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1巻
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しおりを挟む1 職業授与は突然に
「魔法使い!」
「おおっ、早く使ってみたい!」
「武道家!」
「ま、そうだろうな」
「僧侶!」
「えぇ~、私にできるかなぁ……」
「盗賊!」
「は? まじで?」
大広間に並んだ長い人の列が、少しずつ前に進んでいく。
列の先、人々を待ち受けるのは神官である。神官は次々と人々に職業を告げていった。そのお告げに対する期待か、あるいは畏れか、列に並ぶ者達の表情は様々である。
先々の人生を半ば決定付けるに等しい職業の宣告。淡々と告げられるその一言によってある者は歓喜し、ある者は当惑し、ある者は落胆し……そして、それぞれの旅を始めるのだった。
† † †
気付いたら俺は、見たこともない建物の中にいた。
白塗りの壁と乳白色の床。見渡す限りが白色で覆われ、目がちかちかする。それが第一印象だった。ピカピカに磨き上げられた床には、赤と青の花を刺繍した絨毯が延びている。一本道のように続く絨毯の上を、様々な表情を浮かべた人々が列をなしていた。
そして俺もその一人である。
更に、そんな俺……いや、俺達を取り囲むように鎧兜をまとった者達が立っている。隙間なく二列に配置され、険しい顔のまま微動だにしない彼らからは、「決して逃がさない」という明確な意思が感じられた。
上下スウェットという朝起きた時の格好のまま、俺はここ……どこかの城の大広間のような、神殿のような場所に立っていた。そう、俺は寝ていた訳ではなく、確かに起きていた。だからこれは夢じゃない。
起き抜けに朝食を温めようと、調子の悪い電子レンジのスイッチを入れた。いつも通りの異音がし始めたので、いつも通りの調子で軽く叩く。いや、ちょっと仕事のことでイライラしていたから、多少スナップが利いていたかもしれない。すると、会社であった嫌なことなど取るに足りないと嘲笑うかのように、レンジは「チンッ」と軽く鳴って……
次の瞬間、俺はこの場所にいた。
ここはいわゆる「異世界」なのだろうか。
一瞬、現実のどこかにあるコスプレ会場かという線も考えた。
けれど、馬鹿でかい城のような建物や、数百人はいるだろう騎士、何よりレンジの「チン!」でここまで来た移動手段を考えると……とても現実的な場所とは思えない。
「異世界にきちゃいました」のほうがまだ納得できる。というかむしろそのほうが良い。いやそうであって欲しい。
……俺の名前は出家旅人。二十五歳。職業はサラリーマン。
サラリーマン――すまん、見栄をはった。本当は派遣社員。
まぁ、派遣社員もサラリーを貰っているし、あながち間違いじゃないよね?
俺の人生は、いわゆる負け組のレールの上にあった。根気がないのか運がないのか、同じ仕事は長く続かず就職と退職を繰り返し、気付いたら弱冠二十五歳で履歴書も職務経歴書もえらいことになっていた。
とても「キャリアを積んできました」とは言えない職歴。無論、そんな状態では正社員採用は難しく、結局は派遣社員になるしかなかった。
毎日毎日同じような作業の繰り返し。夢や生き甲斐なんてものはいつの間にか忘れていた。
兄は一部上場企業に就職し、若くして課長代理になった。同じ家庭で育ったというのに一体どこでこうも差がついたのか……
だから、そんな息苦しい現実から逃れられるような機会を、俺は密かに願っていた。
そう、異世界に飛んでしまうような機会を。
それにしても、こうも脈絡なく来てしまうとは思わなかったが……
「よぉ、兄ちゃん。あんたも日本人かい?」
前に並ぶ中年の男が話し掛けてきた。
ちなみに今、俺は列の最後尾にいる。おっさんは後ろから二番目だ。
「えぇ。みんな日本人――ですかね?」
「だろうな。日本語しか聞こえてこねぇ。奴らも日本語だったのには驚いたが」
奴ら――というのは俺達とは明らかに格好や髪の色が違う連中。こちらの世界の住人を指しているのだろう。つまりおっさんもこの世界を異世界だと認識しているのだ。おっさんのくせに、なかなか柔軟な思考の持ち主である。
「く……くふふふ」
と、おっさんが突然笑い出した。
「どうしたんですか?」
「いやぁ、おかしくってね。本当に俺はラッキーだよ」
「え?」
「元の世界で、俺は何をしてたと思う?」
そう聞かれて、改めておっさんの格好を見る。
き、汚い……
ところどころ泥で汚れた上着に、「ダメージ」と呼べるレベルを通り越してズタボロのジーンズ。元の色が分からないほど煤けて汚れた靴のつま先からは、おっさんの浅黒い指が覗いていた。
「はっはっ! そう、ホームレスだ!」
「ホームレス……」
「そんな顔すんなよ。俺もあそこに行けば、職に就けるんだからな」
そう言ってホームレスのおっさんは、列の先頭にいる神官服の男を得意げに指差した。
この世界へ来てすぐ、物々しい騎士によって俺達は一列に並ばされた。
そして始まったのが、この職業授与だ。
「戦士!」
「次!」
「戦士!」
「次!」
「魔法使い!」
「次!」
「戦士!」
神官の叫びに従い、今も順に職業授与が行われている。居並ぶ百人ほどの俺達全てに、それぞれ適した職業が与えられるそうだ。それにしても多いな、戦士。
「賢者!」
そこで、広間にどよめきが起こった。
既に半分以上の職業授与が終わっている中で、初めて出た職業だ。
「賢者だ……」
「ああ……あの歳で。やはり〈旅行者〉は凄いな」
周囲にいる騎士達から、ヒソヒソとざわめきが聞こえる。
どうやら賢者は凄い職業らしい。賢者を告げられたのは、制服姿の少女だった。
ショートヘアのその女の子は、神官に告げられても眉一つ動かさず去って行った。
「見ろよ。ただ職が与えられるだけじゃねぇ。あんな女の子が賢者だとよ。運がよければ、俺だって人生逆転もあるぜ?」
おっさんは笑いを堪え切れないようだ。
そんなにうまくいくものか? 大体、このおっさんは賢者って何か知ってるのか? 異世界といっても元はホームレス。人間、分相応というものがあるだろ。
「それでな、聞いてくれよ……」
それからはおっさんの苦労話とこれからの夢が延々と続いた。やれ戦士になったら武器は槍が良いだの、魔法使いなら最初は氷系の魔法を覚えたいだのと無邪気に語る。
おっさんが話せば話すほど、フラグにしか聞こえてこない。
もうそれくらいにしとけ、おっさん……
「次!」
そうこうしている内に、ようやくおっさんの順番が回ってきた。
神官に呼ばれ、前に出るおっさん。
先ほどまでの勢いはなく、表情は強張り、ゴクリと生唾を呑む音まで聞こる。緊張しすぎ。
神官がすっと彼を指さし――叫んだ。
「勇者!」
大広間がしーんと静まり返る。
そして――
「「「オオオオオオォォォォ!!」」」
凄まじい歓声が上がった。
「おい、出たよ! 勇者!」
「あぁ! 今回もダメかと思ったが……きたな!」
騎士達もテンションが上がったのか、今度は声を控えようともせず喜色を浮かべて騒いでいる。
よく見ると勇者を任命した神官も小さくガッツポーズをしていた。「うしっ!」とか言ってる。
俺はただ茫然とその光景を見ていた。
嘘だろ? だってあの小汚いおっさんが勇者だぞ? 信じられない。
おっさんは俺以上に茫然としていたが、やがて我を取り戻したのだろう。
「ううぉぉしゃああああああーーー!!」
盛大な雄叫びを上げた。
あっという間に人垣ができる。
「兄ちゃんもがんばんなよ!」
おっさんは去り際、そう言ってポンポンと俺の肩を叩いた。
……一体何をがんばれというんだろうか?
俺にできるのはただ宣告を待つだけである。どうしようもない。
「次!」
神官が俺を呼んだ。広間には勇者おっさんの誕生によるどよめきと興奮が広がっていた。
だが次第に、みなの関心が最後の一人である俺に集まってくる。
おい、あまり期待するな。俺だぞ? 気恥ずかしくて俯くと、肩……おっさんに叩かれた辺りに、彼が残した熱のようなものを感じた。
いや……おっさんは目の前で奇跡を見せてくれた。ホームレスから勇者という起死回生の大逆転満塁ホームラン。なら、俺にだってそんな可能性も……あるだろ?
俺は意を決して神官の前に進み出た。
――来い! 俺にも何か……人生を変える、特別な何か!
神官が俺を指差す。そして躊躇なく叫んだ。
「はけん!」
2 破賢魔法って何?
は、はけん?
瞬間、脳裏に浮かんだのは二つの言葉。すなわち、「覇権」と「派遣」だ。
全然意味合いは違うんだけど、それ以外の単語を俺は知らない……
「はけん……なんだそれ?」
「いや、聞いたことないぞ」
先ほどの勇者とは明らかに異なる不穏なざわめきが起こっていた。
神官自身すらも「え? 何言ってんの俺」という困惑顔だ。
動揺している俺の元に、職業を与えられた転移者達が群がってくる。
「おいおい何だよそれ?」
「はけん? はけんとか言ったか?」
「レアな職業かもしれないわ」
「確認してみろよ」
確認? どうやってするんだ?
「あの……どうやって確認するんですか?」
「【リスト】って唱えれば、頭にいろいろ浮かぶよ」
一番近くにいた男がそう教えてくれる。
「なるほど……ありがとうございます」
とにかくやってみよう。
「【リスト】!」
すると、脳内に画面が浮かび上がってきた。
【名前】タヒト・デイエ Lv1
【職業】はけん Lv5
「文字が浮かんだら、もっと知りたいところに意識を集中させると解説が出てくるはず」
「は、はい」
言われた通り、「はけん」の部分に意識を集中させる。すると、新たな文字が浮かび上がってきた。それはあまりにも短い解説だった。
【職業】はけん Lv5 ▼はけんしゃいん
「はけん……しゃいん」
思わず呟いてしまったのも仕方がないと思う。
「ぷっ」
どこからか、失笑が漏れる。それを皮切りに、盛大な笑い声が巻き起こった。
「くっ……はははっ! 元の世界引きずりすぎ!」
「マジで? そんなのあるの? 笑える」
「一瞬でもレア職業だと思った自分を殴りたい」
あぁ、よくよく考えたら「覇権」なんて職業あるはずない。
俺も自分を殴りたくなってきた。
打ちひしがれているところに、神官が追い打ちをかける。
「『はけん』が何かは分からないが……皆のこの様子を見るに、はずれ職のようだな」
「はずれ職って……そんなのあるんですか?」
「きわめて稀だよ。二度も続くなんて前代未聞なんだが……確か『にいと』とかいってたか、前回は」
ニートっておまえそれ……職業ですらない。
俺の『はけん』も、そんなのと比較されるレベルの職業なのか?
† † †
職業授与を終えた者から順に、別の部屋へと誘導されていた。俺も最後の一人としてその部屋に足を踏み入れる。
白を基調とした石造りは先ほどと変わらないが、常識的な広さの部屋だ。
今度は床全面がふかふかの絨毯張り。壁には高貴な身分と思しき男性の肖像画や何かの動物の顔を模った金色の装飾品が掲げられている。取り囲む騎士の数こそ減ったものの、彼らはより上位の者に与えられるような風格の鎧兜をまとい、厳しさを放っていた。
格調高い部屋なのかもしれない。おっさんや賢者の少女も既にそこで待っていた。
「よぉ、兄ちゃん! 良い職業もらえたかい?」
「いえ……あまり良くないみたいで」
「そうかぁ……まぁ元気だせよ! せっかく人生変わったんだから」
俺の職業は変わってないんだけど――
勇者おっさんの笑顔が眩しすぎて、その言葉は出てこなかった。
突然、ダァーンというドラの音が響く。
すると、部屋の奥の扉から、豪奢な冠を被った男が現れた。見た目は六十歳ぐらいの威厳あふれる佇まい。左右に騎士を従えた男は、堂に入った足取りで白いマントを靡かせながら、居並ぶ俺達の前に立つ。そしてゆっくりと俺達を見渡した後、白い顎髭を軽く撫で、口を開いた。
応援ありがとうございます!
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