転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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2巻

2-3

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「何でっ!?」

 突然発せられたシュリ姫の言葉に、ヒヨコを撫でながら首を傾げる。

「え?」
「私、手に乗るまで一ヶ月、撫でさせてもらえるまで一ヶ月、光らせるまで一ヶ月かかったのにっ!!」
「えっ!」

 撫でていた指を思わず止めると、ヒヨコが不満そうな声で俺に向かって「ピヨ」と鳴いた。
 俺とシュリ姫の間に気まずい空気が流れる。
 やばい……泣きそうな顔になっている。
 そりゃ、そうだよな。自分の召喚獣が他の人に懐いてちゃ。

「ご、ごめん」

 俺は慌てて、ヒヨコをシュリ姫に戻そうと近づく。
 その時、フワリと新緑の香りが俺を包んだ。ヒスイだ。
 ヒスイはそのまま、俺の体を抱き込むように押し倒す。気づいた時には、俺は床にうつ伏せになっていた。

「何……?」

 口を開いた瞬間、トスっと床に何かが刺さった。
 見ると、俺から少し離れたところに二十センチほどの小ぶりな矢が刺さっている。
 え? 矢? 俺、射られた? どうして?

「フィル王子? ど、どうしたの?」

 俺が急に倒れたので驚いたのだろう、シュリ姫が慌てて俺に手を差し伸べようとする。

「動かないでっ!」

 俺は強めの声で、それを止めた。

「え、何で?」

 突然厳しく警告されて、シュリ姫が狼狽うろたえる。
 あぁ、いけない。いくらあせったからって、不安がらせてどうする。
 俺は静かに深呼吸して、努めて優しい声を出した。

「転んだ拍子に大事なものを落としちゃったんです。踏んだら壊れちゃうから、しばらく動かないで」
「そ、そうなの。驚いた。わかったわ」

 シュリ姫のホッとした声に、俺も良かったとひそかに胸を撫で下ろす。
 こんな状態で、パニック起こされても困るからな。
 しかし……俺が狙われた? 何で……?
 自慢じゃないが、俺はしがない三男坊だぞ。狙うとしたら、普通は父さんやアルフォンス兄さんだろう。いや、実際狙われたら嫌だけど。
 考え込む俺の耳に、「ピヨ」とヒヨコの鳴き声が聞こえた。
 そういや倒れた時、とっにかばって手に包んでいたんだった!
 立ち上がって手を開き、ヒヨコの無事を確認する。
 だがその瞬間、またどこからか気配を感じて、すかさず大きく体をらした。
 頬の横を風が通り抜け、近くで矢の刺さる音がする。
 まさか……ヒヨコの光? それを目掛けて射てきているのか?
 再び手でヒヨコを包み、光が漏れないように隠す。

「お願い。光らないようにできる?」

 そっとささやくと、ヒヨコは光を落としてくれた。

【おはありませんか?】

 俺のすぐそばでヒスイの心配そうな声がした。

「大丈夫。さっきはありがとう、助かった。ところで、何が起こってるのかわかった?」

 聞きながら、胸元のハンカチを抜き取ってヒヨコを包み、胸ポケットにそっとしまう。

【調べましたところ、出入り口の扉が何者かに壊され、開かなくなっておりました】
「扉が? 父さんはこのこと……」
【衛兵からの報告で、すでに知ってらっしゃるようでした。他の方々はまだ気づいておりませんわ】

 列席者には、気づかれないほうがいい。
 灯りが消えたままってだけでも不安なのに、扉まで壊されてると知られたら大パニックだ。

【それから……闇の妖精が何匹か動いておりましたわ】

 少し低めに発せられたヒスイの声に、俺は眉を寄せる。

「闇の妖精?」
【闇で物を覆うことで、その物の姿を隠す妖精ですわ。灯りを闇で覆っておりました。捕まえようとしましたが、ちょうどフィルが射られそうでしたので……申し訳ありません】

 落ち込んで弱々しくなった声に、俺は小さく笑った。

「何言ってんの。来てくれてなきゃ、危なかったよ」

 ヒスイはホッと息をつく。だが、それはすぐ不安げな声に変わった。

【実は……矢を射ってきた辺りにも、闇の妖精の気配がありました。おそらく、闇の妖精の力によって、姿を隠しているのだと思われます】
「じゃあ、これは闇の妖精を使って、誰かが事件起こしてるってこと?」

 冷や汗がにじみ出る。
 おいおい、矢を射られるだけでもとんでもないのに。妖精を従えてるなんて、普通の奴じゃないだろう。
 よりにもよって、グレスハート王国主催の舞踏会でこんなことが起こるなんて……。

【でもおかしいですわ。闇の妖精は、他の妖精と違って単独でいることが多いのです。他者と関わったり、目立ったりすることを特に嫌っておりますから。こんなに何匹も人に使われることなど……】

 不可解、とばかりにヒスイはため息をつく。
 本当、わけわからないな。
 わかっているのは、今もこの大広間に刺客がいるということ。
 相変わらず辺りはざわめいているが、他の人に危害が及んだ気配はない。つまり、無差別に襲うのではなく、狙いは決まっているということだ。
 闇の妖精の力で大広間を暗くし、さらに自分もその闇にまぎれ、ヒヨコを持っている俺目掛けて矢を射る。
 とんでもない技だが、俺はホール中央にいたんだ。射る技量に自信があれば可能だろう。
 そこまで考えて、はたと気づいた。
 ……あれ?
 もしかして、狙われたのは俺じゃないのか?
 このヒヨコの主はシュリ姫だ。暗くなった時にたまたま俺が持っていたけど、本来ならシュリ姫が持っているはずだった。
 じゃあ、狙われたのは……シュリ姫?
 スッと冷や汗が、背筋に流れる。
 俺はヒスイだけに聞こえるように、小声で言った。

「大広間から、シュリ姫だけ避難させられないかな? 扉を壊してさ」
【それはお勧めできませんわ。この部屋にいる刺客は一人のようですが、外に敵が何人いるかまだわかりませんもの】

 あぁ、そうか。まだ犯人が何人か、把握できていないんだった。
 それに、扉が壊れたら避難をするために人々が雪崩なだれ込むだろう。犯人を外に逃がしてしまう可能性もあるし、その騒ぎにまぎれて再び矢を放たれる恐れもある。
 今、このことに気づいているのは、多分俺だけだ。犯人がまだ隠れているこの状況で、下手に騒いでおおごとにするわけにはいかない。
 俺の行動が犯人を刺激してしまい、無差別に攻撃し始めることだって考えられる。
 なぜシュリ姫が狙われているのかはわからないが、とにかく今はこの状況を変えなくては……。

「ヒスイ、闇の妖精って弱点ないの?」

 小声でそう聞くと、少し考えるような間があった。

【……そうですね。闇の妖精は強い光に弱かったはずですわ。一時的に弱らせる程度ですけど】

 光か……。鉱石の力を使えば、可能だけど……。
 鉱石は極秘事項になっている。使ったらマズイよな。
 しかし、今は緊急事態だ。ここで使わずさんになって、後悔するなんて嫌だ。 

「弱らせるだけで充分だ。灯りがつけられればいいからね。鉱石を使おう」  

 自分自身に頷いて、心に決める。

「刺客は、闇の力に覆われているんだよね? 俺が闇の妖精を弱らせたら、その人を捕縛できる?」
【お任せください。闇の妖精が使えぬ状態であれば、容易たやすいことですわ。フィルに矢を射ったこと、後悔させてやります!】

 物騒な物言いに、俺は口元をヒクリとさせた。
 ヒスイは基本にゅうだが、時々コクヨウより激しい性格だなと思う。

「お手柔らかに……」

 俺は心の中で、手を合わせる。

「じゃあ、少ししたら鉱石を使うから、父さんに一瞬まぶしくなるって伝えてくれる?」
【弱らせた闇の妖精は、いかがいたしましょうか?】
「ん? ああ、それは別に何もしなくていいよ。妖精が悪いわけじゃないし」

 笑ってヒラヒラと手を振った。
 妖精には、人間世界の善悪というものがわからない。どうやって刺客が闇の妖精を操っているのかは知らないが、妖精は悪いことをしている意識はなく、ただ従っているだけなのだ。闇の妖精よりも、操っている者のほうが重要だった。

【かしこまりました。では、こころのままに】

 ヒスイはくすりと笑ってそう言うと、移動したらしく気配が消えた。
 それから間もなく、ヒスイの伝言を受け取ったのか、父さんの声が辺りに響き渡る。

「これから、近衛兵が対応を行う! ナハル国の方々、そして列席者一同、万が一の危険に備え、身をかがめて頭を伏せてもらえぬか!」

 なるほど。父さん頭いい。その姿勢なら、自然と光を直接見なくて済むもんな。
 威風堂々とした父さんの声に、先ほどまで不安でざわめいていた声が、次第に落ち着いていく。
 身じろぎした後、人々の影がしゃがみこむのがわかった。シュリ姫もかがんで、うつむくように頭を抱え込む。
 皆がこうしていても、刺客は決して下を向かないだろう。辺りの様子をうかがっているに違いない。
 ……刺客が距離を詰めて、最終手段に出る前にやるか。
 俺は服の中からネックレスを取り出した。
 太陽をモチーフにしたペンダントトップに、オレンジ色の鉱石がはめられている。
 森で採掘した鉱石をあげるのと引き換えに、鉱石屋の親方に一部をアクセサリーにしてもらったのだ。
 光の鉱石はネックレスに。火、風は指輪。土、氷、霧は細い腕輪。
 ……おかげで成金のようですけど。
 ネックレスをつかんで、目を閉じる。
 イメージは、カメラのフラッシュ。それも特大の光だ。

「発光」

 鉱石を使ったとられないよう、小さく呟く。
 それは一瞬だったが、まぶたを閉じていても感じる、強く明るい光だった。

【うわぁっ!!】
まぶしいっ!】

 闇の妖精だろうか? そこかしこで小さな声が聞こえる。
 俺はそのまま火の指輪を掲げ、先ほどまで灯っていたたくさんのろうそくの火を頭に思い浮かべた。

「灯す」

 辺りが明るくなっていくのを感じて、そっと目を開けた。
 けれど部屋の明るさに慣れず、まぶしさに目をすがめる。
 片目で何とか見渡すと、他の皆も驚いたように目を開け始めていた。

「こ、これは一体どういうことだ……」
「何があったのだ……」

 父さんとアバル王は、まぶしさに目を細めながらも俺たちのもとへやってきた。
 それから、それぞれ自分の子供をかばうように抱きしめる。
 何だか、少し気恥ずかしいな。

「う、うぅぅぅっ」

 うめく声が聞こえる。
 気づけば、俺たちの前には、木のつたでぐるぐる巻きにされた黒い物体が転がっていた。
 約束通り、ヒスイが捕らえてくれたんだろう。
 これが刺客か……。
 俺はゴクリと喉を鳴らす。
 闇の妖精によって包まれている様子は、想像していたよりもさらに不気味だ。事態をまったく把握できていない他の人は、俺以上に衝撃を受けただろう。

「何なのだ、これは……」

 父さんは驚きのあまり、かわいた声で呟いた。
 周りにいた貴族たちも、不気味な物体に声も出ないようだ。
 だが、その黒いもやは強い光で闇の妖精が気絶したことによって徐々に霧散し、中身があらわになっていく。
 そして、驚いた。現れたのが、十歳くらいの少年だったからだ。
 黒装束を着た少年は、平均より細身に見えた。
 とはいえ、つたを引きちぎろうともがいている力は強いので、かなり鍛えているらしい。
 漆黒の髪が、顔の青白さをやけにきわたせている。
 ただ、その白い顔には赤い平手跡があった。
 あ……ヒスイ、叩いたんだ。
 自害させないためか、ヒスイは少年の口につたませていた。彼はギュッと目をつむり、うめいている。
 やはり、鉱石が発光した時、彼だけが目を開けていたのだろう。
 光の衝撃で、まだチカチカして目が開けられないんだ。
 見ると、装備していたらしきナイフや小型の弓矢が、離れたところに散らばっていた。
 あの弓矢で、俺は射られたのか。
 ……ん? あの矢の先端、あり得ない色してない? 
 紫と黒が入り交じった、どう見てもヤバそうな色なんだけど。
 ねぇ……もしかして……。
 毒? 俺、毒矢射られたのかっ!? 
 今さらながらに命の危険を自覚し、ブルリと震えて父さんの服をつかんだ。

「フィル……まさかこの者は……」

 少年を凝視しながら、父さんが呟く。

「多分、刺客です」

 俺の近くに毒矢が転がっているのを発見した父さんの顔は、すっかり青ざめていた。
 大広間にいた列席者は、俺の言葉を聞いてどよめく。
 そしてアルフォンス兄さんが、近衛兵の制止を振り切って俺に駆け寄ってきた。その後を追って、母さんやステラ姉さん、マリサ王妃がやってくる。

「フィル、射られたのかい? は!?」

 アルフォンス兄さんは俺の前にしゃがみ込み、父さんに抱かれる俺の体をあちこちから確認する。アルフォンス兄さんのほうが狙われたのではと思うほど、顔面そうはくだった。

「僕は無事です」

 安心させるために微笑むと、アルフォンス兄さんたちは安堵の息をつく。
 それから父さんは、眉間にしわを寄せて黒装束の少年を振り返った。

「しかし、なぜフィルを……」
「僕じゃなくて、シュリ姫を狙ったのだと思います」

 それを聞いた皆は、アバル王やマリサ王妃のそばにいるシュリ姫に視線を向ける。

「そんな……まさか……」

 アバル王は唇を震わせ、マリサ王妃はシュリ姫を抱きしめる手に力を込めた。



 3


 眠い……。
 俺は欠伸あくびみ殺した。
 最近、すっかり規則正しい生活を送っていたからなぁ。いつもなら、もう寝ている時間だ。
 しかもここ一週間、ミリアム先生のスパルタ授業が続いて疲れてるし。
 まぁ、そのダンスも刺客の出現によって台無しにされてしまったわけだが……。
 俺たちは今、執務室にいる。
 ナハル国一行は事件の心労もあるだろうとのことで、一度船に戻って明日改めて来てもらうことになった。本当は城に泊まってもらうはずだったんだけど、事件が起こった場所で寝るなんて気が休まらないからね。
 女性陣にも、自室に戻って休んでもらっている。
 俺もぶっちゃけ部屋に帰りたいです。心労で言うなら、俺がナンバーワンだと思う。
 なのに、「事態を把握しているお前がいなくて、取り調べができると思うか?」と父さんに言われ、今に至っているのだ。
 この世界の人達にも、労働基準法の必要性を訴えたい。児童を夜に働かせちゃダメなんだぞ。
 俺としては刺客も捕まえたし一件落着かなと思ったのだが、国と国とのからみがあるから、そうもいかないらしい。
 執務室のソファには父さんとアルフォンス兄さん、それから俺とコクヨウが座っていた。
 目の前には、ロープで椅子に拘束された刺客の少年がいて、口には布を噛ませてある。
 子狼姿のコクヨウは、不機嫌そうに「ガルル」とうなった。

【まったく、なぜ我を呼び出さぬのだ】

 事件があったのに俺がコクヨウを召喚しなかったので、全然活躍できなかったとご立腹らしい。
 コクヨウはソファから降りて少年に近づき、頭の上に飛び乗るとタシタシと足踏みを始めた。

【このようなわっぱ、我ならば一噛みで終わるものを】

 そんなコクヨウに、俺は脱力して言う。

「舞踏会には人がいっぱいいるんだよ? コクヨウ出したらおおごとになっちゃうでしょ。て言うか、タシタシするのやめてあげなよ」

 少年は拘束されながらも、頭の上のコクヨウを睨んでいた。口を塞がれているため何も言えないわけだが、アイスブルーの瞳は怒りに満ちている。
 コクヨウはそんな少年を鼻で笑うと、俺の隣に戻ってちょこんと座った。
 その様子を見ていた父さんは、ため息をついて口を開く。

「フィル、そろそろ良いか?」
「あ、すみません」

 俺はペコリと頭を下げた。

「先ほどこの者を覆っていた、あの黒いもやは何なのだ?」

 父さんは、チラリと刺客に目をやる。今は黒いもやには覆われていないが、その時の少年を思い出したのか眉をひそめた。

「あれは闇の妖精です。ヒスイの話では、物を闇で覆い隠す力があるそうです。あの時、灯りの火をつけ直してもダメだったのは、そのせいです」
「なるほど。それで、その妖精対策に鉱石を使ったわけだな。慌てていたのか、ヒスイはそのあたりの説明が足りなくてな」

 チロリと責めるような視線を向けられ、俺は笑ってす。

「闇の妖精は、強い光で気絶させられるって聞いたので。緊急事態だからいいかなと」

 それを聞いて父さんは、仕方ないというように息を吐いた。どうやら、鉱石を使ったことに対するおとがめはないらしい。

「では、あの子は闇の妖精を操れるということかい?」

 刺客から視線を外さないままのアルフォンス兄さんに尋ねられ、俺は肩をすくめる。

「はっきりとはわからないですけど。その子のことが好きで、協力してるんじゃないかなぁ?」

 俺の目には、心配そうに少年に寄り添う闇の妖精が五匹見えた。
 言うことを無理やり聞かされているのなら、こんなふうに心配はしない。
 彼を守るように時々こちらをチラチラ見ているのは、俺のそばにコクヨウがいるからだろう。
 俺はコクヨウを抱っこして少年に近寄ると、闇の妖精たちににっこり微笑んだ。
 妖精たちは少年の背後に隠れ、ビクビクと様子をうかがっている。

「大丈夫、怖くないよー」

 コクヨウの右前足をつかんで、左右に振ってみる。
 だが、妖精たちは少年にヒシとつかまって、ブンブンと頭を振るばかりだ。
 ダメかぁ。子狼の姿してても、怖い存在だと妖精にはわかるのかな?
 少年を見ると、馬鹿にするなとばかりに俺を睨んでいる。けんもほろろな感じだ。
 妖精から何か聞ければと思ったんだけど……。

「でも、こんなに妖精に好かれてるなら、悪い子だとは思えないんだけどなぁ」

 ふぅと息をついて、眉を寄せる。

【フィル、お前はまことに甘い】

 コクヨウは俺の手から前足を抜き取ると、ペシペシと俺の顔を叩いてきた。
 そんなことされても肉球がプニプニしていて、幸せなだけなんだけど。

【命を狙ってきたのだぞ? 悪いに決まっているではないか】
「それは、そうなんだけど……」
「父上、この者を一体どうなさるのですか?」

 アルフォンス兄さんに聞かれて、父さんはうなる。
 そうだ。それは気になっていた。
 シュリ姫を……というか、俺も巻き込んでだけど、王族をあやめようとしたんだ。ゲンコツもらって謝るだけじゃ済まない。ろうごく行きか、最悪処刑なんてこともあり得る。
 だが、ここは平和なグレスハート王国。他の国ならいざ知らず、王族の暗殺なんていう重犯罪や、ましてその犯人が子供であるなど王国の歴史でも例がない。
 最近騒ぎになったのは、無銭飲食おじさんの逃走劇だったっけ。そのくらい平和なのだ。
 父さんは立ち上がって少年に近づくと、口を塞いでいた布を外す。

「お前は何者だ? 他にも仲間はいるのか? 誰かに依頼されたのか?」
「俺は、何も話さないっ!」

 ガタガタと椅子を揺らし、父さんに噛みつくように叫ぶ。

「俺一人でやったんだ!」

 そんなはずないよなぁ。
 シュリ姫を亡き者にしたからといって、この少年に何のメリットがあるんだ。背後に誰かいるのはわかりきっている。

「こんなところ……すぐに逃げ出してやる。今度こそ成功させる……」

 少年はまだ諦めていないのか、悔しそうに呟く。
 でもなぁ。闇の妖精はビビってるし、こっちには伝承の獣も精霊もいるから絶対に無理だと思うよ……。
 困り果てて少年を見る俺の隣で、アルフォンス兄さんが静かに言う。

「まだ暗殺を諦めていないみたいだね……。どういった取引をしたのかわからないけれど。成功したとしても王族を暗殺した者に、報酬も名声もはありはしないよ」

 アルフォンス兄さんは、あわれむような表情で少年を見据える。
 少年はかすれた声で呟いた。

「嘘だ……」

 アルフォンス兄さんは、小さくため息をつく。

「仮に暗殺に成功して無事に戻れたとしても、おそらく君の口は封じられる。君が依頼者を知っているにしろ、知らないにしろ。生かしておいたら、自分の地位が危うくなるからね。高い身分の者ほど、自分の立場を守りたがるものだ」

 少年はがくぜんとして、目を大きく見開く。

「そんなはず……」
「ないって言えるかい? 君の依頼者は、そんなに信用できる人物なのかな?」

 優しく語りかけるアルフォンス兄さんに、少年は呆然とする。
 今のやり取りで、完全に依頼者がいるとわかった。
 アルフォンス兄さん……恐ろしいまでの誘導尋問。優しく語りかけながら、的確にポイントを突いてくるなんて……。かつ丼出されたら、泣いてしまいそう。
 いつもベタ甘な兄だからすっかり忘れていたが、やはり長兄……切れ者なんだな。
 よし、俺も見習って少年と打ち解けてみよう。

「あの、君の名前は何て言うの?」

 俺が顔をのぞき込みつつ尋ねると、少年はフイっと顔をそむけた。
 むぅ、アルフォンス兄さんの誘導尋問ですきができたかと思ったのだが、まだ黙秘権行使中か。やはり、そう上手くはいかないな。
 すると、コクヨウが再び少年の頭の上に飛び乗った。

【名を聞いて、お・る・だ・ろ・う・が!】

 いらったように、またタシタシと足踏みを始める。

「こらこらこら、タシタシはやめなさい」

 俺は慌てて、コクヨウを抱き上げた。
 これじゃあ、ますますしゃべらなくなってしまう。
 俺が若干諦めかけたその時、不機嫌そうにではあるが、少年が口を開いた。

「名前は……カイル。カイル・グラバー」

 お、おおお? やったー! ようやく名前ゲットした。コクヨウのおかげか?
 反応を示してくれたってことは、やっと会話らしい会話ができるってことだ。
 俺はホッと胸を撫で下ろす。

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