いなさそうだ。

「わたくしは少々特異なのです。これはお父様とお母様から受け継いだのでしょう」
「キュウビのお母さんは何種類もの律法を使えたのか?」
「いえ、お二人が共に一種です」
「えっ、父親も使えたのか!?」

 彼女の父といえば二代目猊下げいか――風見と同じ世界の出身のはずだ。律法を扱える因子はこちらの住人にしかないはずなのに、それは驚きの事実である。

「はい。わたくしが生まれる以前のとある戦乱の折、お父様は親友と共に戦場を駆けていたそうですが、その方はお父様をかばって無数の矢に撃たれたとか。お父様も瀕死ひんしの重傷を負いながらなんとか逃げおおせましたが、すでに親友は手のほどこしようもなく、腕の中で息を引き取ったそうです。それ以来、親友の力を受け継いだのか、律法りっぽうを扱えるようになったと聞き及びました」
「なんという王道展開……」

 風見は神妙な面持おももちをしながら可能性を考察する。
 律法はこちらの世界の住人だけが持つ体の仕組みが作る特殊な能力のはずだ。
 理由はよくわからないが、彼はその折に何かしらの影響を受けたのだろう。もし獲得しうる力だとすれば研究しない手はない。

「そしてお母様は人ではない存在だったそうです。このきつねに似た容姿も、お母様のものを色濃く受け継いでいるとか。生態的にはサキュバスの亜種と言っていいもので、いくつもの国と男を手玉に取ったと聞きましたわ。残念ながらわたくしはお会いした記憶はありませんが、どのようなお方だったかはなんとなく想像がついてしまいます」

 あえて言葉にはしないが、風見もその想像だけはばっちりできた。
 サキュバス。淫魔。夢魔。男の精をむさぼる魔物としてあまりにも有名だ。
 こちらの世界のサキュバスとは陰属性の幻術を使い、人を惑わせながら精力を吸い取る魔物だという。
 果たしてそういう魔物と人の間に子どもができるのかは、風見にはわからない。しかし、キュウビが現にこうして存在しているのだから、不可能ではないのだろう。

「本来、魔物と人の間で子を作るなんて、ありえないこと。それは充分に理解していますが、わたくしは今ここにいる。ならばもう考えることなんてありませんわ。数種の律法を扱える特異体質なのも、こういった理由からかと」
「そんなことあるもんなんだなぁ」

 風見が感心していると、リズははっきりと首を振る。

「いや、普通ならありえんよ。サキュバスを捕らえておもちゃにする人間の話は聞くが、子どもが生まれた例なんぞ聞いたこともない」

 アルラウネやサキュバスなど、人をかどわかす魔物のきばを抜いて愛人ペットとするのは、金持ちの道楽としていくらかある話だそうだ。
 しかし彼らとの間で子どもが生まれた前例はないらしい。

「ええ、まさしく。長く生きてきましたが、わたしく以外に聞いたことがありません」

 それが可能だったのはマレビトが相手だったからか、それとも単に偶然だったのかはわからない。
 ふむと風見も考えてみるが、本当のところは染色体の数などを研究してみないとなんとも言えないだろう。

「歴代の猊下げいかは異世界の知識を持ち、律法にとらわれず、ドラゴンも従えた……。律法を使うための因子がないから、俺たちに律法は使えない。そのかわりに自動追尾するターゲッティングも受けない。それに俺たちは魔物とかに頭痛や不快感を引き起こさないから、仲良くもなれる。……そこらへんで何か繋がりでもあるのか?」

 風見が首を傾げていると、リズがつまらなそうに言う。

「そんなもの、どうせまたタイショーなんたらでもせんとわからん、とか言い出すんだろう」
「対照実験、な。推測はいくらでも立てられるけど、いくらか試さないと何もわからないな」

 不明確な話をいくらそれらしく繋げてみたって確証はない。
 こういうものは、「ほぼ例外なくこうなるから正しいんだ!」と無数のデータを出して初めて、理論を導き出せるのである。
 風見はリズの言葉に頷きながら「いつか検証しないとな」と特に考えもせずに呟いた。
 わからないなら調べる。それは研究者としては当然のことだ。
 だが風見は、その一言で話していたリズだけでなくクロエ、キュウビからも凝視される。
 ただの注目ではない。彼女らはそれぞれ、戸惑いやら意外さやらを浮かべた表情で見つめていた。
 うん、久しぶりになんなのだろうか。この爆弾発言をしたような空気は。
 気づかなかったことにしたくて、風見は意味もなく頷き続けた。そこにリズが情け容赦のない言葉を向けてくれる。

「それはつまり、同じマレビトのシンゴが、いろんな女に子どもを作らせて試すと? ……まあ、止めはせんがね」
「……えっ。えーと。そういう意味になるか……?」

 風見はリズに言われて、ようやく自分の発言の意味を理解した。
 確かにそうだ。マレビトの特性に理由があるのか、それともただの偶然なのか。それを検証するには、いろいろな相手と子どもを作らなくてはいけないわけで。
 そういう意味になっちゃうな、と自覚し、風見はぶわっと汗をかいてうろたえる。

「あ、いやっ、そーいう意味じゃないからな!? 第一、俺がそんな大それたことを公言して実行まですると思うかっ……!?」
「わ、わたしでよければ、その……、が、がんばりますっ……。四人くらいなら、そのぅ……」
「クロエッ、真っ赤になってうつむくな。真に受けてリアルな数字を出すなっ!!」

 恥ずかしそうなクロエと違い、キュウビは楽しげだ。

「ふふ、お盛んですのね。わたくしも検証に必要ですか?」
「シンゴは何か薬を試す時には、ネズミだけでなく近場の動物すべてでやるね。となると人間、亜人、もちろんマレビトとのハーフも範疇はんちゅうだろうかな。人外やエルフとて、安心はできんね」

 リズは呆れ気味に半目を向けてきた。そんな考えはよこしまで不潔とでも言いたいのか、太刀たちを盾にして身を隠す真似まねをする。
 ああ、もちろん大いなる誤解だ。

「違うからな!? 俺はちゃんと恋愛対象は一人にしぼるし、浮気なんてする気もない、小市民だ! たくさんを相手にできる甲斐性かいしょうがあると思うなよ!?」
「一人に充分な数をさせると? リザードマン並みにエグいことをしようとするね」
「リズ、お前はもう油を注いでくれるな……! いいからとりあえず、口を閉じてくれっ……!」
「はいはい、私はシンゴの奴隷モノだからね。命令するならなんで――むぐ」

 風見は、いつまでも口上を続けるリズの口を後ろから押さえにかかった。
 クロエの方は真っ赤になってだったまま静かにしてくれたが、キュウビは微笑ましそうにこちらを見ている。
 彼女には命令が効かないし、クロエのように自然鎮火してくれるわけでもない。キュウビこそ、この場のラスボスだろう。

「そうやって求めていただけるのなら、わたくしも女として鼻が高いですわ」
「ああ、ああ……もうイジらないでくれ。それにここは一応ダンジョン奥地の魔窟まくつだぞ。真剣に進んだ方がいいと思うんだ……」
「ご心配なさらず。あともう少しで最上部ですので」

 彼女はリズとは違い、いつまでもいびったりはしない。そろそろ引き時かなと悟ったらしく、それとなく話題を変えてくれた。
 風見はようやくほっとして胸をで下ろす。
 しかしながらキュウビは彼に視線を注ぎ続けていた。まだ何かあるのだろうか、と彼も彼女を見つめ返す。

「えっと……、まだ何かあるのか?」
「シンゴ様は、わたくしがそういう人外だとしても、気になさらないのですか?」
「別に。そりゃあ体が妖怪の百目ひゃくめみたいに目玉だらけだったりしたら引いたかもしれないけど、キュウビはただの亜人って言われても信じちゃうくらいだ。なら俺としては何も気にならないな」

 小説やアニメで、大切な者が人ではないという事実を知り、主人公が葛藤かっとうを抱くエピソードを見たことがある。
 風見はその作品で悩む主人公の気持ちも相手の気持ちも、よくわからなかった。見かけが化け物になるなど大きな変化があれば、それは戸惑いもするだろうが、相手の芯には何も関係がない。むしろそれで能力的に秀でているのならうらやましいくらいだ。
 だからキュウビの問いかけにも本心で答えた。

「わたくしが人よりもむしろ魔物に近しい存在でも?」
「ああ、実感が湧かないしな。だったら逆に聞かせてもらうと、俺は人や動物を助ける獣医って仕事をしているけど、病気の蔓延まんえんを防ぐために何万、何十万の動物を殺すことがある。それでショックを受けた牧場主を、自殺に追いこんでしまうことだってある。普段から、何かを生かす薬作りのために、ネズミなんかの命で実験もしてる。何かを助ける仕事をしてる一方、すごくひどいこともしている人間なんだけど、キュウビは俺をみ嫌うか?」
「いいえ。話を聞く限り、あなたは悪い人には思えませんもの」
「じゃあ、それと同じだ。キュウビも悪い人には思えない。今はそこまでしかわからないけど、機会があるなら、これからいろいろ教えてもらえればなって思う」
「そうですか。ますますわたくしのいおりに招待したくなりましたわ。シンゴ様のご用事が終わった時は、ぜひ訪れてくださいましね?」
「ああ。用事が終われば、お世話になってみたいな」

 晴れやかな表情のキュウビはひゅんと大薙刀おおなぎなたを振りかざすと、「さあ、あと一頑張りです」と教えてくれた。
 その声でようやく、リズとクロエも平常モードに戻る。
 ――しかしリズとキュウビの耳がいい二人組は急に立ち止まり、獣耳けものみみを上方にピクリと反応させた。
 風見の耳には特に何も聞こえなかったのだが、上の階で何かあったのだろうか。

「上で誰かが戦いを始めたね。このタイミングからするに……」
「カインたちか。急ごう。あいつらがもし怪我をしたら、治療してやれるしな。そうじゃないんだったら遠くから応援しておこう」

 風見たちはそう言って、上へと急ぐのであった。


    †


 竜の巣上層、二階。そこはアリの巣のように入り組んだ迷路だ。
 三階は他の洞窟どうくつと繋がった大空洞となっており、岩石が散らばった岩の森だった。
 どちらも壁面の穴から光が差しこんでいたためにさほど暗くなかったのだが、四階の様相は打って変わった。広いものの、湿っぽさや暗さが増して洞窟らしくなり、コケやキノコの蛍光のみでは見渡せない状態が続いていた。
 ここには、もうレッドスコーピオンはいない。そのかわり洞窟特有の盲目な生物が増えている。
 例えば天井から発光する粘液を垂らし、獲物を待ち構える土ボタルの一種。ウーパールーパーのようなトカゲ、オオゲジやクモが多い。彼らは積極的に人間を襲わないものの、血の臭いには一気に群がってくるそうだ。
 この四階にはさらに変わった部分がある。それは一部の天井だ。何かに削られたような跡がいくつもあり、ギザギザしていた。
 向かって左側は落石が作ったのか、不安定な岩が切り立つアスレチックロード。対して右側は、左と同じようにあったはずの岩がなく、何故か平らな道となっている。天井が削られているのもこちら側のみだ。
 よくよく見れば、何か大きな足跡が通路中についている。
 おそらく、右側はドラゴンが通路として使っているのだろう。
 四人は左側のアスレチックロードを進んでいた。
 キュウビは、岩から岩へとんとんと重力を感じさせないほど軽いステップで跳び、リズも彼女に身軽についていく。二人はリードがないと飼い主を置いていってしまう散歩中の犬のようだった。

「リズ、キュウビ、ちょっと待ってくれ……!」

 風見はそれにいくらか遅れる。まるで川辺で岩跳びをする子どもみたいに、ふらふらと追いかけ――たまに落ちかける。
 クロエは真っ青な顔をして、風見を支えに走る係だった。
 元の世界ではアスレチックスポーツ番組を何度も見ていたし、彼らの動きを真似まねする自分をイメージしていたというのに。その成果はかんばしくないのが、風見としては悔しくてならない。

「まったく。シンゴ、遅いぞ」
「お前らが速いんだっ……! というか俺だって、地面が揺れなければだな――おわっ!?」

 カインたちとレッドドラゴンの戦闘の影響で、震度にして四はありそうな揺れが頻繁にやってきていた。地面にしっかり突き刺さっていない岩の上では揺れが倍増してしまい、風見は度々バランスを崩している。

「だ、大丈夫ですか!」

 クロエは慌てて、また風見を支えてくれた。彼女らは一体、どうやってバランスを取っているのだろうか。
 動物は尻尾しっぽをバランサーにするという。尻尾の有無の差かもしれないと、風見は一瞬考えて、すぐに首を振った。尻尾のないクロエにもできている時点で、現実はして知るべし。
 一般人としてはこの旅路でへばらないだけ上出来、ということにしておく。
 風見的にはいっそ右側の道を進みたいが、そうできない理由がある。
 あちらは、例のウーパールーパーやオオゲジ的な魔物が無数にいて、危険なのだ。アスレチックか、いつ集団で襲ってきてもおかしくない魔物がいる道か。迷うまでもないだろう。

「ここまで来れば地面がならされていますから、お早く」

 先で待つキュウビが言う。
 彼女が立つ場所から先は、レンガのような人工物が足元に敷き詰められているのが見えた。さらに道は進むにつれて広がり、洞窟どうくつらしさも薄れていっている。
 床や壁をおおっている物体の材質は不明だ。リズもわからないらしく、辿り着くなりコツコツと叩いていぶかしげにしている。
 石より強度があるが、木材に似た弾力もある。けれども叩くと金属じみた音がするという不思議さだ。リズが首を傾げるのも頷ける。遠目で見る風見も、その材質には全く覚えがない。
 早く自分の手で確かめたくても、一つ一つの岩を跳んで渡っているので、風見が彼女らのもとへ着くまでまだ時間がかかりそうだ。
 キュウビはそんな様子を見て取り、上層に耳を傾け始めた。このエリアを抜ければもういただき。音を拾えば上層の状況は手に取るようにわかるらしい。
 すると、彼女はあらと呟いた。

「あちらの戦闘はもうじき終わってしまいそうですわね」
「そうなのか?」
「ええ。頻繁だった攻撃音は、タイミングを見て致命傷を狙うものに変わりました。ドラゴンのうろこを貫こうとする者は結局この戦法を選ぶしかありません」

 そういえば――風見は、タマと賊軍モータルパレードの頭領オーヴィルが戦っていた時のことを思い出す。彼は最終的になんとかタマに隙を作り、大魔法をぶつけるという戦法を取っていた。
 キュウビは続けて「もっとも、その一撃を受けてあげるのは、ドラゴンの優しさなのですが」とロマンにった物言いをしていたのだが、風見の耳には入らなかった。
 彼はそんな話より役立ちそうなものを見つけたのである。

「お……?」

 それは、地面からどっしりと生えた岩だ。
 巨大な水晶のように生えたそれは、何個も規則正しく並んでいる。しかも飛び乗ってみると、他の石と違い揺れもしないので風見には好都合だった。

「こっちは安定しているみたいだな。クロエもこっちに来たらどうだ?」
「はい。風見様のあとから追わせていただきます」

 魔物に対するしんがりや風見の補助のために、クロエは少々後方に控えてくれている。
 だが、しっかりした足場を得れば、飛び移るくらいなら風見にだってどうということはない。余裕が出た彼は、岩を跳び移りながらキュウビに問いかけた。

「キュウビ、ここって遺跡か何かなのか? 大昔は超技術を持った何者かが住んでいたとかさ」
「さて、一体いつからあるのやら、存じ上げません。もしかしたらこの山脈ができたのと同じ頃からあったのかもしれませんし、もっとあとかもしれません。何代も前のドラゴンなら知っていたでしょうが、わたくしでは残念ながら」
「ドラゴンって代々ここに住んでいるのか?」
「はい。ドラゴンはここなど限られた場所で生まれ、若い時に旅をしてから――」

 キュウビがバスガイドのごとく細やかな説明を始めた時、どこかでからりと石が転がる音がした。その瞬間に女性陣は一気に警戒態勢となり、空気が凍りつく。
 センサーのように、彼女らは視線を走らせる。しかし音以外に異常は見当たらないのか、新たな動作はない。
 風見は彼女らの警戒を邪魔しないよう、息をひそめて静止していた。

「うおっ!?」

 そんな時、足元が急に大きく揺れる。それによってバランスを崩した彼は、つい声を出してしまう。ハッとして口を押さえるも、もう遅い。
 彼女らの感覚網に引っかかり、するどい視線を向けられる。
 悪気はない。不可抗力だったと弁明する気で彼女らを見やると――何やら表情が変だ。

「あー……。そういえばこれが待っている約束だったね。シンゴ、気をつけた方がいいよ」
「こ、こんなところで寝ていたんですね。暗くてわからなかったです……」

 どこか他人事ひとごとのようなリズとクロエの反応を見て、風見は自分がしくじったのではないと理解する。
 自分がなんの上に乗ったのか、風見はこの瞬間に合点がいった。


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