転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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2巻

2-12

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 見えていた影が、ザパッと飛沫しぶきを上げて水面に顔を出した。
 影の正体があらわになって、俺は驚きのあまり口を開ける。

「え……」

 人影は美しい少女だった。何より驚いたのは、彼女が青みがかった銀髪をしていたことだ。俺より淡い色合いだが、今まで会ったことがなかったからビックリした。

「なんだ……人じゃないか」

 思わず安堵の声が漏れる。そんな俺をたしなめるように、背後のコクヨウが低く呟く。

【警戒を解くな。人でない気配もある……】

 人に見えるが違うのか?
 年は俺より少し上だろうか。水色の着物のような合わせの服を着ている。湖面からは肩までしか見えないが、身の丈ほどあると思われる髪が湯の中でたゆたうように揺れていた。


 彼女の青い瞳が、俺を捉えて大きく見開く。

「貴方は……誰です?」

 いや、いきなり誰と聞かれても。君こそ誰だと思ったが、仕方なく自己紹介することにした。

「フィル・テイラ。ステア王立学校に入学予定の学生です」

 警戒させないために、ニコリと微笑む。すると、少女は大きな目を不思議そうにまたたかせた。

「学生……?」
貴女あなたのお名前をうかがっても?」

 俺が聞くと、少女は顔についた水滴を手でぬぐう。

「私はラミア。クリティア聖教会のです」

 涼やかな声であるのに、その響きは威厳に満ちていた。
 クリティア聖教は、この世界で一番広く信仰されている宗教だ。本部はグラント大陸のフィラメント国にあり、そこには荘厳で巨大な建物があると聞く。
 武力こそ持たないが、信者の多さからいっこく分に相当する力があるのではないかとも言われていた。

「学生ということは、貴方あなたは……神子みこではないのですか?」

 チラリと俺の髪に視線が向く。
 あーそうか。この世界だと、俺みたいな髪色の子供は、神子みこになることが多かったんだっけか。
 クリティア聖教会にとって、この髪色は神聖な者の証。この髪で生まれた子は、家族の希望があれば本部に連れていき、神子みことして英才教育を受けさせる。そしてゆくゆくは、司教や大司教にかせるらしい。
 つまりはこの髪の色であるだけで、キャリア組になれるってことだ。
 だから貴族家のように継承問題がない限りは、子供を神子みこにする家がほとんどだという。
 自分の家から聖教会の司教が出るだけでも大変な名誉である上、出自の家にも恩恵があるそうだからなぁ。それだけ聖教会の力は強いってことだろう。

「僕は神子みこじゃないです」

 彼女の言葉に首を振る。
 ちなみに、俺も神子みこに出すことはできたらしい。王族とはいえ、何の役割もない三男坊だから。
 だが、それはアルフォンス兄さんによって事前に阻止された。可愛い弟を手放すものかと、猛抗議したのだ。ブラコン列伝の始まりである。
 でもそれを聞いた時、初めてアルフォンス兄さんがブラコンで良かったと思ったね。
 いくらキャリア組とはいえ、神子みこは嫌だよ。自分がやりたいと思うならそれでもいいけど。赤ん坊の時じゃ、俺の意思なんて関係ないんだろう? 転生してようやく得られた自由な生活、神子みこの修行で終えたくないもんなぁ。
 それにしても……銀の髪色であったとしても、神子みこには希望者だけがなるはず。学生だと言っているのに、なぜ神子みこではないのかと確認したのだろう。
 不思議に思っていると、その疑問は彼女の次の言葉によって解消された。

「ここは神子みこの中でも、限られた者しか入れない神聖ないやしの湖。なぜ学生がここにいるのです?」

 それを聞いて、俺は動揺する。

「え? ここはダレスの町の温泉でしょう? 噂を聞いて来たんですけど」
「おんせん?」

 温泉という単語に首を傾げられて、俺は慌てて説明する。

「あー……町の人が来るいやしの場所ってことで」

 少女は納得したように頷いた。

「昔はそうでしたが、今は町の者もあまり来ないため、神子みこの力を回復する場所として、クリティア聖教会の施設を置いています」
「えっっ! 知らなかった」

 何と……俺、不法侵入者か。
 ゼンじいの情報は古かったのかもしれない。

「勝手に入ってごめんなさい」

 俺が素直に頭を下げると、ラミアは少し呆気にとられた顔をし、それから苦笑した。

「そもそも、ここには結界が張ってあるのよ。一般人は入れないようになっているはずだけれど……」

 先程までりんとしていた口調が、柔らかいものに変わる。
 結界? そんなものあったか?
 首を傾げると、後ろからコクヨウのケロリとした呟きが聞こえた。

【あ、確かにあったな、結界。破ってきたが】

 ちょっ! 何してんのっ! 早く言ってよ! そういったことは報告ホウ連絡レン相談ソウでしょう!
 ラミアにジッと見られて、内心あせった俺は冷や汗が噴き出しそうになる。

「おかしいなぁ。結界、破れてたのかなぁ。あははは」

 もう、笑ってすしかない。

「もしそうであれば、早急に直さなければいけないわね」

 ラミアがそう言った直後、彼女が来た方向から女性の声がした。

「ラミア様いらっしゃいますかー? お祈りのお時間です」

 少女はその声にため息をついた。それから俺に向かって微笑む。

「もう少し話したかったけれど、教会の者が探しに来たみたいだわ」

 それから彼女は岸に戻りかけて立ち止まり、俺を振り返った。

「騒がなければここにいてもいいわよ。でも今日だけ。今日は私が使うために人払いしているから。今度また来て見つかったら大変よ」

 確かに目撃されたらおおごとになりそうだ。でも、今回は見逃してくれるのか。

「ありがとう」

 俺が微笑んでお礼を言うと、彼女は口を押さえてくすくすと笑った。

「変わった子ね。また会いたいわ……隠れているお友達も」

 ギクリとする俺に彼女は意味ありげな微笑を残し、湖に潜った。
 イルカをゆったりさせたみたいな動きで泳ぎ、来た方向に戻っていく。
 先ほどのパシャンパシャンは、この泳ぎの音だったのか。まるで人魚のようだ。

「手や足で水をかいてないのに、何で泳げるんだ?」

 見送りながら首を傾げていると、ヒスイが姿を現した。

【水の妖精を身に宿して、力を引き出しているんですわ】
「そんなことできるの?」
【ええ。ただ、できる者はほとんどおりません。時折そんな人の子もいるという程度です】

 神子みこだから不思議な力があるのかなぁ。

【フィル様、お話終わったですか?】
【もう遊んでもいーっすか?】

 今まで大人しくしていたが、もう我慢できないと言わんばかりにホタルとテンガが聞いてきた。

「騒がないで遊んでね」 
【ひゃっほーっす!】

 テンガはおけから湖にバチャンと飛び込み、おけをビート板代わりにして泳いでいった。
 騒ぐなと言っているのに……。

【どけどけぇい! ザクロ様のお通りでぃ!】

 おけに乗ったザクロは、テンガにそれを押されて楽しくなったのか、首を振り回しながら叫んでいる。
 だから騒ぐなと……。第一、どけと言っても周りには誰もいないし。
 俺が脱力していると、ホタルが見上げてきた。

【ボクも行ってもいいです?】
「いいよ」

 笑顔でホタルを送り出しつつも、その上に乗るコクヨウをむんずとつかんだ。

【何をする】

 不満げなコクヨウを、半眼で見る。

「結界破ったなんて聞いてないよ、コクヨウ。大事なことはホウ・レン・ソウ。教えたよね?」
【報告・連絡・相談】

 嫌々ながらに呟くコクヨウに、俺はこっくりと頷く。

「行ってよし!」

 ポーンと湖に投げると、空中で回転して器用にホタルの上に着地した。
 俺はぷかりと仰向けに浮かぶ。

「残念だなぁ。今日は見逃してもらったけど、もう来られないなんて。ここは聖教会の独り占めかー」

 ヒスイは空中からそんな俺を見下ろして、にっこりと微笑む。

【ここらの妖精の話では、まだ他にいやしの湯はあるそうですから。今度はそこに行けばいいですわ】
「そうか! まだあるんだ」

 また皆で温泉に来よう。そう心に決めて、俺はチャプンとお湯に潜った。



 12


「うわぁぁぁぁ」

 トーマは建物を見上げ、パッカリと口を開けた。
 目の前には石造りの巨大な建物がそびえていて、大きさは違うが、似たような造りの建物が周りにいくつかある。
 トーマの驚く気持ちは、とてもよくわかる。城で育った俺でさえ、ステア王立学校がこんなに規模が大きいと思わなかった。グレスハートの街くらいすっぽり入っちゃうんじゃないか?

「迷子になりそうだなぁ」

 トーマは不安そうに呟いた。その横をレイが、かばんをいくつも積んだリアカーを引いて通り過ぎる。それから休憩とばかりに一度止まると、汗をぬぐって振り返った。  

「あの一番でかいのは大講堂。集会がある時に使うんだ。学校の敷地の真ん中にある。ここを中心として、右側にあるのが初等部の学生棟。奥にあるのが高等部、左は俺たち中等部の学生棟だ」
「なるほど。迷ったら大講堂を目印にすれば良いのか」

 トーマは希望を感じてか表情を明るくする。だが、レイは肩をすくめた。

「安心するのはまだ早い。学生棟自体がでかいからな。初等部じゃ、よく行方不明になる奴が出たぜ」

 その言葉にトーマは顔を青くし、決心したように言う。

「僕……慣れるまで単独じゃ動かない」

 俺も自信ないから、カイルと一緒に行動しようかな……。

「とりあえず、学生寮に荷物置いてこようぜ。各学生寮は、それぞれの学生棟の奥にあるから」

 そう言って、レイは大講堂の左側に延びる道を歩き出す。
 荷物がたっぷり載ったリアカーは、引くのが大変そうだ。あわれに思ったのか、カイルがリアカーの後ろを押し始めた。
 何をそんなに持って来たんだろうか。宿でも全部は開けていなかったからな。気になる。
 だが、今は置いて行かれないように頑張ってついていかなきゃ。
 大講堂から十分くらい歩くと、学生寮と思われる建物が二つ見えてきた。
 どちらも大講堂と同じく石造りだが、緑のつたが建物全体を覆っている。
 建物の正面には大きな木の両扉がついていた。その真ん中に、盾の中に鳥の描かれた校章が掲げられている。頭が三つに分かれている鳥だ。その校章は、右の建物には紺で、左にはえん色で描かれていた。

「学校説明書によると、右が男子寮で、左が女子寮だそうです」

 入学の説明書類を確認しながらカイルが言う。俺とトーマはなるほどと頷いた。
 確かに他の生徒たちは、男子と女子で右左に分かれて建物に入って行く。
 色分けされてるなら、わかりやすい。
 しかしそんな中、レイが残念そうに言った。

「なんで分けるのかなぁ。女子寮は立ち入りも禁止なんだぜ」

 男女別の寮であることが不満のようだ。禁止されなきゃ立ち入る気満々っぽい。
 それは……レイみたいなのがいるせいではないだろうか。

「とりあえず寮に入ろうよ。僕、疲れちゃった」

 トーマは少し眠そうに、欠伸あくびをした。
 俺も同感だ。学校が始まるまではまだ何日か余裕があるから、しばらくのんびり休みたい。
 寮に入るべく再度歩き出したのだが、目の前にいたレイが急に立ち止まる。
 リアカーにぶつかりそうになって、慌てて俺も止まった。
 あっぶな! 何だ? どうしたんだ?
 レイはというと、女子寮の方を見て固まっていた。

「天使いたーーーーーーっ!!」

 そう叫んで女子寮を指差す。
 は? 天使っ!? 
 皆がレイの指差す方を見ると、そこには少女が何人かいた。
 その中の一人がレイの声に反応してこちらを見る。そして隣にいる俺に目を留めると、嬉しそうに手を振った。

「え? あれって……」

 知り合いに似ている。だが、そのはずがない。
 動揺する俺に、少女は黒髪をなびかせて、軽やかな足取りでやってくる。その様子は可愛らしい小鹿のようだ。

「天使が俺のところにやってくるっ!」

 レイが顔を紅潮させ、神に祈るごとく手を組んだ。
 いや、残念ながら君のところではない。
 俺とカイルは荷物を置いて、少女のもとへ駆け寄った。
 少女は俺の前に来ると、スカートをちょっとつまんで頭を下げる。そして、悪戯いたずらっぽく笑った。

「びっくりしました?」

 俺は目をまたたかせて頷く。

「びっくりしたよ、アリス。何でこんなところにいるの?」
「実は、私もこの学校に通うんです。同級生なんですよ」

 嬉しそうに言うアリスに、俺はまだ信じられない気持ちでいっぱいだった。

「フィル様達は、入学試験を特別に二人だけで受けていたでしょう? 私が受験していたことをご存知ないなら、合格したことも黙っておいて、ビックリさせようって王……あ、フィル様のお父様がおっしゃったんです」

 口を押さえ、「内緒でしたね」と苦笑する。
 ステア王立学校の入学試験は、学校側から試験官が派遣され、国ごとに設けられた会場で受験する。だが、俺たちはアルフォンス兄さんやレイラ姉さんに知られないようにするため、別室にて試験を受けていた。
 つまり、アリスは一般会場で受けてたのか。父さんは、何人か会場で受けたけれど合格者は俺達しかいなかったと言っていたのに……。黙ってるなんて、父さんめ……。

「フィル、天使と知り合いなのか?」

 振り返ると、俺たちの後を追いかけてきたレイとトーマが、息を切らしてやってきた。

「あー……うん。僕たちの幼馴染……かな」

 俺がチラリとアリスを見ると、アリスは少し頬を染めて頷いた。

「はじめまして。僕、トーマ・ボリスで……」
「はじめまして! 僕はレイ・クライスと申します。中等部一年です。どうぞよろしく」

 トーマを押しのけ、レイはさわやかに笑ってアリスに握手を求める。

「はじめまして。アリス・カルターニです」

 アリスはにっこり微笑んで、トーマとレイに握手した。レイは手を握ったまま、アリスの笑顔にうっとりとしている。

「アリス……何て素敵な名前なんだ」

 そう言って手を握ったまま放さないので、アリスは戸惑っていた。

「え……えっと……」
「僕のことはレイと呼んでください」

 にこにこと微笑みながらも、レイはまだ手を放さない。

「はぁ……。あの……」

 アリスは困って手を引き抜こうとするが、レイはつかんだままだ。

「てぇーいっ! いい加減に手を放せぃっ!」

 俺はレイの手首にチョップした。

「いってぇーっ!」

 レイが手首を押さえてうめくが、自業自得である。

「アリス、大丈夫? レイと話すなら、僕かカイルがいる時にしなね」

 にーっこり笑って言うと、アリスはこくこくと頷いた。

「ずるいぞっ! 俺も可愛い幼馴染が欲しいっ!」

 涙目でレイが叫ぶ。

「レイはその前に寮に荷物を運べ。早くしないと、手伝ってやらないぞ」

 リアカーを指差し、カイルがレイを睨む。レイ一人では、荷物を運ぶのは大変だろう。
 レイはクッと悔しそうに唇を噛むと、「またお会いしましょう!」と捨て台詞ぜりふを残し、リアカーのところに戻っていった。

「じゃあ、レイを手伝ってきます」

 カイルの言葉に俺は頷く。

「フィル、またあとでね」

 トーマも手を振って荷物運びに戻った。

「しかし驚いたなぁ」

 改めてアリスを見る。

「城の皆にも黙っていて欲しいと頼んで、協力してもらったんです」

 大成功だと鈴のように笑う。
 そういや、アリスは俺の荷造りの時はおろか、壮行会にも体調が悪いからと顔を出してくれなかった。長く離れるのに別れの挨拶もしてくれないなんてと寂しく思っていたのだが……先にこっちに来てたってことか。

「フィル様が受験なさると決まった時、フィル様のお父様が私にも勧めてくださったんです」

 アリスは、メイドである母親のサポートをしつつ城で暮らしていた。本人が希望すれば、そのまま城でメイドとして働くことになるだろう。それが悪いと言うわけではない。城のメイドは平民にしては給料が高いし、安定した職業だ。
 しかし、アリスは頭も良く機転がく。その上可愛いのだから、学校に行っていろいろな教養を身につけたら、もっと将来の選択肢が増えるはずだ。
 父さんの気遣いを嬉しく思いながら、でも……と眉を下げる。

「せっかく、お母さんと一緒に暮らせるようになったのに……」

 アリスはまだ八歳。中等部入学は通常十歳なのだから、あと二年くらいは一緒に過ごしても良かったのではないだろうか。

「はい。でも……母も将来のことを考えたら、早く勉強するべきだって言ってくれたんです。フィル様だって、私より年下なのに入学をお決めになったでしょう? 私だけ寂しいなんて言ってられません」
「そ……そんなこと……」

 アリスの言葉に、俺は口元を引きつらせた。
 俺こそ言えない。大学生で死んで、転生して七年。精神的にはもうアラサーなのに、出航する時、泣きそうになってたなんて……。

「それに……置いていかれるの嫌ですし……」

 アリスはポツリと呟いた。

「ん? 何に?」

 俺が聞き返すと、アリスは慌てて首を振った。

「あ、いいえ。フィル様のお父様から、フィル様が規格外のことをしたら報告をよろしくと言われているんです。だから、どこに行くにも置いていかれないようにしなきゃいけないな、と思いまして……」

 ガッツポーズを見せるアリスに、俺はガクリとうなだれる。
 父さんてば、ステラ姉さんだけじゃなく、アリスにまで手を回してるなんて……。
 そんな俺に、アリスは慌てて付け足す。

「あ、ごめんなさい。違うんです。私、別にフィル様の嫌がることを報告するつもりはなくて……」

 失言だと思ったのか、アリスは心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
 こんな慌てた様子、城の中じゃ見たことなかったなぁ。
 思わず噴き出した俺に、アリスはキョトンとする。

「アリス、『フィル』だよ」
「え?」
「もう同級生なんだから、名前呼び捨てにして敬語もなし!」
「えぇ! で、でも、それは……」

 動揺するアリスを、俺は微笑んでジッと見つめた。
 それで観念したのか、アリスは小さく頷く。

「……フィル」
「うん。学校生活楽しもうね。これからよろしく、アリス」

 俺が言うと、アリスは少し照れた様子で微笑んだ。


   ◇ ◇ ◇


 寮の部屋は、八畳ほどの一人部屋だった。扉を開けると正面に窓があって、右に小さめのてんがい付きベッド、左に簡素な机とクローゼットがある。
 かばんをクローゼットの前に置くと、すぐさまベッドにダイブした。思っていたよりもマットレスがいい。疲れも手伝って、目を閉じたら今にも寝てしまいそうだ。
 これから寮生活かぁ。懐かしいな。
 前世でも、高校三年間は寮で生活していた。その時は二人部屋だったっけ。
 なぜか、ひとくせふたくせもあるルームメイトにばかり当たってたんだよな。
 一年の時は人見知りな先輩、二年の時はホームシックな後輩、三年の時はヤンチャな同級生が一緒で、いろいろ面倒事に巻き込まれた。
 おかげでどんなタイプの人でも、楽しんで受け入れちゃう性格ができ上がってしまったのだが……。
 ここが一人部屋なのは大変ありがたい。気を遣わずに済むもんな。
 やっぱり王族や貴族の子供もいるから、学校側も配慮しているのだろうか。
 まぁ、共同生活は、大抵不自由なものだけど。
 前世で暮らしていた寮は、二人部屋なのにここより狭かった。鍵があっても意味のないような作りで、プライベートもない。壁も薄かったから、隣の部屋のいびきや音楽が漏れてきてうるさかったし……。
 寮生活はワイワイしていて楽しかったけど、なかなか大変だった。
 それに比べると、ここは石造りだから、部屋の中は反響するが隣の音は聞こえない。鍵もしっかりかかるみたいで、環境としては良さそうだ。
 これだったら召喚獣出して話していても、おかしな人だと思われなくて済むな。
 そんなことを考えながら、うとうととベッドに埋もれていると、突然扉がバンッ! と音を立てて開かれた。

「フィルっ!」

 呼ばれて俺は、何事かとベッドから顔を上げる。見ると、レイが扉を大きく開け放っていた。その後ろにはカイルやトーマもいるようだ。
 しまった……頑丈な鍵があっても、掛けていなかったら何の意味もない。

「せめてノックをしてから入ってきてよ」

 文句を言って、もう一度ベッドに顔をうずめる。
 だが、レイはツカツカと部屋の中に入ってきて、俺を揺すった。

「いいから起きろって」
「もぉ、どうしたの?」

 起き上がってベッドに座りながら、大きく欠伸あくびをする。レイはかすように、俺をベッドから立たせた。

「先輩たちが、一年生は荷物を置いたら室内運動場に集まれって言ってるんだ」

 それを聞いて、目をまたたかせる。

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