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1巻

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   プロローグ


 教会のかねがなる。
 王太子殿下の命によって結ばれた二人の結婚式が、今まさしく、始まろうとしていた。式がとりおこなわれる教会は、王都からかなり離れた場所にある。それにもかかわらず、二人を一目見ようと、きらびやかに着飾った客がどっと詰めかけていた。
 期待が最高潮に高まるなか、美しいオルガンの音色とともに礼拝堂の扉が大きく開く。そこに純白の婚礼衣装に身を包んだ花嫁が姿を現し、父親と思しき男性の手をとって赤い絨毯じゅうたんの上をしずしずと歩きはじめた。花嫁の顔を覆い隠すベールがゆっくりと揺れる。
 花嫁の頬は希望に染まり、幸せそうな笑みがあふれんばかりに浮かんでいる……はずなのに、この花嫁ときたら、がっくりと気落ちした様子を隠そうともせず、まるでいくさに負けたかのように肩を落としている。
 彼女を包んでいるベールですら悲しげに見えるのはどうしてなのか。
 そう。今ここで花嫁であるジュリアは、心のなかでは、こう叫んでいたのである。

(……一体どうしてこうなった!)

 ジュリア・フォルティス、チェルトベリー子爵領騎士団長。
 それが花嫁の名前と役職だ。
 否、名前であった、と過去形で表現するのが正しいかもしれない。
 何故なら、今、ジュリアは、ソフィー・チェルトベリーの身代わりとして、とある男のもとにとつがされようとしているからである。
 一度も会ったことのない男、ロベルト・クレスト伯爵のもとに。

(……何故私が! 見知らぬ男にとつがなくてはいけないのか……しかも、ソフィーの替え玉としてなんて!)

 世のなかは理不尽なことで満ちているのをジュリアは知っている。
 けれども、この理不尽さはあんまりじゃなかろうか。
 クレスト伯爵家にとつぐ前に、叔父であるチェルトベリー子爵からこう告げられていた。
 ――花婿となるロベルト・クレスト伯爵には、すでに溺愛している愛人がいる、と。
 チェルトベリー子爵令嬢であるソフィー・チェルトベリーは、王家によって結婚を命じられた。そして、その相手がクレスト伯爵だったわけだ。
 さらに、当の花婿は遠征に出向いていて不在ときた。
 まだとついでもいないというのに、夫となる人からすでにうとまれている。おまけに花婿不在のまま、ただ一人で婚礼の祭壇に立たねばならない屈辱を、ジュリアは甘受しなくてはならないわけだ。
 事の成り行きに釈然としない気持ちを抱えていたとしても、今ジュリアは、花嫁衣装を着て、祭壇に続く赤い絨毯じゅうたんの上に立っている。
 少しでも前向きになろうと思いなおし、ジュリアは頭をしっかりと上げて正面を見据えた。すると真っすぐ延びた絨毯じゅうたんの先に、一人の背の高い男性が立っているのが見えた。その人は、ジュリアの到着を待っているかのように見える。

(……あれは一体、誰なのかしら?)

 司祭とともにいるのだから、普通なら花婿と思うだろう。けれど当の本人のクレスト伯爵は前線にいて不在のはずだ。
 クレスト伯爵が親切心をおこして、哀れな花嫁のために式に間に合うように帰って来てくれたのだろうか? この人が自分の夫となる人なのかもしれないと、ジュリアがドキドキしながら祭壇の前に到着すると、その男性はくるりと振り返り、ジュリアを見つめた。

「初めてお目にかかります」

 男の端整な顔立ちに、優しげな微笑みが浮かぶ。
 それはジュリアが今まで一度も見たことのない上品な雰囲気をまとう人だった。
 黒い髪をなでつけたひたいは広く、グレーの瞳は知的で、もの静かな空気を漂わせている。そのたたずまいだけで、彼はかなり地位の高い人だろうと察することができた。

「貴方は……?」

 ジュリアが戸惑いがちに声をかけると、品のよい漆黒の婚礼衣装に身を包んだ男は、花嫁の前で、優雅な所作で片膝をついた。そして、まるで大切なものでも扱うように、ジュリアのシルクの手袋に包まれた手をそっと取った。

「私は、ジョルジュ・ガルバーニ公爵と申します。以後お見知りおきを」

 上目遣いに自分を見つめる彼の眼差しは熱く、次の瞬間、ジュリアが感じたのは、彼の唇の感触だった。
 優雅に手の甲に口付けられ、びっくりしすぎて息が止まる。公爵は口の端にかすかな笑みを浮かべた。
 ――なんて素敵な人なのだろう。
 胸がドキドキと強く脈打つ。
 異性を見て、心がときめくような体験をジュリアはしたことがない。ジュリアが真っ赤になって震えながら彼の瞳をじっと見つめていると、彼もまた熱い視線でジュリアをじっと覗き込んだ。
 ジュリアは、その後何十年も、そのときの気持ちを決して忘れなかった。
 ジョルジュ・フランシス・ガルバーニ公爵。
 彼こそが、生涯をかけて愛する唯一の人だった――



   第一章


 結婚式よりさかのぼること数日。

「お前ら、そんなことで敵とまともに戦えると思うな! きたえ方が足りん!」

 チェルトベリー子爵領にある闘技場の中央で、ジュリア・フォルティス騎士団長は、湖のように青く澄みきった瞳を鋭く光らせながら、兵士たちの一挙一動を見ていた。
 無造作にうなじで一つにまとめられた亜麻色の長い髪が、ジュリアが動く度にゆらゆらと揺れる。
 ほっそりとした顔立ちに、ぱっちりとした青い瞳は、否応いやおうなく男たちの目をくはずなのだが、今目の前にいる男たちは、ジュリアへ尊敬と畏怖いふのまじった視線を向けるだけだ。

「ダメだ。もう一度やりなおし!」

 太陽がジリジリと照りつけるなか、ジュリアの命令どおり男たちは剣を振るい、厳しい訓練に耐え忍ぶ。彼らの首筋から汗のしずくがぽたりと落ち、地面に丸いシミを作った。
 訓練は厳しく、まだ終わりそうにない。
 もし、ジュリアが優しげな微笑みを浮かべれば、男たちは即座に彼女に魅了されるのに、今のところ――いや、ずっと前から、ジュリアはそんなことにはみじんも興味がなかった。ジュリアは恋などとは無縁の生活を続けている。

「相変わらず容赦がないな、鬼教官」

 ジュリアの隣にやってきた副官のマークが、くすくすと笑いながら言った。男爵家の三男坊の彼とジュリアは士官学校からのつきあいで、気心も知れている。

「このくらいで弱音を吐くなら、使いものにならないからな」

 ジュリアはにやりと好戦的な笑みを浮かべた。

「全く、だんだん父君に似てくるな」

 ため息まじりのマークの言葉に、ジュリアは軽く頷く。

「まあ……な」

 ジュリアの父であるマクナム伯爵は、王宮の騎士団長まで登りつめた人物だ。ジュリアがまだ小さいころに亡くなったと聞く。
 彼女は本来は伯爵令嬢であるはずだったが、現実はそうなれない理由があった。
 ――庶子だったのである。
 両親の関係がどうだったのか、母に直接聞いたことはない。ただ、ジュリアは物心つく前から、薬師であった母と平民として二人きりで暮らしてきたし、父親とは会ったこともない。
 ぜいたくこそできないものの、つつましく母子二人で生活していたジュリアを、ある冬の日、不幸が襲った。母親が突然、流行はやりやまいで亡くなったのだ。それからほどなくして、父親の代理人を名乗る人物がジュリアを引き取りに来た。

「私は父の顔を……知らないのだ」

 ジュリアは、新兵を見つめながら低い声で言った。

「ああ、そうだったな」

 ジュリアを後見してくれたのは、ジュリアの父の弟だった。叔父となる彼は、このチェルトベリーを治める子爵だ。
 叔父によると、軍人であった父は婚約者がいたにもかかわらず、ジュリアの母に一目惚れし、駆け落ちしようとしたらしい。そのときに、母はジュリアを身ごもったようだ。
 子爵領のなかでも限られた人間しか、ジュリアがマクナム伯爵の娘であることを知らない。それについては、厳しく箝口令かんこうれいが敷かれているようだった。まあ、婚外子なんて所詮そんなものだろうと、ジュリアも全く気にしてはいない。
 引き取られたジュリアは、剣を与えられ、格闘技を学ばされた。貴族令嬢としてジュリアを育てる考えは、後見人である叔父には全くなかったらしい。
 ――父と同じ血が、体に流れているためか。ジュリアは司官学校時代からメキメキと頭角を現し、今となってはチェルトベリー子爵領になくてはならない存在となっている。

「そういえば、領主殿がお前のことを探してたぞ」
「訓練中なのにか?」

 頬を膨らませたジュリアを気にも留めず、マークは続けた。

「急ぎの用だそうだ」
「全く、こんなときに。……とはいえ仕方ないな。マーク、後を頼む」
「ああ、まかせとけ。お前の代わりにきっちりしごいておく」

 ジュリアは叔父の執務室へ、渋々足を向けた。

「叔父上、お呼びでしょうか?」

 礼儀正しくドアを開け、叔父に促されて机の前の椅子に腰掛ける。窓からは、自分の代わりに新兵をしごくマークの声が聞こえてきた。
 どういう風の吹き回しか、普段ジュリアとは顔を合わせようとしない従姉妹いとこのソフィーが叔父の横に立っている。ジュリアより三歳若い彼女はいつも遊ぶことに忙しく、昼間のこの時間に叔父の部屋にいるなどめったにない。珍しいこともあるものだな、と思いながら、ジュリアはじっと叔父の言葉を待った。

単刀たんとう直入ちょくにゅうに言おう。お前に、ソフィーの代わりにとついでもらいたい」
「は? ……叔父上、今、なんと?」

 いきなりの爆弾宣言に、ジュリアは目をパチパチさせて叔父を見つめた。


 一体、なにを言っているのか。

「ソフィーのところに、縁談がきた」
「はあ」

 事態が呑み込めずに困惑するジュリアに、チェルトベリー子爵は苦虫を噛みつぶしたような顔で続ける。

「そのとつぎ先があろうことか、西の辺境の地なのだ。そこのクレスト伯爵に、ソフィーを嫁に出して欲しいと打診がきてな」
「ならば、ソフィーがとつげばよいのでは?」
「ソフィーは、あんな田舎いなかに行くのは嫌だと駄々だだをこねてな」
「そうよ。私あんなところにとつぐのは嫌よ」

 叔父の横で、ソフィーがきゃんきゃんわめいた。
 この男は、一人娘であるソフィーにことのほか甘い。

「ソフィー、貴女への縁談が何故私に?」

 ジュリアは眉をひそめながら、腕組みをして目の前のソフィーを見つめる。
 くだらない話はいい加減にして、はやく訓練に戻りたい。

「だってぇ、嫌なんですもの。聞けば、クレスト伯爵領ってすごく辺鄙へんぴなところだって言うじゃない? そんなところでは暮らせないわ」

 甘ったるい口調が耳にさわる。ジュリアは黙って、ソフィーと叔父に代わる代わる視線を向けた。

「その縁談は断れないのですか?」

 ため息まじりに聞くと、叔父は憤慨ふんがいした口調で言った。

「クレスト伯爵だぞ。我が家より数段格が上だ。しかも、この縁談には、王家の口添えがある。おいそれと断るわけにはいかんのだ」
「王家、ですか?」
「ああ。だからお前に、ソフィーとして、とついでもらわねばならんのだ」
「……はい?」
「だから、お前にソフィーとして、クレスト伯爵と結婚してもらいたい」
「叔父上、その……頭のほうは大丈夫なのですか?」

 一応血がつながっているので、どことなくソフィーとジュリアは顔立ちが似ている。しかし、中身は天と地ほどに違う。
 混乱するジュリアに、叔父はたたみかける。

「我がチェルトベリー子爵家を守るためだ。この男癖の悪い娘が、伯爵家にとついだらどうなるか、お前にも簡単に想像がつくだろう。お前にソフィーの身代わりとしてとついでもらうより他に方法がない」
「はぁぁぁ? 叔父上、それは、無理というものです!」
「どうしても嫌か?」

 叔父が凄むように言うが、ここは引くわけにはいかない。ジュリアも彼を睨み付けた。

「嫌ですね。ソフィーとはそもそも、年が違います」
「いいか、ジュリア。これは、お前の任務だ。潜入作戦だと思えばよいのだ!」
「クレスト伯爵は、犯罪者か何かですか?」
「まあ、そんなもんだ」
「……と、言うと?」
「実は向こうも、この婚姻には乗り気でないのだ。……当主のクレスト伯爵には愛人がいてな」
「はい?」

 ……アイジン? いま、愛人と言わなかったか……?

「愛人だ! その愛人とでなければ、結婚しないと駄々だだをこねているようなのだ」
「だったら、その愛人とやらと結婚させてやればよいではないですか」
「平民の女風情とか?」
「その言葉を私に言いますか? 叔父上」
「……王家がその女との結婚に反対しているのだ。クレスト家は由緒ある家柄だ。王家とのつながりも深い。それゆえ、王家は、なんとしても貴族令嬢と婚姻させたいのだ。それで、貴族令嬢ならば誰でもいいと、ソフィーに白羽の矢が立ったというわけだ」
「そんなところに私をとつがせようというのですか?」

 ジュリアは驚いて、椅子から立ち上がりそうになった。

「お前がとついだほうがよっぽどましだ。ソフィーは、何をしでかすかわからん!」
「叔父上!」
「もう決定事項だ。王家から通達が来ている。万が一ソフィーが離縁されるようなことがあれば、我がチェルトベリー家を潰すと、王太子殿下からおどしが来ているのだ」
「私がソフィーとしてとついでいる間、彼女はどうするのですか?」
「心配には及ばん。ソフィーには、別の名前を用意してある。王太子殿下に見つからないように上手く隠しておくさ」
「一生ですか?」
「我が家が取りつぶされるよりはましだ。そうなれば私は爵位を奪われ、領地から追放されることになる」
「私だってそんなところにとつぐより、身を隠しながらでもここにいたほうがいいわ」
とつぎ先でソフィーが上手く立ち回ることなど絶対に不可能だ。このまま行けば、子爵家は王太子殿下に潰される」

 確かに、ジュリアもその点においては全くの同感だった。ソフィーは男癖が悪い上に、金銭感覚も麻痺まひしている。
 無理にとつがせたとしても、結局問題を起こして、実家に戻されるだろう。そうなれば、チェルトベリー騎士団もつぶされてしまう。自分の大切な部下のなかには最近、子供の生まれた者だっている。ジュリアの家族同然だった部下たちも路頭に迷うことになるのだ。

「もう、絶対、回避が不可能ではないですか。叔父上」

 由々しき事の成り行きに、ジュリアもごくりとツバをのみこんだ。

「まあ、そういうことだ。家のためと思って諦めてくれ、ジュリア」

 叔父が呼び鈴を鳴らすと、マークと他の侍女たちがぞろぞろと入ってきた。もうすでに、マークにも話がついていたらしい。

「ジュリアに、嫁入りの支度を」
「かしこまりました」

 全員が揃って頭を下げる。

「え? えええっ?」
「ジュリア、命令なんだ。諦めてくれ」
「マーク、お前もか!? この裏切りもの!」
「本当にすまん。騎士団のために、耐えてくれ!」

 それを言われるとぐうの音もでないが、だからといって、突然降ってわいたような話に、はいそうですか、と頷くわけにはいかない。ジュリアは我を忘れた。

「離せっ。離せったら!」

 こうして、ジュリアは無理やりドレスを着せられ、強制的にクレスト伯爵領へと送り出されてしまったのである。


       ◇


「私の縁談が決まった、とは、どういうことです?」

 ジュリアが無理やりとつぎ先へと送還されているころ、花婿となるロベルト・クレスト伯爵は、激しい怒りに顔をゆがめていた。自分にその話を持ちこんだ張本人に詰め寄る。

「ああ、私が決めたからね」

 しれっと言いきったのは、美しい金髪の巻き毛に新緑のような緑色の瞳を持つ、貴公子然とした男だ。
 目の前で激高している男など全く意に介さず、彼は優雅な所作でクリスタルのグラスに注がれたワインをくゆらせる。そして目をつぶって、赤いベルベットの液体から立ち上る芳醇ほうじゅんな香りをゆったりと楽しんでいた。
 男たちがいる場所は、戦場の最前線にほど近い場所だ。しかし目の前の貴公子然としている男に、焦りの様子はない。
 男がまとっている服は袖や胸元には美しい刺繍ししゅうほどこされていた。彼がとても高貴な身分であることは、その雰囲気だけでなく、身につけている宝石からも簡単にうかがえる。
 ロベルトが、いきどおりをあらわにして、男を睨み付けた。

「エリゼル殿下! 私にはエミリーという心に決めた女性が……」

 男は、新緑の瞳をゆっくりと開き、ロベルトをめんどくさそうに見つめる。

れたれたの話はもう聞き飽きたよ。君には、まともな令嬢と結婚してもらいたんだ。貴族として生まれたからには、その覚悟はできていると思っていたけどな」

 エリゼルはあからさまにうんざりした口調で言う。

「まともな令嬢!? チェルトベリー子爵の娘は、できが悪いと評判ではないですか!」
「ああ、まともというのは、貴族である、という意味だよ。貴族でありさえすれば、誰でもよかったからね。いろんな令嬢に打診してみたけど、彼女くらいしか、愛人がいる男のもとにとついでくるような物好きがいなかったんだ」
「幼なじみといえど、していいことと、悪いことがあります。王太子殿下だからと言って、俺の結婚にまで口を出す権利は……」
「はい。そこまで」

 エリゼルがぴしゃりと言い放つと、ロベルトはくやしそうに口をつぐんだ。しかし、エリゼルに対して鋭い視線は向けたままだ。

「ロベルト、幼なじみだからこそ、君の将来を心配してやってるんじゃないか。身分のいやしい女と結婚したら、君の将来は惨憺さんたんたるものになる。それを防いでやったんだ。むしろ、感謝してもらいたいくらいだよ」

 そう言って、エリゼルはにやにやと笑う。

「これはもう、決定事項だよ、ロベルト。明日にでも、君の領地に花嫁が到着する。そうすれば、すぐに挙式だ。君のご両親も、了承済みだ」
「なんだって? 明日? 両親も承知していると!? 領地にいる、俺の……俺のエミリーはどうなるのです!?」
「ああ、それは花嫁が決めることだから。彼女が煮るなり焼くなりしてくれるよ。夫の愛人を花嫁がどう処分するのか、見物だよね」

 意地悪く笑うエリゼルに、ロベルトは言葉を失った。
 この美しいけれど悪魔のような男と幼なじみとは、一体どういう運命の悪戯いたずらなのか。

「花嫁が愛人をどう扱うのか、君も見てみたいと思わないかい? まあ、愛人が優遇されることがないのは、確実だろうけどね」
「ああ、くそっ。なんてことだ。すぐに戻らなければ。殿下、少しの間、暇をください」
「却下。今この戦況で、最前線を離れられると思う?」

 冷たく言い放つエリゼルを目の前に、頭を巡らせた。そして、一つの考えに思い至る。ロベルトは整った顔に勝ち誇った笑みを浮かべて言った。

「殿下、私の結婚を考えてくださったことはありがたいと思いますが、一つ、盲点がありましたね。花婿である俺が領地に戻らなければ、式は挙げられない。貴方にしては、珍しく詰めが甘い」

 笑うロベルトを、エリゼルは眉一つ動かさずに見つめた。

「心配には及ばないよ。クレスト伯爵」

 ロベルトの胸に嫌な予感が走る。
 エリゼルが自分をロベルトではなくクレスト伯爵と呼ぶときは、必ずロクなことにならない。
 王太子が、目を光らせ悪魔的な微笑を口元に浮かべた。

「向こうに花婿の代理を立てておいたから、心配には及ばないよ」
「代理結婚ですって! 殿下、それはあんまりです」
「この私に抜けがあるとでも思う? 君を領地に戻したら、司祭に申し立てて結婚が成立しなくなるだろ」

 チェックメイトをかけるのはいつもエリゼルだ。陰謀いんぼうや策略で、ロベルトが彼に勝てた試しはない。この男は、一体どこまで狡猾こうかつなのか。

「それで……任務と称して俺をこんな僻地へきちにまで来させたんですか?」


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